
二つの異なる
意見が
自分の中に
ある時、
しかも
その二つ共が
真本音だ、
と
思える時、
私はその
二つ共を
信じる。
そして、
その二つ共を
観続ける。
判断は
せず。
ただ、信じ
ただ、見つめる。
意図は
一切、持たない。
すると
その二つは
突然、
統合される。
・・・こともある。
もしくは、
まったく異なる
別の視点
別の視野
が
開かれる。
・・・こともある。
もしくは、
何も展開しない
こともある。
何も展開しない
場合は、
何も判断せず、
そのままである。
結局、
何も動かない
ということになる。
でも後から見れば、
それこそが
最善だった、
となる、
・・・こともある。
いずれにしても
頭を超えた、
思惑や意図を
超えた
展開となる。
私達は
そういうところに
生きている。
生きる、
とは
思惑を超える
ことだ。
つづく