イメージ

一つの節目を越えました

節目、というものが

私達の人生には

いくつもありますね。

 

年の変わる年末年始は

代表的な節目ですが、

会社で言えば、

期が変わる節目とか、

個人で言えば、

誕生日とか、

結婚記念日とか。

 

様々な節目があり、

その節目ごとに

私達は何かしら

気持ちを新たにしています。

 

それらは

現象レベルの節目

です。

 

それとはまったく別として

実在レベルの節目

というものもあります。

 

実在レベルの節目

というのは

現象レベルのように

何月何日と日付が

決まっているわけでは

ありません。

 

不定期にその節目は

訪れます。

 

実は。

 

4月18日から19日にかけて、

ここに一つの

節目がありました、

実在レベルでは。

 

・・・・・・

 

「実在」とは、

私達の心の中の世界

です。

 

私達の心は

宇宙のように広く

そして深いです。

 

そして、

すべての人の心は

つながっています。

 

集合無意識、という

言葉がありますが、

私達は無意識下で

つながっています。

 

しかもそのつながりの

深さには

階層があります。

 

表面的なつながりから

深〜いつながりまで。

 

その奥の奥の奥まで行けば、

私達は「一つ」となります。

 

「一点」に集約されます。

 

その「一点」とは

「一点」ではあるのですが、

「無限」です。

 

そこには「すべて」が

存在しています。

 

何もない状態を

「無」と言いますが、

その真逆で、

すべてが存在している状態

です。

 

それを

「空」(くう)

と言います。

 

その、「空」である中心の一点

であり

無限であるものを

アメリカでは「Source(ソース)」と

呼んでいます。

 

日本では

『源』(みなもと)

と訳されているようです。

 

名前のごとく

これがすべての源である

と捉えられているのですが、

実は、

本当は、そうではありません。

 

「源」のさらにその奥にも

さらなる「一点」が

あるのですが、

それについてはまだ

ここでは言及しません。

 

とにかく私達の心は

深いです。

そして、

すべてがつながっています。

 

その心の中に実在している

ものを私は

『実在』

と呼んでいます。

 

心の中に実在しているもの

という言い方をすると、

それは

「イメージのことか?」

と思われそうですが、

そうではありません。

 

イメージとは

単なる幻に過ぎません。

言葉は悪いですが、

妄想と同じです。

 

「実在」は

妄想ではありません。

イメージでもありません。

本当に実在しているものです。

 

心の中の世界。

 

すべてとつながっている

世界。

 

それは

『実在の世界』

と言ってよいでしょう。

 

実在の世界において

実在しているものが

心の外の世界に

反映されます。

 

つまり、

私達のいるこの現実世界に

反映されます。

 

それを

『現象』

と言います。

 

この世にある

あらゆるものは

「現象」です。

 

それは、

「実在」の反映です。

 

「実在」がなければ

決して生まれないものが

「現象」です。

 

「実在」から

「現象」は生まれます。

 

つまり、

心の中にあるものが、

現実化するのです。

 

心理学の世界で

よく喩えられるのですが、

実在とは、映画のフィルムであり、

現象とは、フィルムによって

映し出された映像

のようなものです。

 

・・・・・・

 

さて、話を

戻しましょう。

 

そんな実在の世界において

4月18日と19日の境目が

一つの節目でした。

 

どんな節目かと言いますと、

一言で表現すれば、

 

『手放す期限』

 

です。

 

私達は、

人生において

何かを手放さなければ

先に進めない

という法則のもとに

生きています。

 

真本音で

手放そうと思っていたものを

きちんと

手放せたかどうか?

 

ということは逆に、

これは手放してはならない

と真本音で決めているものを

ちゃんと大事に抱いて

いるかどうか?

 

そのチェックを

自分自身がする節目

だったのです。

 

あくまで

自分自身のチェックです。

 

他の誰かが

するわけでは

ありません。

 

自分の真本音が

自分をチェックするのです。

 

チェックの結果

真本音が満足すれば

次のステージに

その人は進みます。

自らの意志でもって。

 

チェックの結果、

真本音が

これはまだまだダメだな

と判断すれば、

次のステージには行かず、

もう一度、同じステージに

戻ります。

もしくは、

もっとずっと前のステージから

やり直しをします。

もちろん、

これも自らの意志で。

 

その分かれ道が

4月18日と19日の

節目だったのです。

 

ダメだったな

という人も

落胆する必要はありません。

 

ちゃんとやり直しを

すればいいだけのこと。

 

しかし恐らく

その人はかなりの

後悔をするでしょう。

 

その、後悔こそが

大事です。

 

後悔するからこそ

進化があります。

 

人の人生には

やり直しが効きます。

自分で自分に対して

不合格を出しても、

やり直しをすれば

よいのです。

 

自分で自分に

合格を出せた人は

本当に

よかったですね!

 

おめでとう!

とお伝えしたいです。

 

その人達は

次のステージへ出発です。

 

そこには

これまでに経験したことのない

新たな冒険が

待っています。

 

それは

ドキドキワクワクする

冒険です。

 

つづく

 

距離感を修正しただけで、こんなにも・・・

私達の真本音は

距離(感)をとても大事にしている

というお話をしました。

(→【人生の展開は距離感で決まる】)

 

本当に面白いことですが、

例えば、AさんとBさんがいた場合、

距離(感)が

真本音が望むものであれば、

AさんとBさんはお互いに

パワーを与え合い、

パワーの循環を起こします。

が、

距離(感)が

真本音の望むものとズレていた場合、

二人はお互いに

パワーを奪い合う関係になってしまう、

・・・そんなケースが

非常に多いのです。

 

距離(感)によって

真逆の関係になるのです。

 

そしてその距離(感)とは、

・実在の距離と

・現象の距離が

あります。

 

実在の距離を適正なものに

することで、

現象の距離も適正に

なります。

 

一つ、実際にあった例を

かいつまんで

ご紹介しましょう。

 

ある会社で、

私はAさんのコーチングを

していました。

 

Aさんは、

言われました。

 

「どうしても私はB課長と

上手くいきません。

・・・というより、

B課長と一緒に仕事をしたく

ありません。

こんな子供のようなことを言うのは

ナンセンスだとわかっています。

でも、本当のことを言えば、

B課長と一緒の空気を吸うこと

自体が嫌なのです。

私は会社を辞めようと

思っています。」

 

そこで私は

Aさんに目を瞑って

いただきました。

 

そして次のように

問いました。

 

「Aさん、

B課長のイメージをしてみてください。

B課長のイメージは

どの場所に浮かぶかわかりますか?

その場所を特定してみてください。」

 

以下、Aさんと私のやりとりです。

 

Aさん

「B課長は私の正面の前方

3mくらいの場所にいます。」

 

たけうち

「その距離はAさんにとって

居心地の良い距離ですか?」

 

Aさん

「いえ、とてもきついです。」

 

たけうち

「もっと近づけたいですか?

それとももっと遠ざけたいですか?」

 

Aさん

「もちろん、もっと

遠ざけたいです。」

 

たけうち

「どれくらいの距離に

遠ざけたいですか?」

 

Aさん

「・・・。

15mくらいでしょうか。」

 

たけうち

「本当に15mで良いですか?」

 

Aさん

「・・・、いえ、もっと

離してしまってもいいですか?」

 

たけうち

「もちろん良いですよ。」

 

Aさん

「じゃあ、・・・60mくらい。」

 

たけうち

「本当に、60mで良いですか?」

 

Aさん

「えぇ? これ以上離しすぎると

姿が見えなくなってしまいます。

まずくないですか?」

 

たけうち

「大丈夫ですよ。

Aさんが本当に望む距離は

どれくらいですか?」

 

Aさん

「できれば、姿はもう見たく

ありません。

2kmくらい離れちゃっても

いいですかね?」

 

たけうち

「本当に2kmでいいですか?」

 

Aさん

「ええっ? だってそんなに

離したら、なんか悪いです。」

 

たけうち

「悪くないですよ。

これは単なるイメージ遊びです。

本当の本当の望みを

言ってみてくださいよ。」

 

Aさん

「・・・実はですね、本当は

地球から出て行ってほしい

くらいなんです。

・・・僕、ひどいこと言ってますね。」

 

たけうち

「大丈夫ですよ。

じゃあそれを数字で表すと

どれくらいですか?」

 

Aさん

「う〜ん・・・。

3000万kmくらいでしょうか。」

 

たけうち

「おっ、いいですね。

やっとAさんの空気感が安定しましたよ。

では、イメージのB課長を

Aさんから3000万km

離してみてください。」

 

Aさんはその通りに

イメージをしてみました。

 

たけうち

「いかがですか?

どんな気持ちになりますか?」

 

Aさん

「いや、なんか凄く

楽になりました。

体の力が抜ける感じですね。」

 

たけうち

「じゃあ、Aさん。

いつもB課長を今のように

3000万km離した状態で

いてください。

イメージの中では。

で、あとは実際には

いつもの通りにB課長と

接してみてください。」

 

それから2週間後、

再びお会いしたコーチングの場で、

Aさんはしみじみと

言われました。

 

「たけうちさん、驚きです。

B課長のことがそんなに

嫌じゃなくなりました。

むしろ課長のことを

よく観察できるようになりました。

で、自分でも驚いていますが、

先日、課長を誘って

一緒にランチに行ったんですよ。

課長とあんな風に話せたのは

初めてです。」

 

・・・

この話、あまりに上手く

でき過ぎているように思われそうですが、

実際にあったお話です。

 

もちろんこの例だけでは

ありません。

 

このように

イメージの距離を修正することで

イメージの中での調和が起こり、

それが現実の調和に

影響を及ぼすのです。

 

でも実はこれ、

本当は

「イメージ」ではないのです。

 

これは

「実在」です。

 

「実在」を

動かしたのです。

 

「イメージ」と「実在」とは

本質的に異なるものです。

 

「イメージ」でこのようなセッションを

しても、

ほぼ効果は出ません。

 

「実在」で行なうからこそ、

効果が大きく出るのです。

 

とりあえず今日は

ここまでにします。

 

つづく

 

自己変革のフリをする人達・・・

私達の描く未来像には

二つの種類があります。

 

それは、

・実在の未来

・イメージの未来

です。

 

それは、

・真本音で描く未来

・反応本音で描く未来

とも言い換えることができます。

 

しかし、

反応本音で描く「イメージの未来」が

いけないわけではありません。

 

それをきっかけに

「真本音で生きる」ことに

つなげることができます。

 

そんなお話を

今は書かせていただいています。

(→前回記事)

 

今回は、

「イメージの未来」を活かす

3つ目のケースをご紹介します。

 

その目的は、

「これまでの自分を手放す」

です。

 

世の中には、

これまでの自分

今の自分

のことが大好きな人がいます。

 

ただしそれは、

反応本音のレベルでの

「大好き!」です。

 

自分のことを「大好き」で

あること自体はもちろん

悪いことではありません。

 

しかし反応本音レベルの

「大好き!」には

ごまかしが含まれます。

 

本当は、自分の中に

絶対に観たくない部分があり、

それにフタをし、

自分で自分をごまかすために

自分を「大好き!」に

させています。

 

もちろんその「大好き!」な自分は

本来の自分の姿とは

異なります。

自分自身の真本音の望む姿

とも異なります。

 

異なっているにも関わらず、

今のこの自分を「大好き!」と

思いながら、

決して自分を変えようとしません。

 

実は・・・。

 

そういう人ほど、

表面上は

「自分を変えます!」宣言を

します。

 

そして誰よりも高い意欲を見せ、

自己変革をしようとします。

 

しかしそれは、

自己変革をしている「フリ」

でしかありません。

 

頑張っている「フリ」でしか

ありません。

 

結局は、ああだこうだと理由をつけて

これまでの自分、

今の自分でいいや、

という結論に自分の中で至ります。

 

結局、

何も変わりません。

 

本人は

「私はここが変わりました!」

と自己アピールするのですが・・・。

 

しかし側から観れば、

何も変わっていないのです。

 

それどころか、

自己変革の自己アピールを

すればするほど、

これまでの自分への執着が

よりひどく増していきます。

 

実は、こういうタイプの方の

サポートが

最も難しいかも知れません。

 

でも、

このタイプの人がそのままで

いてもらっては

周りが迷惑です。

 

このタイプの人は、

周りにどれだけ迷惑をかけているか

まるでわかっていない場合が

多いのです。

 

そこで私がよく取る方法が、

「自己満足でもいいから

未来のイメージをする」

ということです。

 

今の自分の延長線上でも

よいのです。

とにかく

理想の未来像を描いて

いただきます。

 

もちろんそれは

真本音の未来像(実在の未来像)とは

まったく異なるものです。

 

しかしそれでも

「未来の視点」に立つことは

できます。

 

「未来の視点」から

今の自分を見て、

どう感じるか?

何を変えなければならないか?

 

それを発想し、

動いてみます。

 

実際に動けば、

必ずその人は、止まります。

 

それはそうです。

 

真本音とは異なる未来に

向かうわけですから。

 

自分の中に

言いようのない気持ち悪さが

発生します。

 

もしコーチングのサポートがなければ、

その人はその未来に向かって

ゆっくりと進んで行くでしょう。

気持ち悪さを感じないくらいに

ゆっくりと。

それをすることで自己満足感が

消えることはないからです。

 

ところが、

コーチングサポートを受ければ、

その人はその未来に

全力で向かうことになります。

 

すると、気持ち悪さを

ごまかすことができません。

 

必ず、止まります。

 

必ず、挫折します。

 

それをわかっていて

サポートするのはこちらが

とても辛いのですが、

しかしそれも大切な一歩です。

 

その人に湧き上がる

気持ち悪さ。

そして、挫折。

 

いったい、どうしてこんなにも

気持ち悪いのだろうか?

 

どうして、

挫折をしてしまうのだろうか?

 

そういった「?」がその人の中に

湧いてきたらしめたものです。

 

その人はそれを機に

変わり始める可能性があります。

 

これはちょっと意地悪な

サポート法かも知れません。

 

でも、残念ながら

このタイプの人へのサポート法で

これよりよい方法が

今のところ、私には思いつきません。

 

このタイプの人に

どれだけ

「あなたはこれまでの自分に執着している」

と厳しくフィードバックしても、

その場は神妙に捉えますが、

それもやはり「フリ」で、

何も変わらないのです。

 

自分に執着する度合いが凄く、

まったく人の声を

取り入れません。

取り入れる「フリ」はしますが。

 

ですから、

自ら望む(と思い込んでいる)未来に

全力で向かい、

自ら「何かが違うのではないか?」と

気づいていただくことしか

ないのではないかと

今の私は思っています。

 

かつて私も

自己満足や自己愛の人生を

送っていました。

 

そこから抜け出るのは

相当に大変でした。

 

よほど痛い目に合わないと

抜け出ることはできないのだと

思います。

私はそうでした。

 

ですから、

致命的な痛い目に合わずに

できるだけ早い段階で

その「気持ち悪さ」に気づいていただく、

そのきっかけを与えることが

他者ができる最大のサポートかな、

と現時点では思っています。

 

つづく

 

創業者のような決断・実行力をつけるには

私達が描く未来の発想には

二つあります。

 

一つは、「実在の未来」。

これは、私達が本当に望んでいる

未来であるのと同時に、

私達の心の中に「実在」として

最初から存在している未来です。

 

もう一つは、「イメージの未来」。

これは、単なる空想であり

妄想の一種です。

「こうなるといいな」レベルの

軽いイメージであり、

そこに真剣に向かおうとすると

逆にストレスが発生します。

 

この二つの未来発想の区別を

しっかりとつけた上で、

あえて「イメージの未来」を

描く必要のある場合があります。

・・・というお話をしています。

(→前回記事)

 

どんな場合に

「イメージの未来」を描くとよいか?

その二つ目のケースは、

実在の発想を呼び起こすため

です。

 

私はこれをよく、

次期経営者層の方や

会社の後継者の方に対して

行ないます。

 

私は仕事柄、

会社の「創業者」と

関わらせていただくことが多いのですが、

「創業者」とその「後継者」の

よくある決定的な違いが

「決断力」と「実行力」です。

 

あくまでも一般的な傾向ですが、

創業者の皆さんは、

自分で決めたことは必ず実行し、

きちんと成果を出します。

・・・という傾向があります。

 

まぁ、そうでないと

会社を起こして成長させる

ということはできないですよね。

 

それに対して「後継者」の皆さんは

なかなか創業者ほどの

決断力や実行力が出なくて

悩んでいる方が多いです。

・・・という私の印象です。

 

どうすれば、

創業者並みの決断力や実行力を

後継者の皆さんにも

つけることができるのだろうか?

ということについて、

私は随分と試行錯誤しました。

 

創業者と後継者のその

決断力・実行力の差の原因とは

何だろうか?と。

 

後継者の中には、ある意味、

創業者以上に

会社への想いの深い人もいます。

しかしそれでも、

決断力・実行力で負けてしまう。

もちろん、勝ち負けではありませんが、

創業者からしてみると

「あいつはまだまだ」

となってしまいます。

 

その根本的な「差」の原因は、

やはり、一つには

「実在の未来」が観えているかどうか?

ということになると思います。

 

創業者にとっては、

当初は、

会社=自分

です。

 

会社のことは、自分事です。

もしくは、会社は

自分の子供のようなものです。

「実在の未来」も

見つけやすいでしょう。

 

それに対して後継者は、

他人の生み出したものを

受け継ぐわけですから、

どうしても最初は自分事に

なりづらいです。

 

そのため、

「実在の未来」も

見つかりにくい。

 

しかし、

真本音でその会社を承継しよう

と思っている後継者には

必ず、その会社の「実在の未来」が

心の中に存在しています。

 

それが見つからない

理由は何だろうか?

 

どこにその「差」が

あるのだろうか?

 

それをずっと私は知りたかった

のですが、

ある時、ふと一つの「差」に

気づきました。

 

それは

「イメージ力」

の差ではないか?と。

 

創業者は、

未来への発想が浮かび、

「あっ、これをしたい!」

と思った瞬間に、

そのプロセスのイメージが

浮かびます。

 

「プロセスイメージ」。

 

つまりは、その未来を実現する

までの道のりのイメージです。

 

多くの場合は、

「実在の未来」が発想された瞬間に、

その「プロセスイメージ」までもが

ある程度明確になり、

「これはいける!」

と実感します。

 

人間、

「これはいける!」と

思えた瞬間の、その決断力と行動力は

凄いです。

 

創業者は、

それを天然にやっているのではないか、

と気づいたのです。

 

もしくは、

未来を描けても、

そのプロセスイメージが

今ひとつ浮かばないケースもあります。

その場合、

創業者は、プロセスイメージが浮かぶまで

徹底的にそれを考えます。

考えてもわからない場合は、

何らかの情報を仕入れます。

 

とにかく、

「これはいける!」という実感を

大切にし、

それが生まれるまでは

決して決断も実行もしません。

 

ところが、

後継者の方達は、

そこが中途半端なのです。

 

「こうしたい!」という未来が浮かんでも、

プロセスイメージが明確では

ありません。

 

明確ではないにも関わらず、

ある意味、やみくもに

スタートしてしまいます。

 

ところが、

自分自身が「これはできる!」と

完全に思い切れていませんので、

その決断力と実行力は

当然のことながら鈍ります。

 

要するに、

自分自身が本当に納得した上で

実行に移すかどうか?

の差ではないか、と。

 

ということは、

逆に言えば、

その「プロセスイメージ」力を

高めることをすれば、

決断力・実行力が高まるのではないか?

と私は考えました。

 

本来、・・・という話をすれば、

「実在の未来」を描ければ、

プロセスイメージは自動的にセットで

ついてきます。

 

もしくは、プロセス全体のイメージは

わからなくても、

「次の一歩」は明確に

確信としてわかります。

ですから、

たくましく実行に移せます。

 

後継者の皆さんは、

まずはその「実在の未来」が

なかなか自分の中から

掘り起こせません。

 

会社は、表面的には

他人(自分以外の人)から

与えられたものですので、

最初はそうなるのも当然です。

 

どうしても、

「イメージの未来」を描くことが

精一杯です。

 

・・・で、

私がとったサポート法は、

以下の通りです。

 

まずは、

「イメージの未来」でよいので、

後継者の人に

未来を描いていただく。

 

そして、そこに至る

プロセスイメージをしっかりと

していただく。

 

しかしもともとが「イメージの未来」

ですので、

プロセスイメージをしようと思っても、

なかなかはかどりません。

 

それでも、強引にでも

プロセスイメージを

発想していただきます。

 

「これはいける!」という確信には

ほど遠いとしても、

「まぁ何とか、いけるかも」

くらいになるまで

プロセス(道のり)のイメージを

していただきます。

 

で、

その通りに実行していただく。

 

実行していただいても、

所詮は「イメージの未来」への

道のりですので、

なかなか思うようには

進めません。

 

それでも、よいのです。

 

自分の描いたプロセスの

イメージ通りに動いてみます。

 

すると、もともとが「イメージの未来」

がスタートなので、

本人の中に違和感や気持ち悪さ、

モヤモヤなどが発生します。

 

それを大切にしながらも、

それでも実行していただきます。

 

すると、

「あー、気持ち悪い!

やっぱり、未来を変える!」

となります。

 

そうなれば、

未来を変えればよいのです。

 

しかし、それでも発想されるのは

「イメージの未来」です。

 

でもやはり、

プロセスイメージを

しっかりとしていただきます。

 

その上での、実行。

 

しかしやはり、気持ち悪い。

思うようにいかない。

 

「あー、気持ち悪い!

やっぱり、未来を変える!」

と、またなります。

 

するとまた未来を変えます。

 

でもやっぱり、

次も「イメージの未来」となります。

 

それでも、

プロセスイメージを明確にし、

実行。

 

やはり、気持ち悪くなり、・・・。

 

・・・これを続けます。

 

すると、

未来を描いたら自動的に

プロセスも描く、

というクセがついてきます。

 

プロセスイメージ力が

ついてくるのです。

 

つまり、

「未来像とプロセスイメージ」

が常にセット

になります。

 

すると逆に、

「スッキリとしたプロセスイメージに

つながる未来」

を探すようになります。

 

これは、頭で意図せずに

本能的にそうなります。

 

すると、ある時ある瞬間に、

「実在の未来」

とつながるのです。

 

これまで、

どれだけ未来を描いても

どこかで今一つ、

しっくり来なかったり、

ぴんと来なかったり、

・・・そんな連続だったのに、

 

「あぁ!これだ!」

「これが、やりたいんだ!」

「これなら、いける!」

という未来が、突然に

見つかるのです。

 

「実在の未来」に

たどり着いた瞬間です。

 

その時、

その後継者は、

創業者と同じ肚の据わり具合いを

見せます。

 

空気感が

創業者と、ほぼ同じ

になるのです。

 

それを実感すると、

あぁここに、新たな経営者が

生まれたな、

と私はとても嬉しくなります。

 

つまり・・・。

 

最初は「イメージの未来」でもよいので、

未来を描き、

ただし、そのプロセスイメージも

しっかりとし、とにかく実行に移す。

 

ということを通じて、

プロセスイメージ力をつけ、

プロセスイメージというものに対する

感性を磨き、

それを通じて「実在の未来」に

たどり着く。

 

・・・というステップですね。

 

これはかなり時間のかかる

こともありますが、

かなり着実なステップであると

私は思っています。

 

そして、今回はあえて

創業者と後継者

という言い方で文章を書きましたが、

実はこれは、

すべての人が行なうとよい

ステップかな、とも

思っています。

 

すべての人は

自分の人生の経営者

ですからね。

 

つづく

 

未来を描いたら、心がほぐれた

私達の心の中には

「実在」の世界が

広がっています。

 

その「実在」の世界とは

自分のみの世界では

ありません。

 

隣のAさんや遠くのBさんや、

知らないCさんや、

・・・様々な人と

つながっています。

 

そのつながりとは、

次元が高くなればなるほど

深くなり、

もともとは「一つ」であることを

高い次元の私達の意識は

よくわかっています。

 

さらに、

「実在」の世界においては

過去も未来も今も

すべて「一つ」です。

 

ですから

一年後の未来も、

20年後の未来も、

100年後の未来もすべて

今ここにあります。

 

私達が「現象(現実)」のレベルで

「自分の望む未来」

と呼んでいるものは、

「実在」のレベルでは、

 

「今ここにある未来」

 

と言ってよいでしょう。

 

今ここに実在している未来

なのです。

 

真本音で生きている人は

その「実在の未来」を

自らキャッチできるように

なります。

 

しかし残念ながら、

真本音を忘れてしまっている人には

それがキャッチできません。

 

すると、自分の未来を

「実在の未来」とは関係のない

単なる「イメージの未来」として

描いてしまいます。

 

それは、

自分が本当に望む未来

とは別のカタチです。

 

自分の望む未来とは

別の未来を目指すことで、

私達の中には

多大なるストレスが生じます。

 

自分で自分のビジョンを

せっかく描いたのに、

そこに向かえば向かうほど

苦しい人生になる場合、

その根本的原因は

そこにあります。

 

「実在の未来」を

自らキャッチできるように

なること。

 

そのためには、

「今を大切に生きる」

ことが必須です。

 

つまり、

今を真本音で生きる

ことが日々できれば、

ある時ある瞬間に、

「実在の未来」が

急に目の前に開けてきます。

 

「あぁそうか、

私はこんな未来を実現するために

生まれてきたんだったな」

ということが、

それがまるで当たり前で

あるかのように、

忘れていたことを思い出す

感覚で、

顕在化します。

 

ですので、

「今を大切に生きる」

ことを第一にし、

その結果として

「自分の本当に望む未来を知る」

という順番が

自然です。

 

・・・という原理原則を

わかった上で、

私はあえて、

「イメージの未来を描く」

というサポートを

することがあります。

 

その人が

本当に望む未来とは

違う可能性が高い。

反応本音レベルの

発想である。

ということをわかった上で

それでも

未来をイメージしていただくのです。

 

どんな場合にそれが有効か、

というパターンがいくつか

ありますので、

それをご紹介します。

 

一つ目は、

「イメージの未来」を描くことで、

その人の視界が広がる場合

です。

 

私達はどうしても、

目の前の物事をこなす、

ということに意識を捕らわれ過ぎる

傾向にあります。

 

例えば、

毎日の仕事が忙しいと、

目の前の仕事を必死にこなす

だけで日々の時間が

過ぎていきます。

 

すると、

視界が非常に狭くなります。

 

視界が狭まれば

発想も狭まります。

 

発想が狭まれば、

問題解決力とか

悩んでいること迷っていることの

答えを見つける力が

著しく減退します。

 

ちょっと広い視野から

ものを考えればすぐに

見つかりそうな答えが

なかなか見つからなく

なるのです。

 

側から見れば、

「こうすればいいじゃん」

とすぐにわかることでも、

本人からしてみれば、

まったくの視界外。

思考外です。

 

視界が狭まれば、

とても些細なことや

普通なら気にもならないことが

気になり出し、

悩まなくてよいことで

悩み始めてしまう

という傾向も出ます。

 

そういった

狭い世界に入ってしまっている

その人の顕在意識を、

一度、その狭い世界から

解放する。

 

一度、抜け出してみて、

もっと広い視野で

今の現実を眺めてみる。

 

そんなことをする場合に

有効な方法の一つが、

自由に未来を描く、

ということです。

 

これはコーチングの手法として

一般的に使われている

ことですね。

 

そしてこれは個人だけでなく、

組織にも言えることです。

 

例えば、

私がコーチの仕事を始めた

初期段階でのお話ですが、

ある20名くらいの

中小企業さんがありました。

 

そこの社員さん達は

日々の業務をこなすだけで

精一杯でした。

 

ある意味の職人集団で、

社員さん同士の団結力は

ほぼ、ない状態で、

それが社長さんの悩みの種

でした。

 

そこで、

何とかならないか?という

ご依頼を受けました。

 

当時はまだ

真本音という概念そのものに

私が気づく前の時代でしたが、

私は全社員さんを集めて、

4つのグループに分け、

次のような問いを投げました。

 

「もし、魔法使いが現れて、

何でも望む未来を叶えてあげよう、

と言われたら、

どんな未来を叶えてもらう?」

 

これをまずは

一人ずつ発想していただき、

その後、グループごとに

みんなで一つの答えを

出していただきました。

 

若い方が多かったこともあり、

それが結構

盛り上がりました。

 

「お前、そんなことを

考えていたのか!」

 

という笑いが、

あちこちで聞かれました。

 

そしてまた

1ヶ月後に同じように

全社員さんを集め、

今度は、

 

「もし1000万円のお金が

手に入ったら、

それでどんな事業をしたい?」

 

という問いを投げて

みました。

 

これもかなり

盛り上がりました。

 

こんな感じで、

未来に対する自由発想を

毎月、続けました。

 

そこで出される発想は

もちろん、

お遊びのような発想です。

 

今から見れば、

反応本音レベルの発想ですし、

「実在の未来」とは

ほど遠い発想です。

 

しかし、

それを続けて4ヶ月目。

 

いつものように

楽しく発想する場が終わり、

皆がそれぞれの職場に

戻ろうとした時に、

ある一人のパートの女性が

みんなに声をかけました。

 

「ねぇ、

会社の自販機の周りにさ、

いつも空き缶が散乱してるけど、

みんなできれいにしない?

掃除係を当番でやるとかさ。」

 

すると、

 

「あっそうだね。

そうしようよ。」

 

と、すぐに別の人が反応

しました。

 

これがすべての

始まりでした。

 

ここからその会社の

雰囲気が変わり始めました。

 

皆で力を合わせて

何かを行なう、

という雰囲気が生まれたのです。

 

一年後、

その会社の売上は

2倍になりました。

 

皆で力を合わせて

新規営業をするという展開が

その後、始まったからです。

 

それは、社長が考えても

みなかった展開でした。

 

しかも、社員さんの中から

「社長、我社は将来、

全国展開しましょうよ!

俺、支店長やりたい!」

という声が出始め、

皆で、本当のビジョンを描く

という展開にもなりました。

 

さらに次の年には

1.5倍以上の売上と

なりました。

 

実はこの会社、

私が単独でサポートさせていただいた

初めてのお客様です。

 

私のチームコーチングの

スタートでした。

 

もっとも当時はまだ、

コーチングそのものが

日本に入ってきていませんので、

チームコーチングという

概念はありませんでしたが。

 

しかし、

未来を描くということは

とても楽しいことなのだな、

ということを

身をもって知りました。

 

たとえ「イメージの未来」だとしても、

それがきっかけで

「今を大切に生きる」

ということにつながれば、

「実在の未来」につながる、

という最初の体験だったのかも

しれません。

 

つづく

 

未来を描くことで、道が閉ざされる

現象レベル(現実世界)においては、

私達は

今この瞬間

に生きています。

 

現象レベルにおいては、

過去も未来も

存在しません。

 

もちろん実在レベル(心の中の世界)では

過去も未来も

実在としてしっかりと

存在しています。

 

しかし、

現象レベルでは

「今」

しかありません。

 

過去と未来の存在は

ここにはないのです。

 

今がすべて、

なのです。

 

ですから、

現象レベルにおいて

「自分を大切にする」

とは、

「今を大切にする」

とイコールです。

 

今を大切にしない人に

望む未来は

訪れない

ようにできています。

 

私達のこの顕在意識も

現象レベルのものです。

 

この顕在意識に

自分自身の確かな未来、

つまりは

真本音のビジョン

が浮かび上がるためには、

今を大切に生きる

という大前提が必須です。

 

要するに

一言で言えば

こうなります。

 

「今を大切にすることで初めて、

本当に望む未来が観える。」

 

そして逆に表現すれば、

 

「今を大切にできていない人には

望む未来は決して観えない。」

 

という大原理です。

 

ところが、

いかがでしょうか?

 

「未来志向」という

言葉があります。

 

まずは未来を

描きなさい、と

よく言われます。

 

まずは自由に未来を描き、

その未来から逆算して

今の行動を決定しなさい、と。

 

上記の原理だからすれば、

それは自然の流れからは

反しているということになります。

 

実際に、

ずっと以前は私も

まずは未来を描くという

サポートの仕方をしていたことが

あります。

 

しかしほぼ9割以上、

上手くいきませんでした。

 

未来を描いているその時点では

気持ちが良いのですが、

その未来に向かって

行動を始めると、

途中で皆、あきらめてしまうのです。

 

そして、

「あんな未来、描かなればよかった」

と言う人も出てしまいました。

 

今から考えると

そうなるのは当然です。

 

その人達は、

今を大切にしていなかった。

その状態で自由に描いた未来とは

反応本音レベルのものだった

からです。

つまり、

本当に望む未来とは別の未来、

ただ単に

「こうなればいいな」

くらいの空想、

今の状況下で反応的に湧く

だけの妄想、

に過ぎなかったからです。

 

それでは

行動に移せば苦しくなるのは

当然です。

 

すぐにあきらめるのも

当然です。

 

ですから、

個人に対しても組織に対しても

現在の私のサポートの基本は

「今」に集中する

ところから始まります。

 

「今」を大切にするとは

どういうことか?

を頭の理解ではなく、

全身で理解できるように

なることを

最初のステップとしています。

 

それはつまり、

今の自分の心と向き合い、

今の目の前の現実と向き合い、

次の一歩を

自らの真本音で決断し、

その通りに行動する

ということの連続です。

 

これをし続けると、

その人の真本音度合いは

どんどん高まります。

 

そして、

ある一定以上の真本音度合いに

なれば、

ある時ある瞬間から

その人の発する空気感が

変わります。

 

その空気感は

独特のものです。

 

それは、

 

「未来と繋がった空気感」

 

と言ってよいでしょう。

 

つまり、

その人の実在レベルですでに

存在していた未来

(本当に望む道と、その先にある未来)

が、

顕在化しようとする空気感

です。

 

この空気感の変化は

個人も組織も同じです。

 

個人も組織も

その空気感を漂わせるように

なったら、そこで初めて

私は、

「では、未来を描きましょう!」

とお勧めします。

 

すると、

真本音の未来が

浮上し始めます。

 

その未来とは、

「こうなれたらいいな」

レベルのものでは

ありません。

 

「あっそうだよね。

こうなるよね。

これを実現するのは

当然のことだよね」

という非常に確信に満ちた

力強いものとなります。

 

「イメージの未来」

ではなく、

「実在の未来」

だからです。

 

単なるイメージの未来や

無理な未来を描いても、

現実逃避につながります。

 

今と向き合い、

今を大切に生きることで

本当に望む未来が観えます。

 

そして

本当に望む未来が

明確になることで、

今をもっともっと

大切にできるようになります。

 

この順番を

私達は

大切にしましょう。

 

つづく

 

真の仲間と、なぜ出会うのか?

イメージしたことは

実現する。

 

・・・とよく言われますが、

本当にそうでしょうか?

 

イメージしても

実現しないこと、

たくさんありませんか?

 

それはイメージの仕方が

弱いからだ、

とも言われますが、

本当にそうでしょうか?

 

どれだけ克明に

イメージしても、

実現しないことは

たくさんありませんか?

 

私達の心の中は

『実在』の世界

です。

 

しかし、

「実在」と「イメージ」は

根本的に異なります。

 

「実在」とは

言葉の通り、

実際に存在するもの

です。

 

「イメージ」とは

単なる幻影です。

 

言葉は悪いですが、

妄想です。

 

空想です。

 

実際に存在するものと

幻影の違い。

 

それは根本的な

違いです。

 

私達の心の中には

「自分が人生で進む道」

が、

実在として

そこに存在しています。

 

その「道」を

自ら見つけることができれば、

その「道」は実在ですから、

一気に現象化します。

 

現象化とは、

心の中にある実在が

この現実世界に

投影・反映されることを

言います。

 

つまり、

「実在」が投影されて

「現象」(現実)となります。

 

それが要するに

「実現」ですね。

 

ところが、

「実在」と「イメージ」の

区別がついていないので、

それを恐らく

「イメージすることは実現する」

と表現しているのでしょう。

 

私達にとって大事なのは、

自分の中にすでにある、

 

『実在の道』

 

を見つけることです。

 

それはすでにあるので、

「イメージ」のように

自分の顕在意識で

創り上げるものでは

ありません。

 

それはまるで

宝物探しのようです。

 

心の中の

宝物探しの冒険に

出るのです。

 

それが、

自分自身の人生の道を

探す、ということの

本質です。

 

さて。

 

ここからが肝心です。

 

これからの人生の

イメージの道ではなく、

「実在の道」

を見つけることができたと

します。

 

すると、

何が起こるでしょうか?

 

実は、

「実在の道」とは

自分だけのものではありません。

 

それは、

多くの仲間達と共有し、

共に歩く道

なのです。

 

ですから、

自分の中に存在する

「実在の道」と

まったく同じ道を持っている

Aさんが、

必ずどこかにいます。

 

もちろん、

一人だけではありません。

Aさん、Bさん、Cさん、・・・。

何人もの

仲間達がいます。

 

「実在の道」を

見つけるということは、

そういったAさんら仲間達との

出会いの始まり

でもあるのです。

 

道を見つければ、

出会う。

 

・・・というようになっています。

 

ところが、

これも、実は、ということ

なのですが、

「実在の道」とは

一気に道のすべてが

見通せるわけではありません。

 

次回以降で

詳しく書こうと思いますが、

多くの場合、

「道」と言っても、

「次の一歩」が観えるだけ

です。

 

「次の一歩」が観えて、

その「一歩」を踏み出せば、

さらに「次の一歩」が

観えてくる。

この

連続によって徐々に

道が明確になり、

そして

ある時ある瞬間に、

一気に先が見通せるように

なります。

 

もちろん例外もありますが、

これが最も一般的な

「実在の道」の進み方です。

 

しかも、

道を進むことよりも前に

「出会い」が先にくることも

あります。

 

何年も前に出会ったAさんが、

実は、共に道を歩む仲間だった

ということもあるのです。

 

そのように、

「道」そのものは実在しており、

全体像ももちろんしっかり

あるのですが、

その全体像のほんの

ワンピースを

一つずつ明確にしていく、

しかも、時にはランダムに。

 

・・・というように、

まるでジグソーパズルを

しているかのように

私達は道を進んで行きます。

 

だからこそ面白い、

とも言えますが。

 

初対面で

会った瞬間に通じ合える、

そんな人は

間違いなく「仲間」です。

 

そして、

「実在」を感じ取れるように

なった人は、

目を閉じるだけで

わかるはずです。

 

もう、「仲間達」は

最初から共にいるのだと。

 

これから出会う

たくさんの仲間達も

すでに実在レベルでは、

自分と共にいるのだと。

 

今日も深夜3時過ぎから

この文章を書いていますが、

目を閉じると、

いえ、

目を閉じなくても、

私は「仲間達」の存在を

今ここに感じます。

 

そしてその「仲間達」と一緒に

この文章を書いている。

・・・そんな感覚です。

 

文章だけではない、

私のすべての活動の

一つ一つは、

現実世界ですでに

出会っているかどうか?に

関係なく、

共に道を歩む仲間達と共に

力を合わせ

魂を込めて

行われているのです。

 

それが、

私達人間の

「普通の生き方」

です。

 

つづく

 

意図から自由になるために、とことん意図する

自分自身の思考レベルでの

思惑や意図に捕らわれ、

それを達成するために

必死になって策謀を重ね、

焦りながらも結果を出そうとする。

 

・・・そんな疲れる人生から

私達は自分を解放することが

できるのです。

 

前回の記事で

私は上記のように書かせて

いただきました。

(→前回記事)

 

今回は、この件について、

もう少ししっかりと

書かせていただきますね。

 

「意図を持たずに生きる」

という言い方をしますと

誤解をされることが多いです。

 

そっか、意図を持たなくていいんだ。

何も考えずに行けばいいんだ。

・・・という誤解です。

 

逆です。

 

自分の意図に執着せずに、

自分の意図から自由になるためには、

とことんまで

意図を考えることが重要なのです。

 

意図から自由になるためには

意図をしっかり考える。

 

一見、矛盾しているようですが、

そうではありません。

 

例えば、

肩に力が入っている場合、

肩の力を抜く最も簡単な方法は、

「肩の力を抜こう」

とすることではなく、

「思いっきり肩の力を入れてしまう」

というやり方です。

 

とことんまで

肩の力を入れると、

フッと、力が抜けます。

 

その要領と

同じことなのです。

 

例えば、明日

大事な営業があるとします。

 

どうしても受注を

しなければならない。

 

果たして良いクロージングが

できるだろうか?

 

不安に苛まれていると

します。

 

そんな時に、

「不安になるな、不安になるな」

「気楽に行け、気楽に行け」

と、どれだけ自分に言い聞かせても、

余計にガチガチになる

だけでしょう。

 

そんな時は、

とことんまでクロージングの

イメージをするのです。

 

思いっきり自分の意図を

明確にし、

意図に基づいて、

「こうしたい」「こうなりたい」

「こんな展開になれたらいい」

という自分の思惑を

しっかりとイメージ化するのです。

 

イメージしてイメージして

イメージし尽くせば、

ある瞬間に、

フッと楽になります。

 

まぁこれだけイメージしたのだから

何とかなるだろう、

と自分の中で「完了感」が

生まれるのです。

 

そして次の日に、

実際にお客様にお会いする直前にも

前日のイメージをしっかりと

思い出します。

 

まぁこれだけイメージしたのだから、

やるだけのことはやったな。

 

そんな気持ちを持ちながら

お客様の前に出ます。

 

そして「今ここ」に意識を向ければ、

自分がイメージしてイメージして

明確にし尽くした「意図」が

どうでもよくなります。

 

意図やイメージを

ポンっと手放すことが

できるようになるのです。

 

するとどうなるか?

 

「今ここ」に

完全に集中することが

できます。

 

そして、

次にどんな一言をお客様に

投げれば良いか?など、

直観がどんどん働くように

なります。

 

その直観こそが、

真本音の意思です。

 

その真本音の意思に

委ねれば良いのです。

 

直観のままに

直観に素直に

行動をするのです。

 

それが

「自分に委ねている」

状態です。

 

私達人間には

考える力があります。

 

考えることを放棄するのは

単なる怠慢です。

 

怠慢な人には残念ながら

直観は生まれません。

 

考え尽くすからこそ

直観は生まれます。

 

思考とは

直観の呼び水なのです。

 

ただし、

上記のように、

よく考え、よく意図を持ち、

その上で意図を手放し、

直観に委ねる、

ということを続けていますと、

考えたりイメージをするのに要する時間は

どんどん少なくなります。

 

考えなくても

直観のみが、

次々に湧き起こる状態に

なっていきます。

 

そうなると本当に

楽ですね。

 

しかしその境地まで行くには、

よく考える、

ということが必須なのです。

 

つづく

 

あえて思考ゼロのまま、発想を進めてみる

木村さんと弓江さんの

二人コーチング。

脱皮時の原理原則に則り、

新規事業プロジェクトチームのペアの組み合わせを

改めて考え直そう、ということになりました。

 

では、どのような基準で

ペアを組み直すか?

 

その私の問いに対して、木村さんは

「ペアをどう変えようか?と考えようとすると、

富士山が噴火しているイメージばかりが

頭の中に出てくるんです。」

・・・と答えました。

 

そのイメージは恐らく、

木村さんの真本音発想がカタチとなって

現れたもの。

であれば、それを

大切にすべきだと私は直観しました。

(→前回記事)

 

「でも、イメージは鮮明ですが、

意味がよくわからないのです。」

 

「じゃあ面白いので、

意味がわからないままで

ペアを組み直してみましょうか。」

 

「そんなことができるんですか?」

 

私はその木村さんの質問には

直接答えず、逆に弓江さんに

訊きました。

 

「弓江さんは、

木村さんのそのイメージ、

共感できますか?」

 

「はい。

私も意味はよくわからないのですが、

すごく共感できます。」

 

「では、弓江さんの心の中で

富士山が噴火しているイメージを

描くことはできます?」

 

「はい。

さっきからもうイメージが

私の中で出来上がっています。」

 

「では、お二人とも

そのイメージをしっかりと今、

心の中に浮かべてみてください。」

 

二人がそうしているのを

私は二人同時に観察しました。

 

これは私の「感覚」になってしまうのですが、

二人同時に観察すると、

二人がまるで「一つ」のように

深い絆で繋がっているような

そんな「感覚」を覚えました。

 

「ありがとうございます。

これは大丈夫ですね。

では、そのイメージを使いながら

ペアの組み合わせを発想してみましょうか。」

 

ここで私は付箋を用意していただき、

一枚一枚の付箋に、一人ずつ

新規事業プロジェクトメンバーの名前を

書き込んでもらいました。

 

「ではまずは弓江さんから

いきましょうか。

弓江さん、先ほどの富士山の噴火のイメージを

しっかりとしながら、

この付箋を使って直観で

二人一組のペアを作ってください。」

 

最初、弓江さんは「えぇ〜?」と

戸惑っていましたが、

ふと、「あっ、なんかわかりました!」と

言いながら、

あっという間に付箋を並べ替え、

ペアを決めてしまいました。

1分もかかりませんでした。

 

「では、木村さん、

富士山の噴火のイメージをしながら、

今、弓江さんに作っていただいたペアを

ご覧ください。

どこか、違和感のあるペアはありますか?」

 

「・・・あぁ、ないですね。

これでOKだと思えます。」

 

と木村さんは言いながらも、

 

「いや、でも、・・・これ、本当に

良いのでしょうか?」

 

・・・と戸惑いの表情。

 

弓江さん自身も

やはり戸惑いの表情。

 

そこには、普通で考えれば

あり得ない組み合わせが

並んでいたからです。

 

つづく

 

これまでの最善が、これからも最善とは限らない

人やチームが脱皮する時に

大切にすべき原理原則の3つ目は、

 

『物事を深く考えない。

表面上のことだけに目を向ける』

 

・・・ということでした。

(→前回記事)

 

私は弓江さんに問いました。

 

「その原理原則を大切にすると、

これから新規事業プロジェクトが脱皮を

きちんと完了するために、

何が必要だと思いますか?

表面上のことで良いですよ。」

 

う〜ん、と弓江さんは考え込みました。

すると、木村さんが口を挟みました。

 

「そういうことで言えば、

さっき弓江が言っていた、

ペアが良くない、

ペアを変えるべき、

ということのような気がします。」

 

「あぁ、なるほど!」

 

もともと、新規事業プロジェクトチームが

脱皮をしようとしていることに

気づけたきっかけは、

「ペアを変えるべきではないか」

という検討課題が出されたからでした。

(→【一つになることで、すべてがどんどん晴れ渡っていく】)

 

新規事業プロジェクトチームは

基本的には二人一組で活動をするそうです。

そのペアの組み合わせが良くないと

弓江さんが直観的に指摘しました。

 

しかし、二人ともこれまでは

今のペアの組み合わせが最善であると

思っていたのです。

しかしこの二人コーチングの場で考えると、

今のペアに違和感ばかりが出る、

ということでした。

 

私はその二人の話を聴いて、

なるほど、今のこのプロジェクトチームは

脱皮をしようとしているのだ、

これまで最善だと思っていたことが、

最善ではなくなるんだ、

だから、脱皮のために必要な変化を

ここで起こさなければならないんだ、

ということに気づいたのでした。

 

そうするとやはり、

「ペアの組み合わせを変える」

というのは、

脱皮のためにも必要なことのように

思えます。

 

「では、一度、

ペアの組み方を発想してみましょうか。」

 

「はい、まずは。

それをしないと次の発想が出ない気が

します。」

 

「これまでのペアというのは、

・お互いの能力が補完できること

・相性がいいこと

を基準にして組んでいたのでしたね?」

 

「はい。」

 

「では、これからの基準はどうします?」

 

しばらく木村さんは

無言でいました。

そして私に何とも言えない不思議な

目を向けてきました。

 

「たけうちさん、・・・

ちょっとわけがわからないのですが・・・。」

 

「どうしました?」

 

「ペアをどう変えようか?と考えようとすると、

富士山が噴火しているイメージばかりが

頭の中に出てくるんです。」

 

それを聴いて、

弓江さんの目が、

キラッと楽しそうに輝きました。

 

その二人の様子を見て、

あぁこれは「実在」だな、と私は思いました。

 

「木村さん、いい傾向ですね。

それは単なるイメージではなく、

木村さんの真本音発想がカタチになった

ものですよ、きっと。

私の言うところの、実在、というやつです。

だいぶ、発想が柔らかくなりましたね。」

 

木村さんは少し

照れ臭そうに笑いながら言いました。

 

「でも、イメージは鮮明ですが、

意味がよくわからないのです。」

 

「じゃあ面白いので、

意味がわからないままで

ペアを組み直してみましょうか。」

 

「そんなことができるんですか?」

 

つづく