誰にだって

好きな人と

嫌いな人が

います。

 

嫌いな人は

その人の存在が

なくなってしまえば

いいのに、

 

と、ついつい

思ってしまうのが

人情ですね。

 

しかし

「嫌う」とは、

非常にエネルギーを

使う行為です。

 

「無関心」とは

根本的に

異なります。

 

「無関心」は、

その人に一切の

エネルギーを

向かわせないことを

言います。

 

それに比べれば

「嫌う」というのは、

少なくとも

その人にエネルギーを

向けています。

 

そういった意味では

「好き」というのと

同じです。

 

「好き」と「嫌い」は

表裏一体。

 

表面上の感情は

違っても、

エネルギーという

視点から見れば、

実は、

同じようなものなのです。

 

・・・・・・

 

それだけ

その人に

エネルギーを使う

ということは、

 

それだけ

その人が

気にかかる

ということ。

 

気にかかる

ということは、

人生において

大事な存在

だと言うことです。

 

嫌いな人の

ことなど、

考えたくもない、

 

と思うかも

しれませんが、

どうしても

気になるのなら、

 

いっそのこと、

 

徹底的に

その人と

向かい合って

みましょう。

 

もちろん、

現実のその人と

向かい合えれば、

それが理想

ですが、

 

さすがに

それはちょっと

キツいですよね。

 

そこでまずは、

イメージで

向かい合って

みます。

 

目の前に

その、嫌いな人が

いるイメージを

するのです。

 

ほんの目の前

に、

その人の顔が

あるイメージ

です。

 

とても

イヤですよね。

 

気持ちは

わかります。

 

でもそこを

がんばって我慢して、

 

じっと

その顔と

向かい合いましょう。

 

全身は強張り、

心は震え、

感情は湧き上がり、

 

本当にいやな

時間になると

思いますが、

 

すべての感情を

存在承認しながら

じっと

向かい合います。

 

かなりの時間を

要するかも

しれませんが、

それを続けると、

ある時ある瞬間に

 

ふっと

楽になる時が

来ます。

 

すべての

反応本音を

存在承認することで

ふっと

楽になるのです。

 

その、

楽になった状態で

その人のイメージと

さらに

向かい合い続け

ましょう。

 

これまでずっと

嫌いで嫌いで

しょうがなかった

その人なのに、

 

なぜか、

その人への

重要なメッセージが

自分自身の心の

奥の奥から

浮かび上がって

くる可能性が

高いです。

 

それが、

高い次元の

自分自身の

声です。

 

真本音の声

と言っても

よいでしょう。

 

・・・・・・

 

嫌うということは、

その人に

エネルギーを

使う、という

選択を

自らしているという

ことです。

 

そこには

何らかの意味が

あります。

 

その意味は、

表面上に現れる

反応本音の中には

残念ながら

見出せません。

 

反応本音を

すべて出し切った

その後に

残るものこそに、

 

真の意味が

埋もれています。

 

そしてその意味に

気づくために、

自分はその人の

ことを嫌って

いたのだ、と、

いうことも

わかるでしょう。

 

嫌うことを

無理に止める

必要はありません。

 

しかし

せっかくエネルギーを

かけている

その人なのだから、

 

自分がそれだけ

エネルギーをかける

意味は

知りたいですよね。

 

そこには

より自分らしい

人生を創り上げる

ヒントが

あるはずですしね。

 

つづく