海岸の岩に立ち、
じっと
海を見つめている。
身じろぎもせずに、
彼は海を見つめている。
海には
強い日差しが反射し、
波々が美しく
輝いていた。
水平線は大きく
広がり、
海と空の境目は、
同じ青なのに
くっきりと際立っていた。
彼はその
境目を
見つめていた。
ここから見れば、
境目は単なる一本の
線だ。
しかし
その線に向かって
旅を続けたとしても、
その線は永遠に
埋まらない。
海は海のままであり、
空は空のまま。
両者が
混じり合うことは
ない。
彼は小さく
呟いていた。
人生は
キツいな。
・・・・・・
彼はすでに
全部のエネルギーを
使い果たしていた。
立っているのが
やっとだ。
だから、
海と空の輝きが
彼にはキツかった。
それでも今は
ここに
立たねばならない。
彼は
座ってはならないし、
ここを
立ち去っても
ならないのだ。
それが
彼の宿命だった。
・・・・・・
水平線の
わずかな一点に
モヤがかかった。
最初は
見えるか見えないか
くらいの小さな
黒さだったのに、
それはみるみる
大きな黒点となった。
暗い雨雲。
恐らく、
あそこでは
激しく嵐が
荒れ狂っている。
周りは本当に
穏やかなのに、
あの黒点の辺りだけ
空気が歪んでいるのが
よくわかる。
放っておけば
あの黒点はさらに広がり、
いずれはこの世界のすべてを
覆ってしまうだろう。
彼は
自分の両手を
見つめた。
もう、
エネルギーは
残っていない。
でも、
行かねば
ならない。
彼は
黒点に向かって
飛んだ。
・・・・・・
しばらくすると
黒点は
消えた。
彼が
やったのだ。
それが彼の
役割だった。
黒点が消えたと
同時に、
彼も消えてしまった。
生きているのか
いないのか?
恐らく、今は、
彼自身にも
それはわからない
だろう。
彼は
黒点と戦った
わけではない。
彼は
黒点を愛した
のだ。
彼は
黒点を消そうと
したのではない。
ただ、
愛した
のだ。
そしてもちろん、
彼は
自己犠牲をしている
わけでもない。
エネルギーが
あるとかないとか、
そういったことに
関わらず、
どんな状態でも
自分の役割を
全うできることが
彼には単純に
幸せだった。
人生は
キツい。
あまりにも
多くのキツさを
知り過ぎた。
でもだからこそ
できることがある。
彼は
風だ。
この世界が
ある限り、
彼は
海も空も
渡っていく。
つづく