2018年 8月 の投稿一覧

ようやく走り出すのですね

 

私は

自分の成長意欲の高さを、

誰よりもよく

わかっていました。

 

とてつもない

スピードで

邁進して行きたい。

 

と、常に

思ってきました。

 

今ここに立っていることが

本当に

じれったく、そして

ジレンマで、

 

本当に早く

スタートを切りたいと

いつもいつも

思っていました。

 

しかし

そのような状態でも

あえて私は

本気を出さなかった。

 

なぜなら、

今、本気を出しても

不調和と空回りだけが

起こることも、

また、よくわかって

いたからです。

 

自分の想いの

そのままに、

行動に移すことは

実はとても簡単です。

 

しかし、

その行動と想いが

一致するとは

限りません。

 

自分の想いを

きちんと一致した行動

として

表現できる自分に

ならなければ。

 

例えば、

想いがあっても

能力が伴わなければ

その想いは

行動と一致しません。

 

自分の想いを

行動を通じて

エネルギーとして

発することが

できる自分であることも

重要です。

 

想いだけでは

ダメ。

 

想いは

カタチにできなければ

意味がない。

 

想いは

調和をもたらさなければ

意味がない。

 

ですから、

そういったことの

できる自分になるまで、

 

そう、

準備が整うまで、

 

決して

本気は出さないと

決めていたのです。

 

それはそれは、

全身を掻きむしりたく

なるくらいの

じれったさでした。

 

早く、

突っ走りたくて

しょうがありませんでした。

 

でもでも

ずっとずっと

じっとじっと

準備が整うのを

待ち続けました。

 

でね、

たけうちさん。

 

やっとやっと

準備が

整ったんですよ。

 

やっと

本気で走れそうな

気がするんです。

 

もう、

いいですよね?

 

本気の

全力で

進み始めても

いいですよね?

 

・・・・・・

 

こういったメッセージを

実際に

言葉として

私は聴いたわけでは

ありません。

 

でも、

その人と向き合っていると、

その人の目が

そう語って

くるんです。

 

つまりは、

実在のその人、

その人の真本音からの

私への

ダイレクトメッセージ。

 

上記のような

「準備が整いました」

宣言。

 

「もう走り出しますよ」

宣言。

 

この

言葉にはならないけれど、

あまりにも

ダイレクトに

はっきりくっきりと

伝わってくる

想いの溢れたメッセージを

 

このたった一週間で、

私は

何人もの人から

受け取りました。

 

ですから私は

今、

感無量です。

 

あぁやっとみんなの

準備が整ったんだな、

と。

 

やっと、

共に全力疾走

できるんだな、と。

 

私こそ。

 

私こそ、

この瞬間を

ずっとずっと

待っていたのですよ。

 

・・・・・・

 

最近、

私とお会いしていない人

でも、

この文章を読んで、

 

あっこれ、自分の

ことだな。

 

と思えた人は

恐らく準備が整った

のだと思います。

 

全力疾走を

始めても

いいんじゃないかな。

 

もちろん私自身も

全力疾走します。

 

と同時に私は、

全力疾走をする人を

全力サポート

したいのです。

 

共に。

 

共に、ですね。

 

共に、

スタートを

切りましょう。

 

つづく

 

 

<ご案内>

思えば、・・・

 

私がご提供させていただく、

セルフコーチングの

すべての手法は、

 

全力疾走をする人の

ためのものだな、と

 

今、改めて

思います。

 

自分の人生の目的に

向かい、

 

もしくは、

たとえその目的が

現時点ではまったく

わからなかったとしても、

 

それでも

自分の人生の目的に

向かおうとし、

 

あらゆる現実の中で

試行錯誤を

繰り返す。

 

そんな人達が

最短、最速、最善の

道のりを

進めますように。

 

そんな祈りのもとで

ご提供させていただくのが

真本音セルフコーチングの

手法です。

 

そういったものが

自分の全力疾走には

必要だな、

と思える方は

ぜひご覧ください。

↓↓↓

『人生を真剣に変えたいあなたへ』

 

冒険に出ませんか?

 

新しい世界に

入る。

 

未知の世界に

足を踏み入れる。

 

・・・というのは

あなたにとって

ワクワクすることですか?

 

それとも、

不安ばかりが

生じることですか?

 

実はですね。

 

この仕事を22年やり続けて、

一つ強烈にわかった

ことがあるんです。

 

新たな世界

未知の世界に

入ることを

恐れ、

 

「私はこのままでいい!」

 

と思っている人は、

余程のことがない限りは、

 

「食わず嫌い」

 

なんだ、ということが。

 

「今、このままの

状態が

永遠に続けばいい」

 

と心底から

願っている人は

ほぼ、

いないのです。

 

これが

私達人間の本性であり

本能です。

 

私、

このままでいい。

 

私、

自分を変えたくない。

 

というのは

とても不自然な

ことなのです。

 

人として

不自然なのです。

 

ちょっと極端に

聞こえるかも

しれませんね。

 

でも、

人と向き合えば

向き合うほど、

どうしても

そう思えるのです。

 

みんな、

自分を変えたくて

しょうがないのです。

 

・・・・・・

 

あまり経験で

ものを言うのは

どうかな?

と思うのですが、

 

でもあえて

書きます。

 

私の体験上、

「私は私を

変えたくありません」

言っている人ほど、

いざ、

未知の世界に

足を踏み入れ、

自分の変化を

自分で感じ取ると、

 

びっくりするくらいに

変化すること自体を

楽しみ始めます。

 

まぁ、

かく言う私自身が

そうだったのですが。

 

そして、

どんどん

変わり続けること自体が

自分自身に

安定と安寧を

もたらしてくれることを

私達は知るのです。

 

安定や安寧を

求めるが故に

自分が変わることを

状況が変わることを

頑なに拒んでいたのに、

 

そこには

安定も安寧もなく、

ただただ

不安だけが日々

募るだけ。

 

いざ、

未知の世界に

足を踏み入れ、

自分が変わり始めると、

そこで初めて

真の安定と安寧を

得る。

 

こんなカラクリ

ありなの?

 

と私はよく思うのですが、

でもこれが

私達人間なんですね。

 

進めば進むほど

安定し、

止まれば止まるほど

不安定になる。

 

進めば進むほど

刺激は増え、

 

ということは、

「刺激」と「安定」は

比例する

ということです。

 

本質的には。

 

・・・・・・

 

私自身は

と言えば、

私はもっともっと

自分を変えたいです。

 

自分でも知らない

自分自身を

もっともっと

見たいですね。

 

そしてそれ以上に

もっともっと

自分の知らない世界を

見てみたい。

 

これまでも結構

冒険はしてきた方だと

思うのですが、

 

いやぁ。

 

本当の冒険は

ここから、かな。

 

そう思っています。

 

私は

もっともっと

冒険できるし、

 

あなたも

もっともっと

冒険できます。

 

せっかくの

人生なので、

同じところに

留まっていないで、

どんどん

進んでみましょうよ。

 

これまでの最高速を

遥かに超える

かつてない

スピードで、

あなたも前に前に

進んでみませんか?

 

つづく

 

 

<ご案内>

本当の意味で

自分と向き合う

ことをしますと、

 

私達人間は

じっとしていられなく

なります。

 

人生をどんどん

進めたくなるのです。

 

そして

そのための

具体的な術が

観えるようになります。

 

いえ、

正確に言えば、

すべてが観えるわけでは

ありません。

 

時には、

次の一歩のみが

観えるというケースも

あります。

 

しかしそれでも、

次の一歩は

観えるのです。

 

そしてその一歩を

素直に

進んでみる。

 

その連続で

人生はどんどん進み、

どんどん加速します。

 

これまで

経験したことのない

楽しく充実した

展開を

私達の真本音は

私達自身に

プレゼントします。

 

そんな人生に

シフトチェンジしませんか?

 

ご興味ありましたら、

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『人生を真剣に変えたいあなたへ』

 

雷光を見上げながら

 

一昨日でしたか。

 

東京都心で夜、

ゲリラ豪雨が

ありました。

 

ちょうど

クライアント企業様での

セッションが終わり

歩いて帰路について

いました。

 

私の頭上には

凄まじい積乱雲と、

(印象では)5秒とか10秒に

一回くらいに輝く

雷光がありました。

 

光ってすぐに

雷鳴が轟いていました。

 

凄い光と

凄い音の

連続。

 

幸いまだ、雨は

ありませんでしたが、

今すぐにでも

降りそう。

 

私の周りには

樹木が多かったので、

あぁこのまま

ここにいては死ぬな、

と思いながら、

私は空を見上げて

いました。

 

その時、

眩い光と共に、

雷の落ちる音が

響き渡りました。

 

後で知ったのですが、

やはり

私のいたところから

わずかな場所で

樹木に雷が落ち、

木が焼け焦げて

しまったそうです。

 

私は、

学生の頃に

一人で南アルプスに

登り、

雷雲の中に入ってしまった

ことがあります。

 

そこで1時間、

命からがら

雷をやり過ごした

のですが、

その時の恐ろしい記憶が

蘇りました。

 

自然の摂理の

前では、

人間は

為す術もない。

 

ただそこに

身を預けるだけ。

 

そんな、

あの時の独特の

感覚を

思い出しました。

 

・・・・・・

 

私達人間は

随分と

不自然なことを

やってきましたし、

今もやり続けています。

 

「自然に還れ!」

という気は

ありません。

 

しかし、

もっと

自然の摂理というものに

対して、

素直になってもよいのでは

ないかと思うことは

よくあります。

 

『人智』

という言葉があります。

 

人の智恵、

という意味ですが、

 

人は時々、

「人智を超える」

展開を起こすことが

あります。

 

それはほとんどの場合、

自然の摂理に

素直になった時に

起こります。

 

自然の摂理に

素直になる、とは、

 

自然と一つになる、

ということ。

 

自然と一つになる、

とは

「今ここ」と一つになる、

ということです。

 

「今ここ」と一つになる、

とは

「世界」と一つになる

ということ。

 

その瞬間、私達は

明らかに

「私」という範疇を

超えています。

 

・・・・・・

 

私は

思うのです。

 

これまでの

人間の歴史と、

 

人間の歩みと、

 

人間の試行錯誤が、

 

本当に

活かされるかどうか?

を決めるのは、

 

今日からの

私達の進み方に

よるのではないか、

と。

 

あぁ、

人の歴史は

良い歴史だったと、

 

今のこの世界を

創るための

必然的な一歩一歩だった、

と。

 

100年後の人類が

そう思えるように、

 

100年後の未来が

素敵なもので

あるように、

 

今日の一日を

人智を尽くして、

人智を超えた

展開にしたいな、と。

 

私は

強くそう

思うのです。

 

つづく

 

 

<ご案内>

一日一日、

今この瞬間を

自然の摂理に素直に

進むことで、

 

私達の人生の道は

開かれます。

 

「現実」は

開かれます。

 

強引に

命を削りながら

疲弊しながら

不自然な道を

刻むのではなく、

 

自然に、

そこにある「一本道」を

進んで行く。

 

そんな生き方(行き方)を

しませんか?

 

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好きなことだけをやればいい?

 

今日、私の

あるクライアントさんに

 

「もっと好きなことだけを

やってください。

やりたくないことは

やめてください。」

 

とお伝えしました。

 

「100%やりたい!と

思えることだけをやる、と

決めてください。」

 

・・・と。

 

しかしこのアドバイスは

一般的には

非常に危険です。

 

私は滅多なことでは

こういったアドバイスは

しません。

 

なぜ私はあえて、

このクライアントさんに

このようにお伝えしたのか?

 

その理由は

明確です。

 

彼は常に

「自分の限界を

超え続ける」

という生き方を

日々、実践されている

からです。

 

猛スピードで

進化を続けている

人だからです。

 

・・・・・・

 

逆に言えば、

自分の限界を超えるような

挑戦をしていない人に

このアドバイスをすれば、

その人は

ますます自分の枠に

閉じ込もってしまうでしょう。

 

そうか、

自分の好きなことのみを

やればいいんだ。

 

と喜びながら、

自己満足の人生を

進むでしょう。

 

現実逃避に

入るでしょう。

 

残念ながらこの世の中は

自分の好きなことだけを

やって生きていける

ようにはできていません。

 

なぜなら

私達の真本音が

それをさせません。

 

しかし、

「いや、たけうちさん、

私は自分の好きなことだけで

生きていますよ」

と時々、

言われることがあります。

 

その場合は

以下の二つのケースの

どちらかです。

 

一つは、

そうは言っても、

その人には「すべてを引き受ける」

覚悟があり、

好きなことに向かう途上における

あらゆる現実を

しっかりと受け止めている

ケースです。

 

好きなことに向かう途上において

自分のすべきことを

しっかりと為しながら、

それらを引っくるめて

「好きなことだけをやっている」

と表現しているわけですね。

 

私自身も実は、

これに近いところがあります。

 

もう一つは、

「好きなことだけをやっている」

と言いながらも本当は、

その人は

好きなことをやっていない

というケースです。

 

つまりは、

自分の真本音で思う

好きなことではなく、

反応本音レベルでの

好きなことに

取り組んでいるだけ

ということです。

 

これはつまり

先程書かせていただいた

自己満足や現実逃避と

同じことです。

 

残念ですがこのケースは

必ずどこかで

道が閉ざされます。

 

もちろん

自分自身の真本音が

道を閉ざすのです。

「もっと真剣に生きようよ」

というメッセージとして。

 

・・・・・・

 

好きなことのみに

生きる、

というのは

大変なことです。

 

人生に対する

自律した覚悟も

必要です。

 

そして、

その覚悟を持ちながら

好きなことに向かう人には

独特の空気感が

漂います。

 

この人は

自らの足で

歩いている人だな、と

すぐにわかります。

 

そういった人にこそ

私は

「もっとわがままに

なってください」

と強くお伝えします。

 

結局はそうなることで、

すべてが調和する

からです。

 

その人の「わがまま」は

周りの幸せに

必ずつながるからです。

 

それを、

「次元の高い人」

と私は呼んでいます。

 

次元の高さとは、

人生を引き受ける度合いと、

すべての現実を

引き受ける度量によって

決まります。

 

つまりは、

人生に対する真剣さで

決まります。

 

自分の本当に好きなことは、

自分の次元が

高まることで

初めて観えてくるのです。

 

・・・・・・

 

自分の枠から

出ようとせず、

反応本音レベルの

好きなことのみを

やろうとする。

 

そういった生き方を

している人を見ると、

私は本当に

もったいないなぁと

思います。

 

あなたは

そんなもんじゃ

ないのに。

 

と、

どうしても思って

しまいます。

 

お節介かも

しれません。

 

傲慢かも

しれません。

 

でも、

やっぱり。

 

私達人間は、

そんなもんじゃ

ないのです。

 

つづく

 

 

<ご案内>

人生に対して

真剣になる、

と言うと、

なんかとっても大変そう、

とか

疲れそう、

という印象があるかも

知れませんが、

 

まったく

逆です。

 

真剣になればなるほど、

楽になる

のが人生です。

 

真剣になればなるほど、

心の内側から

エネルギーが湧いてくる

のが人生です。

 

そして、

真剣になればなるほど、

心も魂も満たされ、

幸せ感いっぱいになるのが

人生です。

 

そんな状態になるために

どのように自分と

向き合い、

どのように自分の

心を見つめ、

どのように行動に移せば

よいか?

 

どうすれば

人は、自然に

真剣になれるのか?

 

そんなことを

お伝えしています。

 

ご興味ありましたら、

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『人生を真剣に生きたいあなたへ』

 

本当に先に進んでいいのかな?

 

物事には、

スタートを切って

良い時と、

いけない時が

あります。

 

ここを見誤ると、

後でかなりの

手間がかかります。

 

不調和の処理を

しなければならなく

なるからです。

 

しかし

ここさえしっかりと

見極めれば、

物事の展開は

びっくりするほど、

スムーズになります。

 

『始めどき』

 

・・・と表現すれば

よいでしょうか。

 

これが、

及ぼす影響は

測り知れないです。

 

・・・・・・

 

「始めどき」を

大切にするということは、

「終わりどき」を

大切にする

ということにもなります。

 

「終わりどき」

つまりは、

「ここで完了だな」と

思える瞬間。

 

よく私は

 

『完了感』

 

という言葉も使いますが、

 

私達の真本音は

これも、

とてつもなく大切に

しています。

 

というよりも、

 

「完了感がなければ、

先に進んではならない」

 

くらいに思っています。

 

「完了感」とは要するに、

「やり切った感」ですが、

 

例えば、

あるミーティングをした場合に、

私は常に

ミーティングの最後に

皆さんにお訊きします。

 

「完了感ありますか?」

と。

 

これでこの場の

目的はきちんと

果たせたと

真本音で思えるかどうか?

を訊くのです。

 

これもよく言うことですが、

99%でもダメ、

101%でもダメです。

 

かっきり

100%目的を

果たせたと

自然に思えるかどうか?

 

この100%の状態で

私達が得るのが

「完了感」です。

 

スッキリ感

ですね。

 

これが湧くまで

私はミーティングを

終えませんし、

逆に、

これさえ湧けば、

予定の内容が途中でも

私はミーティングを

「終了しましょう」と

提案します。

 

もちろんミーティング

だけでなく、

あらゆる物事に

「完了感」は大事です。

 

一日の終わりに

その一日の完了感が

あるかどうか?

とか。

 

真本音度合いが高まると、

この「完了感」に

自然に敏感になり、

「完了感」がないままに

先に進むことが

とても気持ち悪くなります。

 

ということは、

きちんと「終わりどき」を

知ることができ、

 

ということは、

次に行なうことの

「始めどき」を

知ることもできる

ということです。

 

・・・・・・

 

今、

新たな何かを

「始めよう!」

とされている人が

とても増えています。

 

それはとても

素晴らしいことですが、

 

そんな人ほど、

ぜひ自分自身に

問うてほしいのです。

 

「ちゃんと

これまでの自分に対して

完了感はあるかな?」

 

「これで、次のステージに

進んでも

本当に良いのかな?」

 

と。

 

ここで気持ち悪さや

違和感を覚えたら、

その原因、

つまりは

 

「何がまだ

完了していないか?」

 

を探ってください。

 

そしてそれを

必ず、

完了させてください。

 

その後です。

 

本当の

スタートは。

 

つづく

 

 

<ご案内>

「完了感」溢れる

人生にしませんか?

 

そのためには

きちんと

「完了感」を感じられる

自分自身との向き合い方が

必要です。

 

一日一日をきちんと

「完了」させていけば、

その満足感と

幸せ感は

半端なくなります。

 

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次々に道を拓く人の覚悟とは

 

今の自分には

到底無理だとわかっていても、

それでも

立ち向かわなければ

ならないことが

人生にはありますね。

 

自分の範疇を

超えた

現実。

 

自分の範疇を

超えた

挑戦。

 

自分の範疇を

超えた

約束。

 

頭では

絶対に無理!

と叫んでいても

なぜか、

それをやめる方向に

体が動かない。

 

まるで最初から

確信を持っているかのように

自分の範疇を

超える方向に

進んでしまう。

 

自分に対して

「ちょっと待って!」

と止めようとしても

止まらない。

 

勝手に進み、

「おいおいおい!」

と言いながらも

道が開いて行って

しまう。

 

そしてある瞬間から

「まっいいか!」

あきらめ、

あとはその流れと

自分自身に

委ねてしまう。

 

それにより

自分が想像し得ないような

素晴らしい道が

次々に拓かれていく。

 

そういったことを

当たり前のように

日々、続ける人が

います。

 

それは、

ある一種の「覚悟」を

持ち合わせている

人です。

 

・・・・・・

 

その覚悟とは、

 

『ゼロに戻る覚悟』

 

と表現できるかな。

 

いつでもすべてを

「ゼロ」に

できる覚悟です。

 

例えば・・・、

愛する家族が

いる場合に、

その家族が

今日でいなくなってしまっても

いい、

家族を手放してもいい、

と思える

覚悟です。

 

いやいやいや。

 

そんなことは

誰にも無理でしょ、

と言われそうです。

 

もちろん、

無理でしょう。

 

私だって

いやです。

 

一番大切なものを

手放すことは

大抵の人間には

不可能なことです。

 

でも。

 

ちょっとそれとは

別の次元に

目を向けて

いただきたいのです。

 

これまで

培ったもの。

これまで

構築してきたもの。

これまで

手に入れてきたもの。

 

大事なもの。

宝のようなもの。

 

それらを私達は

「ゼロ」から

手に入れ、

育て上げてきました。

 

もちろん、

生まれた瞬間から

手に入っているものは

多いです。

 

しかし、

「ゼロ」から

手に入れたものも

たくさんあるはずです。

 

その

「ゼロ」

に戻ってみる。

 

自分のスタート地点に

戻ってみる。

 

すると、

何が観えるでしょうか?

 

・・・・・・

 

セルフコーチングの力が

強くなると、

ある瞬間から私達は

自分がこの世に

生まれた瞬間の

「決意」を

思い出せるようになります。

 

その「決意」とは、

 

何のためにこの世に

生まれてきたか?

 

の理由であり、

 

私とは何者か?

 

の答えであり、

 

私の人生の目的と

意義、

 

そのものでもあります。

 

それを多くの人は

忘れてしまっています。

 

なぜなら、

「ゼロ」から創り上げたものや、

自分が人生で

培ったものや

手に入れたものを

「守ろう」とするからです。

 

もちろんそれは

人としてとても

大切な気持ちですが、

 

そういった大切なもの達を

いったんすべて

自分自身から分離させ、

 

「ゼロ」に戻った時に

初めて、

私達は

「ゼロ地点」における

自分の意志に

戻れるのです。

 

そして。

 

その「ゼロ地点」に

毎日、戻ることで、

逆に、

今、自分の目の前にある

あらゆる大切なものを

 

どう活かせば良いか?

 

どう関われば良いか?

 

どんな距離感を持てば良いか?

 

などが、ありありと

理解できるのです。

 

結果として、

大切なものを

より大切にできるように

なります。

 

面白いものです。

 

「守ろう」

とするよりも、

「常にゼロに戻ろう」

とする方が、

 

大切なものを

より大切にできるのです。

 

しかし、

「ゼロ」に戻るためには、

「すべてを手放してもいい」

という覚悟が

必要です。

 

つまりは、

 

「すべてを手放しても

いい」

と思える人ほど、

「すべてを

本当に活かす」

ことができるのです。

 

・・・・・・

 

「ゼロ」に戻る勇気は

真本音度合いが

ある一定以上に

高まらないと

出ません。

 

心の中にある

「真本音」という大地を

実感できる度合いが

高まることで初めて、

私達は

ゆとりを持って

様々な決断ができるように

なります。

 

「ゼロ」にも

戻れるのです。

 

真本音度合いが高まり、

常に「ゼロ」から

決断と行動のできる人が

増えれば、

世の中はもっと

調和します。

 

一人ひとりはもっと

幸せになれるのです。

 

つづく

 

 

<ご案内>

今あるものが

当たり前、

 

ではなく、

 

毎日、「ゼロ」に戻ることが

できれば、

あらゆるものの存在が

自分に

次への一歩の

指針を与えてくれます。

 

自分一人のみで

進む人生ではなく、

 

「あらゆるもの」と共に

進める人生へと、

次元を高めませんか?

 

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『人生を真剣に生きたいあなたへ』

 

離れていても一緒にいるね

 

今日、

私の元クライアントさんである

4人の方々と

約3年ぶりにお会いし、

食事をしました。

 

この3年間、

メール等のやり取りも

ほとんどせず、

音信不通に近かった

のですが、

 

お会いした瞬間に

実感しました。

 

あぁ、私は

「実在」のレベルでは、

この人達とずっと

一緒にいたな、と。

 

しかも私は

この人達に随分と

支えられてきたな、

と。

 

駅で待合せしたのですが、

人混みの中で

再会したその瞬間から

私達はまるで

昨日も会っていたかのような

会話を始めました。

 

そこには

3年のブランクが

まったくない。

ゼロ。

 

皆さん全員、

「実在」を感じ取れる

人達ばかりです。

 

私達は常に

一緒にいて、

で、

本当に必要な瞬間のみ、

現実のレベルで

お会いすればいい。

 

誰もそのような

言葉は発しませんが、

そんな共通認識が

その場に

漂っていました。

 

・・・・・・

 

現実レベルでの

距離が離れるからと

いって、

実在レベルの距離が

離れるわけでは

ありません。

 

いえむしろ、

現実の距離を

離すことで、

実在の距離が

縮まった

というケースは

とても多いのです。

 

私達には

「適切な距離感」

というものがあり、

その距離感を

大切にすることで、

・実在と

・現象(現実)の

両方の距離を

決めていく、

 

ということを

私達の真本音は

望んでいます。

 

私はいつも、

個人においても

企業においても

私のサポートの

「終わり」を

とても大事に

しています。

 

サポートを続けていると、

「現実の距離を

一気に離した方が

いいな」

と思う瞬間が

必ずどこかで来ます。

 

その瞬間を

私は逃しません。

 

多くの場合は、

クライアントさん

(個人であっても

企業であっても)

の真本音度合いが

高まり、

真本音の想いと

行動と結果が

一致し、

常にその状態が

続くようになる

一歩手前くらいで

この瞬間が来ます。

 

すると私は

すかさず、

「私のサポートは

ここまでとしたいと

思います」

とお伝えします。

 

でもこういった時は

ほぼ必ずと言って

よいほど、

「私もそう思います」

とクライアントさんは

ニッコリと

了承されます。

 

いっつも

こんな感じ。

 

で、あとは

「では、もし何か

必要があれば

私を呼んでください。

ホームドクター

みたいなものですね」

となります。

 

今日、再会した

4人の皆さんとも

そんな感じで

3年ぶりにお会い

したのです。

 

・・・・・・

 

私は、

個人のコーチングも

よくお受けします。

 

「パーソナルコーチング」

というものですが、

 

その場合、

期間を限定しません。

 

コーチングを行ない、

「あっ、もうこれで

コーチング必要ないな」

と、

クライアントさんが

思えた時点で

終了です。

 

ですので、

たった1回のセッションで

コーチング終了

というケースが

実はとても

多いです。

 

で、コーチング料金は

実施した分を

後でいただくという、

そんな形です。

 

それが最も

簡単で

私も気が楽です。

 

しかもコーチングは

定期的に行なう、と

決めてもいません。

 

1回のセッションを

行なったら、

その終わりに、

「コーチングはこのまま

続けたいですか?」

とお訊きし、

「次回は、いつくらいが

良さそうですか?」

と真本音で決めて

いただきます。

 

すると、

そのクライアントさんの

真本音の望むペースでの

サポートとなります。

 

こんな感じですので、

月に何度も

コーチングセッションする

人もいれば、

数年に一度の人も

います。

 

それが自然な形だな

と私は

思っています。

 

・・・・・・

 

「実在」を

感じ取る力が

つけばつくほど、

現実レベルでの

距離をどうするか?

がいかに重要か、

もわかるようになります。

 

そしてその

距離感を大切に

することで、

私達はあらゆる人と

調和します。

 

人だけでなく、

「世界」と調和します。

 

すると、

物事が非常に

スムーズに進むように

なります。

 

距離感の

わかる人になる。

 

これも私のサポートの

重要な目的の

一つです。

 

つづく

 

 

<ご案内>

実在レベルの距離感と

現実レベルの距離感の

両方をつかみ、

 

両方を

的確な距離感に

修正する。

 

これも

セルフコーチング力を

高めることで

実現できます。

 

あらゆるものと

調和する生き方と

行き方を

しませんか?

 

ご興味ある方は

以下をどうぞ。

↓↓↓

『人生を真剣に生きたいあなたへ』

 

人は本当にわかり合えるの?

 

人と人は

もっとわかり合えるはず。

 

そう信じて

努力をしている人ほど、

深い落胆を抱えて

いる場合があります。

 

まぁ、・・・

 

私もその一人かも

しれません。

 

こんなお仕事をして

いますので、

これまで本当に

様々な人間模様を

拝見してきました。

 

自分自身の心も

含めて、

人間の汚い部分も

随分と目の当たりに

しました。

 

人に裏切られたことは

たくさんあります。

 

私が人を裏切って

しまったことも

正直、あります。

 

特に昔は

たくさんの人を

傷つけてしまいました。

 

傷つけられたことも

ありますが、

傷つけたこともあります。

 

被害者としての

痛み。

そして、

加害者としての

痛み。

その両方を

体験しました。

 

それでも、

人と人は必ず

わかり合える、と

信じてきました。

 

信じれば信じるほど、

落胆も

大きかったです。

 

もちろん、

うれしい体験

幸せな体験も

数知れず。

 

やっぱ、人って

いいようなぁ、

という体験も

数知れず。

 

・・・・・・

 

今、

私は

人はわかり合える

信じているのでしょうか?

 

と、

私自身に問うと、

「わからない」

と返ってきます。

 

「時と場合による」

とも。

 

じゃあ、

人はわかり合える、

という信念を大事に

していけばいいのだろうか?

と問うと、

 

「そりゃあ、大事にできればいいけど、

無理にそう思い続けなくても

いいんじゃない?」

 

という極めて

いい加減な答えが

返ってきます。笑

 

そう。

 

「どっちでもいいじゃん」

 

というのが

本当のところです。

 

ただ私が信じているのは、

その人の

「真本音の言葉」

です。

 

いや、

信じている、

というわけじゃないな。

 

信じるも何も、

自然にこちらの心と

魂に

伝わってきちゃうんですよね。

真本音の言葉は。

 

信じなきゃ、

信じたい、

信じよう、

何もない。

 

自然に

伝わってきちゃうんです。

 

で、

こちらの心と魂が

ビリビリと

震えてしまうんです。

 

しびれるんです。

感動しちゃうんです。

 

こういう時です。

 

私がホントに

自然に、

普通に、

人間ってすごいよなぁ・・・、

思うのは。

 

で。

 

私は、単純に

その人の真本音の想いと

真本音の言葉と

真本音の行動が

より出やすくなるように

サポートする

だけなんです。

 

はっきり言って

あとはひょっとすると

何もしていない、

です。

自慢になりませんが。

 

でもそれをするだけで、

その人は

周りと調和を

始めてしまうんです。

 

そこに

私の意図は

ありません。

もちろん、

その本人の意図すら

ありません。

 

気がつけば、

本人も気づかない内に

調和が起きている

のです。

 

あえて、

「わかり合える」という

言葉を使えば、

「わかり合える瞬間」が

格段に増えて

いくのです。

 

・・・・・・

 

「信じる」

とは、

私は

「意志」だと思っています。

 

信じるかどうかは、

その人の意志。

 

そして

信じるかどうかは、

その人の自由です。

 

信じないからダメ、

とか

ホント、そんなこと

どうでもいい。

 

信じたいものを

信じればいいし、

信じたくないものは

信じなくていい。

 

ただ。

 

その人自身の

真本音度合いが

高まるといいな、と

ここだけは

私は強く

願っていますし、

祈っています。

 

わかり合えるかどうか?

 

それは

結果。

 

その原因は、

真本音の度合いが

高いか低いか?

 

それだけの

ことなんですね。

 

つづく

 

 

<ご案内>

セルフコーチングの目的を

一言で教えてください。

 

・・・と、もし問われたら、

 

「真本音度合いを高める

ためです」

 

と、私は答えます。

 

私がご紹介する

セルフコーチング手法の全ては

真本音度合いを高めることに

直結しています。

 

ご興味ありましたら、

以下の無料動画を

ご覧ください。

↓↓↓

『人生を真剣に生きたいあなたへ』

 

心の中に、ざわめきはありませんか?

 

昔、

私の心の中には常に

「ざわめき」

がありました。

 

一つの心のつぶやきを

すれば、

それが一石となり、

心の他の部分で

その「ざわめき」は

まるで永遠のように

広がり続けていました。

 

それは決して

気持ちの良いものでは

ありませんでした。

 

むしろ、

うるさい感じ、

騒がしい感じ、

そして

鬱陶しい感じ

でした。

 

恐らく今の私の

セルフコーチングの力で

それらの「ざわめき」を

見つめたとしたら、

その多くは

私の心のつぶやきへの

否定的な声達

だったでしょう。

 

喩えて言うならば、

あるタレントさんが

ツイッターか何かで

一言をつぶやくと、

炎上することがありますね。

 

あれに

似ています。

 

心の中の

炎上。

 

私が何かつぶやけば

炎上。

 

私が何か決めれば

炎上。

 

私の心の中は

奥底の方で

ずっとそれを

続けていた。

 

しかももちろんですが

それらの炎上は

決して見たくもなく、

私は常に

そのざわめき達に

フタをし続けてきました。

 

まぁその結果が

体を壊す、

ということだったのですが、

今考えれば

当たり前の結果です。

 

・・・・・・

 

なぜ、

ざわめくのか?

 

その根本的原因も

今となったら

わかります。

 

私は、

私の中にある

たった一つの「?」を

無視し続けていた

からです。

 

私の人生にとっては

その「?」は

とても大切なものでした。

 

しかしそれを

私は無視し続けたので、

それを一番よくわかっていたのは

私自身だったので、

そんな私を私の心達は

非常に否定的に

見ていたのですね。

 

ですから、

私が何か決めても

すぐに炎上していたわけです。

 

ではその

「?」とは

何なのか?

 

実は

とても単純な問いでした。

 

それは、

 

『このままでいいのか?』

 

という言葉になります。

 

私は本当に

このままでいいのか?

 

私の人生は

本当に

このまま行けばいいのか?

 

私は本当に

ここでこんなことを

していていいのか?

 

それら、

今ここにいる私自身への

疑問符でした。

 

よく、

 

自分を承認しなさい。

自分を肯定しなさい。

 

と、言われます。

 

もちろんそれは

大事です。

 

今の自分を承認できなければ、

未来を創ることは

できません。

 

しかし、

承認することと、

今の自分への疑問に

フタをすることは

まったく別のことです。

 

いえ、本当は

今の自分に対する

自分自身からの疑問や

疑念。

それらをしっかりと

理解することも

自己承認の重要な

一つです。

 

・・・・・・

 

『このままでいいのか?』

 

実はこの問いを

心の中に今、

強烈に持ち合わせている人が

増えています。

 

しかしこの問いと

向き合うのには

結構な勇気が必要です。

 

ですからほとんどの方が

フタをしてしまったり、

問い自体には気づいても、

 

「まぁ深く考えすぎるのは

よくないな」

「とりあえずは、毎日を

一生懸命過ごそう」

「とりあえずは、今目の前に

あることに集中しよう」

 

なっています。

 

これは残念ですが、

現実逃避

です。

 

今の自分にとって

最も重要な問いから

逃げているのですから。

 

それをすれば、

以前の私のように

心の中の炎上が

始まります。

 

それは

とてつもなく

自分自身のエネルギーを

奪います。

 

・・・・・・

 

『このままでいいのか?』

 

この問いと

しっかりと向き合うことで

間違いなく、

人生の道が

開かれていきます。

 

中途半端な

向き合い方は

ダメです。

 

向き合うならば

100%しっかりと

向き合うことです。

 

答えがすぐに

出なくてもよいですから、

この問いと

対峙し続けることです。

 

それができるのは、

自分自身しか

いないのですから。

 

つづく

 

 

<ご案内>

『このままでいいのか?』

という根本的問いを

持っている人を

私はぜひ

サポートさせていただきたいな

と思っています。

 

そのための

新しい実践型講座を

始めます。

 

ご興味がございましたら、

まずは無料動画を

ご覧ください。

↓↓↓

『人生を真剣に生きたいあなたへ』

 

伸びやかな発想をしてみましょう

 

伸びやかな発想が

必要な時って

ありますね。

 

仕事においても、

仕事以外においても。

 

コーチングでも

よく行なうのですが、

まずは

何物にも縛られない

自由な発想をした上で、

その発想を

現実的な行動へと

結びつけたりすると、

 

これまで開かなかった

道が

突然、開かれることが

あります。

 

「枠」に

捕らわれない発想。

 

今回は、

とても簡単で手軽な

その発想法の一つを

ご紹介します。

 

・・・・・・

 

やり方は実に

単純です。

 

まずは、

目をつぶります。

 

そして等身大の

自分を感じます。

 

自分の体の大きさと

同じ大きさの自分を

感じるということです。

 

それができましたら、

今度は

そんな自分が

グングンと大きくなる

イメージをしてください。

 

ただし

「イメージ」と表現しましたが、

実はちょっと

違いまして、

 

自分の体が

大きくなっていく姿を

頭の中でイメージする

わけではありません。

 

ではなく、

「感覚」で

自分を大きくしていくのです。

 

自分自身が

どんどん大きくなっていく

「感覚」を

創り出していただき

たいのです。

 

ですから

頭の中で映像を創り出し

それを見る

というようなことは

しなくてもよいです。

 

というよりも、

むしろしない方が

よいです。

 

感覚だけに意識を向け、

ただただ

感覚的に大きくなって

いけばよいのです。

 

これをずっとずっと

続けます。

 

すると、

途中で

何かの「枠」を感じると

思います。

 

ずっと

大きくなり続けていたのに、

急に壁に当たる感じがしたり、

何かに閉じ込められている

感覚を得たり、

ギュギュウに縛られている

感じがしたり。

 

ほぼ必ずどこかの段階で

そういった「感覚」が

くると思います。

 

もしまったく来ないなぁ、

ということでしたら、

まだ「巨大化」が

足りないということですね。

その場合は、

もっともっと自分を大きくして

いきましょう。

 

で、その閉じ込められた

ような感覚が

「枠」

です。

 

セルフコーチング力が

高まれば、

その「枠」が何かを

言葉ですぐに表現できる

ようになりますが、

慣れていないうちは、

まだそこまでしなくても

結構です。

 

で。

 

その「枠」を

内側から

壊してしまってください。

 

壊し方は簡単。

 

エイヤッと

自分を強引に大きくさせ

内側から「枠」を

破ってしまうのです。

 

卵の殻を破る

感じです。

 

もちろんこれも

「感覚」で行ないます。

 

すると途端に

自由になれた感覚や

解放された感覚を

得ると思います。

 

そうしたらさらに

自分を巨大化させて

いきます。

 

するとまたどこかで

「枠」を感じます。

 

で、そこでまたその「枠」を

同じようにして

内側から壊します。

 

そしてさらに

自分を大きくしていきます。

 

これをどんどん続け、

「もうこれで充分だな」

と自分が思えたところで

終了です。

 

その時点では

かなり「感覚的な自由」を

感じていると

思います。

 

その状態で、

様々な物事の発想を

してみてください。

 

例えば、

仕事のことや

自分の悩みごと、

自分の目標設定や、

目の前のやらねば

ならないこと、

など。

 

伸びやかな発想を

してみよう

ということであれば、

何でもOKです。

 

普段の自分とは

だいぶ異なった

自由な発想が

生まれます。

 

一度、遊び感覚で

お試しくださいね。

 

つづく

 

 

<ご案内>

発想力や直観力は

100倍くらいに高めることが

できます。

 

「100倍」と言うと

大袈裟な感じがしますが、

決してそうではありません。

 

例えば、

これまで一週間考え続けて

出なかった答えが、

たったの5分で

出るようになったりします。

 

その結果として

生産性は格段に

アップします。

 

ただしそのためには

的確な練習が必要です。

自分と向き合う力が

必要なんです。

 

そういった

発想力や直観力を高める

セルフコーチング法に

ご興味ありましたら、

以下の無料動画をどうぞ。

↓↓↓

『人生を真剣に生きたいあなたへ』

 

自分の中心にあるものは・・・

 

もし

自分という人間の

すべての中心が

たった一つの

「祈り」だとしたら、

 

あなたの中心にある

「祈り」とは

何だと思いますか?

 

祈りとは、

言葉で表現すれば

 

「〜〜しますように」

 

ということになります。

 

この「〜〜」の部分に

あなたの場合は

何が入ると思いますか?

 

これ。

 

結構、究極の問いだな、

と思うときが

あります。

 

たくさんの人と

向き合っていますと、

ある時ある瞬間に

その人の「祈り」を

ダイレクトに

感じることがあるのです。

 

しかしそれはもちろん

上記のような言葉として

表現できているわけでは

ありません。

 

それはまるで

エネルギーの塊のような

もので、

 

それがダイレクトに

こちらに向かって

きます。

 

そして、

私自身の祈りに

ダイレクトに突進し、

混ざり合い

融合し合い、

一つになったかと思いきや、

 

すぐに新たな

波のような

渦のような

竜巻のような

すごいエネルギーが

湧き起こり、

それが上昇し

それが私の全身を

包み込み、

私はその渦に巻き込まれながらも

それがとてつもなく

心地よく、

 

その心地よさの中で、

その人への「問い」が

浮かび、

その問いをその人に

投げることで、

その人は突然に

一気に脱皮をする

という、

 

・・・実はこんなことが

よく起こります。

 

祈りと祈りの

共鳴、響鳴。

 

祈りが祈りを

コーチングする。

 

祈りと祈りが

共に何かを創り合う。

 

そんな感覚です。

 

私はよく

「願い」という言葉を

使いますが、

すべての人の「願い」の

中心には

「祈り」があるのではないか、

そんな時はいつも

思うのです。

 

・・・・・・

 

あなたの祈りは

何だと思いますか?

 

それが

中心にある祈りなのかどうか、

は別として、

 

あなたが心の中で

呟くことで、

あなた自身の心が

豊かになる感覚の、

 

そして、

静かにエネルギーが

高まっていく感覚の

祈りの言葉を

見つけることは

かなりオススメです。

 

その祈りを

毎日、いつでもどこでも

呟き続けることで、

私達は

「本来の自分に戻る」

感覚を得ることができます。

 

その感覚で

一つ一つの自分の行動を

していけば、

真本音度合いは

かなり高まるでしょう。

 

日本人は

無宗教な国だと

よく言われますが、

宗教を信じるとか

信じないとか、

そういったこととはまったく

別の次元で、

 

自分の中にある

祈りを

自分自身で大切にすることは

とても

健康的なことであると

私は思います。

 

つづく

 

 

<ご案内>

自分の中心を自ら見つめることが

できる自分になりませんか?

 

自分と向き合う力を

高めましょう。

 

ご興味ありましたら、

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『人生を真剣に生きたいあなたへ』

 

脳を使わずに大切なものをキャッチする

 

「実在」を感じ取る

と言うことは、

脳を使わずに

あるがままのその存在を

感じ取るという

ことです。

 

私達がこの世界で

・見る

・聴く

・感じる

のは、すべて

脳を介しています。

 

あえて言えば、

脳という機関を使った

世界とのコミュニケーションで、

脳に何らかの問題が

起これば、

世界を感じ取れなくなる

ということです。

 

しかし本当は

脳を使わずに

受け取っていること

感知していることは

私達にはとても

多いのです。

 

いえむしろ、

そちらの方が

9割以上を占めると

思います。

 

もちろん、

脳が必要ないとか

脳の感知をやめましょう、

などというお話では

ありません。

 

ただ、

私達人間が本来持っている

物事を受け取る力

感知する力を

見くびってほしく

ないのです。

 

・・・・・・

 

「実在」を

感知する力。

 

私はすべての人が

この力を伸ばせるといいなぁ

と思っていますが、

 

しかしやみくもに

誰も彼もすぐに・・・、

とは思っていません。

 

実在を感知しても

良い人と、

今はまだそれを

しない方が良い人が

います。

 

その理由は

単純です。

 

準備ができているか

どうか?

 

なんです。

 

「準備」とは何か

と言いますと、

 

「あるがまま」を

受け取っても

耐えられるかどうか?

 

ということなんです。

 

脳を使わずに

「実在」をキャッチできるように

なれば、

自ずと私達は

「あぁ、すべては一つ

なんだなぁ、ホントは」

ということを

理屈ではなく、

実感できます。

 

それはとてつもなく

幸せな感覚なのですが、

その一方で、

辛いものも

感知してしまうのです。

 

例えば、

人の「悲しみ」。

 

それを感知すると、

それがまるで

自分の悲しみであるかのように

こちらも

悲しくなります。

 

しかし

当の本人は

その悲しみに気づいていない

ということも

あるのです。

 

なぜなら、

本人は脳を使ってしか

自分を理解できて

いないから。

 

脳を使っての

範疇でしか

自分の心を知れないから。

 

でも

よくあるのです。

 

本人がまったく

気づいていないところで

その本人が

とてつもなく深く

悲しんでいることが。

 

で、その人と

向かい合っていますと

その悲しみが

モロにこちらに

伝わってきます。

 

本人は

悲しみに気づいていない

のに、

こちらのみが

気づいてしまう。

しかも、

その悲しみは

非常に深く、

しかも、

本人はその悲しみを

さらに深める方向に

自分の人生の選択を

しようとしている。

 

・・・そんなケースは

多いのです。

 

そんな時、

私が

「あなたは本当はとても

悲しんでいるんですよ」

と伝えたとしても、

本人にはさっぱり

わかりません。

 

こちらは

何もできないのです。

 

こういったことが

日々、日常茶飯事のように

起こります。

 

これに

耐えられるか?

 

ということです。

 

こういったことに

耐えられる「準備」が

整った人は

「実在」をキャッチする力を

伸ばし、

「実在」をキャッチしながら

人をサポートする

ということを

されると良いでしょう。

 

その方が

格段に的確な

サポートができますから。

 

・・・・・・

 

『ザ・セルフ』

というセルフコーチング系の

新しい講座を

9月の終わり頃に開講する

予定です。

 

私の言うセルフコーチングとは、

その力を身につければ、

自然に「実在」を

キャッチする力が

伸びていきます。

 

そういう力を

伸ばしたいな、と

思われる人には

ご参加いただきたいのですが、

 

先ほども申しました通り、

準備ができているかどうか?

がとても重要です。

 

そこで、この新講座では

その人その人の

「準備」の状態に見合った

学び方や

実践の仕方、

そして、

セルフコーチング力の伸ばし方

かなりキメ細かくご提供

します。

 

講座ということですが、

実は、講座っぽくなく、

セルフコーチング力を伸ばすための

私のコーチングを受けて

いただく、

というのに近い場となります。

 

そのため、

少人数制で行ないます。

 

自分自身の

「実在」を知り、

人の

「実在」を知り、

自分を的確にサポートし、

人を的確にサポートしたい。

 

そんな方に

ご参加いただきたいですね。

 

ご興味ありましたら、

まずは無料動画から

ご覧ください。

↓↓↓

『人生を真剣に生きたいあなたへ』

 

・・・・・・・

 

「実在」をキャッチする力

すべての人に

伸ばしてほしいのですが、

 

でも、

一歩一歩ですね。

 

準備を整え

一歩進み、

また次の準備を整え、

さらに一歩

進む。

 

そういった着実性を

大事にしたいと

私は思っています。

 

つづく

 

自分を救えるのは自分だけ

 

私は私の人生を

歩みたいと

思っているのに、

どうしても

私ではない意思を

尊重してしまう。

 

本当は

こうしたい!

と思うのに、

そうではない選択や

行動をしてしまう。

 

そのうちに、

私が本当は

何を望んでいたのか?

という

自分自身の気持ちすら

わからなくなる。

 

そして、

今、抱いているこの

気持ちが、

本当の自分の気持ちなのか、

それとも

本当は自分が

望んでいないことなのか、

 

その区別すら

つかなくなる。

 

区別がつかないままに

日々、

流れていってしまう。

 

途中で、

まぁいいか、となる。

 

深く考えないでおこう、

となる。

 

そして気がつけば、

妥協ばかりをしていて、

しかし

妥協している自分を

見ること自体が

怖くて。

 

自分とまったく

向き合わないように

なる。

 

そして、

人生に対して

無気力に

なっていく。

 

いや。

 

無気力だと

自覚すればまだ

まし。

 

自分が無気力で

空虚感の塊に

なっていることすら

気づかなくなる。

 

いつの間にか

「自分」が

もう、ここには

いない。

 

ここには

私の体はあるけど、

心らしきものは

あるけど、

 

私の本質は

一つも

ない。

 

私は

どこに行って

しまったのだろう?

 

私は

本当に

生きているの

だろうか?

 

私とは

何だろう?

 

まぁ

いいか・・・。

 

・・・・・・

 

とても

傲慢なことであるとは

重々にわかっては

いるのですが、

 

私は、

人を救いたい。

 

自分と、

自分の人生を

失ってしまっている

人を

救いたい。

 

企業現場の中にいると

どうしても

そんな想いが

湧き上がってきます。

 

本当に

傲慢だと

わかっているのですが。

 

とはいえ、

私が他の人を

救えるはずが

ありません。

 

それも

わかっています。

 

その人を救えるのは

その人自身です。

 

でも

多くの人が

自分の救い方を

知らない。

 

知らなさ過ぎる。

 

私に

人を救うことは

できないけれども、

自分の救い方を

伝えることは

できる。

 

であれば、

それをどんどん

伝えていこう。

 

そう思うのですが、

これもやはり

傲慢でしょうか。

 

でも少なくとも

私は、

私を救うことが

できました。

 

もちろん

多くの人達の

援助と支えが

ありました。

 

その人達の

たった一人でも

もし出会えなかったら

私が私の人生を

取り戻すことは

できなかったでしょう。

 

でも

そういった事実を

すべて自覚した上で

やはり

思うのです。

 

私を救ったのは

私自身である

と。

 

そう。

 

これだけは

絶対的な

真実。

 

自分を救えるのは

自分だけ

なんですね。

 

・・・・・・

 

私は、毎日、

そう、

本当に、毎日、

私のクライアントさんに

お伝えしています。

 

「自分の思った通りに

生きてください」

 

と。

 

特に、

真本音度合いを高めた

クライアントさんには

口を酸っぱくして

伝え続けています。

 

様々な経験を

積んだ人ほど、

自分で自分を

縛ってしまいます。

 

私はそういう人が

自由になればいいと

本当に思っています。

 

真本音度合いの高い

人が、

自由になれば。

 

そこには間違いなく

調和が生まれます。

 

しかし、

「自由になっては

ならない」

「わがままは

絶対にダメ」

という「解釈」から

自分で自分を

縛ってしまうのです。

誠実な人ほど。

 

それは

誠実ではない!

今は、

あなたが

わがままに

自由に

振る舞うことこそが、

誠実なんだ!

 

と、

私は本当に毎日

全力でお伝え

しています。

 

・・・・・・

 

セルフコーチング。

 

自分と

向き合う方法。

 

無理に自分と

向き合うのではなく、

自然の摂理に則った

やり方で

自分と向き合い、

 

自分を理解し、

 

次の一歩を

決めて、

 

行動する。

 

「調和」と

「自由」は

本当は、

同義語です。

 

それを日々の中で

実感するための

セルフコーチングの

手法。

 

それを私はやはり

多くの人達に

お伝えしたい。

 

本当に今、

そう思います。

 

・・・・・・

 

ようやく、

セルフコーチング系の

発信ができることに

なりました。

 

新しい講座も

開講します。

 

電子書籍という

形をとりましたが、

動画もご覧に

なれます。

 

ぜひその

動画をご覧

いただきたいですね。

 

これからいよいよ

本格的に

始動します。

↓↓↓

『人生を真剣に生きたいあなたへ』

 

つづく

思い込みの夢はやめよう

 

あなたの夢は

何でしょう?

 

はっきり

わかりますか?

 

それとも

さっぱり

わかりませんか?

 

はっきり

わかる場合、

 

その夢は

本当に

あなたの夢ですか?

 

さっぱり

わからない場合、

 

あなたは

夢をわかろうと

していないのでは

ありませんか?

 

・・・・・・

 

実は、

夢が

・はっきりわかる場合

・さっぱりわからない場合

 

この二つは、

本質がまったく同じ

可能性があります。

 

つまりは、

 

本当の夢に

フタをしている、

 

という可能性が

あるのです。

 

夢は

はっきりわかる方が

良いではないか、

と言われそうです。

 

もちろん、

はっきりわかる方が

良いのですが、

多くの場合、

その「はっきり」が

自分の思い込みで

あったりするのです。

 

そして

その思い込みに

意識を向け続けることで、

本当の夢に

まったく意識が向かず、

本当の夢に

さっぱり気づかない、

 

という

そういったケースが

多いのです。

 

とても残念な

ことなのですが、

 

「私にはこういった

夢があります!」

 

と元気に語り始める

人の夢を聴いても、

こちらにスーッと

伝わってくることは

ほぼありません。

 

ということは

その人の真本音では

ないのです。

 

下手をすると、

その夢に向かうことによって

現実逃避に走っている

人もいるくらいです。

 

そういった場合、

夢を持つことで

人生に不調和が

起きます。

 

自分には夢があるのに、

その夢に向かおうと

しているのに、

さっぱり現実が上手く

進まない。

 

・・・という場合は

上記の可能性が

高いのです。

 

・・・・・・

 

むしろ、

 

「夢はあるような

気がするけど、

それが何かがよく

わからない」

 

と言っている人の方が

健全です。

 

なぜなら、

私達の真本音は

実は、

そうそう簡単に

「本当の夢」を

明確に顕在化

してくれませんから。

 

自分自身が

成長(進化)し、

ある一定のところまで

準備が整った時点で、

夢の一端を

観せてくれる。

 

そしてさらに成長し、

次の準備が整った

ところで、

さらに夢の一端を

観せてくれる。

 

・・・これが

真本音の行なうこと

です。

 

ですから人生は

まるで

宝探しのようなものです。

 

大切なのは、

自分自身の人生の

テーマ(課題)を

見つけることです。

 

もしくは、

探究したいことを

見つけることです。

 

そしてそこに意識を

向け、

毎日を過ごすことで

本当の夢へのヒントが

現れ始めます。

 

それは一種の

冒険のようなもので、

とても楽しいです。

 

自分は本当は

どこに向かっているのか?

 

何を目指して

いるのか?

 

わからないことを

素直に楽しみ、

だんだんと

わかるその瞬間を

素直に

楽しみましょう。

 

つづく

 

もっと成長したいよー!

 

私は、

私自身の力のなさと

自分の未熟さに

いつも

愕然とします。

 

またまた謙遜して・・・、

と思われるかも

しれませんが、

本当に

そう思うのです。

 

と同時に

こうも思うのです。

 

未熟なのが

人間なのだ、と。

 

未熟にこそ

人間としての

魅力が

いっぱいに詰まって

いるのだと。

 

とはいえ、

未熟さは

心と魂を搔きむしるくらいに

悔しいです。

 

もっと自分に

力があれば!

本当に思います。

 

目の前の

Aさんの力になれない

自分自身の

未熟さを思い知った時、

私は

傲慢だとわかっては

いるのですが、

何もできない自分を

本当に責めてしまいます。

 

私はここにいて、

Aさんの何が問題か?

がわかっているのに、

私には

何もできないのか・・・。

 

この悔しさを

現場でいつもいつも

私は

味わい続けてきました。

 

その悔しさと

申し訳なさが

私の道を創ってきた

という言い方も

ある面では

その通りに正しいのです。

 

・・・・・・

 

私は

もっと成長したい。

 

もっともっと

成長したい。

 

この世で

できることを

もっと増やしたいし、

もっと深めたい。

 

毎日毎日

そう思っています。

 

恐らく私の

この想いは、

世の中全体の

真本音の想いと

一致します。

 

高い次元においては

すべての人が

「一つ」

です。

 

すべての人の

真本音はつながっており、

いつも

同じ思いを共有

しています。

 

今、

すべての人の

共通の想いの

根底にあるのは

 

搔きむしるほどに

何とかしたい!

と思う

成長意欲です。

 

そこに共鳴している

からこそ、

私の中からも

その成長意欲が

ダムが決壊したかのように

放流されています。

 

・・・・・・

 

今の私の

最大のテーマは

後継者育成

です。

 

私と同じことの

できる人の

育成です。

 

おかげさまで

何人かの人達が

私と共に進もうと

してくれています。

 

私が彼らに

最も伝えたいのが、

この

成長への貪欲さ

です。

 

進化への

貪欲さです。

 

もちろんこれは

伝えてわかってもらう

類のものではありません。

 

しかし

すべての人に

そういった進化への

貪欲さは

既に最初から

存在しているのです。

 

その自らの欲求に

気づけるかどうか?

 

気づいた者は

その欲求に

素直に進むでしょう。

 

一見、

あまりに無茶なことでも

笑いながら

その方向に

進むでしょう。

 

私の後継者には

そここそを

受け継いでほしい

ですね。

 

・・・・・・

 

今日、私は

自分にできる

最大のことを

し尽くしました。

 

もうこれ以上の

一日はないな、

と思います。

 

そういった一日一日を

少なくとも

この8年間は

続けています。

 

でも・・・。

 

それでも私は

もっともっと

何とかならないか?

もっともっと

できることは

あるのではないか?

本当に強く

思うのです。

 

一日一日の

満足感は

半端ないです。

 

もちろん

後悔もありません。

 

でも、

これまでのままでは

いやだ!

とも、

一方で思うのです。

 

私は

もっと脱皮したい。

 

脱皮すべきものが

なくなったとしても、

それでももっと

脱皮したい。

 

そう思える

この素直な気持ちこそが

人間な本性なのだな、

と思い、

私は明日からも

これを大切にしながら

生きていきます。

 

つづく

 

心から応援します

 

あなたの中心にある

その、まるで

祈りのような願いは

 

この1ヶ月で、

とてつもなく

大きく、そして

深くなりましたね。

 

今のこの

一日一日は

とてもとても重要で、

 

今のこの

一日一日を

どう過ごすかによって

この後の

数十年の人生が

決まってしまう

くらいの

インパクトがあります。

 

恐らくあなたは

それを

無意識によく

おわかりなのですね。

 

あなたが

とても

「今この瞬間」を

大切にされていることが

わかります。

 

ですから、

あなたに意識を

向けるだけで、

 

それだけでもう私は

癒される感覚を

得るのです。

 

でも本当は

これこそが

私達人間の

本来の力なのですね。

 

世の中全員の人が

あなたのような

生き方ができれば、

どれだけ素晴らしいだろうと

私は思います。

 

あなたはある意味

とても

無垢です。

 

でもその一方で

人間の暗い部分、

汚い部分も

たくさんご存知です。

 

あなた自身の中にも

そういった部分は

たくさんあるでしょう。

 

でも

そんな自分もすべて

あなたは

その無垢な眼差しで

見つめています。

 

すべてを

許す眼差し。

 

だからこそ

人は癒されるのだと

思います。

 

あなたには

悩みがあります。

 

悩むことに対しては

あなたには

躊躇がありません。

 

落ちるときは

徹底的に

落ちますね。

 

で、

一番底まで落ちたら、

元気いっぱいに

また浮上してきます。

 

悩むことからも

落ちることからも

あなたは

決して逃げようと

しません。

 

生きるということに、

 

人間である

ということに、

 

とても真摯ですね。

 

あなたの

その願いは

何でしょう?

 

その

眩いばかりの

光のもとは

何でしょう?

 

あなたは今まだ、

自分自身の放つ

その光の強さに

戸惑っています。

 

まだまだ

自己コントロール力が

不足しています。

 

光が強ければ

強いほど、

コントロールが

効かなくなるという

矛盾のような状態に

今はありますね。

 

でも、

それもまた

人間。

 

それもまた

人生。

 

コントロールの

効かない自分と

向き合い続けることでしか

見つからないものも

あります。

 

それを今のあなたは

毎日、真剣に

為し続けています。

 

私はあなたを

本当に尊敬し、

本当に心から

応援します。

 

あなたと出会えたこと

そのものが、

私の誇りです。

 

つづく

 

今をかみしめよう

 

私達の人生には、

「今しかできないこと」

があります。

 

過去の自分では

できなかったこと。

 

と同時に、

未来の自分にも

できないこと。

 

つまりは、

今の未熟さがあってこそ

できること。

 

そういったものが

必ずあります。

 

今を大切にする、とは

今しかできないことを

やり切る

ということでもあります。

 

私達は

目指す自分の姿と

今の自分の姿と

見比べて、

「あぁ、まだまだだなぁ」

と落胆します。

 

そういった落胆が

成長意欲を掻き立てて

くれることも

確かにありますが、

 

今の自分は、

今のこの瞬間にしか

存在しないのです。

 

今の自分。

 

この自分。

 

ここにいる自分。

 

・・・だからこそできる

一つの行動。

 

それを一つ一つ

丁寧に

人生に刻みつけて

いきましょう。

 

・・・・・・

 

大変、ありがたい

ことですが、

私よりも若い方達が

 

「たけうちさんみたいな

力を持ちたい」

 

と言いながら、

私から学ぼうと

されています。

 

本当に

ありがたいことです。

 

彼らは、

自分と私(たけうち)の

能力を見比べて

「自分はまだまだ・・・」

と少し落ち込みます。

 

そしてとても真剣に

私に向かってきます。

 

そんな彼らの

真剣さと真摯さと、

彼らの放つエネルギーが

本当に心地よく、

 

あぁ、俺もう、

死んでもいいかな。

 

と思えるくらいに

幸せになります。

(死にはしませんが。)

 

でも、

彼らは、今の私(たけうち)と

自分自身を比べる

のですが、

そりゃ、能力劣っていて

当たり前ですよね。

だって、私は

22、3年もずっとこの仕事

続けてるんですから。

 

今の彼らの年齢の頃の

私は

はっきり言って

今の彼らの足元にも

及びません。

 

ですから私は

純粋に彼らを

尊敬しています。

 

尊敬できる人達に

教えることができる、

という

この悦び。

 

この悦びを

どう表現すれば

よいでしょうか。

 

・・・・・・

 

人一人の人生は

短いです。

 

ですから、

人の意志や願いや祈りは

人から人へと

伝承されていきます。

 

それをすることこそが

私達人間の

根本的欲求の一つ

だと思います。

 

一人の願いが

他の人の願いと共に

絡み合い、融合されながらも

永遠に続いて行く。

 

願いや意志は

目には見えませんが、

ずっと「ここ」に

残ります。

 

そういった自分の

願いに基づいて、

今ここを

大切にしましょう。

 

自分の願いに基づき、

今ここにいる、

今にしかいない

自分が、

今しかできないことを

するのです。

 

それが

人生です。

 

人生の

醍醐味です。

 

今を

かみしめましょう。

 

今は

今にしかありません。

 

今を

かみしめることが

できる人は、

永遠を

かみしめることが

できるのです。

 

つづく

 

風は吹いているかい?

 

目の前に

Aという道と

Bという道が

あったとします。

 

今、その

分岐点にいます。

 

どちらの道を

進むか?

を迷っています。

 

Aの道を見れば、

特に障害は

なさそうです。

 

道は結構

まっすぐに伸び、

先の先まで

見渡すことができます。

 

Bの道を見れば、

こちらには

ゴツゴツとした

たくさんの岩などが

見えます。

 

あんな障害物を

越えていかなければ

ならないのか、と

少しゲンナリします。

 

しかも障害物の

その先は

見えません。

 

その道が

どこまで続いているのか?

まっすぐ続いているのか?

さえも

わかりません。

 

さて、

どちらの道を

行きましょうか?

 

・・・・・・

 

難易度は

どう見ても、

Aの方が低そうです。

 

Bにはたくさんの

障害物がありますし。

 

充実度は、

わかりません。

 

Aは平凡そうですが、

AにはAなりの

充実感を得られそうです。

 

Bは冒険が

できるかもしれません。

 

でも、

いつも不安いっぱい

かもしれません。

 

でも、

「あえて困難な道を

行きなさい」

という話もあるもんなぁ・・・。

 

「苦労は買ってまでも

しなさい」

とも言われるし・・・。

 

でもひょっとすると、

ここから見える障害物を

越えさえすれば、

その先はとても

楽な道になっているかも・・・。

 

反対にAは、

ここから見ると楽そうだけど、

進めば案外、

ここからは見えない障害が

あるかも・・・。

 

どっちが

楽しいだろう?

 

どっちが

自分らしいだろう?

 

どちらにもそれなりに

楽しさはありそうだし、

自分らしさは・・・、

よくわからない。

 

う〜む、

どうしよう。

 

考えれば考えるほど

わからなくなってくる。

 

・・・・・・

 

こんな場合、

私だったらどうするか、

を書きますね。

 

私の場合、

極めて単純です。

 

わからない内は、

動かない、

のです。

 

そうは言っても

早く決めなければ

ならない時も

あるでしょう、

・・・とよく言われます。

 

しかし、

わからない内は

頑として

動きません。

 

わからない、

とは

「今、決めてはならない」

という

真本音からの

合図です。

 

今、決めてはならない

のに

今、決めてしまうと

後で必ず

混乱や混沌が起こります。

 

そして、

結局は物事の進みが

遅くなります。

 

「風が吹く」

まで

私は待つのです。

 

・・・・・・

 

風は

必ず吹きます。

 

どちらかの方向に

「追い風」が

吹くのです。

 

そうしたら、

「追い風」になる方向の

道を進みます。

 

それだけの

ことです。

 

そこに自分の解釈は

まったく

入れません。

 

ただし、

そのためには

「風を感じられる自分」

でいることが

大事です。

 

「風を感じられる自分」

とはつまり、

「真本音度合いの高い自分」

ということです。

 

常に毎日を、

「自分が本当に

大切にしたいものを

大切にした生き方を

し続けいる」

ことです。

 

そしてその上で、

ちゃんと自分の迷いと

向き合い続けること。

 

具体的には、

常に自分に

「問い」を投げ続ける

ことです。

 

この場合の問いとは、

 

「Aに行くか、Bに行くか?」

 

です。

 

これを常に自分に

問い続けます。

 

しかし

頭で答えを出そうとは

しません。

 

理屈で考えながら

答えを出すのは

ただの「解釈」です。

 

解釈による答えには

必ず「迷い」がつきます。

 

答えに「迷い」がついている内は

「答え」ではありません。

 

ですから「答え」が出るまで

ただただ、問いを自分に

投げ続けるのです。

 

そして「答え」は

「風」が教えてくれます。

 

これが

セルフコーチング

です。

 

・真本音度合いを高めた状態で

・自分に必要な問いを投げ続ける

 

シンプルに言えば

これがセルフコーチングの

真髄です。

 

これをすれば

常に最善の選択を

し続けることが

できます。

 

自分と向き合い、

現実と向き合う

人は、

風を感じられるのです。

 

つづく

 

6人の仲間を使った発想法

 

あなたの

「真の仲間だ」

と思える人を

6人選び、

思い浮かべてみて

ください。

 

6人をなかなか選べない

場合は、

とりあえずの6人

でも結構です。

 

その6人が

あなたの周りに

いるイメージを

してください。

 

あなたを中心として、

あなたを6人がぐるりと

取り囲んでいる

イメージです。

 

どの場所に

誰がいるか?

 

もっとも

しっくりきて

落ち着く場所を

設定してください。

 

あなたと

6人との距離も

最も落ち着くものを。

 

さて、

それができましたら、

 

目をつぶって、

しっかりと

自分が6人の中心にいる

ことを

実感します。

 

ここでもし

違和感があれば

メンバーや場所などを

修正してください。

 

違和感なく

カッチリとハマる

感覚があれば、

これはもう

イメージではなく

「実在」です。

 

そうなれたら、

6人すべてに同時に

意識を向けます。

 

向け続けます。

 

するとある瞬間から、

6人と自分が

 

「一つ」

 

になれる感覚が

くると思います。

 

そこまで集中して

続けてください。

 

・・・・・・

 

そこまでできたら、

次に

6人に問うてください。

 

「今の私は

ちゃんと私の人生を

送れてるだろうか?」

 

と。

 

すると、

6人の一人か二人から、

もしくは、

6人全員から

答えが返ってくると

思います。

 

その答えを聴いて、

さらに問いかけたいことが

あれば、

問いかけてください。

 

自由に

キャッチボールを。

 

それが終わったら

次の問いです。

 

「今の私が

最もしたいことは

何だろう?」

 

そして同様に

キャッチボール。

 

さらに次の

問いです。

 

「君達は(6人のことです)、

私に何をしてほしい?」

 

そして

キャッチボール。

 

その中で、

自然に、

あっ、今、

これをしよう!

 

とか、

 

あっ、今、

彼に連絡してみよう!

 

など、

「こうしよう」と思うことが

あれば、

すぐに実行に

移しましょう。

 

・・・・・・

 

私達にとって

「仲間がいる」

という感覚はとても

幸せなことです。

 

特に

「6人いる」

という感覚は、

私達に安定と共に

進化への意欲を

喚起してくれます。

 

ちょっと変わった

セルフコーチング法ですが、

とても面白い発想が

生まれますので、

ぜひ

お試しを。

 

つづく

 

逃げずに観察しよう

 

怖い。

 

・・・こんな感情が湧くとき、

私達は思わず

その怖いものから

目を逸らしてしまいます。

 

その瞬間から

私達の中には

解釈と

イメージが

始まります。

 

イメージとは

幻影です。

 

事実とは

異なるもの。

 

私達が勝手に

自分の解釈により

生み出しているもの。

 

それにより、

恐怖はますます

増長し、

ますます私達は

その対象を

見れなくなります。

 

見ないことによる

恐怖。

 

観ないことによる

恐怖。

 

これが私達を

苦しめます。

 

怖いものほど

光を

当ててしまう。

 

怖いものほど

つぶさに

観察してしまう。

 

その勇気を

出すことで、

私達はどれほど楽に

進めることか・・・。

 

・・・・・・

 

夏だけに、

最近よくテレビで

怪談話をしている

ようです。

 

もし、

あなたの目の前に

幽霊が現れたら

どうしますか?

 

多分、

怖いから

一目散に逃げようと

しますよね。

 

私も以前でしたら

絶対そうしてました。

 

でも

恐らく今の私は

その幽霊に

光を当てると

思います。

 

もし、

光がなければ、

暗い中でも

かなり真剣に、

その幽霊を

観察すると思います。

 

・・・というか、

毎日、それを

しているようなものですけど。

 

私は日々、

たくさんの人達から

エンティティ

(ストレスの実体化したもの)

を受け取っています。

 

エンティティとは

日本語で

「生き霊」と

訳されます。

 

まぁ、恐らく、

幽霊というのは

こういうのを言うのだろうな、

と毎日思っています。

 

それはもう

なかなかに凄いです。

 

どんな人にも

エンティティは必ずあり、

それを私は大量に

受け取るので、

毎日が

幽霊だらけのような

ものです。

 

で、私は帰ってから

その幽霊たちを

つぶさに観察します。

 

実は彼らは

観察するだけで

成仏していきます、

多くの場合。

 

観察とは

意識を向けること。

 

意識を向けるとは、

愛のエネルギーを

注ぐ

第一歩です。

 

つまり彼らは

愛を求めています。

 

その愛を感じることで

彼らは

どんどん浄化、

成仏します。

 

私は彼らの声を

聴きます。

 

彼らの声を聴くことで、

エンティティの持ち主が

普段、どのような傾向の

苦しみを抱えているのかを

理解することができます。

 

実は、

エンティティの浄化で

夜眠れずに

朝までかかってしまった

ということは

ザラにあります。

 

実は、

私がこのブログを

夜中に書いていますのは、

どちらにしても

エンティティの浄化を

夜中に行なうためです。

 

浄化して

スッキリしたところで

このブログを

書いています。

 

まぁ時々、

スッキリできないままに

書くこともありますが。

 

しかし、

真本音度合いを

高めれば、

どれだけ強い

エンティティでも

それによってこちらが

揺らぐことは

一切ありません。

 

真本音の光は

エンティティを

癒すのです。

 

エンティティ達は皆、

「ありがとう」と

言いながら

成仏していきます。

 

こういうの

霊感っていうのかなぁ?

 

でも私には

霊感があるとは

思えないのですよね。

 

ただ実在を

キャッチしているだけ。

 

実在のキャッチと

霊感は

本質的に異なるものだと

私には思うのですが、

まぁ、

よくわかりません。

 

・・・・・・

 

光を

当てましょう。

 

怖いものがあったら、

そこに光を

当てるのです。

 

そしてそれらを

つぶさに

観察します。

 

事実がどうなのか?

 

実際がどうなのか?

 

を知るのです。

 

それだけのこと。

 

それだけのことで

道は

観えてくるのです。

 

逃げる人生は

苦しい。

 

向き合う人生は

楽。

 

その単純な法則を

大切にしたいですね。

 

つづく

 

真の破壊を成そう

 

人生においては、

様々な覚悟が

必要です。

 

その中でも、

私達人間が私達自身に

与える最大級の覚悟

の一つは

 

「自己破壊の覚悟」

 

でしょう。

 

破壊。

 

・・・怖いですね。

 

これまでに構築したもの、

これまで継続してきたもの、

これまで育んできたもの、

 

それらを

破壊することは、

とてつもなく怖く、

そして

いやなことです。

 

よく、

「創造のための破壊」

と言われますが、

でも実は、

創造を視野に入れた破壊

とは、

もうその時点で

中途半端なものに

なってしまいます。

 

破壊するなら、

破壊のみに

徹する。

 

徹底的に

破壊のみに

集中する。

 

それが必要な時が

私達の人生には

必ず訪れます。

 

訪れますが、

破壊を回避することも

また

できます。

 

徹底的な破壊ではなく、

中途半端な破壊で

済ますこともできます。

 

しかしそれをしても、

残念ながら

その後の「創造」は、

中途半端になりますし、

新たに創造したものは、

それまでの次元と

何ら変わりません。

 

徹底的に

破壊すべきものを

破壊する。

 

その勇気を持つことが

必要です。

 

・・・・・・

 

先ほど書きました

「自己破壊」。

 

破壊の中でも

これほど怖いものは

ありません。

 

自己破壊とは

もちろん、

自分の体を破壊する

ことではありません。

 

自分の心を

破壊するのです。

 

正確に言えば、

自分の

「心のパターン」を

破壊します。

 

しかしながら、

「心のパターンを

破壊すればいいんだ」

という程度の覚悟では

絶対に成せません。

 

自分そのものを

無にするくらいの

覚悟を持った時に

初めてそれは

成されます。

 

なぜこのようなことを

書くかと言いますと、

今、

自己破壊の前で

戸惑っている人が

増えているからです。

 

自己破壊とは、

その人自身の

真本音の意志の

一つです。

 

もちろん、

自己破壊しても

本当に自分がなくなる

ことはなく、

破壊することで

その後に

「本来の自分」が

目覚めます。

 

しかしやはり、

「本来の自分が目覚める

から、破壊しよう」

では、

決して破壊は

成されないのです。

 

それどころか、

当の本人にとっては

そんな理屈は

どうでもよく、

自分が壊れていく

恐怖感のみがあまりに

大きく、

その恐怖に

恐れおののくばかりです。

 

ですから私は

あえて申します。

 

その恐怖に

毅然と立ち向かって

ください。

 

自分がなくなってしまう

という

あまりに深い喪失感に、

毅然と

立ち向かってください。

 

「私」が消えてしまう。

 

明日から「私」の人生で

なくなってしまう。

 

そのような

悲しみに

毅然と

立ち向かってください。

 

そして

自分の「電源」は

自分で切るのです。

 

完全に

「デリート」

するのです。

 

それができるのは

自分だけです。

 

・・・・・・

 

私は「自己破壊」を

これまで何度も

経験していますが、

初めての時は、

怖くて怖くて

一晩中、朝まで

泣き続けました。

 

でも、

この「破壊」をしなければ、

私は私の望む人生、

そして私の使命を

果たせないことも

よくわかっていました。

 

「破壊」とは

無になることではなく、

新たな「命」が

始まることも

頭ではわかっていました。

 

でも、

自分が自分で

なくなってしまう

あの感覚の前では

すべてが机上の空論に

思えました。

 

それでも

一晩泣き続けた後に

意を決して

私は自分を

「デリート」しました。

 

で、

次の瞬間に

「普通」に

戻りました。

 

私は

私でした。

 

でも、

何かが全然

違う。

 

自分を

取り戻した感覚。

 

満たされた

感覚。

 

あの日から私は

急激に

「実在」を感じ取る

力が伸びました。

 

私に必要な力が

目覚めたのですね。

 

破壊の勇気を

出した人のみが

得られるものが

あります。

 

しかしそれは、

何度も言いますが、

得られるものを得る

ための破壊では

中途半端で

得られません。

 

徹底的な

破壊を。

 

完全デリート

を。

 

今、あなたには

それが必要です。

 

つづく

 

命を開放しよう

 

毎日、人と

向き合っていますと、

 

人って

可愛いなぁ・・・。

 

って思う瞬間が

いくつもあります。

 

その度に私は

まるで恋心を

抱いた時のように

胸がキュ〜ンと

します。

 

この

キュ〜ンを味わいたくて、

私はこのお仕事を

続けているのかも

しれません。

 

特に、人の

可愛らしさを感じるのは、

その人の

「命」

をダイレクトに感じ取った

瞬間です。

 

私達は皆、

もちろん命が

ありますが、

 

その命の光、

・・・命の力と言いますか、

それを多くの人が

包み隠しながら

生きています。

 

命があるのに

まるで命があるのが

いけないことのように、

自分の命を

隠しながら生きている

のです。

 

でも、

その人の真本音度合いが

高まると、

だんだんとその人の

命が

あらわになってきます。

 

で、ある瞬間に

ツルンと

その人の命を覆っていた

何か余分なものが

取れてしまうことが

あります。

 

ツルンと取れたら、

まばゆいばかりの

命の光が

あらわになります。

 

その瞬間はまるで

その人自身がもう一度

赤ちゃんに戻ったかのような

そんな空気感になります。

 

そして私は

キュ〜ンとなります。笑

 

人には皆、

可愛さがあります。

 

本来は

可愛い存在なのです。

みんな。

 

確かどこかのドラマで

「可愛さこそ最強」

というセリフを聴いたことが

ありますが、

私もそう思いますね。

 

・・・・・・

 

あなたの命の光は

本来は

何色ですか?

 

その光を

あなたは

覆っていませんか?

 

もし覆っていたと

したら、

どうすれば

光を開放できますか?

 

私達には

命があります。

 

命を大切にする

とは、

命を開放する

ということです。

 

命を開放することで

初めて、

私達は望む人生を

歩むことが

できるのです。

 

つづく

 

環境を愛しているかい?

 

私は

クライアントさんが

自由になるための

サポートを

させていただいています。

 

しかし

「自由」という言葉を

使えば、

残念ながらよく誤解が

生じます。

 

誤解の中で

最も大きなものは、

 

「私は自由な人生がいい。

でも、今のこの環境にいては

自由になれない。

だから、

環境を変えたい!」

 

というものです。

 

今の環境では

自由になれないから

環境を変える。

 

・・・これって

自由でしょうか?

 

環境を変えなれければ

自由になれないのだと

したら、

その時点でその人はもう

不自由な人生を

生きています。

 

・・・・・・

 

23歳の時。

 

私は旅をしました。

 

世界で10指に入る

最貧国の一つと言われる国を

旅しました。

 

そこで私と同じ

23歳の若者と

出会いました。

 

その国の人達は

ほぼ、

真面目に働いて

いませんでした。

(あくまで私の印象です。)

 

しかしその若者は

朝6時から夜中の12時まで

働き尽くめでした。

 

私は彼と一週間でしたが

生活を共にしました。

 

私は彼の生き方に

驚愕していました。

 

周りの誰もが

働いていないのに、

なんで彼だけが

これだけ懸命に

働くのか?

 

彼は自分の事業を

起こしていましたし、

ボランティア活動も

していました。

 

病気の人がいると

聞けば、

その人のもとに

駆けつけていました。

 

彼は毎朝4時に

起床し、

毎朝必死に

お祈りを捧げていました。

 

一週間経ち、

私が彼のもとを去る時、

思い切って彼に

訊いてみたんです。

 

なぜ、

そんなにも懸命に

働くのですか?

他は誰も

がんばっていないのに・・・。

 

すると彼は

びっくりするような

純粋な目を

私に向けました。

 

そして

びっくりするような

笑顔。

 

で、あえて

片言の日本語で

私に伝えたのです。

 

「私はこの国を

愛しています」

 

「私はこの国を

みんなが幸せになれる

国に変えたいのです」

 

この一言は

恐らく私のその後の

人生を

大きく変えました。

 

・・・・・・

 

この環境では

自由でいられる。

 

でも、

この環境では

自由ではいられない。

 

・・・これこそ、

不自由だと

思いませんか?

 

どのような環境でも

自分の本当の想いに

素直に

生きていける。

 

そういった人こそが

本当に自由な人であると

私は

学ばせていただきました。

 

私達の真本音は

環境を

選びません。

 

状況を

選びません。

 

どんな時も

どんな環境でも

どんな状況でも

揺るがずに

そこにあるのです。

 

それが

私達の

真本音です。

 

つづく

 

中心軸と共に生きる

 

あなたの中心軸を

イメージしてみてください。

 

もし可能であれば、

中心軸の「実在」を

感じ取ってください。

 

そして、

ちょっと変な質問

ですが、

 

その中心軸を

本来の大きさに

してください。

 

すると

いかがでしょう?

 

中心軸よりも

あなたの方が

大きいですか?

 

それとも、

あなたよりも

中心軸の方が

大きいですか?

 

あなたの中に

中心軸が

ありますか?

 

それとも、

中心軸の中に

あなたがいますか?

 

・・・・・・

 

そしてあなたの

中心軸は、

 

天と

つながっていますか?

 

地と

つながっていますか?

 

天とつながっている場合、

それはどこまで

伸びていますか?

 

宇宙の果てまで

伸びていますか?

 

地とつながっている場合、

それは

地球の中心まで

伸びていますか?

 

地球の中心から

宇宙の果てまで

しっかりと

つながっていますか?

 

・・・・・・

 

そしてその中心軸は

まっすぐ

ですか?

 

それとも、

どこかで曲がって

いますか?

 

どこかで

ねじれていませんか?

 

どこかで

途切れていませんか?

 

・・・・・・

 

その中心軸は

何色ですか?

 

その色は、

あなたにとって

居心地の良いもの

ですか?

 

あなたにとって

癒される色ですか?

 

あなたに

パワーを与えて

くれますか?

 

・・・・・・

 

その中心軸は

光り輝いていますか?

 

それとも

ただの固体

ですか?

 

光り輝いている場合、

それは

自然な光ですか?

 

その光は、

あなただけでなく、

すべての存在に

パワーを与えて

くれますか?

 

・・・・・・

 

天と地をつなぐ、

揺るぎなさ。

 

そしてそれは

とても居心地がよく

癒され、

しかもパワーを

与えてくれる。

 

そして、

あなたはその中心軸の

中に

安心して

入っていられる。

 

もし

そのような状態であれば、

あなたの今の日々は

調和しています。

 

たとえもし今、

表面的(現実的)には

不調和があったとしても、

混乱の中にいても、

その不調和や混乱自体が

調和のための

一つの要素です。

 

安心して

不調和や混乱を

楽しんでください。

 

もし、

自分自身の中心軸に対して、

居心地の悪さや

違和感や

弱々しさを覚える場合は、

中心軸のどこに

それらを感じるのか?を

しっかりと

見つめてみてください。

 

そして

その原因を

探ってください。

 

見つめていれば、

何となく原因は

わかるはずです。

 

なぜならそれは

自分自身が一番

わかっていることですから。

 

私はいつも

このようにして

自分自身の中心軸チェック

をしています。

 

自らの中心軸と

淀みなく

共にいられれば、

毎日の充実感と満足感は

半端ないです。

 

皆さんもぜひ、

お試しください。

 

つづく

 

一年経ちました

 

ブログを毎日書こう、

と決めて

書き始めたのが、

昨年の8月7日です。

 

気がつけば、

もう一年です。

 

おかげさまで、

土日も含め、

一日も休むことなく

書き続けることが

できました。

 

このブログを

書くにあたって

決めていたことが

ありました。

 

一つは、

書き溜めは

しないこと。

 

つまりは、

毎日、一記事ずつ

着実に書き続けること。

それを

習慣化すること

でした。

 

もう一つは、

自分の中では

一切の妥協を

しないこと。

 

そのため、

一記事書くのに

平均で2時間は

かかりました。

 

時には、

6時間、7時間とかかり、

気がつけば朝だった、

ということも

一度や二度では

ありません。

 

写真にもこだわり、

写真選びだけで

2〜3時間かけたことも

何度もあります。

 

お客様と夜に

お食事に行くことも

私は多く、

結構ベロンベロンに

酔っ払いながらも

必ず記事だけは

書きました。

 

習慣化というのは

凄いですね。

 

どれだけ疲労困憊して

帰宅してから

倒れるように眠って

しまっても、

ちゃんと夜中には

パッチリと

目が覚めます。

 

・・・・・・

 

なんでここまでして

書き続けなければ

ならないのだろうか?

 

という問いは、

実は、

ほとんど浮かんだことは

ありません。

 

ただ、

毎日、

本当に毎日ですが、

もうすべてを書き尽くしたな、

さすがにもう

書くことなんてないよな、

と、

記事を書く前には思います。

 

それでも、

私の真本音は

「書くこといっぱいあるよ」

と私に告げます。

 

そしてその通りに、

文章が浮かんできます。

 

よく、

夜中に書いた文章は

朝になって読み返すと、

恥ずかしくなってしまうという

お話がありますが、

そういったことも

一度もありませんでした。

 

やはり、

真本音に委ねるというのは

面白いものです。

 

・・・・・・

 

いつまでこのブログを

書き続けるか?は

私(顕在意識)には

わかりません。

 

私はただ、

毎日を自分の真本音の

意思通りに

進めるだけです。

 

真本音の人生は

楽しい。

愉しい。

 

ただそれだけのことを

お伝えするために

いろいろと

書き続けているだけの

ような気もします。

 

書くたびに

いろんな人のお顔が

浮かびます。

 

私は一人では

書いていません。

 

いつも皆さんと

共にいます。

 

皆さんの真本音と

私の真本音の

コラボが、

文章になって現れている

のだと思います。

 

それが続く限りは、

私はこのブログを

続けようと

思っています。

 

つづく

 

執着と向き合ってみよう

 

今のあなたにとって

最も大切なものは

何ですか?

 

こう問われると、

いろいろなものが

浮かぶと思いますが、

あえて

一つを選んでみて

ください。

 

その

最も大切なものを

あなたは

手放すことが

できますか?

 

こう問われると

もちろん、

「手放せます」

と答えられる人は

ほぼいないと思います。

 

そしてもちろん、

手放さなければならない

ものでもありません。

 

でも、

あえて

「手放すことが

できますか?」

と問われた時の、

あなたの心の動きに

注目してください。

 

・・・・・・

 

「いや、手放せませんよ」

 

とほとんどの人は

思うでしょう。

 

問題は

その答えでは

ありません。

 

そう答えている

自分の心の

その「奥」を

覗いてほしいのです。

 

「奥」

というよりも、

「土台」

と言った方が

よいかもしれません。

 

「手放せませんよ」

という心の

「土台」

を感じてください。

 

その「土台」は

光り輝いていますか?

 

それとも

暗いものですか?

 

それは

心を癒してくれるような

気持ちの良いものですか?

 

それとも

ネチョネチョした

いや〜な感じのする

ものですか?

 

・・・・・・

 

もしネチョネチョした

いや〜な感覚の

ものでしたら、

それを「執着」と言います。

 

もちろん

「執着」は誰にも

あります。

 

それがあるからダメです、

というお話でも

ありません。

 

「土台」が執着で

あるならば、

その執着の中身を

観察してほしいのです。

 

じーっとその執着の

いや〜な感覚を

あるがままに

感じてみてください。

 

その執着を

完全に味わい尽くそう

もしくは、

細部まで観察し尽くそう

としてみてください。

 

そうすると何となく、

その執着が

何を望んでいるか?が

わかるかもしれません。

 

そうです。

 

執着にはすべて

「望み」があります。

 

その「望み」が

普段、満たされていないが

故に、

その執着が生まれると

言ってもよいでしょう。

 

自分の中の

満たされていない「望み」。

 

それが何か?

を自分で理解することは

とても重要です。

 

なぜならそれを

満たしてあげられるのは

自分自身だけですから。

 

・・・・・・

 

今の私はおかげさまで、

「土台」は

光り輝いているのですが、

 

昔の私は

もう、ドロドロでした。笑

 

執着の塊。

 

私にとって一番大事なもの

について、

「それは俺のものだ!」

と私の執着は

叫んでいました。

 

そして、

「俺が支配者だ!」

とも。

 

つまり私は

私自身が支配者に

なりたかったのですね。

 

当時の私には

非常に厳しい師匠がおり、

ある意味、毎日

自分をいかに抑え込むか?

ばかりを考えていました。

 

恐らくその反動で、

支配欲が強烈に

高まっていたのだと

思います。

 

問題なのは、

その支配欲に私自身が

いっさい気づいていなかった

ことです。

 

ということは、

私の知らないところで

私のちょっとした行動や

表情や、振る舞いや、

そして空気感などで、

私の支配欲は常に

私から滲み出いていた

はずです。

 

私は無意識に

支配欲を持ち、

無意識に

支配欲を抑えこみ、

無意識に

それが滲み出ていた。

 

そんな私が

日々を送れば、

どのような人生になるかは

一目瞭然ですね。

 

・・・・・・

 

自分の執着を

否定するのではなく、

自分が何に執着しているのか?

をあるがままに

自分が知ることは

大変、意義のあることです。

 

自分が知るだけで

それだけでもう、

その人の空気感は

変わるのですよ。

 

つづく

 

チームにも魂が宿ります

 

私は年間契約で

継続的に企業様に

サポートに入るケースが

多いのですが、

 

毎月、その企業様に

通い続け、

皆様の真本音度合いが

高まる中で、

 

ある時ある瞬間に、

 

その会社独自の

「真本音の願い」

が誕生するのを

必ず

感じ取ります。

 

この瞬間。

 

これは

言葉では言い表せない

くらいの

嬉しさに

私は満たされます。

 

その会社の

真本音の願い。

 

これは、

個人個人の

真本音の願いとは

また少し

違った次元のものです。

 

例えば

100人の社員さんが

いたとして、

その100人の願いが

すべて集積・集約されて

その会社の願いが

醸成される

わけではないのです。

 

それは、

 

ポンっと

 

まったく新しい

命として

生まれるもの

なのです。

 

・・・・・・

 

よく、

自分の人生の願いと

会社の願いの

共通部分を

見つけ出したり、

増やしたりしながら

働くことが大切です、

 

と言われます。

 

確かに

その通り。

 

その通りなのですが、

私はここで

いつもちょっとだけ

違和感を覚えます。

 

共通部分を

見出すということは、

逆に言えば、

ズレた部分もある、

ということです。

 

もちろん、

自分=会社で

ない限り、

ズレた部分はあります。

 

それは当然ですが、

でもやはり、

私は

違和感を覚えます。

 

自分=会社に

なりなさい、

というお話では

ありません。

 

自分は自分。

 

会社は会社。

 

それは

その通り。

 

でも、

ちょっと違うのです。

 

・・・・・・

 

その会社に

真本音の願いが

生まれると

大きく変わることが

一つあります。

 

それは、

私自身が、

「その会社の真本音」

と語り合えるように

なるのです。

まるで個人の真本音と

語り合うように。

 

会社は

法人と言いますね。

 

それは一人の

人として見立てた

言い回しなのですが、

 

まさしく

会社の真本音の願いが

生まれるということは、

一人の人間が

誕生するのと

同じようなものです。

実在レベルでは。

 

で、私は、

実在レベルで、

その会社の真本音と

語り合いながら

サポートを進めます。

 

多くの場合、

そこからサポートの展開が

大きく変わります。

 

現実の展開が

大きく変わるのです。

 

私から観れば、

そこにいる社員さん達と

その会社は、

 

「一つ」

 

だと、どうしても

思えてしまうように

なるのです。

 

先程も書きました通り、

個人と会社は

別物ですし、

皆さんはもちろん

そう思っています。

 

そこは何も

変わらないのですが、

でも、

どうしても、

皆さんが

 

「一つ」

 

に観えてしまうのです。

 

もちろん

「一つ」だからと言って、

皆さんが

会社人間になってしまう

わけではありません。

 

考え方が

統一されるわけでも

ありません。

 

愛社精神が

一気に高まるわけでも

ありません。

 

仕事に対する

考え方も

変わらないでしょう。

 

それでも

「一つ」

なんです。

 

そして、

「一つ」である皆さんに

私が向かい合うと、

 

今、

誰にどんなサポートを

すれば良いか?

 

という次の一手の

ヒントが

とても掴みやすく

なるのです。

 

その会社が

大きく変わり始めるのは

そこからです。

 

・・・・・・

 

会社も組織もチームも

本来は

「生き物」です。

 

しかし、最初は

魂がそこには

存在していません。

 

ですからそれまでは

単なる

「個人の集合体」

です。

 

でも、

ある時から魂が宿ることで、

それは

「生き物」として

誕生します。

 

そうなることで、

そこにいる人達は

「一つ」

となっていくのでしょう。

 

そして

「一つ」になることで、

ますます

一人一人の個性は

際立ち、

異なる個性同士が

相乗効果を発揮

し始めるのでしょう。

 

この状態に

なるところまでが

まずは私の

サポートの第1幕。

 

そして、

第2幕からが

本当の意味での

躍進ステージに

入っていくのです。

 

つづく

 

自信がなくてよかった

 

今から振り返れば

とても

感謝なのですが、

 

私はこの人生において

本当に自信を持てた

という経験が、

 

恐らく

一度もありません。

 

もちろん今も

自信は

ありません。

 

「自信」とは

多くの場合、

自分の持っている

能力に対して

持つものだと思いますが、

 

私は、今、

そして、これから、

私がやろうとしていることや

私が進もうとしている道に

対して、

それに見合った能力が

あるとは

到底思えないのです。

 

ですから、

どうしても

自信を持つことが

できません。

 

ずっと

そういった人生

でした。

 

以前はそれが

いやでいやで

しょうがなかったのですが、

今はそれに

感謝しています。

 

なぜなら

私のような人間が

自信など持ってしまっては

間違いなく

真本音の道を

踏み外していたと

思うからです。

 

・・・・・・

 

これから自分が

やろうとすることに

対して、

それに見合った

充分な能力が

自分にはある。

 

もしそう

思えたとしたら、

私は間違いなく

自分の能力に

依存

していたでしょうね。

 

能力を発揮する

そのこと自体に

気持ちよくなり、

能力を発揮するための

人生に

なっていたでしょう。

 

能力至上主義。

 

ここに陥ると

自分の真本音の想いが

わからなくなります。

 

能力とは

あくまでも手段

だからです。

 

能力を発揮することが

自分を活かすこと

だと

思われがちですが、

 

いえいえ、

それを目的にしてしまうと、

自分の本当の人生は

観えなくなって

しまうのではないでしょうか。

 

私だけかな?

 

本当の意味で

自分を活かすとは、

自分の真本音の想いや

願いに向かって

進むこと。

 

その道を進むことで

人は進化を始め、

 

進化の過程でこそ

本来の能力が

芽生えます。

 

しかも本来の能力は

他者との調和を

生み出します。

 

つまり、

真本音の道を

進めば進むほど、

どうしようもないくらいの

苦手分野が見つかります。

 

あっここは

自分には無理だ、

と。

 

ここは

自分はできるけど、

ここはできない、と。

 

ここは、

自分が探究すべきだけど、

ここは探究しては

ならない、と。

 

そういったことが

実に自然に

わかってきます。

 

それにより、

他の人達とのコラボが

進みます。

 

真本音の願いとは

自分一人の能力では

決して実現できない

ものです。

 

人は

人と関わることで

初めて進化をし、

 

その進化を求めることが

人の本能の中心

ですから、

 

人は、人とコラボすることを

前提に

生まれてきた生き物

なのです。

 

それが

自然の摂理。

 

そこを外れること

自体がもはや、

自分の本当に望む道、

つまりは真本音の道から

外れることなのです。

 

・・・・・・

 

私は

自信のない人生で

よかった、と

今は本当に思えます。

 

そしてこれからも

人生を終えるその時まで

自信がないままで

進めるといいな、と

思います。

 

自信がないことで、

私が得ることが

できたのは

「確信」

です。

 

人と関わりながら、

一歩一歩を歩む

その瞬間、

その現場の中で、

「確信」は

必ず生まれます。

 

あっ、今

これをすれば

いいんだな。

 

今は、

これを伝えれば

いいんだな。

 

今は、

これはしては

ならないんだな。

 

今は、

これは後回しに

すべきなんだな。

 

そういった、

一歩一歩の「確信」が

日々、発生します、

当たり前のように。

 

自信を持った私だったら、

これは決して

得られなかったと

今になって

しみじみわかるのです。

 

つづく

 

その焦りは、どこから来る?

 

今、

あなたの人生を

あなた自身が進む

スピードは、

 

あなたが本来

望んでいるスピードに

達していますか?

 

それとも、

まだまだ

達していませんか?

 

私達人間は、

自分が本来

望んでいるスピードに

達すると、

まるで止まっているかの

ような

静けさと

安定感と

安心感を

得ることができます。

 

とても楽チンに

なります。

 

不思議ですね。

 

でも、

よくよく考えると

全然不思議では

ありません。

 

私達は

「進む存在」として

生まれてきたのですから。

 

「進化」の形が

「人間」なのですから。

 

・・・・・・

 

今、

自分が本来望む

スピードを

ますます高めようと

している人が

急増しています。

 

たとえ、

まだ望むスピードに

達していなくても。

 

達する前に

もう

もっと加速しようと

真本音で決めてしまう

のです。

 

そんな人が

急増しています。

 

ですからある意味

大変です。

 

今のこの潮流を

感じるにつけ、

凄い時代になったものだ

私は感嘆しています。

 

しかし一方で、

望むスピードと

現時点でのスピードの

乖離が

ますます大きくなる

傾向にもあります。

 

それは

潜在意識レベルでの

「焦り」を

生みます。

 

その「焦り」が

蔓延しているのも

ここ最近の

特徴です。

 

・・・・・・

 

自分が

「進化」のスピードを

速めようとしている。

 

という事実を

まずは知ること、

実感することが

大切なのですが、

 

そのためには、

自分自身としっかりと

向き合わねば

なりません。

 

自分の「加速欲求」を

知らずに、

ただ漠然と

「焦り」ばかりを感じ、

 

自分が何に焦っているか

がわからないままに

ますます焦り、

 

この焦りは

ここから来るのだと、

このことで悩んでいるから

自分は焦っているのだと、

まるでトンチンカンなところで

悩みを設定している人が

多いです。

 

悩みの観点が

まったく違っていますから、

その悩みの答えを

たとえ見つけられたとしても、

焦りはまったく消えない

どころか、

ますます高まって

しまいます。

 

今のこの時代ほど、

自分と向き合う

ということが

必要な時代はありません。

 

自分自身のことなのに、

まったく

自分が理解をしていない。

 

自分が何に

焦っているかさえも

理解していない。

 

この状況から

一刻も早く脱却した

世の中にしたいものです。

 

つづく

 

もっとしっかり頼ろうよ

 

もっとみんな、

人に頼ればいいのに、

と思います。

 

私のクライアントさんは

精神的にも

経済的にも

自立(自律)している人が

多いのですが、

 

面白いことに

そういった人ほど、

きちんと人に

頼りますね。

 

逆に、

自立(自律)できていない人

ほど、

自分でやらなきゃ、

独力でなんとかしなきゃ、

と思い過ぎる傾向に

あります。

 

自立(自律)できている

人は、

自分には

・何ができて

・何ができないのか

がよくわかってるのですね。

 

それは言葉を換えれば、

自分は

・どこに自分のパワーを注ぎ

・どこには注ぐ必要がないのか

がよくわかっている

ということです。

 

真剣に生きているからこそ

それがわかります。

 

・・・・・・

 

「真剣」と「全力」は

違います。

 

「真剣」とは

どこで自分が全力を出せばよいか?

をわかっている状態、

もしくは、

わかろうとしている状態

であると私は思っています。

 

この世は

制限だらけ。

 

人生の時間も

一日の時間も

限られています。

 

体も一つしか

ありません。

 

お金も

有限です。

 

限られたものを

何のために

どのように

使えばいいのか?

 

それを徹底的に

模索し続けている人は

真剣だな、

と私は思います。

 

限られたものを

どのように

使えばいいのか?

その

最も根本にあるのは

自分の

「命」

です。

 

この世における

命とは

限られたものです。

(寿命がありますしね。)

 

何のために

自分の命を

どのようように使うか?

 

これを、

「使命」と

私は呼んでいます。

 

真剣な人は

自分の「使命」を

よくわかっていますね。

 

もしくは、

本気でわかろうと

していますね。

 

・・・・・・

 

私達人間はあえて、

永遠に全力を尽くす

ということが

できないように

できています。

 

そこに

人間としての

価値があります。

 

常に

全力でい続けよう

としている人を見ると、

私は

「真剣じゃないなぁ」

と思います。

 

真剣な人は

常に

「ゆとり」

がありますし、

それをとても大切に

しています。

 

なぜなら、

本当に全力を出すべき瞬間に

全力を出せる自分で

あり続けようと

しているからです。

 

そんな中で、

自分は

誰に何を頼れば

よいのか?

を決めることは

本当に

大切なことですね。

 

これも

セルフコーチングの

重要な要素の

一つです。

 

つづく