自己不理解のまま

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重い鎖で
全身を
グルグル巻きに
して、

自分の身動きを
自ら
封じておいて、

わずかに動く
足首だけを
頼りに、
歩いている。

その状態で、

私は全力を
出せないのだ


嘆いている。

そりゃ
そうだろう。

それだけ
自分を
縛っていれば。

全力どころか、
100分の1も
力は出ていない
のではないか。

・・・・・・

自分を縛る
鎖も含めて

「自分である」


思い込む。

自分には
もともと鎖があり、

鎖に
縛られているのが
自分であり、

鎖のこの重みも
自分である。

足首の動き
だけでしか
歩けないのが
自分である。

手足を自由に
動かせないのが
自分である。

この不自由さ

自分である。

そんな自分を
どう活かすか?

・・・と。

・・・・・・

もう
いい加減に
やめにしないか。

その鎖は
自分では
ない。

鎖は
鎖だ。

それを
取り払って
初めて

自分
は現れる。

・・・・・・

本当の自分

知った時、

多くの人は
驚愕する。

全然
知らなかった。
これが
自分
だなんて。

知らないこと
の方が
多い。

どれだけ
自己理解を
重ねたとしても。

99%以上は
知らない
自分だ。

それが
人間。

そのように
できている。

・・・・・・

自己不理解
という
状態で
生きる。

それが
私達。

宿命。

だから
理解しきる
ことは
不可能だ。

そこは
諦めて。

だからこそ
死ぬその
瞬間まで

自己理解

深められる。

どれだけ
自分を知れたか?

人生の価値は
変わってくる。

・・・・・・

自分を
理解する
最も
有効な方法。

それは

「現実に
立ち向かう」

ことだ。

それも
可能な限り

「未知の領域
に立ち向かう」

ことだ。

セルフコーチング
を推奨していて
こんなことを言う
のもなんだが、

内面ばかり
みていても
何の意味もない。

セルフコーチング
とは、
現実に立ち向かう
ためのもの。

現実に立ち向かい
ながら
より
自己理解を深める
ために
行なうもの。

・・・・・・

自己理解の
ために
現実に
立ち向かい、

現実に
立ち向かう
ために
自己理解を
深める。

その
繰り返し。

ここにこそ
人生の
意味がある。

鎖は
自分では
ない。

つづく

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