チームパフォーマンスコーチ

調和をもたらすもの

人には
誰もに
リミッターが
あり、

自分で決めた
リミッターの
範囲内で
皆、それぞれ
頑張っている。

そして
ある一定以上の
満足が
訪れたら、

もういいか!

ということで、
自らその
リミッターを
外す。

リミッターが
外れることで
その人は
ものの見方の
広さと深さが
一気に変わる。

新たな自分
として
生まれ変わった
かのように。

そしてその
自分として
生き続け、

成長を
続け、

ある一定以上の
満足が
訪れたら、

またさらに
次のリミッターを
外す。

このようにして
人生において
いくつもいくつも
リミッターを
外しながら
生きていく。

が、

残念ながら
全人生で
リミッターを
一度も外さない
という
人がいる。

実は、
結構多い。

リミッターの
枠内で
成長をするが、
決して
リミッターは
外さない。

私が
「進化」と呼ぶ
成長とは
まさに
リミッターを外す
ということなのだが、

ということは
つまり
リミッターを
外さない人は

一生を経ても
全く進化していない

ということに
なる。

それはそれで
一つの生き方
ではあるのだが、

しかし明確に
言えるのは、

進化のない
生き方は
面白くない

ということ
だ。

逆に言えば、
進化を経験
することで
初めて、

人にはこんな
幸せがあるのか!

ということを
経験できる。

一度、経験
した人は
その生き方を
続ける。

つまり、
リミッターを
外す、という人生を
続ける。

一つの
リミッターを
外してから、
すぐにまた
次のリミッターを
外す、
というように、

外す頻度と
スピードを
圧倒的に高める
人もいる。

実は私は
そういう人を
こそ
サポートすると
決めてずっと
やっている。

そういう人が
増えるといいな、

願っている。

なぜなら
そういう人は
周りにとても
良い影響を与える
から。

自分だけで
なく
周りの進化も
促すから。

進化スピードが
速くなれば
なるほど、

調和は
増す。

世の中に
調和をもたらすのは
進化スピード
だ。

リミッターを
次々に外す人が
増えれば
増えるほど、

世の中は
調和する。

世の中に
調和をもたらす
進化スピードの
速い人達。

彼らを私は
「要」(かなめ)

呼んでいる。

社会の要を
増やすのが、
私の
仕事だ。

つづく

知らない自分がいたら

これまで
見たことのない
自分

出会ったら、

とりあえずは
それを
全て
受け入れよう。

それをまた
吐き捨てるか
どうかは、
あとで決めれば
いい。

まずは
新たな自分を
そのまま受け入れ、

融合しよう。

融合したら、
あとは何も
意識しなくて
いい。

自分は勝手に
動いてくれる。

空を飛びたい
という
願いはあるかな?

残念ながら
すぐには
無理だ。

でも願いは
ずっと
抱き続けよう。

願いを抱くから
こそ、
今ここで
現実的な一歩を
出せる。

しかもその一歩は
自分の知らない
一歩だ。

自分の知らない
タイミングで
自分の知らない
一歩を
踏み出してみよう。

今こそ。

つづく

私、であったもの

この大地には
何がいるのか
わからない。

豊穣な土。

生命力の
ある草原。

成長力漲る
樹々たち。

そこには
目には見えない
無限とも言える
存在が
きっと

溢れ出ん
ばかりに。

そして彼らは
今、
私に意識を
向けている。

あれは
何者なのか?
と。

私は
包み隠さず
自分を
晒す。

煮るなり
焼くなり
好きにしたら
いい。

ただ私は
あなたたちに
この身を
預けるだけさ。

・・・・・・

自分を守る
という意識は
きっと
とうに消えている
のだろう。

いつの間にか
そういう意味では
楽になった
もんだ。

とはいえ
もちろん
恐怖は出る。

それで
いい。

人間
らしい。

・・・・・・

後ろから
足音が
近づく。

敵か
味方か?

そんなことは
もう
どうでもいい。

どちらでも
いいんだ。

そういう
単純なことにも
いつの間にか
気づいていたよ。

・・・・・・

前からも
後ろからも

私に
覆い被さってくる
ものはある。

数知れず。

ある一定の
量は良いが、
それ以上は
ダメ、
というように

本能的に
調整することも
今はもう
なくなったよ。

・・・・・・

遥か彼方まで
延々と続く
大地。

このどこかに
私は眠る

ここでずっと
眠ってきた。

そろそろ
目覚めの
時だ。

それが
目覚めるため
には、

これまで
私である、と
思ってきた
あらゆるものを

手放さなければ
ならない。

私は
私のままで
良いのだが、

別に
私、でなくても
良い。

と、
そんな自分
として。

そう。

私は
誰でも
いいのだ。

私は
どこにでも
いるし、

どこにも
いない。

つづく

自分を信じよ

進む者が
馬鹿を見る
時代は、

それでも
まだ
続いているんだ。

今はまだ
移行期だ。

しばらく
まだ
移行期だ。

移行期こそ
最も
不安定だ。

足を
踏ん張ろうにも

地面そのものが
入れ替わり
つつあるので、

拠り所が
ない。

頼れるのは
自分
だけだ。

だから
今こそ
自分を信じる
ことだ。

ここまでの
道は
この時の
ためにある。

地面が
なくても
進める自分に
なる道だった。

こうして
ここに
辿り着いた
自分を

まずは
褒め、
そして
信じよう。

調和とは、

不調和を
恐れない
ことだ。

進化とは、

滅亡を
恐れない
ことだ。

自信は
必要ない。
むしろ
要らない。

それよりも、

自分を
信じること。

信じるとは
意志である。

意志とは
自分の中心
からしか
発しない。

中心以外が
出発点の
それは
全てまがいもの。

中心からの
意志に
素直に。

そう、

これまで
やってきた
通りに。

つづく

本領発揮宣言

もうあらゆる
答えは
なくなった
のらしい。

たくさんの
道が
あったが、

それぞれの
可能性は
潰えた。

そうなることは
最初から
わかっていた
わけだが、

そうならない
ように
努力も
してきた。

が、
やはり
宿命には
勝てないか?

たった
一つでも

もう一つ


あれば
精神的には
とてつもなく
楽だろう。

が、
それは
やっぱり
許されない
ようだ。

だからこそ
私達は
ここにいる
のだから。

答えは
たった一つ。

それ以外は
ない。

無限とも言える
選択肢の
中で

そのたった
一つを

常に
選び続けなければ
ならない。

以前はそれを
特異点

言ったが、

今はもう
それしか答えが
ないのだから、

特異点も
へったくれも
ない。

たった一つを
間違えずに。

一歩
間違えれば
それで終わる。

私達にしか
できない
ことだ。

ここから
本領発揮だ。

つづく

あなたは進んでいる

まるで
逆流を遡って
いるようで、

実は
それこそが
順流だったり
する。

表面的混乱

惑うことなかれ。

あなたは
ちゃんと
進んでいる。

・・・・・・

前に光が
あると、

その光が
強ければ強いほど
逆光となり、

眩しくなり
目を開けられ
なくなる。

すると
自分がちゃんと
進んでいるか
どうか、
わからなくなる。

自分を
見失ったような
気にもなる。

でも、
それだけの
逆光であるという
ことこそ証だ。

あなたは
ちゃんと
進んでいる。

・・・・・・

自信のなさ、
不安、

確信のなさ。

そういった
ものに
呑まれる。

呑まれても
それらを
否定せず、

存分に
呑まれる。

不安定を
不安定と
そのまま
感じる。

であれば
大丈夫。

あなたは
ちゃんと
進んでいる。

・・・・・・

どの方向に
進んでも
妨害に遭う。

すぐに
進めなく
なる。

その悲しみ

打ちひしがれるし、

焦りも
する。

このまま
自分は
何も成せない
のではないか?

という
疑念が常に
自分の中心を
占める。

それに
蓋をせず
感じ続けている
ならば、
大丈夫。

あなたは
ちゃんと
進んでいる。

・・・・・・

八方塞がり
なら、
しっかりと

八方塞がり
になる。

どこにも
行けない
絶望と
一つになる。
委ねる。
預ける。
任せる。

大丈夫。

そこから
しか
出口には
辿り着けないんだ。

ちゃんと
進んできたから
今のあなたは
そこにいる。

つづく

ここでまた大事な問い

ここで
大事な問いを
また一つ。

・・・

山あり
谷あり。

これから
大きな
谷に降りる。

それは
怖いことでは
ない。

むしろ
大きなジャンプの
ための
準備だ。

さぁ、
今日から
3日かけて

あなたが
自分を
整えるために

すべきことは
何だろう?

・・・

3日間
かけて。

毎日
同じことを
しても良いし、

一日ずつ
別々のことを
しても
いい。

大事なのは
自分自身が

整うことだ。

つづく

不一致に迷う

遠くに
確かに
観えるゴール。

今は、
一点の
光として。

きっと
日々、
あそこには
近づいて
いるのだろう。

しかし今は
その実感は
ない。

ただ、
道は明確に
観える。

一直線だ。

私は
曲がることなく
そこを
進んでいる。

道の
ど真ん中を。

その
安心感が
あるからこそ、

今日も
こうして
平穏で
いられる。

きっと
多くの人は
こういった
確信を
知らずに生きて
いるのだろう。

以前の私が
そうであった
ように。

でも
人であれば
誰でも
この確信を
得ることは
できる。

年齢に
関係なく。

皆が皆、
そうなると
いいな、と
思う。

そのための
サポートが
私の今日も
やることだ。

・・・・・・

人は
迷う。

迷うのが
人だ。

私も
迷う。

迷うのが
私だ。

しかし
それだけ
迷っても、

あの
ゴールは
常に観える。

道も
観える。

それなのに
迷う。

それは、

常にこうして
観えている
実在の道
とは
一致しない
現象が
目の前に起こる
からだ。

この
不一致さ。

これが
今の
世の中だ。

世の中の
不健康さ
だ。

だから
現象を
実在に
一致させる。

そのために
どうするか?

そこを
いつも
迷う。

でも結局は
皆、
無意識に
これをやっている
わけだ。

人は
迷う。

だから
人がいる。

つづく

久々の容量オーバー

業の深い
人なんだな。

積み重なった
苦しみを

自覚せずに、
しかし
ここでは
笑っている。

明るさの
奥に
微かに漂う
暗さ。

もちろん
そういった
ものは
誰もが
持っている。

ただ、
この人の
場合、

もう少し
自覚した方が
いいだろう。

じゃないと
きっと
もうすぐ
身体を壊して
しまう。

今日、私は
調子が悪い。

連日の
ハードさが
祟り、
本領の恐らく
100分の1か
もしくは
200分の1しか
容量がない。

しかし
このタイミングで
お会いするのも
必然であり
ご縁なのだろう。

今できる
最大で
この人と
向かい合おう。

・・・・・・

当初の私の
予測を
遥かに超えて、

私は
あっという間に
容量オーバーと
なった。

そうすると
私自身が
この心と体を
維持することが
困難になる。

やばいところ
だった。

その人との
面談が終わる
頃には、
もう
記憶が
飛んでいた。

どこをどう
歩いてきたのか、

どうやって
新幹線まで
たどり着いた
のか。

あまりよく
覚えていない。

気がつけば
もう
東京に
帰っていた。

その人から
受けたものは
まだ
私の中に
大量に残って
おり、

引き裂かれ
そうな
苦しみに
悶えつつ、

何とか
自宅まで
たどり着いた。

昔はよく
このような状態に
なった。

最近は
私の容量も
大きくなったので
なかなかこうは
ならなかったのだが。

また今日も
命のやり取りを
した。

ギリギリ
だった。

・・・・・・

朝までに
何とか
自分を立て直し、

今日もこれから
人と会う。

なぜ
こんなことを
毎日
続けるのか?

答えは
わかっている。

私には
明確な
答えがあるのだ。

つづく

開いていくだろ

難しいことは
必要ない。

ただ、

進むか
進まないか

それだけだ。

進む人は
開かれ、

進まない人は
閉じていく。

ただ
それだけの
こと。

ずっと
進み続けて
きた人達は、

今、

開かれる
感覚が
凄いだろう。

愚直に
続けてきた
誠実さが、

どんどん
閉ざされたものを
ほぐしている。

そして
ようやく
突破口のような
ものが
わかり、

なんだ、
そこが出口
だったか!

わかり、

そっちに
向かえば、

これまでずっと
迷い続けてきた
ものの
答え達が、

スーッと
わかって
しまう。

と同時に
体も心も
ほぐれていく。

なんだ、
こっちに私は
最初から
進みたかったんだな、

これまでの
人生の
合点がいく。

これまでの
誠実さの
賜物だ。

安易に
自分の利益
のみに
偏ることなく
やってきた

あなたの
誠実さの
賜物だ。

きっと
これまでに
ない
感覚。

道が
開いていく
とは
こういうことだ。

つづく

分解されて生まれたもの

あらゆる
ものが

分解されて
いく。

大きな
岩が、

砂の粒子に
砕かれる
ように。

もともと
一つだった
ものが。

分解された
もの達は

もう決して
一つに戻ろう
とはしない。

それどころか
お互いが
歪み合い、

傷つけ合い、

その恨みを
増幅し合って
いる。

側から
見ていれば
それは
実に愚か
だろう。

だがそれは
側から
見ているから
そうわかるだけで
あって、

渦中に入れば
それどころでは
ない。

分解分離された
この自分。

これこそが
「自分」であり、
他は
「他者」だ。

自分と
他者。

その確執
の中で
私達は
生きている。

・・・・・・

人は
わかり合えない
のか?

難しいねぇ、
実に。

わかり合えて
いる
つもりに
なっているケースは
いくつもあるが。

わかり合っている
つもりに
なっていた者達が

実は
わかり合えて
いなかったと
わかることで、

分離感と
憎しみは
さらに大きく
なる。

そうそう簡単に
わかり合える
ことはないのだ。

・・・・・・

だからこそ
私達は
愛を
醸し出す。

愛とは
一つに戻ろうと
する、
私達の本能的な
エネルギーだ。

根源的
エネルギー。

もともと一つ
だった
私達から
それを消し去る
ことはできない。

愛という
エネルギーに
素直に
動くかどうか。

素直に動ける
人は
内側から
エネルギーが
湧き続ける。

そうでない
人は
枯渇する。

いや、
エネルギーそのもの
がなくなることは
ないが、
エネルギーに
蓋をして
封じ込めてしまうのだ。

愛は
どこにある?

愛は
ここにある。

自分自身の
中に。

その中心に。

分解された
からこそ
生まれた
エネルギー。

私達人間の
宿命の
エネルギーだ。

つづく

うまく歩けない

歩き
づらい。

勢いよく
行こうとすれば、
前のめりに
なり、

ゆっくり
進もうとすれば、
沼のような
地面に
足を取られる。

ちょうど
バランスの良い
スピードを
出そうと思っても、

一向に
わからない。

そもそも
バランスをとろう
などと
言っているが故に
バランスが崩れている
気もする。

歩き
づらい。

実に
歩きづらい
世の中だ。

・・・・・・

いまだに
よちよち歩きを
しているようだ。

安定し、
確信を持って、
ガッシリじっくり
行きたいのだが。

ひょっとすると
何かが
根本的に
間違っているのでは
ないか?

・・・・・・

私だけでなく、
周りの誰もが
苦労している。

思ったように
スタスタと
歩けないのだ。

転んでそのまま
動けなくなっている
人もいる。

発狂しそうな
人もいる。

もう、ここに
いるのは
嫌だ!

もう
生きるのは
嫌だ!

・・・・・・

導いてくれる
存在は
ないものだろうか?

ない。

自分以外の
誰かに
導いてもらっても、

それは本来の
自分の歩みでは
ない。

こんな世界、
歩きたくは
ないが、

でも、
もうここにいる
のだ、
私達は。

ここにいる
という事実は
変わらない。
だから、
歩くしかない。

ズブズブに
なりながらも。

・・・・・・

ちょっと
喝を入れる。

ここにきたのは
私の意志だ。

なら、
進むしかなかろう。

こんなはずじゃ
なかった、
とは
言うな。

その瞬間に
自分のチャンネルが
変わってしまう。

意地でも
前進する。

意地でも
楽しむ。

本当は
「意地」で行なうこと
ことではないが、

でも今は
「意地で進む」こと自体も
楽しんでしまえ、とも
思っている。

つづく

どうせ影響し合うなら

もうすぐ
あの人が
来る。

この
直前の緊張感が
たまらない。

こういうのを
味わうために
私はこの仕事を
しているのか?

思うくらい。

全細胞が
悦んでいる。

これから
始まる
時間を。

・・・・・・

終わった後の
余韻。

これも
至福の一つ。

面談における
あの一言、

この一言、

それが
お互いの心や
魂に
スーッと
染み渡っていく
あの感触。

それを
丁寧に振り返り、

もちろん
もっとこうすべき
だったかな?
というのもあるが、

それも含めて
振り返り、
終わった後も
味わい尽くす。

こういった
ことを
仕事として
毎日させていただける
のは
なんと幸せか。

・・・・・・

人と人は
向き合えば
向き合うほど、

その繋がりは
深まって
いく。

心の繋がり
から
魂の繋がり
へ。

そしてその
深まりは
無限だ。

わかり合える
かどうか?
という
次元ではなく。

もうすでに
常に私の中には
あの人が
いて、

きっと
あの人の中にも
私がいて、

区別ができなく
なっているの
だろう。

こうやって
一人で
生きているのだが、

間違いなく
あの人と
一緒に生きている。
いつ何時も。

そして
その状態から
浮上する発想は、

もはや
私の範疇は
とうに超えている。

人と人は
影響し合う
もの。

影響し合わずに
生きることは
むしろ
不可能だ。

であれば
どうせなら
徹底的に
深く
影響し合いたい
ものだ。

仕事を通じて
それができている
というのは、
やはり幸せだ。

つづく

わかり合えるだろうか

何かを必死に
伝えようと
しているんだな。

口はパクパク
動くのだが、

声が
出ない。

言葉に
できないのだな。

本当は
言葉を超えて
もっと
繋がり合えれば
楽なのにね。

でも
ここじゃそれは
できないんだよ。

そして逆に
こうも思うんだ。

中途半端な
表現なら
むしろ
言葉にする必要は
ないのでは、と。

中途半端な
やりとりをする
くらいなら、

無言で
向かい合っていた
方がいい。

そこには
言葉がないので
顕在的な
やりとりはできない
が、

もっと奥の
方で、
伝わるものは
あるんだ。

本当に
伝わっているか
どうかの
確証は
得られないけど、

それでも
繋がっている
感覚は
わかるだろ?

それだけで
良い時も
あるんだ。

・・・・・・

私達はもっと
言葉を
大切にしよう。

雑に言葉を
投げるのでは
なく、

本当に
伝えたいことを
シンプルに
形にすると、
どんな言葉に
なるだろうか?

これを
丁寧にしっかり
考えよう。

ここが普段から
きちんと
できていれば、

逆に、
言葉の限界が
わかるように
なる。

言葉の使い方

無限に
深堀りできる。

が、同時に
言葉の限界を
感じたら、

その時は
言葉には
執着せず、

ただ
感じ合う

ことに
集中しよう。

人はもっと
わかり合える
はず。

つづく

傷ついてもなお

傷つけられて
ボロボロに
なっている人が
いる。

今、
目の前に。

手の施しよう
がない。

何もできずに
私はただ
茫然と
見つめる。

見守る。

祈る。

これしか
できない。

・・・・・・

自力で
立ち上がろうと
言うのか。

どうみても
無理だと
思う。

でもその人は、
ヨロヨロの
足で、

自分の体重を
踏ん張り
支えようとする。

無理だよ。

どう見ても。

・・・・・・

人には
耐えられることと
耐えられないこと
がある。

皆、
一人で何とか
しようと
思い過ぎだ。

自力で進もうと
し過ぎた。

自律した人
とは、

どこまでを
自力でやり、

どこから
人に任せるか?


明確に判断、
実行できる人だ。

依存になっては
ならないが、

私達は
助け合いながら
生きる存在だ。

・・・・・・

とはいえ、
自力で立とう
としている人の

手を取る
ことは
私にはできない。

見守ること
しか。

助けたい
助けたい
助けたい、


私の心は
叫んでいるが、

体は
動かない。

・・・・・・

無理だと
思っていた
その人は、

なんと
自力で
立ち上がった。

シンプルな
驚きが
私を満たす。

私は
「人」というものを
みくびっていたのか?

人の可能性を
軽んじて
いたのか?

という問いが
湧き上がる。

答えは
わからない。

ただ、
しばらくは
この問いと
向き合いながら
進むことにしよう。

つづく

孤独から脱け出るには

孤独を
感じなくなってから
もうどれくらい
経っただろうか。

もう15年くらい
経っているかも
しれない。

逆に言えば、
それ以前の
私は
ずっと
孤独だった。

結局、
私のことを
本当に理解
してくれる人など
いないのだ、
という中で
ずっと生きてきた。

物心ついた
時から。

そしてその
孤独感を
誤魔化すための
人生であり、

孤独感から
逃げ続けるための
人生だった
気がする。

それが
15年前に
消えた。

誰かに
出会ったから
とか
良い仲間が
できたから
とか、

そういった
ことではない。

フッと
消えたのだ。

状況は
何も変わって
いないのに。

原因は
よくわかって
いる。

意識の次元が
上がった
からだ。

現実的には
たった一人で
いたとしても、

世界と
繋がっている

という感覚

当たり前のように
感じ取れるように
なったのだ。

世界と
繋がっている
ということは、
自分以外の
全ての人達と
繋がっている
ということだ。

理屈では
ない。

それが
当たり前の
感覚として
くるのだ。

最初は
心の状態が
良い時に
その感覚を
得ていたのだが、

そのうちに
一日24時間、
どんな時も
感じ続け、

肌が空気に
触れ続けているのと
同じくらいに、
それが
普通の感覚と
なった。

だからもし
たとえ
現実レベルで
本当に
一人になってしまった
としても、

この感覚は
失われないので、
きっともう
私は孤独を
感じることは
ないのだと思う。

それは
満ちている感覚
と言っていい。

心が
満たされている。

だから
どれだけ心が
揺れ動いても、

どこかいつも
ゆとりがある、
という
状態になれた。

当然のこと
ながら、

これは私特有の
ことではない。

本来は
あらゆる人が
この感覚を
得ながら生きる、
というのが
自然だ。

普通だ。

その、普通が
忘れ去られている
のが
今のこの世の中。

ここを私は
変えたい。

変えたい、
などと言えば
傲慢に聞こえる
かもしれない。

でも最近は、
傲慢でもいい、

思うようになった。

普通の状態
まで
引っ張り上げる。

引っ張り上げた
ところで、

その状態で、

未来について
語り合い、
共に願いを
実現し合って
行きたいのだ。

私がこの
15年間、
ずっとやり続けて
いるのは
そういうことだ。

つづく

炎に呼ばれている

龍のような
炎が
蠢いている。

グルグルと
同じ場所であるが、

激しく
動き回っている。

炎は
赤くない。

むしろ
青色だ。

藍色だ。

炎に
焼かれるものは
もう
すべて焼かれて
しまった。

やるべきことを
やり尽くした
炎は、

しかしそれでも
燃え続ける。

孤独に。

私は、
あの炎に
自分の身を
投じるかどうかを
迷っている。

熱そうだな、
と思う。

怖いな、
と思う。

人間だから
当然であるが、

しかし
怖さは私の
行動を決める
判断基準では
ない。

私が
迷っている
のは、

本当に
ここからの私に
あの炎は
必要か?

という
ことと、

本当に
あの炎は
私を必要と
しているか?

だ。

答えはきっと
YESなのだろう。

それは
わかっては
いる、が、

まだ
ほんの0.1%の
迷いがある。

これが
なくなるまでは
行けない。

100%の
決意でなければ、
すべてが
中途半端で
終わってしまう。

それなら
初めから
何もしない方が
いい。

炎は
私を呼んでいる。

私も
炎を呼んでいる。

お互いが
呼び合っている
し、
すでに
共鳴も始まって
いる。

なのに
決めきれない。

焦りは
ない。

ただ、
その時を

タイミングを

待っている。
それだけだ。

炎は
いずれ
尽きる。

その前に
決めなければ。

私は
思考を捨て、

今はただ
じっと
炎を
見つめている。

つづく

最後の希望

夜空に
たった一つだけ
星が
輝いている。

たった
一つだけ。

あとは
何もない。

月もない。

真っ暗闇。

一点だけ
銀色に
輝いている。

あそこは
中心なのか?

とも
思ったのだが、
どうも
そういうことでは
ないらしい。

それよりも

たった一つの
残された
希望

という
感じがした。

あとは全て
消えて
しまった。

かつて
星の数ほど
存在した
希望、達が。

永遠に近い
歳月を
経て、

一つ一つ
それらは
潰えた。

とうとう
最後の
一つ。

最後の
希望。

それを今、
私達は必死に
守っている。

いや、

守るだけでは
弱過ぎる。

あの輝きを
もっと
強めなければ。

より明るく、
より深く、

育てなければ。

もし
あれさえも
消えてしまったら
どうなるか?

は、
考えないで
おこう。

答えはあまりに
明白だから。

だから私達が
集中すべきは、

あれを
育てること。

昨日よりも
今日。
今日よりも
明日。

一歩ずつ
少しずつ
でも
育てること。

そのために
できることは
何でも
行なってきた。

もう
やり直しも
出直しも
できないのだ。

・・・・・・

自分の心臓が
確かに
動いていることを

確認する。

一定のリズムで
鼓動は
続く。

大丈夫。

まだ
行ける。

まだ
続けられる。

私の生命が
もつ限り。

守るべき
ものを
守る。

そのために
ここにきた
のだ。

つづく

このままでは生まれない

一本の光が
遥か彼方から

ここに

届いている。

私の
足元に。

まっすぐで
黄色の光。

そんなに
明るくはない。

が、
決して
消えたり
途切れたりは
しない
力強さを
感じる。

足元の
光の着地点に
意識を向けると、

メッセージの
ようなものを
感じた。

そこに集中して、
それを何とか
言語化してみた。

「早く来てほしい」


なった。

どこへ?

すると私の意識は
その光に
導かれ、

光の発信点だと
思われる
遥か彼方の
一点に

急速に
吸引された。

そこには
子ども達が
いた。

数え切れない
無数の
子ども達。

とても
次元の高さを
感じる。

あぁこれは
この世の中の
希望だな、

まずは思った。

が、
彼らは
こう言うのだ。

「今のままでは
生まれることが
できません」

必死の
訴え。

私は
答えていた。

わかった。
できることは
全てやってみよう。

・・・そして、
ここに
戻った。

できることは
全て、
とは言っても

いったい何を?

さっぱり
わからないが、

でももう
私は
知っている。

ということは
わかった。

彼らが
無事に
生まれますように。

そんな祈りを
抱きながら、

今日やるべき
ことを
私は
今日、やる。

つづく

どうせ壁はくる

壁に
ぶち当たる
その
ぶち当たり方は
人それぞれだが、

どうせなら
自分らしく
ぶち当たった
方がいい。

まず、

壁に
ぶち当たらない
ということは
あり得ない。

もし
何の壁もない
ようなら、

それはその人が
自分の範疇のみで
行動しているから。

成長や進化の
ための
動きをとっていない
から。

前に向かえば
必ず
壁にはぶち当たる。

ただし
念のために
言っておけば、

たとえ
自分の範疇に
い続けたり、
止まっていたり
しても、

いずれは必ず
何らかの壁は
くる。

しかしその壁
は、
進むことで
現れる壁とは
本質的に違う
ものだ。

進むことによる
壁は、
全て成長の
きっかけになるが、

止まっているが
故に発生する
壁は、

ほぼ
何の生産性も
ない。

その壁を
乗り越えても
乗り越えても
さらに
別の壁に
追い詰められて
行くだけ。

本当に
逃げ場がなくなる
まで
その壁が
現れ続ける。

とても苦しい
もの。

苦しみしか
ないものだ。

前に進むことで
現れる壁は、

壁では
あるのだが、

そこに取り組む
自分の内側からは
常に
何かしらの
充実感が
湧き上がり続ける。

だから結局
人間である
私達は、

何をしたって
壁にぶち当たる。

どうせなら
前に向かうための
壁に
ぶち当たろう。

そして
どうせなら
自分らしく
ぶち当たろう。

器用に進もうと
せず、

小細工や
小賢しさを
働かせず、

堂々と
自分の望む
生き方
行き方

ぶち当たっていこう。

つづく

流れの視点から

あなたの
中に
もし、

川の流れが
あるとしたら、

今、それは
どのように
流れている?

水は
澄んでいる?

それとも
濁っている?

流れの
深さは?

速さは?

激しい?

それとも
静謐な感じ?

色はどう?

そして
周りには
何がある?

その世界は
あなたに
とって
居心地の良いもの?

そもそも
その流れは
ちゃんと健康的に
流れてる?

・・・・・・

私達人間は
流れる存在
だ。

止まってしまっては
息絶えてしまう、

ように
できている。

流れるのが
前提。

であれば
どう流れるか?

がとても
重要。

環境において
流れる自分。

そして
自分の中に
存在する流れ。

その両方が
一致する時、

私達は
至福の悦びを
得る。

・・・・・・

あなたの
流れは
濁っていない?

止まって
しまって
いない?

濁っている
なら、
濁りの原因を

直ちに

究明しよう。

止まっている
なら、
すぐに
動き出そう。

現実で
動けば、
内面の流れも
動き出すんだ。

つづく

進化の速い人の特徴

上昇スピードや
進化スピードは、
誰もが
最初から速い
わけではない。

最初は皆、
一歩ずつ。

恐る恐る、
というケースが
多い。

一歩ずつ。

スモール
スタート。

歩幅も
小さく。

それでいい。

一歩目を
踏み出す
その勇気が
まずは尊い。

そして
特に重要なのは、

続けること
だ。

継続。

継続は
力なり。

本当に
そうだ。

垂直上昇的に
進化をする
人達は、

みんな

全員

この継続力が
ある。

決めたら必ず
継続するんだ。

だから
垂直上昇などと
いう
無茶なことも
できるようになる。

どれだけ
素質を持った
人も、
最初からは
無理なんだ。

継続の
ためには、

「毎日」


基本だ。

毎日必ず
それを
やる。

毎日、
歯を磨くのと
同じように。

3日に一度
とか
一週間に一度
では
なかなか継続
できなくなる。

ほんのちょっと
したことを

毎日
行なう。

その習慣が
根本的な
力となる。

ちょっとした
ことなんだよ。

日常生活の
送り方の
問題なんだ。
すべて。

始めよう。
続けよう。

これだけ
だ。

これができる
人は
ある時、
ある瞬間、

突然に

飛び出せるんだ。

つづく

人々との時間

雑踏の中で
ただ、
座る。

カフェとか
駅の構内とか。

周りでは
人々が
溢れている。

会話を
したり、
一方向に
流れたり、

流れが
混在して
混乱状態に
なったり。

この
まとまりのない

雑踏

というものが
結構、好きだ。

椅子に座り、
私はただ
その雑踏と
この世界を
感じる。

感じられる
全体に
意識を向け、

味わう。

昔は
こんなことを
自分がするなんて
夢にも
思わなかった。

私は人が
嫌いだったから。

こんなことを
するなら
一人で
山に登った。

誰もいない
自然の中で
一人で
座り、自然を
味わっていた。

今の私は
人を
味わう。

人の創り出して
いる
この場を
味わう。

この世界を
味わっている。

意識的に
こうして
椅子に座って
じっくり味わうことも
あるが、

本当は
24時間ずっと
味わい続けている
気がする。

こうやって
味わうだけで
生まれてきた
甲斐があったな、
とも
思うのだ。

・・・・・・

これをして
いると、

たまにであるが、

とてつもない
調和を
感じることが
ある。

調和のとれて
いる人、
もしくは
人達が、

近くにいる
のだ。

そうなるともう
私は
砂漠の中で
宝石を見つけた
ような
嬉しさを感じる。

逆に、
不調和な人は
多い。

澱んだ空気が
すぐ隣を
通り過ぎる。

すると
その人の孤独や
悲しみを
受け取ってしまう
こともある。

こちらも
悲しくなる。

だが、
こういったことも
全て含めて、

私はこの場を、
人を
味わっている。

・・・・・・

調和性の
高い人がいると、

思わず
目が合ってしまう
ことがある。

見ず知らずの
人。

だから
一瞬で目は
逸らすが、

その一瞬は
まるで
永遠のようだ。

知らない人
なのに
深く知っている
ような。

人間というのは
不思議な
存在だ。

つづく

情熱はいらない

それは
情熱
というもの
だろうか?

情熱。

情の熱。

いや、
それよりは
もっと
深い気がする。

もっと
安定した
根源的なもの
のような
感じがするよ。

あえて
言えば、

命の光

かな。

生命そのものが
持つ
エネルギーの
源のようなもの。

それはもちろん
誰にでも
あるが、

その人のは
格段に大きく
感じられた。

「私には
情熱というものが
ないんですよ」

わかる。

わかる気が
するよ。

情熱とは
一時的に湧き上がる
エネルギー。

湧き上がったり
枯渇したり。

そういったもの
ではないね、
その人から
感じられるのは。

それは、

永遠

とか

悠久

という言葉が
ピッタリくる。

そんな光を
その人は
ダイレクトに
私に向けてくる。

すごい
人だ。

あなたには
情熱は
必要ないんだな。

その
根源力だけで
動き続けて

いや、

生き続けて
きたんだな。

若さの特権
ではない。

年齢を重ねれば
それはもっと
強く深く
広がるだろう。

特別な人
じゃない。

これからは
こういう人が

普通
になって
いくのだろう。

つづく

自分との約束を思い出す

実在のレベル
では、
私はよく
深海に潜る。

海の奥の
奥の方では
光は全く
届かない。

考えてみれば、
光が全く
届かない
という体験は

通常の生活
日常の中では
滅多にないこと
ではないか。

真っ暗闇。

そこに長く
じっとしていると、

まずは、
自分と
自分以外との
区別がつかなく
なる。

そして、
意識
というものの
意味が
わからなくなる。

何かを
考えている
ようで
何も考えて
おらず、

かといって
無心かというと
そうでもない。

日常における
意識とは
全く別の状態に
入る。

瞑想とも
違う。

全体と個の
区別が
つかなくなっている
し、

たとえ
意識のような
ものがあると
感じられても、

それが
自分のもの
なのか、
自分以外から
きているもの
なのか、

わからなくなる。

というか、
そんなことは
どうでも良くなる。

宇宙の中の
自分。

自分の中の
宇宙。

その両方と
一つになり
ながらも、

その両方が
完全に
一致する。

一点であり
無限である
もの。

そういった
存在そのもの

いつの間にか
なっている。

この状態で
初めて
私は

帰ってきたな、

という
感になる。

もとの自分に
戻れた
感覚であり、

本来のホームに
帰ってきた
感覚であり。

下手をすると
もう
そこから
離れたくなくなる
こともあるのだが、

しかし
こうなった時に
明らかに
なるのが、

自分自身との
約束だ。

私は
約束を果たすために
この世界に
生まれてきた

わかる。

だから
約束を守るために
日常に
戻っていく。

さぁそろそろ
戻ろうか、

自然に思える。

私はこの
「約束」
を、

すべての人に
思い出して
ほしいのだ。

そのために
私は活動
している
と言っても
過言ではないだろう。

真本音とは
「約束」に基づく
本音である、
とも言える。

そしてもし
「約束」を
思い出したなら、

もう、
すぐに
そっちに
向かうべきだ。

わかるだろう?

時間は
ないのだ。

つづく

心が折れても

顔を上げる
こともできない
激しい逆風の
中で、

それでも
真正面から
風に立ち向かう
自分自身を

馬鹿だなと
思う。

何も
好き好んで
一番難しそうな
世界に
入らなくても
いいのに。

しかし、
私は最短で
行きたいのだ。

誰が何と
言おうとも、

ここに
最短ルートが
あるならば、

どれだけ
難易度が高かろうと、
私は他の道という
選択肢を
捨てる。

何も考えず
当たり前のように
捨ててから、

悩む。

後戻りの
できない
取り返しの
つかないところまで
行って初めて

人間らしく
悩むことに
している。

悩まずに進む
のは
不健全だと
思っている。

ちゃんと
丁寧に
悩む。

心の苦悩を
感じ
受け取る。

泣き叫びたく
なったら、
しっかり
泣き叫ぶ。

ただし、
もう後戻り
できない状況に
なってから。

悩もうが
悩むまいが、

迷おうが
迷うまいが、

関係なく
決めた道を
行く。

最短の道
を。

それが
自分自身との
約束だ。

約束を破る
ということは、
自分という
存在の放棄
であると
私はよく
知っている。

それだけは
すまい、

決めている。

・・・・・・

逆風の中で
ついに私は
動けなくなった。

どうやら
体力の
限界だ。

風に
飛ばされない
ように
その場に
うずくまるのが
精一杯だ。

それでも
這って進もうと
する。

這うことすら
できなくなれば、
心の中で
だけでも、
進もうとする。

そしてもし
心まで
折れてしまったら、
それでも魂は
進もうと
し続ける。

そして
私の魂が
折れることは
ない。

どこまでも
私は
人、であることを
やめない。

やめて
たまるか。

人である限り、
魂は
折れないのだ。

つづく

直観はどこからくる

意識は
全方位に
向けておいた方が
いい。

自分の
内側のみに
向けておくのは

もったいない。

上も下も
右も左も
斜め方向も

360度
全方位に
向け続ける。

意識を
広げ続ける。

すると
今の自分に
とって
最も必要な発想は、

自分の外

にあるのだと
わかる。

全方位の
空間の
どこかに、

その発想は
浮かんでいる。

あぁあれは
私の
次の直観だ、


わかるのだ。

おいで、


それを呼ぶと
スーッと
私に近づいて
くる。

スーッと
私の中に
入る。

そして
直観が
浮かぶ。

だから
直観とは
コントロール
できるもの
だ。

コントロール
すべきもの
だ。

思考ももちろん
大事だが、

自分の内側の
思考
という、

とても狭い
世界のみで
生きるのは
もったいない。

私達は
「世界」と共に
生きている。

「世界」に
全方位に
常に意識を
向け続けよう。

その方が
人生は
何十倍にも
楽しくなる。

つづく

人生の違いの始まり

走り去って
行く
電車を見ながら、

あぁあの電車に
自分が乗っていた
かもしれないな、

思った。

一本後の
同じ路線に
乗るだけなの
だが、

しかしこの
一本の違いが

人生の違い


なることを
私はよく
知っている。

例えば、
同じ電車でも

どの車両に
乗るか?

どの扉から
乗るか?

乗った後で
どの場所に
立つか?

などによっても
人生は
違ってくる。

そんな大袈裟な

思われるかも
しれないが、

こういった
些細なことの
違いが、
人生の流れを
決めるのだと

真本音で
生きる

ようになって
から
よく実感する。

そして
過去の自分に
対して
思うのだ。

私は随分と
雑に
生きていたな、
と。

あんな雑さ
では
当然、
調和は起こらん
だろう、と。

一日中、
神経を張り詰めて
頭を使い続けて
過ごしなさい、
という
話ではない。

実際、私は
通常はほとんど
張り詰めていない。

弛緩した状態が
大半だ。

しかし
一つ一つの
行動を決める
自分の意思は
とても
大切にしている。

一つ一つの
行動を
本当に大切に
しよう、

決めることで、

一つ一つに
ちゃんと
直観が働くように
なる。

直観力は
すぐに高まる
わけではないが、
一つ一つを
大事にする
習慣ができれば、

それが
当たり前と
なり、
直観は増える。

弛緩した状態でも
意思を込め、
直観を促せる。

人生の違い

自分では
どうとも思って
いないような

些細なこと
からこそ
始まる。

日常の
今の
生活を

大切に
誠実に
送ることだ。

つづく

この道をやめる

広い野原の
中に、
一本道が
続いている。

それは
細い道だが、
確かに
続いている。

永遠に
続いているのでは、

思えるほどに。

その先に
あるものも、
何となくは
わかる。

それは
とても明るい
場所だ。

そこに
ずっと
行きたがっていた、
それが
私だった。

が、

今の私は
その一本道を
外れようと
している。

もっと
先へ、

もっと
遠くへ、

行きたく
なったのだ。

そこまで
行くには、
今のこの道では

遅過ぎる。

確かに
この道は
気持ちが良い。

生きがいを
感じられる。

でももう
この道で
私が満足する
ことは、
ない。

と、
わかって
しまったのだ。

素晴らしい
仲間と出会い、
共に
歩み始め、

本領を
発揮し始め、

ここに
至り、

素直にそう
感じるように
なったのだ。

だから
私は
新たな道を
探る。

この道は
もう
手放した。

この道も
未知なる道
だったが、

新たな道は
さらに
冒険的だろう。

難易度も
上がるだろう。

望むところ
だ。

つづく

怒ってでも自分を開放しよう

むしろ
いっそのこと、

思いっきり
背後から
背中を
突き刺された方が
いい。

巨大な
槍で。

その槍の
鋒は、
腹まで貫通する。

大きな穴が
私の体の
ど真ん中に
空く。

私は
中心核を
失い、
倒れる。

ただ、
倒れる。

そして
二度と
起き上がれない。

むしろ
これくらいの
方が、
中途半端じゃなくて
良い。

どうせなら
そこまで
自分を
投げ打ちたい。

だが、

相手は
そうさせては
くれない。

その人には
躊躇が
あり過ぎる。

だからこそ
その人は
通常の歩みも
中途半端に
なってしまうのだ。

自分は
間違っているのでは
ないか?
という視点を
持つことは、
謙虚で良いことだが、

それは結局は
自分を
悪い意味で
守るためだけの
ものではないか?

道が
開かないのは、
その
守り、のせいでは
ないか?

自身の
本当の魅力は、

本領は

そんなものでは
ないと、
本当は自分が
一番よくわかっていて、

しかし
本領発揮が
怖い、
面倒臭い、
ので
いつまでも
中途半端な
歩みのまま。

だから
これだけ
言われても、
私に反発すら
できない。

もっと
怒れば
良いのに。

怒りによって
自分を
開放すれば
良いのに。

怒りやすい
ように
私は
背まで向けた
のに。

パチンと
背中を
叩く程度の
その反発じゃ、

道は
開かんよ。

人生の
分岐点。

ここで
自分を出さねば、
どこで
自分として
生きるのだ?

つづく