「たけうちさん、ちょっと気になる社員が
いるんですが・・・。」
ある日のコーチングで、平井さんがふと私に
言われました。
「どうされたんですか?」
「鈴村(仮名)のことなんです。
よくわからないのですが、何となく気になります。」
「どう気になるのです?」
「う〜ん、よくわかりません。
そうですねぇ。
なんか、エネルギーが枯渇しているというか・・・。
表面上は元気なんですが、
なんか不自然さを感じます。」
鈴村さんとは、当時27歳の若手男性社員です。
いつも積極的で前向きな印象の方でした。
「わかりました。今、彼は社内にいますか?」
「はい、いるはずです。」
「ちょっと彼の顔を覗いてきますね。」
私は事務所に入り、遠くから鈴村さんのお顔を拝見しました。
表面上は彼は普通に仕事をされていました。
が、確かに私も不自然さを感じました。
恐らく、心が弱っています。
何かあったのでしょう。
「平井さん、確かに彼には何かありますね。
どうされますか?」
「ちょっと今、ここに呼んでもいいですか?
彼の話を聴いてみたいです。」
平井さんは事務所に入り、鈴村さんを
呼びました。
突然の呼び出しでしたので、彼はちょっと
緊張した面持ちで会議室に入ってきました。
「こんにちは。
すみませんね。突然お呼び出ししまして。」
と私が言うと、彼は少し微笑みながら、
「いえ、大丈夫です」と言われました。
彼のその声を聴いた瞬間、
私は、彼の心が相当に弱っているのを感じました。
平井さんは鈴村さんに静かに問いました。
「どうした、何かあったか?」
その瞬間、鈴村さんの肩の力が
ガクッと抜けるのがわかりました。
しばらく彼は無言でしたが、ポツリと
「なんでわかるんですか?」
と呟きました。
この時期はゴールデンウィークの直後。
話を聴くと、鈴村さんはゴールデンウィークに
ご実家に帰られたそうです。
そこでお父さんと大ゲンカをし、
勘当をされてしまったようです。
もともとお父さんとの関係はあまりよくなかったらしく、
しかしここまで酷い親子ゲンカはこれまでになく、
彼はお父さんから
「お前のような子供が産まれない方が良かった」
とはっきり言われたそうです。
「まぁいつものことですから、私は全然気にしてませんが、
そう言われてからまだ日が経ってないので、
まだ私は少し引きずっているのかもしれません」
と鈴村さん。
口ではそう言うものの、
今回のことが本当に心の底からこたえているのが
わかりました。
私がびっくりしたのは、
その話を聴いた平井さんの目に
涙が溜まっていたことです。
「お前みたいないいヤツに、なんてことを・・・。」
と平井さんは言われました。
「いやいや、大したことないですから」
と、なぜか鈴村さんが平井さんを慰めることに。
しかし明らかにこれで鈴村さんの心が
元気になったのがわかりました。
ここで重要なのは、
平井さんは、鈴村さんの心を元気にしようと、
そのためにこういった言葉を投げよう、という意図を
まったく持っていなかったということです。
平井さんはただ単純に
「人間発電所として鈴村さんと向き合おう」
としただけです。
その結果、自然に出た一言が
「お前みたいないいヤツに、〜〜」
だったのです。
ただただ相手に向き合い、意図せずに語る言葉。
真本音度合いの高い人がそれをすると、
その言葉はスッと相手の心に沁み込みます。
何の意図もないその一言によって
鈴村さんの心にはパワーが蘇りました。
「いやぁ、平井さんにはかないませんよ。
大丈夫です。業務に差し支えるようなことはしません」
と言いながら、鈴村さんは事務所に帰って行きました。
平井さんは特に、
何の解決もしていません。
ただ気になる社員さんを呼び、
向き合い、
思ったことを口にした、
それだけです。
それだけで、社員さんの心にパワーが
宿りました。
まさに「人間発電所」の本領発揮でした。
この仕事をしていて、私はよく思います。
私達は、人のために「何かをしてあげよう」と
思い過ぎではないか、と。
何かをして「あげよう」。
その時点ですでに、それは傲慢ではないか、と。
でもその一方で、
他者だからこそできる関わり方があります。
他者だからこそできる向き合い方があります。
それをただただ真本音に素直にするだけで、
人と人はエネルギーを高め合うことが
できるのではないでしょうか。
それこそが人の本来の力。
「人間発電所」とは平井さんの言葉ですが、
私はすべての人が「人間発電所」になれるといいなぁと
この時は思いましたね。
つづく