強く思っている

LINEで送る
Pocket

自由が
ない。

あらかじめ
描かれた
絵本の世界の
中を、

定められた
物語に
従って

歩み続けて
きたみたいだ。

現実であると
思い続けてきた
すべてが、

単に
紙に描かれた
精密な絵に
過ぎなかった。

あの激しい
滝ですら、
ただの絵の具の
激しい走り描き。

そこに
真の実感は
なく、

ただ、
自分が内面的に
創り出した
感覚のみが
ある。

私達の
脳の創り出した
現実世界とは、

実は
そのようなもの
ではないか、

ある時、
それこそ激しく
実感した。

14年前の
ことだ。

実在を
知ってしまった
からだ。

実在とは
脳は関係の
ない世界。

本当に
ここにある
世界。

脳という
私達の機関を
介して初めて
わかる世界では
なく。

ただ、
ここに
ある。

それを
脳を介さずに
感じた時の
その
衝撃は
あまりに凄まじく、

しばらくの間、
私は
滝のように流れる
自分自身の涙を
止めることが
できなかった。

私達は
実在の中で
生きている。

それを
ダイレクトに
感じず、

脳によって
自分の創り出した
物語に
変換しながら。

実在を
薄っぺらく
絵に描いたものが
現象。

そうとわかった
時、
私は一度、
この現象の世界
(つまり、私達が
現実であると
認識している世界)

生きることの
意味を
失った。

あれから
本当に
たくさんの
試行錯誤と
冒険があった。

今は、
実在と現象は
セットで一つ

わかる。

現象のみでも
ダメ。
実在のみでも
ダメ。
どちらか一方では
それは
「世界」では
ない。

二つ揃って
「現実」
であると。

この世界に住む
私達は
現象に意識を
とられ過ぎだ。

もっと
実在を
感じ取らねば
ならない。

でも今、
その感性の
高い人は
急増している。

感性は高い
のに、
本人はそれを
頭で(理屈で)

つまり
現象的思考で

否定している。

もう
そのような
状態では
立ち行かない
時代だ。

ここからは
本当に
実在と現象の
コラボで行く。

つまりは、

真っ当な
時代だ。

健康な
時代だ。

健康な時代の
生き方を

進み方を

私はもっともっと
発信せねば
ならないかな、

強く思っている。

つづく

コメントを残す

*