
楔をどんどん
打ち込まれ
続けている。
打ち込まれる
度に
何かが裂け、
動けなくなる。
自由が
失われていく。
この道を
進めば、
そうなることは
目に見えて
いた。
が、それを
わかっていながら
ここに
来たんだ。
だからもう
覚悟済みだ。
完全に
自由を失った
ときに、
私はどうなるか?
どんな状態に
なり、
どんな生き方に
なるのか?
それをぜひ
体験し
観てみたかった
のだ。
面白いことに
想像以上に
私は私を
失った。
それどころか、
頼まれても
いないのに、
自ら
自分自身に
楔を打ち続ける
ようになった。
とことんまで
自分を
痛みつけ
続ける。
際限が
なかった。
もうこのまま
行けば、
私は私の人生に
戻ることが
できなくなる。
その限界点を
越えるか越えないか
くらいの
ギリギリのところで、
私はそこから
脱け出た。
心も体も
魂も
ボロボロに
なっていた。
大変
おこがましい
言い方だが、
正直、
こう思ったのだ。
俺でさえ
こうなるのか。
・・・と。
私は人の
弱さ、
というものを
ひしひしと
実感した。
自分の力の
なさ、
いざという時の
情けなさを
実感した。
そうなって
初めて、
自分自身に
OKを出せた。
もうお前は
人をサポート
しても
大丈夫だ、
と。
実は自分には
何の力も
ない。
ということが
わかって
初めて、
私は本当の意味で
人と向き合える
ようになった。
そういう意味で
今から思えば、
あの頃の
楔たちに
感謝だ。
自分を失う
ような
苦しさや
悲しさや
挫折感や
孤独感や
絶望感。
それらを
実感して初めて
観えるものが
ある。
そうじゃないかな?
だから、
楔は
避けない方が
いい。
辛いこと
だけどね。
つづく