何もわからなかった時代に

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高みから
見降ろせば
わかることは
たくさんあるが、

あえて
それをせず、

狭い視界の
ままに
進みたい時が
ある。

もちろん
視野は広くとった
方が良いが、

狭いままに、
わからない
ままに、

足掻きたい
時がある。

だってそれが
人生の
楽しさでは
ないかい?

・・・・・・

視野を広げ
深める、

ことばかりに
私は
努力してきた
ように思う。

例えば、
20年前と
比べれば、

全く世界の
見方の広さと
深さは
違っている。

でもその
20年前の
視界に
戻ってみたく
なるのだ。

わからない
見えない

が故に
できることが
ある。

わからない
見えない

が故に
挑戦できること
もある。

時々、
そういった意味で

あの頃は
良かったなぁ、


思うことがある。

贅沢な悩み
だろうか。

・・・・・・

人にとって
大切なのは

成長であり
進化だ。


断言できる。

自分の進化を
実感できている
日々に入れば、

誰もが
根底からの
幸福感を覚える。

自分のその時の
能力とか
器とか、

そういった
定点における
力よりも、

昨日よりも
今日は
成長できたか、
進化できたか、

という
変化の実感が
人を
活性化させて
くれる。

だから
幼児はあんなに
遊びに夢中に
なれる。

実感が
あるのだ。

それこそが
生きる実感だ。

・・・・・・

実在と現象、

この二つから
この世界は
成り立っている、

ということを
実感し、

日々、日常で
実在と現象の
両方を
観たり感じたり
するのが
当たり前になって
もう、16年。

おかげで
それまででは
到底、
わからなかったことや
答えの
出なかったことが

簡単に
わかるように
なった。

その代わりに
さらに
わからないこと
と言うのは
増えていくのだが、

それはそれと
して
置いておいて、

それ以前の
私は
盲目だったな、

思うのだ。

で、
その盲目の
時代に
戻ってみたいな、

ふと思う私が
いる。

・・・・・・

言っておくが
今の私も
相当に未熟だ。

すべてを
わかったつもり
なんかには
もちろん
なっていないし、

わかったつもり
こそが
最も恐ろしいこと
ということも
体験に基づいて
実感している。

でもね、

あれだけ
何もわからなかった
あの時代が
懐かしい。

あの中で
もう一度
足掻いてみたい
という
気持ちが確かに
あるんだ。

きっとこれも
人間としての
本能では
ないか。

・・・・・・

ただ、

今の毎日は
本当に幸せで、

人生、最高の瞬間!
と言える
体験を
ほぼほぼ毎日
味わえている。

そう。

これまでの
人生で
今が最も幸せ
だし、

その幸せ感は
さらに
高まり深まっていく
ことも
わかっている。

だからこその
「戻りたい」
なのか?

そうか・・・、

きっと多分、
私はまた
何か
巨大なものを
手放そうと
しているんだな。

つづく

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