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私は
「コーチ」
を名乗っているが、
コーチというお仕事の
重要な役割は、
その人の本来の
魅力や力を
その人自身が
活用できるようにするサポート
だと思っている。
自分自身の
「本来」
を
人はあまりにも
知らない。
「本来」ではない部分の
魅力や力を
伸ばそうと努力している。
しかし残念ながら
そこはなかなか
伸びない。
伸びないから
自信喪失する。
結果として、
「自分なんて価値がない」
と
本気で思い込むように
なる。
今日も実はちょっと
そんな場面が
あったのだが、
そんな時、私は
実に悲しくなる。
私はもう長く
このお仕事を続けているので、
ある時から
その人の本来のエネルギーを
感じ取れるようになった。
しかしそのエネルギーを
ちゃんと使っている人は
ほぼいない
という事実を知った。
エネルギーが
そこにあるのに
その存在に気づかず、
魅力や力が
充分にあるのに
「価値がない」と
思い込む。
人により
程度の差はあるが、
私の目から観ると
9割以上の人が
そうだと映る。
いや。
ここは躊躇せずに
言おう。
99.9%以上の人が
そうだと
私の目には
映っている。
だから
思う。
いったい
この世の中は
何なんだ!と。
人の本来を
発揮できない
世の中。
しかしそれは
世の中が
悪いわけではない。
世の中は
一人ひとりが
創り出している。
だから、
一人ひとり
その人本人、
つまりは
「自分」のせいだ。
と、
悲しくなるのだ。
もちろん、
そういう私だって
まだまだ「本来」は
出せていないだろう。
でも少なくとも
私は
「本来を出せていない」
という事実を
知っている。
そして
何とかしよう!と
している。
何とかしよう!と
する人が
増えるといいな。
そのためにも
私は今のお仕事を
がんばるよ。
つづく
力のある人ほど、
「傲慢になってはならない」
という気持ちを大切にし、
「いやいや私は
まだまだです」
と言われる人が
多いです。
それはとても
謙虚な姿勢で、
私などは感心
するのですが、
しかし中には、
謙虚なあまり、
「私には力は
ありませんから」
とか
「私の力は
大したことは
ありませんから」
と本気で言われる
人がいます。
そういう場合、
私はいつも
「ちょっと待って
ください」
と、
止めます。
「あなたは
あなたの力を
もっと
認識された方が
よいですよ」
と、
ついつい生意気にも
申し上げてしまいます。
でも私は
思うのです。
そこに
力があるのに
「ない」
と言うのは、
逆に傲慢では
ないか?
と。
私は、
真の謙虚さとは、
「そこにあるものを
そこにあるままに
そのままに
受け止めること」
だと思っています。
どれだけ力があっても
自分一人では
何一つできないのが
私達人間です。
その事実。
それをそのまま
受け止める。
それが謙虚。
と同時に、
その中でも
自分特有の
素晴らしい力が
ここにある。
という事実。
それをそのまま
受け止める。
それも謙虚。
と私は
思います。
「私には
こんな力があります」
「でもこの
素晴らしい力を
どのように活用すればよいか
いまだに
わからないのです」
こういった人と
出会うと、
私は心の底から
応援したくなります。
なんて謙虚で
素直な人だろう、
と感動します。
・・・・・・
私は、
私が今、発揮できている
力が、
私特有のものであるとは
到底思えません。
私が発揮している
力は、
誰もが努力さえすれば
必ず到達できるもの
です。
これは私の
確信であり、
恐らく
真実です。
ですから私は
今の私のこの力を
誰もが発揮できるように
サポートしたいと
願っています。
私の力を
一言で言えば、
「人の真本音を
キャッチする力」
だと思います。
そしてその力を
養うためには、
「自分の真本音を
キャッチする力」
が必要です。
私はこれを
「セルフコーチング力」
と呼んでいます。
おかげさまで。
私は、
誰よりも
反応本音の分厚い人間
として
この世に生を
受けました。
私が私の真本音を
キャッチするというのは
かなりの
難易度の高さが
ありました。
しかし、
様々な人生の展開の中で
私は自分の真本音を
ダイレクトに感じ取る
ことができるように
なりました。
今でもこれはちょっと
奇跡に近いかな、
と思います。
よくあの状態から
自らの真本音に
たどり着けたなと
思います。
もちろんそれは
私一人の努力では
到底、成し得ませんでした。
出会った様々な人からの
ご支援やサポートや、
いやいやいや・・・
ご支援とかサポートじゃ
ないですね、
そんな生易しいものではなく、
命そのものをぶつけて
いただくような
関わりの中で、
ようやくにして
たどり着けたものでした。
そこで得たものは
あまりにも大きく、
今、目の前にいる
このAさんが、
どのようにすれば
自らの真本音に
たどり着けるのか?
が、
手に取るように
わかるようになりました。
これが私の
コーチング力でも
ありますが、
でもこのコーチング力も
含めて、
それはすべての人が
そう、
人類すべてが
この力をもともと持っている
ことが
よくわかります。
私が人を
変えてやる、
とか、
私が人類の可能性を
引き出してやる、
とか、
さすがにそんなことは
思えません。
が、
私には強く
感じられます。
多くの人達が
「変わりたい」
と願っていることが。
それは
願いというよりも
祈りに近いです。
それはあまりにも
強く、
その強さを感じ取れる
自分が今ここに
いるのであれば、
私は、
そこに向かいたい。
これが今の私の
意志です。
・・・・・・
人は何のために
生きるのか?
その答えは
それぞれの人が
それぞれ持っています。
人は何のために
生きるのか?
ではなく、
「私は何のために
生きるのか?」
こそが重要です。
ここに徹底的に
向かうことこそが
人の喜びであると
断言しても
よいかな。
この問いに
向き合わなくなった時、
人は
疲弊を始めます。
答えがわからなくとも
真摯にこの問いに
向き合い続ければ、
人は
なんとかなります。
何だかんだと
エネルギーは
湧き続けますし、
いつか必ず、
真本音と
つながるでしょう。
でも、
この問いと
向き合わない人、
この問いを
忘れてしまっている人
が、
なんと多い世の中か。
セルフコーチングの
最も根幹にある問いは、
これだと
思うのですけどね。
つづく