静かに流れる
川がある。
その流れに
身を任せて
みる。
緩やかに
下流に向かう。
それ自体は
とても
心地が良い。
でも
もの足りない。
かと言って
自分で泳ぐ
気にはならない。
私は
その川から
出た。
自らの足で
歩いて
別の流れを
探す。
いくつもの
流れと
出会いながら。
しかし
今一つ、
これ!
というものがない。
皆、流れ方が
遅いのだ。
そのスピード感でも
それはそれで
良いか・・・、
とは思うのだが、
でもやっぱり
私に必要なのは
スピードだ。
体験したことの
ない
スピードだ。
それを
探す。
そのうちに、
今のこの世の中には
私の求める
速さの流れは
存在しないのだと
気づいた。
それは実に
悲しい気づきで
あったが、
その事実がわかった
ことは
大きかった。
その
スピードある流れは
自分で
創り出すしかない。
自分で
歩くのではない。
走るのでもない。
あくまでも
必要なのは
流れ
だ。
なぜなら
流れとは、
私がいなくなっても
残るものだから。
私の体験したことの
ないスピードは
この世も体験した
ことのないものだった。
であれば
創ろう。
そう決めたのが
6年前だ。
もうそろそろか。
流れは、
その源泉は、
できた。
あとは
どこまでスピードを
高められるか?
ここからが
実験であり
未開の領域だ。
つづく