
以前、長男が
5歳くらいの頃、
公園にいた時に、
ブランコに
乗るから
後ろから強く
背中を押して
ほしい、
と
言われた。
言われた通りに
すると、
何度目かの
時に、
長男が
落ちた。
彼は
怖がりなところが
あるので、
私が押しすぎた
のだろう、
怖くなって思わず
手を放して
しまったのだ。
お尻から
地面に落ち、
しばらく
痛そうに悶え、
そして
泣いた。
しかし
ひとしきり泣くと
何もなかったかの
ように立ち上がり、
スタスタと
歩いて
ブランコを
離れた。
その映像が
ふと
思い出された。
で、
思うのだ。
あのちょっとした
事故がなければ、
今の長男は
別の長男に
なっていたな。
あれは
長男の真本音が
引き起こした
出来事だったな、
と。
地面にお尻から
落ちた
あの瞬間、
長男は一つ、
何かを
壊したのだ。
それは
長男にとっては
余分なもの。
そこからの
人生には
不必要なもの。
このように
少し体を
痛めつけながら、
自分を
次に進めるための
弾みとする、
ということを
結構、
私達は
よくやるのだ。
それを
強めに行なう
人もいる。
例えば、
何度か病院に
通わねばならない
怪我をしたり、
一見すると
重めの病気に
かかったり。
しかしいずれも
それらが
治ることで、
それまでには
ない
スッキリさ
を
手に入れる。
人生を
次のステージに
進めるための
イベントのような
もの、
とも言える。
このように、
一見すると
自分にとって
不幸な何かが
起きたとして、
これは
私の真本音が
起こしている
ことか?
という問いを
自分に
投げてみると
いい。
真本音で
起こしている
ことならば、
迷いなく
スッキリと
「そうだな!」
と
答えることが
できる。
迷いが
出たり、
頭で考えながら
「そうだな」
と少し強引に
思ってしまう場合は、
それは
違う。
その区別を
しっかりつければ、
案外簡単に
真本音からの
メッセージを
理解することが
できる。
人生を
次のステージに
進めようとしている
人は
今、また急増
している。
その弾みを
つけるための
イベントを、
私達人間は
結構
大切にしている
ものだ。
つづく