せっかく
やる気に
なったのに、
水を
差されて
やる気を
失った?
でも、
水を差された
くらいで
やめるなら、
最初から
やらない方が
いい。
・・・・・・
物事を果たす
のに
やる気なんて
要らない。
やりたい
とか
やりたくない
とか
関係ない。
ただ
自分の
すべきことを
する、だけ。
粛々と。
淡々と。
それが
やりたいこと
であれば
もちろん幸せな
ことだが、
それは
あくまで
上澄みの部分。
やる気など
あっても
なくても
どっちでも
良いのだ、
本当は。
・・・・・・
私達の真本音
は、
何をやるか?
を
選ぶという
視点がない。
本当は
何をやっても
いい。
ただ、
自分の生き方
や
在り方には
こだわる。
生きる
姿勢には
こだわる。
その姿勢
だけ
大事にできれば
何をやっても
いい。
・・・という
ことを
本当に実践して
体で理解
できた人だけ、
真本音で
やりたいことを
やる
・・・の
意味がわかる。
真本音は
何やっても
いいんでしょ?
じゃあ
真本音で
やりたいこと、
って、
矛盾じゃん。
と
言っている
人は、
まだちゃんと
真本音で
生きていない
人だ。
・・・・・・
この世は
幻だ、
と
言われる。
確かに
その通りだ。
だが、
幻だからと
言って、
その中で生きる
ことを
放棄しても
意味はない。
幻だろうと
何だろうと、
目の前に
ある現実に
向かっていく。
真摯に。
それが
本当にできれば、
幻の向こうの
実在が
わかるように
なる。
人生の
本当の意義が
わかるように
なる。
私は、
ここに
存在していて
いいんだ。
私の存在
そのものに
意味と意義が
あるんだ。
と
わかる。
そうなって
初めて
「道」が
観える。
答えは
たった一つ
だったのだ、
と。
最初から。
答えは
一つ。
答えは
無限。
それは
同じこと
なんだ。
つづく