物事の判断を
する時に、
ちゃんと
地に足がついている
感覚が
あるかどうか?
を
大切にするといい。
自分は
ちゃんと大地を
感じ取っているか?
自分の足で
立ち、
自分の足で
一歩一歩前に進む、
という
当たり前の実感が
今、
あるかどうか?
もしこれが
ない状態であれば、
私は
いかなる時も
そこで判断することは
やめる。
例えば、
やる気満々で
エネルギーが
とてつもなく湧いていて、
すべてを
引き受けてやる!
という
強い意気に
自分が満ちていたと
しても。
それでも
足元の感覚が
なければ、
判断しない。
自分は今、
お酒に酔っている状態
と同じである、
と認識する。
よく、
モチベーションの
高い時に判断をし、
モチベーションの
低い時には判断しない、
という人がいるが、
モチベーションの大小は
実は
物事の調和とは
関係がない。
「気分が乗っている時に進もう」
とする人は
必ず、
・・・そう必ず、
どこかで躓く
時がくる。
そうならない人は
これまで一人も
見たことがない。
心の調子が良い
とか、
物事の調子が良い
とか、
ではない。
意欲があるとか、
今は前向きとか、
でもない。
スッと
今ここに立ち、
クリアな眼差しで、
前向きな心も
後ろ向きな心も
順調そうな現実も
難しそうな現実も
ありとあらゆるものを
あるがままに
見つめられる
状態。
地に足がついている
時というのは
そんな時だ。
そんな時にしか、
私は
物事の判断をしない。
そして
そんな時が
一日のうちでずっと
続くような自分に
なるための
生き様を
大切にしている。
まぁそれが
真本音で生きる
ということだけどね。
つづく