エンティティは、多かれ少なかれ、
必ず誰もが持っています。
まったく持っていないという人は
恐らく1%もいないでしょう。
しかもエンティティとは、
人から人へ伝染する、まるで
風邪のウィルスのようなものです。
「物質である」と言ってもよいでしょう。
霊感の強い人は、
これを「幽霊である」と認識するかもしれません。
でもその「幽霊」は、
どこかしこに、存在しています。
あって当たり前のものです。
そして、何かの「共鳴」が起こることで、
かなり強烈なエンティティが
人から人に乗り移ります。
西畑さんから木村さんには
何か強烈なエンティティが移動しやすい、
という傾向にあるわけです。
その「共鳴」とは恐らく、
反応本音レベルでの二人の共通の
パターンによって引き起こされています。
私は以前に西畑さんと一度、
面談をしました。
そこで感じたのは、
西畑さんの心の中にある強烈な
「面倒臭い」という反応本音の塊です。
それは、
「人生は面倒臭い」とか
「生きることが面倒臭い」という
かなり根本的な面倒臭さでした。
こういった人は、
無意識レベルで、「現実逃避」に入ります。
常に、「現実逃避」した状態で
生き続けます。
それにより、真本音度合いを著しく
減退させます。
西畑さんと面談した時、
私はその傾向があまりに強く感じられたので、
西畑さんそのものを何とかしようという方向性を
あきらめたのです。
それよりも、
木村さんをもっと強くすることで結果として
西畑さんに好影響を与えようと
判断しました。
一方の木村さんも、
彼の反応本音レベルのクセが強く出ると、
彼は、イケイケどんどんになるか、
逆に、ウジウジした引きこもり的になるか、
その両極端を行き来していました。
そうなっている時の彼は
「現実逃避」の塊であると言ってもよいでしょう。
つまりその「現実逃避」の生き方に関して
西畑さんと木村さんは「共鳴」をしてしまい、
西畑さんの生み出したエンティティは
木村さんに乗り移っていく、
という現実を引き起こしていたのでしょう。
私はこういったこともすべて
この二人コーチングの場で、
木村さんにご説明しました。
「かなり納得します」
と木村さんは言われました。
西畑さんの「現実逃避ぶり」を
ある意味最もよくわかっていたのは、
木村さんだったかも知れません。
そして今、
木村さんの背中に、わずかですが
西畑さんから移ってきたエンティティが
張り付いているようです。
彼はそこに意識を向けました。
「どうですか?
そこに意識を向けると、
何か見えますか?」
しばらく木村さんは黙っていましたが、
「なんか、西畑が私に
しがみついている姿が見えます」
と答えました。
それはかなり的確な表現でした。
実は私にも、
西畑さんが木村さんにしがみついているような
感覚が伝わってきていたからです。
「その、しがみついている西畑さんは
何か喋っていますか?」
と私が問うと、
木村さんは恐ろしい一言を
言いました。
つづく
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