説得

説得しようとしないことが、思わぬ好展開を生む

弓江さんが変化することで、

木村さんが変化する。

その順番で、二人の真本音度合いを

一気に引き上げる。

 

それが今、私にできる最善のサポートであると

確信しました。

(→前回記事)

 

そんな流れの中での

「弓江さんはコーチに向いています」

というメッセージでした。

 

ところが、弓江さんはすぐにはそれを

受け止めてはくれませんでした。

「とてもとても信じられません」

と。

それはそうでしょう。

当然、そのような返事が返ってくると思っていました。

 

さぁ、真本音コミュニケーションを続けましょう。

 

こういった時ほど、相手の真本音に委ねます。

間違っても、

説得しようとか、納得してもらおうとかは

思わないことです。

 

「どうして、信じられないのですか?」

 

「だって、たけうちさんもわかりますでしょ?

私のこのコミュニケーションを見れば。

どう見ても、コーチ向きではないでしょ。」

 

「そうですねぇ。

コーチとは真逆のコミュニケーションですね。」

 

「でしょ!

こんな私にコーチング力があるとは思えません。」

 

「ありますよ。」

 

「ですから、どこがですか!」

 

彼女はついに怒り出しました。

大変申し訳ないのですが、私は内心

クスクスと笑いが止まらなくなりました。

 

「コミュニケーションの取り方は、なかなか

最悪ですね。」

 

「わかってますよ!

だから向いてないと言ってるんです。」

 

「でも、コミュニケーションの取り方以外は

すべてコーチに向いてますよ。」

 

一瞬、弓江さんは私の言っている意味を

把握できなかったようです。

しばらく目を白黒させていました。

 

「どういうことですか?

コーチって、コミュニケーションの取り方が

重要なんですよね。」

 

「コミュニケーションの取り方なんて、

表層的なことですよ。

現に、弓江さんと同じようにはっきりくっきり

物を言う人で、コーチング力のすごい人を

私は何人も知っていますよ。」

 

「えっ? じゃあコーチング力って何ですか?」

 

「今は教えません。」

 

「えっ? なに? どうしてですか。」

 

「教える必要がありませんから。」

 

「まったく意味がわかりません。」

 

「わからなくてもいいです。」

 

「たけうちさん、

私をからかってませんか?」

 

「全然からかってませんよ。

弓江さんとのコミュニケーションを楽しんでます。」

 

「それ、からかってるってことでしょう!」

 

そう言って彼女は笑い出しました。

この明るさ。

これが、弓江さんの本質です。

 

例えば、真本音度合いの低い人に

このようなコミュニケーションを取れば、

間違いなく深刻な展開となっているでしょう。

しかし弓江さんは笑い出しました。

 

私が意図してやっていることではありません。

真本音に委ねているだけのことです。

 

「弓江さんは、私がどんなコミュニケーションを取っても

そうやってまっすぐに向き合ってくれるじゃないですか。

私の一言一言をちゃんと聴いてくれる。」

 

「えっ? 私は聴き下手ですよ。

いつも、もっと人の話を聴きなさい、って

叱られます。」

 

「じっくり聴くことはしないと思いますが、

肝心なところをちゃんと受け取っています。

そしてそれに対して、まっすぐに考え、まっすぐに

返してくれます。

それがとても心地よいです。」

 

「う〜ん、確かに、まっすぐというのは

私らしいかもしれませんが。」

 

「弓江さんは、今私が弓江さんに

何を伝えようとしているかわかるんじゃないですか?」

 

「何を伝えようとしているか?

・・・私に『変われ!』ということですか?」

 

「どこを『変われ!』と言っていると思いますか?」

 

「・・・なんか、大したことを要求されている感じは

しません。

ちょっとしたところを変えた方がいい、と

言われている気がします。」

 

「さすがですね!

そこが、コーチに向いているところなんですよ。

本質を掴む力がピカイチです。」

 

「えっ、そうなんですか?」

 

「そうですよ。

例えば、木村さんの今の状況とか。

弓江さんが感じ取ることは非常に本質を

ついているんです。

最も肝心な部分を明確に言い当てています。

それができる人は、コーチに向いてるんですよ。」

 

「・・・そんなもんでしょうかね。」

 

「はい、そんなもんです。

弓江さんはちょっとだけご自分を変えれば

いいんです。」

 

「どこをですか?」

 

「コミュニケーションの取り方を、です。」

 

「えぇ? そんなこと言っても

今の私のコミュニケーションの取り方は長年ずっと

これでやってきたものです。

変えることなんてできませんよ。」

 

「そう思い込んでるだけのことです。

コミュニケーションなんて、最も簡単に変化させられる

ものなんです。

形を変化させるだけですから。

それは私が教えます。

でもこれは、本質を掴む力を持っている弓江さんだからこそ

有効なことなんです。

表面をちょっと変えるだけで、

劇的に物事の進展の仕方が変わりますよ。」

 

実はこの時点では弓江さんには伝えていなかったのですが、

弓江さんの力は、本質を掴む力、だけではなかったのです。

もう一つ、とても重要な力を持っていました。

それこそを、彼女はこれまで、恐らく一切、

使ってきませんでした。

 

それは、

相手を尊重する力

です。

 

私が、

『尊重力』

と呼んでいるものです。

 

つづく

 

理念があっても、何かの拍子にそれが外れる

真本音レベルの理念を掘り起こすことができた木村さんは

明らかに雰囲気と行動が変わりました。

 

しかし本当のサポートはここからです。

(→前回記事)

 

私は平井さんにお願いして、

木村さんの「これまでのパターン」、つまりは

「これまでの行動のクセ」が出たらすぐにご連絡を

いただくようにしておきました。

 

木村さんの理念が出されてからちょうど

3週間経った時でした。

 

「たけうちさん、木村のクセが出ました」

と、平井さんからこ連絡が。

 

お電話でしたが、私はすぐに状況を

お聴きしました。

 

平井チームの中には、

かなり有望な20代の若手社員さん(男性)がいました。

村瀬さん(仮名)と言います。

 

平井さんの見るところによれば、

村瀬さんはかなりのポテンシャルを持ってはいるのですが、

それを先輩社員である木村さんが

活かし切れていない、ということでした。

 

いやむしろ、

そのポテンシャルが発揮されるのを

木村さんが阻害しているように見受けられる

ともおっしゃっていました。

 

木村さんが真本音の理念を見つけ、

自分をオープンにし、雰囲気が変わったことで

最も影響を受けたのがこの村瀬さんでした。

 

彼はまるで水を得た魚のように、

様々な意見(提案)を木村さんにするように

なったそうです。

それを木村さんは誠実に受け止めていたそうです。

 

ところが。

 

あるとても大事なお客様がいらっしゃいました。

そのお役様から、あるクレームが入りました。

その対応について協議している時に、

村瀬さんが、かなり斬新な提案をされたそうです。

 

それを聴いた平井さんは内心、

「ほぉ!」

と感心されたそうです。

 

しかし、その提案を

「木村が潰しにかかりました」

と平井さん。

 

「提案を潰しにかかっただけではなく、

木村は、村瀬そのものも潰しにかかりました。」

 

その詳細を聴くと、

木村さんは、自分の経験を盾にしながら、

村瀬さんを完全否定したそうです。

 

「お前は確かに能力はある。

発想も斬新だ。

しかし、まだ甘い!」

ということを繰り返し村瀬さんに伝えたようです。

 

村瀬さんの言うことを

木村さんの「経験法則」によって

すべて論破したそうです。

 

それによって村瀬さんが

くじけてしまったわけではありません。

「村瀬は今、どのようにして木村を説得できるかを

考えています。

それはそれで彼の逞しいところです。

しかし結局のところ、この展開は、

戦いと争いでしかありません。

そんなことをしている場合ではないのですが。

ですから、ここは私が出て行こうと思っているのですが、

その前にたけうちさんに一度状況をお伝えし、

その上でどうしようかを決めようと思いました。」

 

私は平井さんにお礼を申し上げました。

 

ここでご連絡をいただいたのは

とても大きかったからです。

 

私はすぐに木村さんにお会いすることにしました。

 

私がすることはただ一つ。

彼を説得したり、彼の行動を変えさせることでは

ありません。

 

彼の真本音度合いを高めることです。

 

そして真本音度合いを高めた状態で、

今回の自分自身の行動を振り返り、

真本音では本当はどうしたいと思っているのか?

を明確にすることです。

 

木村さんの「これまでの心と行動のクセ」を

一言で表現すれば、それは二つあります。

 

一つは、

「私は常に、一番でなければらない」

です。

 

もう一つは、

「結局は、私が一番物事をよくわかっている」

です。

 

しかしこの二つの根底にあるのは

「自己保身」

なのです。

 

つまりは、上司である平井さんから認められたいがために

この二つを常に心の前面に出し続けていました。

それは、本来の彼の望む生き方ではなく、

平井さんに喜んでいただくための「演ずる自分」でした。

 

そういった生き方をしてきたのが、

「これまでの木村さんの心と行動のクセ」

だったのです。

 

それが一気に現れました。

 

これは、チャンスです。

 

つづく