自分の中に
「躊躇」
が現れたとき、
私はそれと
しっかり真摯に
向き合うことにしている。
その「躊躇」には
非常に多くの
示唆が含まれている
からだ。
「躊躇」するのは
悪くない。
よく
すぐに決断できない
自分を
責める人がいる。
それは
意味のない
時間だ。
その時間を
「躊躇」としっかり
向き合う時間に
変えた方がいい。
「躊躇」を
観察してみよう。
もしくは
「躊躇」の声を
とことんまで
聴き切ってみよう。
そこまで明確で
なければ、
「躊躇」と一体になる
くらいまで、
それを感じてみよう。
その上で
ふとした瞬間に
浮かんでくる
一つ一つの気持ちや
発想を
丁寧にキャッチしよう。
「躊躇」は
自分自身に
何をメッセージ
しているだろうか?
・・・・・・
人は、
恐らく
「躊躇」としっかりと
向き合わないからこそ、
自分を見失っていく。
「躊躇」にフタをし、
気合いと根性だけの
(つまりは表面的な)
決断を無理にしてしまい、
先に進む。
その結果、
気合いと根性が
途切れた時に、
あっという間に
止まってしまう。
そして
後悔する。
何度も言うが、
「躊躇」は
良くないものでは
ない。
「躊躇」と向き合わない
のが
良くないのだ。
・・・・・・
「躊躇」と向き合えば、
自分が何に対して
「無理」をしているのか?
がわかる。
これを知るのが怖い
という人もいるが、
怖がっている場合
ではない。
しっかり
見つめよう。
自分の「無理」を
知れば、
その次は、
その「無理」は
しない方がいいか?
それとも、
あえて今は
その「無理」をし続けた
方がいいか?
の判断がつく。
そうしたら、
その判断の通りに
行けばいい。
もう無理はしては
ダメだ。
と判断したならば、
思いきって
その「無理」していることを
手放そう。
たとえ今、手放さなくても
いずれはそれは
手放す瞬間が来る。
そういった場合の
多くは、
手放すのが
後になればなるほど
辛くなるし、
ダメージも大きくなる。
いつ手放すの?
今でしょ。
ということだ。
・・・・・・
意図的であるならば、
「無理」は
してもいい。
そのかわり、その場合は
それこそ躊躇せずに
とことん無理をすること。
「無理」をするか?
しないか?
は、
0か100か?
しかない
と思った方がいい。
一番良くないのは、
中途半端に
無理をし続けること。
これが結果的には
最も辛いし、
自分を見失うことに
なる。
「無理」をするなら、
無理をする自分を
許そう。
「無理」をやめるなら、
無理をやめる自分を
許そう。
許した上で
徹底的に
その方向に進もう。
・・・・・・
つまり、
「躊躇」とは
「決断」のための
大事なステップだ。
「躊躇」としっかりと
向き合うことで
真本音の
「決断」
ができる。
「躊躇」することを
躊躇するな。
「躊躇」も
人生の醍醐味
だ。
つづく