死ぬかも、となった時

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学生の頃、
3000m級の雪山に
登って、

ツルツルの
アイスバーンで
転倒して、

もう少しで
崖から真っ逆さま、
死にかけた
ことがある。

生死を分ける
あの瞬間、
妙に静かだった
ことを
覚えている。

白い雪に
飾られた美しい
山々と、

群青色
と言ってよい
濃い青空。

それらに
抱かれた
静かな時間。

私が
今この瞬間
という一瞬に
永遠
を感じた最初の
体験だったなと
今になると
思う。



永遠
だ。

この真実?
真理?

立つことで、

私達は
根底からの
安定、
というよりも
安寧
を得る。

今になって
思うのは、
私はあの瞬間を
体験するために
雪山に登ったのだな、
と。

このように
自分の体験の
本来の意味・意義は
後になって
わかる。

それを
私達はついつい
そのリアルタイムで
無理に意味を
見出そうと
し過ぎてしまうことがある。

意味は、
考えなくても
いい。

それよりも
今ここを

今この瞬間を

本当に
今ここに集中して
大切に
生きること。

そういった
一瞬一瞬
一つ一つ

誠実に重ねていく
こと、だ。

これしかない。

真本音で生きる
とは
こういう生き方だ。

意味は
後で自然に
わかる。

と、同時に、

未来ビジョンも
ある瞬間に
自然に
浮かび上がる。

今ここでしか
できないことが
ある。

それを着実に
しようではないか。

つづく

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