弓江さんとの初めてのコーチング。
彼女の真本音度合いを高さを直観した私は、
あえて通常では考えられない問いから
スタートしました。
「弓江さん、
木村さんのこと、嫌いですか?」
「はい、嫌いです」
すぐさま、まっすぐな答えが返ってきて、
私は笑い出しそうになりました。
(→前回記事)
この人は本当に面白い。
どうやら初っ端から真本音コミュニケーションが
できそうです。
しかも次の問いが非常に重要であると
私は直観しました。
次に私がどのような問いを投げるか?で
展開は大きく変わります。
こんな時はすべての意図を手放して、
ただただ相手の真本音に委ねます。
自然に私の口は開きました。
その結果、以下のような展開となりました。
「弓江さん、
木村さんのこと、嫌いですか?」
「はい、嫌いです」
「でも、本当は好きなんでしょ?」
「・・・そう言われると困りますが、
はい、私は木村のことが好きでした。
もちろん、人間として、ですよ。」
「どんなところが好きだったんですか?」
「木村がロックバンドやっているのを
ご存知ですか?」
「はい、存じ上げています。」
「以前に私、木村のライブに行ったことが
あるんです。
感動しました。
そこから好きです。」
う〜む。
なるほど、そうだったのか。
「どんなところに感動されたのですか?」
「彼の自由奔放さ、です。
仕事では絶対に見せないような無邪気な
顔をしていました。」
「そうですね。なかなか彼は、そういった自分を
仕事では見せないですよね。」
「はい。でも、時折、仕事でも顔を覗かせて
いたんですよ。あの自由奔放さが。」
「へぇ、そうなんでか。」
「ほんのちょっとですけどね。」
どうやら弓江さんは本当に木村さんのことが
好きなようです。
もちろんそれは、異性としてではなく、
人間として、だと思いますが、
それでも、木村さんのことをよく観察しています。
いや、ひょっとすると、木村さんだけでなく
すべての人をよく観察しているのかも知れません。
「でも、いつからそんな木村さんのことを
嫌いになってしまったんですか?」
「新規事業プロジェクトからです。」
「なぜまた?」
「・・・なぜかとてもイライラするんです。
木村の判断、行動、振る舞いのすべてに
イライラするんです。」
「特に、イライラした瞬間で思い出せる
場面はありますか?」
しばらく弓江さんは考えて、
「ミーティングでよく彼は、
みんなが主役だ、俺はコーチ役だ、
みたいなことを言うんです。
その度に、とてもイライラします。」
なるほど。
だいぶ見えてきました。
「あぁそれは、私がちょっと変な影響を
与えちゃってるかなぁ。
私がコーチングスキルなどを教えてしまって
いますから。」
「いえ、コーチングのやり方をとること自体は
いいんですよ。
みんなの意見や想いを自由に出し合って
進めること自体は私も賛成です。
でも、なぜか木村がそれをすると、
腹が立つんです。
なんか、猿真似、というか、形だけ、というか、
中身がない、というか。」
「そういえば、木村さんから聴いたのですが、
お客様のクレーム処理の時に、弓江さんは
木村さんに『甘いです』という意見を
言われたそうですね。」
「そうなんですよ。甘いんですよ。
あのクレームのお客様の担当は私だったんです。
だから私にクレーム処理を言いつければいいのに、
自分でやろうとして。」
「あっ、そういうことだったんですか?」
「そうです。
まぁ、私に任せておくとちゃんとクレーム処理
できないんじゃないか、って不安だったのだと
思います。
でも彼は、コーチの真似をしながらも、
肝心な部分は全部自分でやろうとします。
部下やメンバーを本当には信じていないし、
信じようとしていない。
信じているフリはしてますけどね。
そこが、甘い、と思うんです。
一緒にメンバーとしてやっていこうと思うなら、
もっと私達に厳しくしなければならないし、
もっと毅然としていてほしいんです。
あのロックバンドの時のように。」
「要するに、今の木村さんを一言で表現すると
どうなりますか?」
弓江さんは、しばらくじーっと考えていました。
そして、
「生ぬるい、ということでしょうか。」
この言葉が、私にゾワーッと伝わってきました。
つまりこれは、弓江さんから木村さんへの
真本音メッセージなのです。
弓江さんは、木村さんのことが本当は
好きです。
木村さんの「本来の魅力」をよくわかっています。
しかし新規事業プロジェクトリーダーの木村さんは
その魅力を出さないどころか、
「生ぬるい」
のです。
本来素晴らしいものを持っているのに
それを出さない木村さんに対して、
弓江さんは怒っているのです。
それは、「真本音の怒り」と言ってよいでしょう。
私が弓江さんのことを「面白い」と直観したのは
大当たりでした。
弓江さんという存在は、木村さんの真本音度合いを
高めるための力強いサポートとなるでしょう。
「そんな木村さんに、本来の彼の魅力や力を
発揮してもらうために、弓江さんには何ができますか?」
「う〜ん・・・。
私は私なりに言いたくもない意見を伝えていますが、
それが機能しているようには思えません。
むしろ木村を萎縮させているというか。
木村の行動を妨害してしまっているというか。
あまりよい結果は出ていないように思います。
でも、どうしたらよいか、自分にできることが他には
思いつきません。」
やはり。
弓江さんは弓江さんなりに、
木村さんの力になろうと思って、あえてきつい意見を
伝えていたようです。
さて、では、
弓江さんにも単刀直入な切り込み方をしましょう。
こういった、真本音度合いが高く、想いも強い人には
単刀直入なのがよいです。
「弓江さんは、ご自分の魅力や能力を
まったくもって理解してませんねぇ。」
「えっ、そうなんですか。
私に能力なんてありますか?」
少し余談ですが、
真本音度合いのもともと高い人ほど、
「私に能力なんてありますか?」という類のことを
言う人が多いです。
自分を低く見ているのですね。もったいない。
「ありますよ、もちろん。
何だと思います?」
「えぇ〜、わかりませんよ。
自分に特別な力があるなんて思いもしません。」
「そう言わずに、ちょっと真剣に
考えてみてください。
弓江さんの、天性の力は何だと思いますか?」
弓江さんはしばらくじーっと考えてくださいました。
「・・・ダメです。わかりません。
私に天性の力なんてあるんですか?」
「はい。
でも、弓江さんはそれをこれまでの人生でほぼ、
使ってこなかったと思います。
でもこれからは、それを使うといいですよ。」
「ダメです。ギブアップです。わかりません。」
「コーチング力です。」
「へっ?」
「弓江さんは、プロのコーチになれますよ。
それだけの力があります。
私が保証します。」
つづく
平井さんの変化について、
さらに深掘りをしていきます。
(→前回記事)
「実は、私はあなたのことが嫌いでした」と
平井さんに告白した生田さんという部下がいます。
私は生田さんにお訊きしました。
「平井さんが最も変化されたのは
どこですか?」
生田さんは、じーっと考えた後で、
こう言われました。
「上手く言えませんが、
以前は、私は平井から全否定をされていたような
気がするんです。」
「全否定?」
「はい、そうです。
自分のすべてを否定されていたような。」
「どんな時に、そんな風に感じられたんですか?」
「多分、彼は全否定をしている気はなかったと
思います。
でも私は、彼のちょっとした一言一言に、
あぁこの人は私にいてほしくないんだ、
私のすべてが嫌いなんだ、という印象を受けました。」
「何か具体的なやりとりの場面を思い出せます?」
「う〜ん、一つ一つは本当に小さなことなんですよね。
でもその積み重ねで、私は平井のそばにいることが
本当に怖くなりました。
まぁ、いい大人ですし、仕事ですから、
そんなことは言っておれないのですが。
でも、会社に来て、平井の顔を見るのは
本当に嫌でしたね。」
実はこのようなケースは生田さんだけでなく、
とても多いです。
思い出せないくらいに小さな一つ一つの
積み重ねで、心を深く傷つけてしまうケースです。
「今はどうなのですか?」
「今はまったく変わりましたね。
大袈裟ではなく、私は平井という人間が、
一度、死んで生まれ変わったか、
体だけ同じで、中身がまったく別人と
入れ替わったか。
そんな感じがしています。
部下で年下の私が言うのもおこがましいですが、
平井を見ていると、人は変われるんだ、と
希望を持てます。」
生田さんの言われていることは
私にもよくわかります。
私は第三者ですから良いのですが、
もしこの人の部下になったら、
かなりキツイだろうなぁ、というのが
出会った頃の平井さんへの印象でした。
時折、彼からふっと漂ってくる空気感が、
とてつもなく冷たかったからです。
それを言葉で表現するのは難しいのですが、
あえて言えば、
「人間嫌い」
「人間不信」
の塊のような空気感です。
それが今はまったくない。
どころか、常に平井さんから感じるのは
「すべてを受け止めるあたたかさ」
です。
人間不信の冷たい空気感を持った人が、
ほんの些細なことでも人を叱ったり注意をすれば、
それをされた人は、
自分が全否定された、という印象を得ます。
それに対して、まったく同じ言葉で
注意を受けたとしても、
もし、あたたかい空気感を持った人からの
言葉であれば、
人はそこに愛を感じます。
管理職研修などで、
部下を上手く叱るにはどうすればよいでしょうか?
というご質問を、私はよくいただきます。
しかしそれは、言葉の言い回しや
テクニックではないのです。
自分が、「人間」というものに対して、
どのような空気感を発しているか?
で、ほぼすべてが決まってしまうのです。
そしてその、あたたかい空気感は、
「心を大きく持とう」とか
「自分は人格者であろう」とか
「もっと器を大きくしよう」とか、
そういった心構えレベルで出せるようになるものでは
ありません。
空気感を決めるものは、
「自己承認」
できているかどうか、です。
自分のすべてを、
自分が許せているかどうか?
です。
そして、
人が自分のことを最も許せなくなる
最大の要因は、
「自分の真本音を自分がないがしろにする」
ということなのです。
つづく
後に、平井チームのナンバー2的な立場になる
生田さん(仮名)という男性社員さんがいます。
彼は、当時まだ20代後半。
しかし、公開コーチングにおける平井さんのメッセージに、
いたく感動しました。
(→前回記事)
後に生田さんは私に教えてくださいました。
「実は私は、平井のことが嫌いだったんです。笑
何を考えてるかわからない不気味なところが
ありましたので。
それに、社長の顔色を第一に伺っているのが
わかってましたし。
でも、あの一言で見直しました。
偉そうな言い方ですけどね。」
そしてさらに言われました。
「いつかの飲み会だったと思いますが、
そのことを正直に私は平井に伝えたんです。
私はあなたが嫌いでした、って。笑
そうしたら、平井は何て言ったと思います?」
「何でしょう? ごめんなさい、とか?」
「いえ、平井は真顔で私の話を聴いた後で、
真顔で言うんですよ。
今の俺は好きか?って。
恋愛じゃないんだから・・・。笑」
でもその時に、
あぁこの人は本当に可愛らしい人なんだ、
この人と一緒に会社を良くしていきたいなぁ、と
生田さんは本当に思えたそうです。
さて、そんな可愛らしい平井さんですが、
公開コーチングを一度やって
味を占めました。笑
社員さん達に何をどうメッセージしようか、
と思うと硬くなってしまうのですが、
コーチング形式で私に向かって自由に喋っていると、
自分でも気づかなかった想いや発想が、
次々に出てくる、と。
しかもそれをリアルタイムで社員さん達に
見せられるので、とても伝わりやすい、と。
「でも、特に打合せもせずにやるので、
変なことを口にしないか不安になりませんか?」
と私が問うと、
「いやいや、それよりもあるがままの私を
見てもらう方がよほど良いです。
おかげで、リーダーシップをとるのが
とても楽になりました。」と。
ただこれは、かなり覚悟の要ることです。
常日頃から様々なことを真剣に考え続けている
彼だからこそできること。
オープンな彼だからこそできることです。
結局彼は、公開コーチングを毎月一回は定期的に
開催するようになりました。
時折、社員さん達に向かってメッセージを投げる
だけでなく、
その場で社員さん達とのキャッチボール、意見交換
なども入れるようになりました。
時には、社員さんの一人に前に出てもらい、
皆の前で議論することも。
この場から様々なプロジェクトチームが
自然に発生しました。
新規事業が立ち上がったり、新会社が立ち上がる
きっかけにもなりました。
手法が大事なわけではありません。
大事なのは、真本音の想いを伝えることです。
最も伝わりやすい方法で。
平井さん流リーダーシップとは、
・人と人をつなぐこと
・真本音の想いを伝えること
この2本柱が基本です。
「私は、社員を主役にするリーダーになりたい」
という指針を持った平井さんが自然に編み出した
自分流のリーダーのスタイルです。
つづく