闘うこともある

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この世の中
で、
新たな流れを
生み出そうと
すれば、

どうしても
既存の勢力と
摩擦の生まれる
ことがある。

実は
私自身は
あまりそのような
ことはこれまで
なかったのだが、

私の
クライアントさんの
中には
そこで非常に
ご苦労されている
人もいる。

できれば
闘いたくない。

が、
どうしても
闘わねば
ならない。

ということも
ある。

しかし
そういった場合
でも、
やることは
同じだ。

しっかり
向き合う
こと。

闘いを意図
するのでは
なく、
かといって
迎合や
無理な穏便を
意図するのでも
なく、

ただ
あるがままに
ここ
にいる。

無理に道を
拓こうと
するのでも
なく、

無理に
解決しようと
するのでも
なく。

ただ、
本来の自分
として
ここ
にある。

そういった
対峙の仕方の
連続が
できるように
サポートする。

すると
もちろん
いろいろあるが、

最短で
出口に
辿り着ける。

その途上で、
壊すべきは
壊す。

ただ、
それをするのは
その人では
ない。

余分なものを、
壊すべきものを
持っている
その本人が
自ら
壊していく。

壊していく
というよりも
壊れていく。

自然原理
ということで
言えば、

当然で
あるが、

実在と現象が
一致するほど
安定する。

エネルギーも
高いし、

短絡的表現を
使えば、

強い

のだ。

真本音で生きる
とは、
実在と現象が
一致する方向に
向かって進む、
ということ。

だから
自然原理が
味方をしてくれる
のは
必然だ。

だから
無理に
力を入れ過ぎない
こと。

闘いは
大事なことも
あるが、
闘いが
目的ではない。

その先を
見据え、
祈り、

願い、

その自分
として
対峙する。

現実に
対峙する。

私達がすべき
は、
そういうことだ。

つづく

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