最初は調和だ

LINEで送る
Pocket

 

実は

日常生活の中では

いろんなことが

調和している。

 

私達が

気づけるか気づけないか

だけの違いで。

 

調和に気づける

ということは

それだけで

私達の心の調子が良い

ということだ。

 

調子が悪ければ

そこに気づくことも

できない。

 

ゆとりがない

というやつだ。

 

調和に気づけないと

自分は不調和であると

思い込む。

 

人間は

解釈の生き物。

 

不調和だ不調和だ

言葉で思うわけでは

ないが、

 

調和できていない

のが自分である

という

 

要するにそういった

変な自己イメージが

無意識に高まり、

 

その解釈によって

不調和度が

さらに高まり、

 

本当に不調和に

なる。

 

街を歩いたり

駅を歩いたり

していると、

その状態に入ってしまっている

人が

たくさんいることが

わかる。

 

一目でわかる。

 

逆に、

調和にちゃんと

気づきながら

生きている人も

すぐにわかる。

 

同じ人間なのに

面白いものだ。

 

そして、

自分自身で創り出した

その調和・不調和

によって

 

人生の展開は

決まっていく。

 

結局はやはり

その人の

生き方の問題だ。

 

ビジネスで言えば、

もちろん

 

調和にちゃんと

気づいている人同士

で組むと良い。

 

調和の連鎖が

起こるから。

 

調和の連鎖によって

育まれたビジネスは、

 

そのお客様に

なってくださる人にも

調和をもたらす。

 

それはその

具体的な商品やサービスの

効用以上に

価値あるものだなと

私はいつも

感じている。

 

調和の連鎖を

もっともっと

助長したいものだ。

 

つづく

 

コメントを残す

*