ストレス

痛いものは痛い

 

全身が

引き裂かれるような

感覚だ。

 

とても

生きていられる

状態とは思えない。

 

しかし

目の前のその人は

生きて、

しかも笑っている。

 

なんという

鈍感。

 

・・・・・・

 

私は、

目の前の人の

抱えているストレスを

そのままに感じ取るという

身体的な特徴を

持っている。

 

先天的に持っている

のではなく、

コーチという仕事を

続けるうちに、

自然に養われてきた。

 

受け取ったその感覚と

向き合うことで、

その人へのサポートの

大きな指針となった。

 

ストレスは、

大きければ大きいほど、

その本人は

気づいていないという

傾向は確かに高い。

 

麻痺させなければ

立っていられない

からだろう。

 

下手をすれば

心がおかしくなって

しまう。

 

身体に大きな負傷を

した時に感覚が麻痺し、

小さなすり傷の方に

痛みを感じる、

というのと同じなのだろう。

 

自己防衛の

一つかもしれない。

 

しかし私はいつも

思うのだ。

 

その鈍感は

本当に危険だ。

 

実際に

命の危険にまで

及んだケースも

いくつかある。

 

私がそのストレスの

大きさに気づかなければ、

いったいこの人は

どうなっていたのだろう、

ヒヤヒヤしたことは

数知れず。

 

我々はもっと

自分自身のことについて

もっと敏感になるべきでは

ないか。

 

といつも思う。

 

・・・・・・

 

苦しいことを

苦しいと感じる。

 

痛いことを

痛いと感じる。

 

これが健康の基本だと

私は思う。

身体も心も。

 

苦しいことを

苦しいと思っては

ならない。

そんなマイナス指向では

ダメだ。

などとは決して

思ってはならない。

 

苦しいことも

痛いことも

すべてわかった上で、

その上で

進んでいくのが私達人間の

本分だ。

 

痛くても

あえてこのまま進むのか、

それとも

いったん止まって

対策を練るのか。

 

そういったことを

自らきちんと判断しながら

進むことが

自律の基本だろう。

 

自分の痛みから

目を反らすことこそが

現実逃避のスタートである

と私は思うよ。

 

つづく

 

福田さんのコーチング その2

 

たけうちさん、

なんか最近とても

疲れやすいんですよ。

休みの日なんか、

一日中寝てますよ。

下手をすると

10時間近く

寝てしまうことも

あります。

私にとっては

休みの日をいかに

楽しむか?

が大事なんですが。

とはいえ、

仕事に頑張っている

訳ではないですよ。

仕事は

言われたことはきっちり

やりますが。

できるだけ余分な力を

出さないように

していますし。

なんでこんなにも

疲れるんでしょうかね?

 

福田さんは

ホントに相変わらず、

ご自分のことが

よくわかっていないんですねぇ。

 

どういうことですか?

 

福田さんの

真本音度合い、

最近またかなり

上がってるんですよ。

 

えぇ〜っ?

たけうちさんいつも言いますが、

私、真本音で生きるの

いやですから。

 

またそういうことを

言う。

福田さんの顕在意識がね、

どれだけそう言っても

無駄ですよ。

真本音度合い、着実に

上がってます。

その証拠に、

私とこうやって話すの

好きでしょ?

 

まぁね、

唯一の楽しみかも

しれません。

 

でしょ? 笑

 

でも私はね、

やはり真本音とは

無縁ですよ。

それよりも

教えてくださいよ。

わかるんでしょ?

私の疲れの原因。

 

わかりますよ。

 

じゃあ、

教えてくださいよ。

 

んじゃ、

ご自分が真本音人間だと

認めたら

教えてあげます。笑

 

また、そう言う。

 

まぁ、冗談です。

教えますよ。

福田さん、今直観的に

その疲れ、

誰から受け取ったと

思いますか?

 

誰から?

ってどう言うこと?

 

その疲れは

福田さんの疲れじゃ

ないですよ。

 

なに?

どういうこと?

 

福田さんのストレスじゃ

ないんですよ。

人のストレスを

受け取ってるんです。

極度の疲れの場合は

ほぼ、それが原因です。

しかもそれは

一人からじゃない。

何人もの人のストレスを

受け取ってますよ。

 

えぇ〜っ?

マジですか。

 

はい、マジです。

心当たりは?

 

そう言われると、

全然関係ないかも

しれませんが、

浮かぶことがあります。

 

あっ、それですね。笑

 

まだ、話してないのに。笑

関係ない話ですよ。

先日ね、

海外出張に行ったんです。

でね、

日本に帰る直前に

疲れを癒そうと思って

外国人の人がよく通う

マッサージ屋さんに

寄ったんですよ。

 

やっぱり、

それが原因ですね。

 

えっ、マジですか?

 

マジです。

どうせ、マッサージを

受けたら、

そっから疲れたんでしょ?

 

いや〜、そうなんです。

今、思い出すと

確かにそっからですね。

私ね、

そこのマッサージ、途中で

やめたんですよ。

なんか急にソワソワした

気持ちになってしまって。

全然居心地よくなくって。

あーここは私には合わないな、

って思ったんで、

途中で「もういいです」

ってやめたんです。

 

マッサージが

始まってから

ソワソワし出したんでしょ?

 

そうそう。

始まってすぐでしたよ。

なんか、せっかく

リラックスしようと思って

来たのに、

息苦しくなって来たんですよね。

 

それが

エンティティですよ。

 

エンティティ?

前に言ってた?

 

そうです。

ストレスの濃度が濃くなって

実体化したものです。

日本語に訳すと

「生き霊」とも言われてます。

 

マジですか。

 

はい、マジです。

でもみんなエンティティは

ありますよ。

私達はエンティティの

交換をしながら

生きているようなものです。

 

でもなんで

こんなにも疲れるんだろ?

 

それは恐らく、

福田さんの担当になった

マッサージ師さんが、

たくさんのお客様から

エンティティをいっぱい

もらっていたからですよ。

 

えぇ〜、まさか

そのエンティティを

私がいっぺんに

もらったと?

 

その通りです。

 

そんなのイヤですよ!

そんなの私は

望んでません。

 

でもしょうがないですよ。

福田さんの

真本音度合い、

高まってるんですから。

 

どういうこと?

真本音度合い高まると

エンティティもらうの?

 

稀にそういう人が

います。

実は私もそういうタイプ

です。

福田さんはきっと

真本音では、

たくさんの人達に

パワーを与えたい、って

願ってるんでしょうね。

 

いやいやいや、

全然願ってないし。

 

笑笑笑。

福田さんの顕在意識が

願ってなくても

福田さんの真本音は

そう願ってるんですよ。

そういう願いを強く

持っている人は、

人のエンティティを

受け取る傾向にあります。

いろんな人のエンティティを

どんどん掃除機のように

吸収します。

で、もともとのエンティティの

持ち主はみんな

元気になるってわけです。

 

いやいやいやいや。

そんなのイヤですよ。

私、望んでませんよ。

 

いやいやいやいや。笑

真本音が望んでるから

そうなるんです。

実際、どうですか?

首の後ろあたり、

とても重くないですか?

 

・・・・、いや、

悔しいけど、

メチャクチャ重いです。

 

でしょ?

そこにエンティティが

溜まってます。

恐らく、

何十人分かのヤツが。

福田さん、

本当に人を楽にして

あげたいのですね。

 

いやいや、やだよ俺。

 

しょうがないですよ。

そういうタイプの人は

きちんとした

エンティティ処理の仕方を

学んだ方がいいです。

今から私が

教えますから、

今日から早速、

実践してください。

すぐに楽になりますから。

 

はぁ・・・。

俺、真本音度合い

上げたくないよ〜。

 

まぁまぁまぁ、

じゃあ今から

教えますからね。

 

つづく

 

スクスクと育ってほしい

 

私は、

仕事のアポイントを

取るとの同じように、

家族とも

アポイントを

取るようにしている。

 

そして、

仕事も家族も

一度決めたアポイントは

必ず守る。

 

そうしないと

私のクセで、

どうしても仕事優先の

日々にしてしまうからだ。

 

私はできるだけ

平日の18時〜20時の

2時間は、

5歳の息子との時間を

取るようにしている。

 

彼の通う子ども園に

迎えに行き、

歩きながらいろいろ

語り合い、

夕食を一緒に食べ、

家で一緒に遊んだり、

ウルトラマンのDVDを

観たりする。

 

20時前には

息子のセルフコーチングの

時間を創る。

 

私のクライアント企業様の

社長さんから

送っていただいた

神棚がある。

 

その神棚に向かって

まずは手を合わせ、

一日の感謝をする。

 

そして、

どんな一日だったか?

を振り返る。

そして、

明日は

どんな一日にしたいか?

をイメージする。

 

もちろん

5歳の子どもの発想だから

他愛のないことが多いが、

しかしそれでも

これをすることで、

心や魂がスッと

落ち着くことがわかる。

 

20時を過ぎると

彼はもう就寝する。

 

私も少し休み、

そしてまた

仕事に向かう。

 

もちろん毎日

このようにできるわけでは

ないが、

可能な限り

そうしている。

 

・・・・・・

 

子ども園では

様々な子ども達が

いる。

 

彼らを観ていると、

みんなすでに

いろんなものを

抱えていることが

わかる。

 

子どもは純粋だ、

と思う人は多いと

思うが、

いやいや

そんなことはない。

 

子どもにこそ、

ストレスが多い。

 

しかも最近の子は

親のストレスを

肩代わりしている子が

多い。

 

以前にこのブログで

「エンティティ」

について

書いたことがある。

 

エンティティとは、

ストレスがある一定の

濃度以上になることで、

実体化したもの。

 

日本語では

「生き霊」

と訳されることもあるが、

要するに

人の「念」の塊であり、

ストレスの塊だ。

 

それは誰もが持っており、

人から人へと

伝染する。

 

最近は、

エンティティの濃い

大人達が増えている。

 

その大人達の

エンティティを

子ども達が

肩代わりするのだ。

 

それで苦しんでいる

子が多い。

 

・・・・・・

 

大人の人生の

不調和が、

子ども達に

ダイレクトに

影響している。

 

電車で

子どもを抱っこしながら、

自分のエンティティを

子どもに与え続けている

人は多い。

 

電車でもそうなのだから、

家ではもっと

すごいのだろう。

 

よく私は

子ども達と目を

合わすことがある。

 

子ども達は

私をじっと

見てくる。

 

その目から

伝わってくるのは

彼らからの

SOSだ。

 

私はもちろん、

目で励ますしか

できない。

 

これが今の世の

実態である。

 

子ども達が

スクスク育つことの

できない世の中を、

私達大人は

確かに創り上げている。

 

親は親の

人生。

 

子どもは子どもの

人生。

 

と言われたりも

するが、

そんなことはない。

 

親が子に与える

影響は

測り知れない。

 

親の今日の生き様が

そのまま

子どもに影響するのだ。

 

その自覚を

もっと我々は

持つべきではないか。

 

・・・・・・

 

子どもには

覚悟が

ある。

 

覚悟をもって

人生に

向かおうとしている。

 

特に今は、

そういった

真剣な子が

多い。

 

私は彼らの

真本音の想いの強さを

ヒシヒシと

感じる。

 

彼らのその想いを

私は

尊重したい。

 

尊重できる

世の中にしたい。

 

そのためにも

私は

大人達に

向かう。

 

今後の世の中に

こそ、

コーチが必要だ。

 

つづく

 

自分が自分に取り憑くんですよ

心の中で

「今、やろう」

と思っていることを、

実際の行動としては

「今、やらない」

という選択をしたとします。

 

心の「やろう」

行動の「やらない」。

 

行動というのは

私達の体を使って

行われますから、

言い換えれば、

 

心の「やろう」

体の「やらない」。

 

この不一致が起こることで

私達の

「一貫性」

は大きく損なわれます。

 

一貫性が

損なわれるということは、

歪みが起こる

ということ。

 

それにより、

私達の中には

大量のストレスが

発生します。

 

一貫性のなさによる

ストレスは、

実は

私達が発生させるストレスの

中でも

重度のものです。

 

ということはそれは

エンティティ化

しやすいということです。

 

「エンティティ」とは

ストレスが

反物質化したもの。

日本語では

生き霊

と訳されます。

 

しかしそれは

ほぼすべての人が

多かれ少なかれ

持っています。

 

エンティティが

多くなり過ぎると、

自分の生き霊が

自分に取り憑く

ことになり、

常に理由のない苦しみを

感じ続けます。

 

自分が自分に

取り憑く

・・・って、なんかもの凄く

意味のないことであり、

生産性の低いことだと

思いませんか?

 

しかし、

一貫性がなくなることで

誰もがそうなります。

 

しかも、

そのように自分自身の

エンティティに取り憑かれ

続けていると、

「それが普通の状態」

だと思い込むようになります。

 

エンティティは

苦しみだけを

自分に与えるのでは

ありません。

 

言いようのない

・不安

・憤りやイライラ

・倦怠感

・無気力

・悲しみ

・孤独感

・空虚感

などが常に発生し、

未来に向かうのが

億劫になり、

ほんのちょっとのことで

恐怖に苛まれるように

なります。

 

すると、

勇気が出なくなり、

挑戦することをやめ、

心で「やろう」と思っても

体では「やらない」という

選択をし、

ますます一貫性が

取れなくなるという

悪循環に入ります。

 

その循環から

抜け出せなくなっている人

は非常に多く、

その循環にいるのも関わらず、

毎日のお仕事に

がんばって向かって行く

という

とてつもなく辛い日々を

送っています。

 

よく喩えられる表現ですが、

まさしく

「ブレーキをかけながら

自転車を漕いでいる」

状態です。

 

・・・・・・

 

エンティティを

自ら浄化したり、

流したりする。

 

それも

セルフコーチング法の

一つです。

 

私はそのための方法を

できるだけたくさんの方々に

お伝えしたいのですが、

しかしその方法を

実践するためには

自分自身のエンティティと

向かい合わねばなりません。

 

そしてそのためには

エンティティと向かい合える

だけの自分に

ならねばなりません。

 

そのために最も

必要なことが、

自分自身の「真本音」を知る

ということです。

 

自分は

真本音で

何を願っているか?

 

自分は

真本音で

何を大切にしているか?

 

それらを

まずは言語化して

常にそれを「原点」とします。

 

その「原点」に

いつも立ち返ることで、

「これが本来の私だ」

という「感覚」を得ます。

 

この「感覚」が

大事です。

 

「感覚」を得られたら、

「本来ではない自分」の

感覚もわかるように

なります。

 

そうなって初めて

エンティティと向かい合える

ようになります。

 

本来の自分が

本来でない自分と

向かい合う

という感覚がわかれば、

エンティティはちっとも

恐ろしいものでは

なくなるからです。

 

そこまでの状態に

なるためのステップを

私はこれから

できるだけ多くの方々に

発信していきます。

 

このブログも

そうですが、

これまで行なったことのない

様々な発信法を

試してみるつもりです。

 

つづく

 

あなたは自由に生きていますか?

私達には

自由意志があります。

 

自由に何でもしてもいいよ、

と言われたら、

自然に浮かんでくる

やりたいこと、があります。

 

その時その瞬間に

それは常に

浮かび続けています。

本当は。

 

ところが多くの人は、

日常において

自由ではない日々を送っています。

つまり、

何らかの制約を感じながら

日々の生活をしています。

 

ですので、

自分自身の自由意志に

フタをしてしまっています。

 

フタをしないまでも、

そこに意識を向けずに

生きています。

 

結果として、

自由意志は本当は

あるんだけれども、

そこに気づかない状態

が続きます。

 

そしてそのうちに、

自由意志とは何なのか?

自分の制約がなくなったら

いったい自分は何を望むのか?

について、

 

「考えたこともありません」

「まったくわかりません」

 

という返答になります。

 

もしくは、

自由という言葉を聴くと、

「そんなのは無理だ」

「現実的ではない」

と思ったり、

「自由に伴う責任がウザい」

と思ったりして、

自由を敬遠する傾向となって

現れることもあります。

 

いずれにしても、

自由意志から離れてしまっている

そんな人が

多いのが今の世の中です。

 

要するに、

全然、自由じゃない

のです。

 

ほとんどの人が。

 

もちろん、

現実世界の中で

何の制約もない状態

というのは稀有でしょう。

 

物理的にすべてから

自由になる

というのは現実的では

ありません。

 

しかし、

心の中まで

自由を失ってしまっても

よいでしょうか?

 

心の中まで

自分で自分を縛りつけ、

果たしてそれで本当に

生きている

と言えるのでしょうか?

 

よく、こんな声も

聴きます。

 

「自由な発想をしてしまうと、

現実の不自由さとの

ギャップを感じてしまい、

それがストレスになるんです」

 

・・・と。

 

しかし、実は、

心の中の自分を縛りつけてしまう

ことで発生するストレスの方が、

現実とのギャップを感じるストレスよりも

圧倒的に大きいのです。

 

私がこのブログで

よく書かせていただいている

エンティティ。

つまりは、

ストレスがある一定以上の濃度に達し

実体化したもの、

は、

心の中の不自由さによって

発生するのです。

 

私達は

生まれた直後は

皆、自由です。

 

もちろん体は不自由で

想い通りに動きませんが、

心は自由です。

 

幼児期も多くの場合は、

皆、心の中は

自由です。

 

それが、

私達人間の本来望んでいる

心の在り方です。

 

しかし

大人になるとは、

心に制約をはめることである

と私達は思い込み、

自由からいかに遠ざかるか、

遠ざかった状態で

いかに上手く生きていくか、

という力をつけることが

人としての成長であると

思い込み過ぎてしまいました。

 

今の社会の歪みの

根本原因の一つは

ここにあると、

私は日々、実感しています。

 

実は・・・。

 

正直に申しますが。

 

私は、

私ほど自由な人は

いないのではないか、と

日々、思っています。

 

本当にたくさんの人達と

向き合ってまいりましたが、

私から観れば、

ほとんどの人が

不自由に観えます。

 

ただ、

私が長くサポートさせていただいている

クライアントさん達は

違います。

 

私の密かな

コーチとしての目的は

クライアントさんに

本当の意味で自由になっていただく

ことなんです。

 

まぁ、ここで書いてしまった以上

「密かな」では

なくなってしまいますが。

 

でも、本当にいつも

そればかりを願って

サポートしています。

 

ですからクライアントさん達は

どんどん自由になり、

私と同じくらいに

自由になっていきます。

 

すると、

私との共鳴・共振が

起こります。

 

人は、

本当の意味で自由になると、

非常に深い

共鳴と共振を

起こします。

 

それは

「調和」

と言えるものです。

 

その「調和」は

「進化」を起こします。

 

とは言え、

以前の私は恐らく

世の中の誰よりも

「不自由」だったと思います。

 

絶望的な不自由さの

中でずっと生きていました。

 

そう考えますと、

どう観ても、

私は、今が一番、幸せです。

 

こんなことを書くと

傲慢に思われるかも

しれませんが、

私はすべての人が

私と同じような自由を

得られるといいなぁ、と

思っています。

 

特に、

組織のリーダーや

組織の要となる人達が

本当の自由を得られれば、

その組織全体に

「自由の調和」が

巻き起こります。

 

それは非常に

幸せな状態です。

 

私は世の中全体が

そうなるといいなぁと

真剣に思っています。

 

そこで、

次回からは

「自由」をテーマにした記事を

書かせていただこうかなと

思います。

 

そして、

本当の意味で自由になるための

セルフコーチングの手法

なども

いくつかご紹介できればな

と思っています。

 

お楽しみに。

 

つづく

 

なんだ?この異様な不安感は・・・

今回は、次のご質問に

お答えします。

 

「どうしても未来に対して

不安になってしまいます。

自分なりに真本音を大切にして

生きているつもりですが、

すぐに不安になり、

そこから抜け出せなくなります。

私の真本音度合いは

上がっていないのでしょうか?」

 

・・・実は、こういったご質問が

とても増えています。

 

これは、世の中全体の

ある潮流による影響もあるのですが、

それについてはまた改めて、

別の機会に書かせていただきます。

 

今回は、ダイレクトに

このご質問にお答えします。

 

自分の真本音を大事にすれば

するほど、

逆に不安感が増してしまう、

という場合、

最も多いケースが、

 

「エンティティ」

 

によるものです。

 

エンティティとは、

ストレスがある一定以上の

濃度に凝縮されたものを

言います。

 

ある一定以上になれば、

それは、3次元化します。

つまり、

物質化します。

 

まぁ、物質とまではいかなくても

それに近い状態にまで

なります。

 

それは強烈な「念」であり、

エンティティを日本語に訳すと

「生霊」

と訳されることもあります。

 

こう書くと、非常に怖いですが、

実はエンティティとは

多かれ少なかれ

すべての人が持っています。

 

持っていない人はいない、

と言い切ってしまっても

よいでしょう。

 

そしてそれはまるで

風邪のウィルスのように、

人から人へ

伝染します。

 

いつも空気がドヨ〜ンと

淀んでいる人や、

空気感の重たい人、

顔つきが、まるで獣のように

険しい人などは、

エンティティが多い人です。

 

そういった人と一緒にいると、

エンティティがこちらに

移ってきたりします。

 

こう書くと、

いやだ、気持ち悪い!

となると思いますが、

これは私達が日常において

当たり前のように行なっている

ことです。

 

極端な言い方をすれば、

私達はエンティティの交換を

しながら関わり合っている、

とすら言えます。

 

さて。

 

真本音度合いが高まると、

通常はエンティティは

とても少なくなります。

 

自らエンティティを発生させる

ことは激減します。

 

ところがその分、

稀にですが、

他者のエンティティを

どんどん吸収してしまうタイプの

人がいるのです。

 

ほとんどの人が

他者のエンティティを受けても

真本音度合いが高まれば

それを「流す」ことが

できます。

つまり、エンティティによる

ストレスやダメージを

受けずに済むのですが、

稀に逆になるタイプの人が

いるのです。

 

それは、

その人の真本音の使命に

よるものです。

 

つまり、

真本音レベルで

「私は人のサポートをしたい」

と決めている人のうち、

「私は人のエンティティを

あえて受け取り、

そのエンティティの状態を

把握することにより、

その人の苦しみを把握し、

それによりその人に

適切なサポートをしたい」

と決めている人が

いるのです。

 

実はその典型が

私なのですが。

 

私の場合、

その傾向が極度に高く、

私の真本音度合いが急激に

高まった時代は、

道端でも何でも、

会う人会う人のエンティティを

全部吸収してしまい、

本当に大変でした。

 

今は、おかげさまで

その人のエンティティを

吸収するかどうか?を

自分で決めてコントロール

することができるように

なりましたが、

当時はもう、死ぬ思いでした。

 

おかげで

自律神経がいかれてしまい

ご飯をほとんど食べられなくなった

時期もありました。

 

しかしおかげで

エンティティ浄化の方法を

研究し編み出すことが

できたのですけど・・・。

でもそれには

数年を要しました。

 

で・・・。

 

何が言いたいかと言いますと、

真本音度合いが上がっている

にも関わらず、

未来に対する不安感が

増してしまう場合の多くは、

 

人からのエンティティを

大量に吸収してしまっている

可能性が高い、

 

・・・ということです。

 

エンティティは多くの場合、

未来に対する

・絶望

・不安

・憤り

などの塊です。

 

その塊を受けることで、

・自分の心が発生させている不安と

・エンティティが持っている不安の

区別がつかなくなるのです。

 

つまり、その不安は、

「あなた自身のものではなく、

エンティティのものなんだよ」

・・・ということになります。

 

まずは、

その区別をつけるだけで

相当に楽になるはずです。

 

ですので、

自分は真本音を大事にしている

のに、

なぜか不安が高まってしまう、

という場合は、

 

「この不安は本当に

私のものだろうか?」

 

と自分自身に問うてください。

 

そして、

体の中のどこにその不安感が

あるか?を

特定してください。

 

そして、

そこに意識を向ければ、

「うわっ、なんか

気持ち悪いものがある!」

となるかもしれません。

 

そうなったらそれが

エンティティです。

 

エンティティだとわかれば、

それをただ

存在承認してあげてください。

 

愛の眼差しで

そのエンティティを

観てあげてください。

 

それだけでエンティティは

浄化されるはずです。

 

エンティティも

人の心です。

 

反応本音の塊です。

 

すべての反応本音は

存在承認すれば

よいのです。

 

つづく

 

無理に夢は描かない方がいい

「夢を持つといい」

とよく言われます。

 

「夢を持ち、それに向かう人生が

素晴らしい」と。

 

確かにそうかも知れません。

 

しかしその「夢」とは

真本音であることが重要です。

 

反応本音レベルの「夢」であれば、

それを大事にし、

それに向かう努力をすればするほど、

ストレスが発生します。

 

そして、「夢」に生真面目に

向かう人であればあるほど、

そのストレスは密度を増し、

いつの間にか、エンティティが発生します。

 

つまりその場合、

夢を持つことで、その人は

苦しみの人生を歩むことになるのです。

 

ですから私はいつも

申し上げます。

 

「無理な夢は描かない方がいい」と。

 

「夢」というものは、

真本音で「今日を生きる」ことの連続により、

自然に「顕在化」します。

 

「顕在化」と書いたのには

理由があります。

 

「夢」とは、もともと私達の中に

私達の真本音の中に、

確かに存在しているものだからです。

 

存在しているのに、自分で気づいていない。

・・・それが多くの人の状態です。

 

逆に言えば、

存在しているのだから、

それを掘り起こせばいい、

ということになります。

 

そして、掘り起こすためには、

今この瞬間を、

今日というこの一日を

真本音で生きることです。

 

これをする人は、

普通に、当たり前に、自然に

夢がわかります。

夢に向かう人生となります。

 

それは決して

力こぶを入れるような

「がんばり」を必要とするものではなく、

ただただ単純に、純粋に、淡々と

そこに向かっていくだけのことです。

 

ただし、

そんな毎日に入れば、

人の心は、常に満たされた状態となります。

 

本当の夢とは、

それを実現できたかどうかよりも、

それに向かう一歩一歩こそが

幸せだからです。

 

しかしそれが真本音の夢であるならば、

それは必ず実現しますけどね。

 

真本音で今を生きれば、

真本音の夢が見つかり、

真本音の夢が見つかれば、

今を、満ち足りた自分として

自然に生きることができる。

 

要するに、そういうことになります。

 

私は、

それこそが「普通の人生」であると

思います。

 

「普通の人間の姿」であると

思います。

 

その「普通」を

すべての人がすればいいのに、

と思うのです。

 

そんな「普通」を取り戻すことが

私のコーチングの目的の

重要な一つです。

 

さて、

エンティティのお話に戻りますが、

エンティティとは、

そういった「普通」ではない状態の時に

発生します。

 

ほとんどの人から私はエンティティを

受け取るのですが、

ということは、ほとんどの人が

「普通の人生」を生きていない

ということでもありますね。

 

西畑さんという人は、

そういった意味で、

「普通の人生」の真逆を行っている

のかも知れません。

(→前回記事)

 

そして木村さんも、

真本音度合いが下がってしまう時は、

「普通の人生」の真逆を

行ってしまう傾向にあります。

 

しかもその二人の「傾向」が

似通っていたために、

悪い意味での「共感」をしてしまい、

西畑さんのエンティティが

木村さんに乗り移る、ということが

どうやら起きているようです。

 

以前に西畑さんと面談した時、

彼は木村さんのことを

「同志です」

と言いました。

 

しかし、木村さんに張り付いた

西畑さんのエンティティに意識を向けると、

木村さんは、

「お前を引きずり落としてやる。

そう西畑のエンティティは言っています。」

と言われました。

 

西畑さんが嘘を言っているわけでは

ありません。

彼は、顕在意識では本当に

「同志である」

と思っているのです。

 

しかし、彼自身が「普通ではない生き方」を

してしまっているために、

「普通の生き方をしよう」としている木村さん、

・・・つまりは、真本音度合いを高めている木村さんに対して

「羨ましい」というところから、

「引きずり落としてやる」

というエンティティを生んでしまっているのでしょう。

 

実はこのパターン、

非常に多いです。

 

組織においては、

このパターンのエンティティを除去するだけで、

チームの雰囲気が大きく変わる、

ということが、これまでは何度もありました。

 

さぁ、ではまずは、

木村さんを西畑さんのエンティティから

解放させてあげなければなりません。

 

私は木村さんに言いました。

 

「木村さん、

その西畑さんのエンティティを

愛せますか?」

 

つづく

 

取り憑いているものとは何か

『エンティティ』。

(→前回記事)

 

これは英語です。

直訳すると、実体、という意味の名詞です。

 

私はこの言葉を、

アメリカで、ある心理療法系のセミナーを受けた時に

初めて知りました。

 

以来、日本に帰ってから私は、このエンティティについて

2年半くらいをかけて独自に研究しました。

 

これは、一言で言えば、

「ストレスが実体化したもの」

と表現できます。

 

実体化するくらいに濃くなったストレス

ということです。

 

これを、「生き霊」と訳すことも

あるそうです。

ちょっと怖いですが、

ある意味、本質をついています。

 

このエンティティは、多かれ少なかれ

誰もが持っています。

 

そしてそれは、まるで風邪のウィルスのように

人から人へ伝染します。

 

自分自身が発生させるエンティティもありますが、

人から受け取ってしまうエンティティも

あるのです。

 

自分のエンティティと、

人のエンティティ。

それらを交換しながら私たちは生きている。

・・・ちょっと嫌な感じですが、そういうことになります。

 

エンティティは、

受け取りやすい人と、

受け取らずにすぐに流せる人が

います。

 

後者は、エンティティによるダメージは

ほとんど受けません。

しかし、前者は大変です。

 

実は私は、典型的な前者です。

恐らく、誰よりもエンティティを受け取りやすい体質です。

私以上に受け取りやすい人は

これまで出会ったことがありません。

 

ですので私は、私自身を実験体にしながら

存分に研究を重ねることができました。

2年半の間、毎日2〜4時間以上の時間を使い、

私はエンティティ処理の仕方を研究しました。

 

私が勉強したアメリカのセミナーでも

エンティティについてはまだよく解明されて

いなかったからです。

 

先ほど書きました通り、

エンティティは風邪のウィルスと同じように

実体化したものですので、

例えば、私がAさんからAさんのエンティティを受け取ると、

Aさんは元気になります。

濃〜いストレスが根こそぎなくなるわけですから

元気になるのは当然です。

 

しかし逆に私はとても苦しくなります。

 

具体的には、体が苦しみます。

ドーンと重くなり、腰とかお腹とか肩とか頭とか足とか、

その時その時で異なりますが、

何とも言えないような気持ち悪さと苦しみが

襲ってきます。

 

そしてそこに意識を向けると、

例えば、Aさんが何かにとても苛立っていた場合、

その苛立ちをそのまま感じます。

Aさんが何かに悲しんでいたとしたら、

その悲しみをそのまま感じます。

もちろん、

具体的に何に苛立っているのか、とか

具体的に何に悲しんでいるのか、などは

わかりません。

しかしどのような傾向のストレスで

Aさんは苦しんでいるのか?はわかります。

 

ですから私は、自分のこの体質のおかげで、

随分と、人のサポートの指針を立てることが

容易になりました。

 

しかし、

10人の受講生さんの研修を行えば10人分の

100人の研修を行えば100人分のエンティティが

きますので、正直言ってたまったものではありません。

 

12年ほど前に私は自律神経が少しおかしくなり、

体を壊してしまったことがありますが、

その原因がエンティティであったことを

後のそのアメリカのセミナーで知りました。

 

私は私の身を守るためにも

必死にエンティティを処理する方法を

編み出しました。

この仕事を続けたかったからです。

 

そして2年半かかり、ようやく

有効な方法を確立することができました。

 

それはともかく。

 

私は、木村さんが真本音度合いを著しく下げる要因は

エンティティではないか、と仮定していました。

 

木村さんは、それほどエンティティを受け取りやすい

体質ではありませんでした。

ですので、

彼自身がエンティティを発生させているのだと

思っていました。

 

しかしそうではないことが、

弓江さんの報告でわかったのです。

 

木村さんは、

西畑さんのエンティティを

受け取っていたのです。

しかも、

かなり強烈なものを。

 

つづく

 

強みを使わない生き方なんて

人は、生まれ持った強みを発現することで

ある意味、非常にニュートラルで自然体になれます。

 

特に何かを意識して無理矢理に物事を進めるのではなく、

自然に淡々と、まるで当たり前のように

物事を進展させていくことができるようになります。

 

ある中小企業の女性経営幹部の中原さん(仮名)の

生まれ持った強みは、

『毅然』

でした。

(→前回記事)

 

しかし彼女は、それをこれまでの人生でまったく

活かしてこなかったどころか、『毅然』とは真逆の生き方を

し続けていました。

 

そしてその生き方をすることで、

彼女なりに物事を上手く進めていたのです。

しかし、本来自分に存在しているはずの強みを使わずに

生き続けるというのは、ストレスを生む行為です。

 

ですから出会った頃の中原さんはとても疲れていました。

リーダーとは疲れるものである。

リーダーとは疲れてなんぼのものである。

というのが、中原さんにとって当たり前のことだったのです。

 

ところが。

生まれ持った強みである『毅然』を発現できるようになってから

彼女の日々は劇的に変わりました。

まず変わったのが、彼女の「疲れ方」です。

 

以前の中原さんは、

自分の本来望む在り方とは異なる在り方をすることで

発生するストレスでいっぱいでした。

つまり、ストレスを自ら生じさせている状態でした。

 

しかし今の中原さんには、

これがまったくありません。

 

それによってどうなったかと言いますと、

自分のストレスではなく、他者のストレスを直に

感じ取ることができるようになりました。

 

今、誰がどのようなストレスを生じさせているのか?を

ありありを知ることができるようになり、

適宜、対策を打つことができるようになりました。

 

しかも彼女の『毅然』とは、

他者に安心感をもたらすものでした。

いえ、彼女だけでなく、本来の『毅然』とはそういったものかも

知れません。

 

例えば、仕事で何か問題を起こした社員さんが慌てて

中原さんのもとに相談に来たとします。

以前の中原さんは、その社員さんの動揺をそのまま受け取ってしまい、

自分自身も動揺しながら、自分がその処理をする

というパターンを持っていらっしゃいました。

 

ところが今の中原さんは『毅然』としています。

何があっても動揺しません。

社員さんは、そんな毅然とした中原さんの前に来るだけで、

どことなく心が安定します。

そして冷静になって、どのような問題がなぜ起きたのか?

どのように対策すればよいか?を自ら考えることが

中原さんの前に来るとできるようになりました。

 

中原さんは、その社員さんが自らその問題に対して

向かっていけるようにアドバイスをするだけです。

 

これをすることで、多くの問題について

「社員が自ら解決できるようになりました」と

中原さんは言われます。

逆に言えば、

「これまでは、私がやり過ぎていました。

だから社員が皆、私に甘え、私に依存するという悪循環が

起きていました」。

 

中原さんの『毅然』は素晴らしく、

社長でさえ、中原さんの『毅然』を浴びるようになりました。

つまりは、

社長が何かの経営判断に迷った時に、

まず社長は中原さんに相談をするようになりました。

 

社長の相談に対して、中原さんが何か具体的な答えを

出される訳ではありません。

ただ、中原さんの『毅然』とした空気感を浴びることで、

社長ご自身の心が安定し、自然体に戻り、

良い発想が浮かぶようになるそうです。

 

中原さんの『毅然』とは、言葉を変えるならば

『中心軸』と言ってもよいでしょう。

 

私達人間は、真の中心軸を持った人と向き合うと、

非常に心が安心・安定します。

それは、揺るがない大地に降り立ったような安定感です。

 

そして私達人間は、中心軸を思い出し

心に安定感を得ると、「最善の発想」「最善の答え」を

得ることができるようになります。

 

今の中原さんの口癖は、

「私は何もしていないんですけどね」

です。

 

彼女は、何もしてないのに、彼女と向き合う人は

自分自身の「最善の答え」を見つけ出すことができるように

なります。

 

その効果と影響はどれだけのものか?

それは測り知れないですね。

 

さて。

 

ここまで例に挙げさせていただいた中原さんですが、

これは、約6年前のお話です。

 

今も私は中原さんのサポートをさせていただいています。

が、それは不定期です。

中原さんが、「今、コーチング受けたいな」と思われた時点で

呼んでいただく、という。

 

その頻度は年々少なくなり、今は何ヶ月かに一回お伺いする

くらいです。

 

先日、久しぶりに中原さんに呼ばれてお会いしました。

 

この6年。

実に様々なことがありました。

中原さんの会社も、何度も脱皮をしました。

売上規模で言えば、6年前の数倍になっています。

しかしその道のりは決して楽なものではなく、

挑戦するが故の経営危機に何度も陥りましたが、

その度に彼女の『毅然』が社長や社員さん達を助けて来ました。

そんな道のりをずっと私は拝見して来ました。

 

先日お会いした時に、中原さんは私にご報告してくださいました。

 

「実は、弊社の新しいグループ会社を立ち上げることに

なりました。

私がその社長をさせていただきます。」

 

「中原さん、ついに社長ですか!」

 

「はい。私が社長になるなんて思いもよらないことでしたが。

でも、私は私流のリーダーシップを発揮していきます。」

 

「中原さん、6年前に私と出会った頃のご自分を

覚えていらっしゃいますか?」

 

「6年前ですか・・・。

もう忘れてしまっていましたが、今から振り返ると、

あの時の自分は、閉じてましたねぇ。(苦笑)

あの時の自分は、自分ではなかったです。

何か借り物の洋服を身につけて、自分ではない何かを

演じていたような気がします。

あんな疲れる生き方は、もうしたくないですね。」

 

そう言われて、中原さんはニッコリされました。

 

このニッコリに、どれだけ多くの人達がこれまで

力をもらって来たのだろう、と私は思いました。

 

人には、生まれ持った強みが

必ずあります。

 

しかし残念ながら、それを本当の意味で

活かしている人は稀です。

 

新たに創り出す強みではなく、

もうすでにここにある強みなのに。

それを使っていないのです。

 

本当にもったいないことです。

 

私達は、私達にもともと備わっている力を

使い切りたいものですね。

 

自分のためにも。

周りのためにも。