うねりがね、
相乗効果で
高まり合って、
その
あまりの激しさに
みんな、
我を
失うんだ。
するとね、
どうしたって
愚かな行動に
出るわけよ。
人間だから
ね。
宿命だね。
・・・・・・
その人らしさ
とは、
そういった
我を失った
時こそ
現れやすい。
もちろん、
自分にとって
居心地に良い
ものばかり
ではない。
ひどい部分
醜い部分
いろいろ出るね。
例えば、
恐怖のあまり
人を
攻撃し始めたり。
不安のあまり
自分を
顕示することだけに
執着したり。
嘘をつく人も
意図的に
騙そうとする人も
いる。
そういった
人としての
愚かさを、
私は散々
見てきたよ。
もちろん
自分自身も
含めてね。
・・・・・・
だから私の
心の中には、
人々に対する
(つまりは、
自分に対する、
というのも含まれて)
怒りや憤り
が
凄い。
昔はそれを
しっかり浄化する
ことに
努めていたが、
後から後から
いろんな
出来事があって
加算されるから、
もう途中からは
諦めたよ。
で、
怒りや憤りは
そのままに
してある。
それはそれで
もう
いいじゃないか、
と。
こういうの
全部わかって
ここにいるん
だから、と。
そして
それらの怒りや
憤りと一緒に、
今は
歩いている。
・・・・・・
かといって
私はもう
余程のことが
ない限り、
それらの怒り
には
呑み込まれない。
それは
なんとなく
わかるんだ。
理由?
それはよく
わからない。
・・・・・・
とにかく、
人は
誰も彼もが
自分を
失う。
そのように
できている
らしい。
で、
その有様だけを
見つめれば、
絶望も
するけどさ。
実際、
何度も自分の
人生を
投げ捨てようと
思ったけどさ。
それでも
最後に勝つのは
真本音の
願い、さ。
「勝つ」って
あえて
表現したけどね。
結局、
どれだけ愚かさの
波が来ても、
私は彼らに
向かっていくのだと
思う。
もちろん
物理的限界は
あるので、
優先順位を
つけながら、
ね。
・・・・・・
自分が自分を
失う可能性を
常に
知っている。
自分が自分の
愚かさを
知っている。
まずは、
そういう人達から
私は
向かっていくよ。
私自身の
愚かさをそこに
発現してしまうと
しても。
でもそうなっても
お互いに
しょーもないな!
と
笑い合える
から。
人間の
しょーもなさ
を
笑い合える
から。
つづく