万華鏡の
ように
あまりに
キラキラ
いろんなものが
輝くから、
逆に
見えづらい。
キラキラ
に
騙されては
ならない。
本質を
見極めなければ。
・・・・・・
キラキラの
一つ一つに
意識を凝らせば、
一つ一つは
確かに
笑顔なので
あるが、
妙に
軽薄だ。
何となく
気持ち悪い。
こういう場合、
その
違和感に近い
感覚こそが、
大事な
指針となる。
・・・・・・
かといって、
不審の眼差し
は御法度だ。
ただ
普通に
向き合えば
いい。
ただ
いつもより
もう一歩だけ
奥を
感じようとする。
すると、
ありありと
わかって
きた。
その笑顔の
奥にある
「虚無感」
を。
・・・・・・
虚無感。
根本的な
虚しさ。
それは
積極的に
何かを攻撃
したりはしない。
だからこそ
見逃しがち
だが、
それこそが
本当の
恐ろしさだ。
虚無とは
何もない
こと。
そこには
土台も
安定も
ない。
ただ
足をとられ、
ズブズブと
落ちていく
底なし沼
だ。
・・・・・・
虚無を
ごまかすための
笑顔たち。
皆が
そう意図して
やっているわけ
ではない。
皆、
その笑顔は
本物の笑顔だと
思っている。
だから逆に
怖い。
自覚なき
虚無。
こいつが
一番
厄介なんだ。
・・・・・・
今の世の中、
これが
そこかしこに
点在する。
ふと
気がつけば
そいつに
足を
とられている。
突然
現れる底なし沼
に、
人は
為す術も
なく。
・・・・・・
組織に
こいつを
見つけたら、
私は基本、
私自身が
そいつと
対峙する。
誰にも
言わず。
なぜなら、
もし皆が
虚無を自覚
し始めれば、
虚無は一気に
広がるから。
そうなると
組織全体が
底なし沼に
なってしまう。
もう
立ち直れなく
なる。
だから、
虚無がまだ
小さいうちに
私は
対峙する。
以前は、
これこそが
私の最大の
使命だと
思っていた。
・・・・・・
20年ほど
前、
私がこれを
やり始めた
最初の頃、
私は
大きな虚無を
受けてしまい、
自殺を
したくなった。
生きている
ことに
何の意味も
見出せなく
なった。
ふと
我に返り、
あぁ
虚無の仕業か、
と
自覚できたので
助かった。
その経験
から、
虚無の恐ろしさは
身をもって
わかっている。
だから、
馬鹿にしては
ならない。
どれだけ
小さな
虚無であろうと。
どれだけ
多くの
笑顔が
あろうと。
・・・・・・
虚無との
闘い。
と
書いてしまえば
そうなるが、
本当は
闘いではない。
闘えば必ず
こちらが
引き込まれる。
愛する、
が
正しい。
虚無を
愛する。
これが
長年の私の
課題だった。
それは
どういうことか?
今は
それなりに
わかっては
きている。
それは、
人間を愛する
のと
同義だ。
人間は、
虚無と共に
歴史を
創ってきたんだ。
つづく