
ほんの
小さな芽が
顔を出したら、
それを
丁寧に育てる。
本人にも
気づかない
わずかな芽。
それは
第三者の方が
早く
見つけやすい。
そしてそれを
育てるのも
第三者の
サポートがないと
難しいケースが
多い。
客観的
視点が
あるかないか。
人というのは
主観的な
生き物なので、
本人一人の
視点のみでは、
芽が
見つかっても
こんなものは
価値がない
と
勝手に
思い込んだり、
逆に、
大切に育てようと
するあまり、
栄養を与え過ぎ
たり。
そうそう、
栄養の与え過ぎは
本当によくない。
基本、
芽は
放っておくこと。
見守るだけに
しておくこと。
なぜなら
芽が出る、
というこの時点で
すでに
それはもう
逞しいものだから。
その人の
中から
発生したのだから、
その人の中では
自力で
伸びようとする。
基本、
その意志に
任せるのが
最も良い。
が、
その意志を
その人本人が
阻害したり、
周りが
邪魔したり
する。
それを
取り払う。
そして
ここぞ!
という時だけを
狙って、
栄養を
与える。
つまりそれは
現実的な
言葉かけ。
その芽が
より伸びるように
フィードバック
したり、
問いを投げたり。
育成、
という視点に
立つと、
多くの人が
「説明」過多
になる。
「教えよう」
「理解してもらおう」
と
し過ぎだ。
栄養の
与え過ぎ。
それをすると
逆に
遅くなる。
気づきも
浅くなる。
「教える」ことで
根が途切れてしまう
ことすらある。
人の育成は
難しいよ。
細心の注意が
必要だ。
本人一人では
無理だ。
良い第三者で
あろうと
すること。
周りの誰もが
それができると
いいね。
お互いに。
つづく