内発的モチベーション

真本音度合いを高めると

 

力がみなぎる、

という状態が

人には誰にも

ある。

 

内側から、

自分の中心から、

エネルギーが

溢れてくる。

 

何か

嬉しいことがあった、

とか

好きな仕事が

できるようになった、

とか

給料が上がった

とか

みんなから褒められた、

とか、

 

そういった

エネルギーを喚起するような

出来事が

特にあるわけではない。

 

調子がいいなぁ、

とか、悪いなぁ、

とか、そういった

自分自身の状態も

関係ない。

 

ただ、ただ、

理由なく、

いつもと同じなのに、

 

力が

みなぎってくる。

 

これを

「内発的モチベーション」

と呼ぶが、

 

真本音度合いが

高まれば、

皆、自然に

こうなる。

 

・・・・・・

 

真本音度合いが

高まった人達が

一様に皆さん

口を揃えるのは、

 

以前の

(例えば、数ヶ月前の)

自分を思い出し、

イメージすると、

 

疲れてるなぁ、

 

暗いなぁ、

 

縛られてるなぁ、

 

狭いなぁ、

 

窮屈だなぁ、

 

頑固だなぁ、

 

弱々しいなぁ、

 

迷ってるなぁ、

 

悩んでるなぁ、

 

エネルギーないなぁ、

 

自分じゃないなぁ、

 

自由じゃないなぁ、

 

・・・というような

印象を

持つようだ。

 

もちろん私自身も

そう。

 

もう二度と、

あそこには戻りたくない、

思ってしまう。

 

過去の自分も

その時その時で

充実していたはずなのに、

自分らしく

生きていたはずなのに、

 

それでも

振り返れば、

暗く窮屈に感じて

しまう。

 

そのくらいに

自分を開放できるのが

真本音で生きる

ということだ。

 

多くの人は

自分を開放してしまっては

周りとぶつかり合うだけでは

ないだろうか、

と心配されるが、

 

事実は

まったく逆だ。

 

ちゃんと正しく

本質的に

自分を開放できれば、

 

周りとのコミュニケーションも

実に円滑になり、

 

周りの人達の

真本音度合いも高まり、

 

すべてが

調和するようになる。

 

だからよく、

「たけうちさん、

こんなに物事が

スムーズに進んでしまって

大丈夫なのでしょうか?」

変なご相談を

受けることもある。

 

・・・・・・

 

もちろん、

そうなったからと言って、

試行錯誤がなくなる

わけではない。

 

自分の目の前に

現れる

壁や障害がなくなる

わけではない。

 

私達の真本音は

常に「進化」を望んでいる

ので、

ちゃんと自分で自分に

課題を与え続ける。

 

ただしその課題とは、

与えられて

それに取り組むそのこと

自体が

「幸せ」となる。

 

それがあるからこそ

毎日がより充実する、

 

生き甲斐を感じる、

 

というようになる。

 

先日、

ある若い経営者が

たった3ヶ月のコーチングで

「コーチング、もう

必要ありません」

なったのだが、

 

その人は

「もう私に悩みは

なくなりました。

もう大丈夫だと思います。」

清々しく笑った。

 

もちろん、

悩みはあるのだが、

悩みに対して

「悩み」だとウジウジ考える

ことがなくなり、

 

タンタンタンと

自身の真本音で

決断ができるようになった

ということだ。

 

こうなるともう、

あとは私は

ホームドクター的な

立ち位置になれる。

 

つまりは、

もし何かあれば

都度、サポートさせていただく、

ということだが、

 

大半は

その「もし何かあれば」

も、ない。

 

時たま、

友人として

お酒でも飲みながら、

楽しくご報告を聴く、

くらいだな。

 

・・・・・・

 

真本音度合いを

高めるためには、

 

セルフコーチングのやり方を

覚える必要がある。

 

それは基礎は

とても単純なものだ。

 

そして

ご自身の

真本音と反応本音の

区別をつける

 

ことが最初の

ステップだ。

 

実はこれだけでもう

サポートが必要なくなる

人が多い。

 

そんな人を

たくさん増やしていきたい

というのが

今の私の活動の

根幹だ。

 

つづく

 

その願いの奥に真の悦びはある?

「願い」について

書かせていただいています。

(→前回記事)

 

反応本音の願いとは、

達成することで完了する願い

です。

 

それに対して、

真本音の願いとは

永遠に願い続ける願い

です。

 

・・・という言い方もできます。

 

永遠に願い続ける、とは

ゴールがない

ということです。

 

ゴールがないということは

一見すると

満たされることがない、

という印象を持つかもしれません。

 

しかし

満たされないものを満たす

願いこそが

反応本音の願いです。

 

つまり、

満たされるまでは

満たされない

ということですね。

 

それに対して

真本音の願いにはゴールは

ありませんが、

ゴールがなくても

満たされている

のです。

 

なぜなら、

真本音の願いとは

その願いを持つこと自体で

満たされるからです。

 

そしてさらに、

その願いに向かって

一歩ずつ進むだけで

その一歩一歩で

満たされるからです。

 

満たされるからと言って

じゃあ終わりにしよう

とはなりません。

 

満たされても

満たされなくても

さらに進みたくなるのが

真本音の願いです。

 

そして、

最初から満たされているけれども

一歩ずつ進めば進むほど

さらに満たされ感は

増していきます。

 

100%だと思っていた

満たされ感が

進めば進むほど、さらに

高まります。

120%にも、200%にも

1000%にも

100万%にも。

 

実際に私のクライアントである

ある社長さんは、

真本音の願いに気づいてからの

ご自分の経営の満足度について

「100万%です」

と笑いながらお答えに

なりました。

 

100万%です、とは

言いながらも、

それでも、

まだまだ足りない表現かな、

と思ってしまいます。

要するに、

数字で表すことができないレベルの

満たされ感が

あるのです。

 

私はこれを

「魂の満足」

と表現します。

 

心の満足と

魂の満足は

まったく次元の異なる

ものです。

 

魂の満足は

それを得ることで

歩みが止まるものでは

ありません。

 

それを得ることで

ますます

前に進もうという意欲と

エネルギーが

湧いてきます。

内側から。

 

私はそれを

「内発的モチベーション」

とも呼んでいます。

 

それは

私達の魂からもたらされる

動機付けです。

 

さて。

 

魂に動機付けされた人は

どうなるかと言いますと、

まずは、

「出会い」が変わってきます。

 

真本音の願いは、

他の人の真本音の願いと

共鳴します。

 

いえ、

それは「共鳴」と言うよりも

「共振」

と言った方が正確でしょう。

 

共振し合った人同士が

必然的に出会い、

出会った瞬間から

それは「共感」を生みます。

 

出会ったばかりで

まだお互いのことを

ほとんど何も知らないのに、

なぜか

お互いのことが

理解し合える。

 

何の説明も解説も

必要とせずに、

ただ一緒にいるだけで

もう、

わかり合えている「感覚」

がある。

 

そのような出会いが

多発します。

 

自分が

真本音の願いで生きているか

どうか?

をチェックする最も

簡単な方法が、

そういった出会いが今、

増えているかどうか?

をみることです。

 

最近、出会い自体は多いけど、

本当に共振し合える人は

どうだろうか?

 

そんな視点で

観てみてください。

 

何かを説明しなければ

わかり合えない人が多ければ

それはその人が悪い

のではなく、

自分自身に問題があります。

 

満たされないものを

満たすための動きを

自分はしていないか?

 

と、自分に問うてみてください。

 

もちろん私達は人間ですから、

満たされないものを満たす

ための動きはすればよいです。

 

しかし同時に

それにより、私の魂は

本当に悦んでいるか?

 

とも問うてみてください。

 

以前のブログにも

書かせていただきましたが、

真本音と反応本音は

どちらが正しいか?ではなく、

「つながり合う」関係です。

つまり、

真本音という上司が

反応本音という部下を

「活かす」

という関係です。

 

満たされないものを満たそう

とするその願いの奥に、

魂の願いが宿っているか?

を問うてみてください。

 

その問いに対して

理屈で答える必要は

ありません。

 

自分自身に問うた時に、

スッキリと迷いなく

あぁ何となく今の私は

自分の魂の願いを大切に

できているな、

と思えれば、問題はありません。

 

思えなければ、

もう一度、心を静かにして

内省をしてください。

 

満たされるとか

満たされないとか、

そういったこととは関係なく、

私が願い続けていることは

何だろうか?

 

と、静かに自分に問い、

静かに自分と

向かい合ってみてください。

 

さて、

では真本音の願いを見つける

最も簡単な方法とは

何でしょうか?

 

その辺りのことを

次回以降に書かせて

いただきます。

 

つづく