雲が下の方に
見えるのだが、
それは
今自分が
宇宙に出ている
からだ。
地球も
遠く離れると
小さな存在だ。
しかし
あの
小さな世界の
中で、
毎日
あーだこーだと
生きているのだな。
自分の世界
を
外側から
眺める。
遠くから
眺める。
そういった
視点や視座の
変換は
有効だ。
しかし
これを
イメージで
行なっても
意味がない。
意味がない、
とは
断定的過ぎると
思われるかも
しれないが、
でもやっぱり
意味がない。
イメージ
ではなく、
実在を
観なければ。
・・・
以前の私は、
実在とは
自分の脳を
介さずに
観たり感じたり
するものだ、
と
思っていた。
が、
どうやら
私達の脳には
実在を
観たり感じ取る
力が
もともと
あるようだ。
使っていない
だけで。
そういう機能が
備わっている
のなら、
誰でも実在は
わかるはずだ。
・・・
ただし、
実在がわかり
過ぎることで
逆に
心に澱みが
生まれたり、
歩みが遅く
なってしまう人は
多い。
そういう人は
無理に観たり
感じたり
せずに、
ただ、
直観に任せて
生きた方が
いい。
しかし
それにしても
実在を
受け取っている
ことには
違いはない。
要は
顕在化の度合い
の違いだ。
・・・
実在の視点
実在の視座
から
地球を
眺める。
すると
今の地球の
本質的な課題が
手に取るように
わかる。
それは
私達人間全体の
課題でもある。
今の一番の
課題は、
人は
自分と地球を
あまりに
分離して
考え過ぎている、
ということだ。
人と地球が
分断、断絶
されて
しまっている。
あらゆる
不調和は
ここに
根本原因が
ある。
地球は私であり、
私は地球である。
・・・と、
そんなことを
言っても
誰もピンとこない。
それが今の
私達人間の
現実だ。
地球の悲しみ
と
自分の悲しみ
は
実は一緒
なんだけどな。
つづく