そろそろ一つ、枠を外そうかな

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私達の人生は

答えのわからないこと

だらけです。

 

どうすればよいのか?

がまったくわからない。

 

方法がまったく

思いつかない。

 

そんなこと

だらけです。

 

ですから私達は

ついつい

答えのわかる範疇に

留まろうとしてしまいます。

 

自分が把握できる

世界の中でのみ

生きようとしてしまいます。

 

自分が見ることのできる

視界の中に

い続けようとしてしまいます。

 

それこそが

安心であり

安定であると。

 

しかし本当は、

そういった生き方をし始めることで

私達は

安心と安定を失います。

 

なぜなら

自分の把握できる視界を

超えていくこと、

今の自分では

「わからない」世界に

飛び出していくこと、

それこそが

私達の本能が望んでいる

ことだからです。

 

そのための存在が

私達人間だからです。

 

『進化』

 

・・・これが、

私達人間の本質です。

 

進化を失ったとき、

私達の存在意義も

失われます。

 

つまり、

自分は生きている意味がない

と、

心の奥底で私達は

感じてしまうのです、

進化から逃げることで。

 

「進化することは怖い」

 

と言う人がいます。

 

「進むことが怖い」

 

と。

 

よく言う喩えですが、

私達は自転車と同じように、

進むことで安定し

進むことで安心できるのです。

 

止まってしまうと

途端に不安定になり、

あらゆることにすぐに

恐れを抱くようになります。

 

それが人間の

性であり

宿命です。

 

なんて疲れる宿命なんだ!

 

と思わないでください。

 

進むことで

疲れは癒されるのです。

 

進むことで

とても楽になるのです。

 

そのように創られているのが

私達なのです。

 

答えがわからない?

 

方法がわからない?

 

・・・それこそが

私達の進むべき方向です。

いえ、

進みたい、方向です。

 

その道を行くことで

私達は

真の安寧を得ます。

 

・・・・・・

 

あなたはどれだけ

日々、

人と向き合っていますか?

 

「向き合う」とは

意識を完全に相手に

向けることを言います。

 

相手ではなく、

自分の意識や自分の解釈に

意識を向けながら

人と関わるのは

「向き合う」という状態では

ありません。

 

「向き合う」とはある意味、

目の前の人に

完全に委ねるということでも

あります。

 

自分がその場を

引っ張るのでもありません。

 

相手に委ねるのです。

 

そのためには、

相手を信じるしか

ありません。

 

「相手を信じる」とは

相手の真本音を信じる

ということです。

 

信じる、

とは意志です。

 

信じられるかどうか?

ではありません。

 

信じようと

するかどうか?

 

それだけで

決まります。

 

私はこの人の

真本音を

完全に信じよう。

 

この人の

真本音に私のすべてを

委ねてしまおう。

 

その覚悟を持って

その人に

全意識を向けていきます。

 

するとそこで初めて

私は私の枠を超えた

私になれます。

 

人と向き合うことで

自分の枠を超える。

 

・・・これは

私達すべての人間が

持っている

願いの一つです。

 

その願いに素直に

人と関わり続ける。

 

私は今のお仕事を通じて

それをし続けることが

できました。

 

そういった関わり方を

私はすべての皆さんに

お勧めします。

 

そのような関わり方、

向き合い方を

毎日のようにし続ける人は、

必ず

「真実」を知ることができます。

 

宇宙の真実

です。

 

なぜ、この世が

できているのか?

 

なぜ、この世が

生まれたのか?

 

私達は

なぜ、ここにいるのか?

 

私達は皆、

何を目指しているのか?

 

人と宇宙

(実は、人と宇宙はイコール

ですが)

に関する真実を

実感できるようになります。

 

すべての真実は

「向き合っているその瞬間」

にあります。

 

そこにすべての

答えがあるのです。

 

このブログも

そろそろ

一つの枠を超えようかなと

思っています。

 

実は、

こう見えて、

かなり私は自分を制御しながら

このブログを

書き続けてきました。

 

もちろん

すべての制御を

取り去ることはしません。

 

しかし、

そろそろ

一つだけ、制御を

取り去ろうかな。

 

ちょいと勇気が

要りますが、

そうすることにします。

 

なぜならこのブログは

いつも読んでくださっている

皆さんと向き合いながら

書かせていただいて

いるのですから。

 

つづく

 

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