前回は、人の「個性」と「味」の違いについて
書かせていただきました。
「味」とは、その人がまったく意図せずとも
空気感として醸し出しているものです。
しかしそれを本人は認識していませんから、
その味を活かすことができている人よりも
せっかくの味を消してしまう方向の生き方・在り方を
してしまっている人の方が圧倒的に多いです。
・・・・・・
ここで、一人の方をご紹介します。
ある中小企業の管理職の平井さん(仮名)です。
彼は一般的には部長職に当たるリーダーです。
それほど大きな会社ではありませんので、
直属の上司は社長です。
平井さんは経営幹部の一人、と言ってよいでしょう。
私は平井さんのコーチングのご依頼を社長からいただきました。
社長いわく、
「今、私が最も期待を寄せているリーダーです」
とのことでした。
ところが、
「平井は、いつも80点90点のところまではできるのですが、
なかなか100点にならないのです」と。
社長は創業者で、できれば平井さんを自分の後継者にしたい
と考えていらっしゃいました。
社長は一見、物静かな方ですが、芯が非常に強く、
創業者独特のエネルギーに溢れていました。
周りからも尊敬されています。
もちろん、平井さんも社長のことをとても尊敬する一人
だったようです。
さて、そんな社長からのご依頼で
初めて平井さんにお会いしたのですが、
私の第一印象は正直言って、最悪に近いものがありました。
「この人は、まったく“自分”がない」
と思ったのです。
平井さんは堂々としていました。
言動の一つ一つにも力強さがあり、
業務においては恐らく、この人がほぼすべてを決断して
動かしているのだな、と感じさせるものがありました。
しかし、彼の言葉の一つ一つが
まったく私には響いてこなかったのです。
力強いのに、まったく響かない言葉たち。
実はこういったケースは少なくありません。
力強さはありますので、物事は進んではいくのですが、
しかしこういった人がリーダーの場合、
確実に目に見えないところで様々な不調和が
起きています。
そして、あるきっかけで突然に、
その不調和が炎上し、大きな問題を引き起こします。
そんなケースを嫌というほど私は見てきました。
しかも平井さんの場合、
その「匂い」が、とてつもなく強かったのです。
理由は、平井さんとお話を始めて5分で
わかりました。
ちょっと気持ち悪い表現になりますが、
イメージで言いますと、
平井さんの背中にベットリと、
社長が取り憑いていたのです。
平井さんの頭の中はただ一色。
「私は社長から認められたい。
社長から叱られたくない。
社長に誉められたい。」
・・・そればかりだったのです。
彼の一つ一つの決断・行動はすべて、
社長に認めてもらうためのもの。
もちろん彼は、そんなことは口にしません。
どころか、彼本人も自分がそうなっていることを
恐らく、気づいていませんでした。
でも彼は恐らく何年もそれを続けてきていたはずです。
私は彼と向き合って、
彼の人格も心も何も感じませんでした。
彼の体はここにあるのに、
彼という存在を何も感じないのです。
社長は私に言われました。
「ウチの社内では、平井が一番、私のことを
理解しています」。
いやいや。
それは理解ではなく、取り憑いているだけなのです。
かなり酷い言い方をしてしまっていますが、
これは大袈裟ではない表現です。
私は社長に、「これはかなり深刻な状態です」と
正直に私の印象をお伝えしました。
社長は、
「なんとか、彼を自由にしてやってくれませんか」
と私におっしゃいました。
こうして、平井さんのコーチングが始まりました。
平井さんは、本来の「味」が出ていないどころか、
本人の「存在」すらない状態。
その平井さんの「味」をどのように出していくか?
これはかなり難易度の高いコーチングでした。
つづく