チームパフォーマンスコーチ

自分を許そう

たくさんの
「その人」
が観える。

ほぼ
全員が、
「その人」自身を
責めている。

責め
続けている。

まるで
自分を破滅
させるのが
目的のように。

罰である。

自分で自分に
罰を
与え続けている。

・・・・・・

もう
よせよ。

もう
いいよ。

この辺りで
やめて
おきな。

でないと
本当に
破滅するよ。

私は
手を差し伸べた。

いつもは、
その私の手を
払いのける人が
ほとんどだ。

が、
その人は
私の手を
しっかり掴んだ。

ごめんなさい。

助けて
ください。

・・・と。

ようやく私も
肩の荷が
降りた。

・・・・・・

本人が
自分を救おう、

思ってくれれば、

あとは
早い。

本人の意志
通りに、

その人の
開放(解放)のための
サポートを
すればいい。

あとは
早い。

本当に
早いのだ。

・・・・・・

自分で自分を
許さない人が
多い。

多過ぎる。

この
世の中は。

自分で自分を
苦しめ、

阿鼻叫喚の
声を
あげている。

普通に
見れば、

どう見ても、

「狂う」

という
言葉が浮かぶ。

みんな、
狂ってるよ。

普通に
毎日、仕事に
向かい、

お客様に
向かって笑顔を
ふりまく
人々の中にも

そういう人は
想像以上に
多いんだ。

苦しみの
社会。

狂いの
社会。

・・・・・・

まずは
自分が自分を
許さなければ
ならないが、

これが
難しい。

許しても
いいんだよ、

あらゆる方向から
伝え続けるしか
ない。

もちろん
本人の顕在意識は
全く無自覚なので、

潜在意識に
直接伝わるように
表面上は
さりげなく、
密やかに。

しかし、
可能な限り
強烈に。

それを
やり続けるのが
私の役割の
一つだ。

・・・・・・

私は私を
許すことにする。

私は私を
助けることにする。

・・・その意志を、
その願いを
私は
ずっと
待っている。

残念ながら
他者にできる
ことは
少ない。

本当に。

それが
歯がゆい。

悲しい。

が、
本人が意志を
もてば、

あとは
いろんなサポートが
できるんだ。

そんな人が
増えているのは
確かだ。

でも
まだまだ。

自分を
許せる社会。

まずは
そこまで
持っていかねば。

つづく

流れが教えてくれる

流れが
良くない。

エネルギーは
高いのに。

ちゃんと
流れていない。

そういった
場合、

エネルギーが
高いが故に、
その滞りの影響は
さらに大きくなる。

滞りは、
あっという間に
癌になる。

・・・・・・

今、
ちゃんと
流れているか
どうか?

「流れ」
に対する感覚を
私達はもっと
養うべきだろう。

定点観測だけ
では
意味がない。

「流れ」
を観る。
感じる。

「流れ」
こそが私達に
指針を示して
くれる。

・・・・・・

「流れ」とは
「変化」
でもある。

まずは
「変化」に
敏感になることだ。

ほんの僅かな
変化に
気づけるかどうか?

例えば、

昨日と今日は
何が
変化している?

という目線で
すべての現実を
観察する。

人も物も場も
世界も。

時間の進み方
も観察する。

「変化」は必ず
存在する。

今はそのような
時代になった。
実在レベル
では。

だから、
一見すると
何も変わらないように
見える所こそ、

目を凝らす
といい。

特に、人は
大きく変化
しやすい。

表面上の
振る舞いだけを
雑に見つめる
のではなく、

変化探しを
するくらいに。

・・・・・・

いくつもの
「変化」に
気づけば、

自動的に
「流れ」
がわかってくる。

それは
理論的理屈的
なわかり方では
ない。

が、

あぁそういう
「流れ」か、

合点する。

意味が
わからなくても、
そう
合点できる
なら、

「流れ」を
掴めた、という
ことだ。

・・・・・・

この「流れ」が
どこに
向かっているのか?

という
未来予測をする
必要はないが、

しかし逆に
「予測はしない」

決めることで、

感じることの
できる未来が
ある。

そして
その時に初めて
わかる事が
ある。

あぁ、これは
放っておいて
良いな、

ということと、

これは
今のうちに
何とかせねば、

ということが。

何とかせねば
ということは、

本当に
何とかせねば、
ね。

今から。

つづく

本当に怖い苦しみとは

どうしても
ザワザワ
するんだ。

だから
くどいように
訊く。

本当に
大丈夫ですか?

あなたの
中に
苦しみは
ありませんか?

あまりに
私がくどいので、
クライアントさんの
表情が
曇る。

せっかく
笑顔で
話していたのに。

・・・・・・

苦しみは、
2種類ある。

顕在的な
ものと
潜在的な
ものだ。

当然、

潜在的な
ものの方が
深くてキツい。

そして、

深くてキツい
ものほど、

人は
蓋をする。

麻痺を
させようと
する。

当然の
心の動きだ。

しかしそれを
積み重ねれば、
病気に
繋がることさえ
ある。

病気とは、
精神的なもの
もあるし、
体に出てしまう
ものもある。

体に出る
ケースで
重いものは、

癌になったり、
脳梗塞に
なったりも
ある。

この、

目の前の
クライアントさん
からは
それくらいの
レベルの
苦しみを感じたのだ。

だからこそ、
くどいくらいに
訊いた。

・・・・・・

ここを私が
妥協してしまった
が故に、

実際に
重い病気に
なってしまった人が
いる。

その後悔を
私は
繰り返したく
なかった。

でも、
訊いてよかった。

日々、
積み重なっている
苦しみのもと

知ることが
できたから。

私が
ではない。

ご本人が。

・・・・・・

苦しみは、
わかりやすい
大きな出来事として
来れば、
わかりやすい
分だけ
対処できるケースも
多い。

が、

日々、
少しずつ積み重なる
ものは
本当に自覚
できないものだ。

そして
そちらの方が
何倍も
怖い。

ある一定の
ラインを越えれば、
一気に
顕在化する。

その時点で
手遅れの場合
もある。

だから、
進もうとする
人ほど、

自分の苦しみに
敏感に
なるべきだ。

今日、
ほんのわずかでも
モヤモヤと
したことはなかったか?

なぜ
モヤモヤと
したのか?

その本質的な
原因は?

自分は
何に
モヤモヤしやすいか?

・・・など。

自分を守るのは
自分自身だ。

特に
これからの
時代はね。

つづく

恐ろしいほどの変化

景色が、
いつもと
違う。

まるで
まったく別の
場所に
いるようだ。

何が
変わったか?

それは
わからない。

でも、
根本的な
大きな変化が
ある。

景色が、
同じなのに
まったく異なるのだ。

・・・・・・

時間が
進んでいるのは
わかる。

時間が
逆流することは
ない。

何かをしても、
何をしなくても、

時間は
容赦なく
進む。

それは
わかるのだが、

なんか
理不尽だ。

こんなに
劇的に
変化してしまって
良いのか?

これまでの
人類の歴史は
何だったのか?

あれだけ
長く
時をかけて
ここまで来た
道のりは。

・・・・・・

ここは、
地球のほんの
一部の
場所でしか
ない。

が、
ここには
地球の変化の

本質的
変化の

象徴が
ある。

この一部で
全体を
現している。

そこに
気づかねば、
私達はこれから
間違いなく
足を取られる。

・・・・・・

ちょっとした
一振り。

一掻き。

ほんのわずかな
波紋。

水の一滴。

その
すべてが
変わった。

意味合いも
また。

青かった
空が
真っ赤に
変わるくらいの
衝撃で。

どうなるんだ、
この
チームは。

何が
起ころうと
しているんだ。

つづく

あなたは変化した

パワーアップ
というのは
誰しも
することだ。

いわゆる
「脱皮」
によって
それは
もたらされる。

これまでとは
比べものに
ならないくらいの
エネルギーが

自分の
中心から、

つまりは
魂から

もたらされる。

それだけ
ではなく、
中心から発した
エネルギーは、

外部のエネルギー
と共鳴・共振
しながら

やがて
循環を生み出す。

そうなると
もう、

それ以前の
自分とは、
エネルギーレベル
では

別人となる。

・・・・・・

そのような
自分自身の
変化を、

ちゃんと
認識した方が
いい。

自分が
パワーアップ
したにも関わらず、

以前と同じ
自分である

という
顕在意識レベル
の認識があると

不調和を
起こしてしまう。

そりゃ
そうだ。

例えば以前は
10のエネルギー
で生きていた人が
1000のエネルギーに
なったとする。

にも関わらず、
10のエネルギー時
と同じ個性で
生きれば、

それはそれは
いろんな混乱が
起こる。

それまでの
個性は、

10というエネルギー
に合わせた個性
だったはずだ。

それが100倍
となれば、

自分の個性を
変えなければ
ならない。

1000のエネルギー
をしっかり
使い切ることの
できる個性
へと。

・・・・・・

今、100倍
という例を
出したが、

これはちっとも
大袈裟な値
ではない。

私達は
実在レベルでは、
100倍だろうが
1000倍だろうが、
へっちゃらで
パワーアップする。

もともと人は
そのように
できているが、

それがより
やりやすくなった
のが
今の時代だ。

そして例えば
100倍に
パワーアップしたにも
関わらず、

以前と同じ自分
として生きれば、

ほぼ必ず、
体に何か問題が
出る。

熱を出すとか、
体調不良が
続くとか、

時には
病気になる人

体の動きが
うまくいかずに
大怪我をする
人もいる。

魂のエネルギー
が高まれば、
心をそれに
合わせなければ、

体にまで影響が
出てしまう。

最近は、
そのような傾向の
人が増えており、

魂、心、体の
調和のための
サポートが
多くなってきた。

それはつまり、
自分の変化を
自分で受け入れ、

新たな自分に
変える

ための
サポートだ。

そう。

同じ体のまま
生まれ変わる。

それくらいの
人達が
これからも
増える。

これまでとは
異なる
時代になったんだ。

自分の
変化。

時代の
変化。

その両方を
私達は
受け入れる
必要がある。

つづく

魂の意思

やることは
変わらない。

何が
起ころうとも。

自分が
どのような
状態で
あろうとも。

やることは
変わらない。

・・・・・・

今ここで
何をするか?


真本音で
決めている。

心が大揺れに
なったとしても、
それは単に
反応本音が
揺れている
だけのこと。

それらを
無視するのでは
なく、

そのまま

にしておくか、
場合によっては

慈しむ

・・・か。

いずれにしても
反応本音も
自由に
しておく。

そして
真本音も
自由にしておく。

つまりは
全部を
自由にしておく。

すると必ず、
真本音に基づいた
行動を
とることになる。

なぜなら、
真本音とは
自分自身の中の
リーダーだから。

・・・・・・

真本音とは
魂の意思
とも言える。

心とは本来、
魂という
リーダーのために
存在している。

魂が自由
であれば、
心達は皆、
結局は
魂のために
動く。

これが
摂理だ。

・・・・・・

だから
自分の置かれた
状況が
どうであろうが、

それによって
どう
心が動こうが、

揺れようが、

関係ない。

いや、
関係ない
ということでは
ないが、

心配すること
はない。

私達の真本音
は、
あらゆる状況を
よく観ている。

そして
最善の一歩を
選び出す。

心の中には
様々な意思が
錯綜するが、

魂の意思、
つまりは
真本音こそ

自分自身の
本当の意思
である。

つづく

両方の現実を

支えられて
いる感覚は、

いつも
ある。

ありがたい
ことだ。

もしこの
感覚が
なかったとしたら、

私は果たして
ここまで
歩いてこれた
だろうか?

きっと
無理だった
だろうな、と
思う。

私は
私の弱さを
知っている。

・・・・・・

いざ、という
時こそ

その感覚は
強くなる。

ヒョロヒョロで
ボロボロで

もう立てない、
という時こそ。

エネルギーが
ほぼほぼ
ゼロの状態で
お客様の前に
立たねば
ならない時。

顕在意識では
思考能力が
失われながらも、

その感覚は、
私に
直観をもたらして
くれた。

私はそれに
委ねることしか
できず。

しかし
気がつけば、
目の前の
お客様の
笑顔。

すがすがしい
表情。

それによって
私も
救われた。

そんなこと
ばかり
だった。

・・・・・・

その感覚を
一言で
表現すれば、

「ファミリー」

となる。

そう。

あたたかな
家族に
支えられている
感じ。

実在レベルの。

だから私は
それを

「実在ファミリー」


いつも
呼んでいる。

・・・・・・

恐らく、
誰もが皆、

実在ファミリーを
持っている。

ただそれを
実感できるのは、

真本音度合いが
ある一定以上に
高まった人
だけ。

真本音度合いが
高まる
ということは、

次元が
高まっていくことに
直結する。

次元が高まれば
実在を
感じ取れるように
なる。

すると必ず
実在ファミリーの
感覚がくる。

そこでようやく
私達は
思い出す。

そうか、私は
一人では
なかったのだな、
と。

そしてその瞬間
から常に
心は
満たされた状態
となる。

・・・・・・

そうなって
初めて
湧き上がる
エネルギーが
ある。

そうなって
初めて
進める道が
ある。

それこそ
一本道。

自分自身が
生まれた時から
決めていた
道。

そして
そこからが
本当の
人生の始まり
となる。

・・・・・・

実在、は
一つの現実
である。

私達の多くは
現象、という
現実しか
見ていない。
感じていない。

つまり、
現実の片面
しか
わかっていない。

だから
混乱する。

現実とは
もともと
両面ある。

実在と
現象と。

その両方と
向き合うことの
できる人を

私は
世の中に
増やしたい。

つづく

自分を信じるべきだ

背中から
肩を
ガッシリと
掴まれる。

それが、
私が
真本音の道に
入る、

最初の
感覚だった。

誰だ、
俺の邪魔を
するのは!

と、
振り返ったら
そこに

私の真本音

いた。

その時の
私には

それは広大な
大海原
に観えた。

それを
観た瞬間に、

俺は今まで何を
遊んでいたの
だろう、


我に返った
のだ。

俺には
すべきことが
あるのに、

・・・と。

・・・・・・

あれを
「目が覚める」
というのなら、

確かに
本当に目が覚めた
のだと思う。

くすんでいた
世界が
急にクリアに
見えるように
なったし。

何よりも、
その時まで
自分の使命だと
思い込んでいた
ものが、

急に
馬鹿らしくなった。

何をそんなに
こだわって
いたのだろう?
と。

・・・・・・

すると、
それまで何となく
ずっと
おかしいと思って
いたことが、

本当に
これは
おかしいのだ!

と、
シンプルに
受け取れるように
なった。

自分が
気持ち悪さを
何となく感じていたり、

どことなく
違和感があったり。

そういった
ことが
実にクリアに
受け取れるように
なった。

で、
とてもシンプルに
なった。

気持ち悪い
ものは
気持ち悪い。

気持ち悪い
ことは
やめよう。

気持ち悪い
ものからは
離れよう。

そして、
私の人生は
調和を始めた。

・・・・・・

自分が
間違っているのでは
ないか?

自分の
感覚がおかしいのでは
ないか?

そう思う
前に、

まずは自分の
感じる通りに
素直になって
みよう。

そして
感じた通りに
動いてみる。

その上で
判断しよう。

まず
信じるべきは
自分。

自分の
感性。

それをしないと、
何も
信じられなくなる
時代だ。

・・・・・・

あの時
観た
大海原は、

もちろん
今も私の中に
ある。

常に
共に在る。

ただ、
それは私の中
では
もはや
小さな存在だ。

あれから
もっと
大きな自分と
私は
出会い続けて
きた。

きっと
みんなも
同じだ。

「自分」は
大きいのだ。

自分が
思っている
よりも。

もっと
自分を
信じるべきだ。

つづく

私のすべきこと

青空に
透けて見える
星。

たった
一つの。

なぜ
見えるのか
よくわからない。

が、
確かに
訴えてくる。

何か
巨大なメッセージ
を。

・・・・・・

可視化、とは
ちょっと違う
次元の光
なのだろう。

こんなに
明るい青空に
静かに
別の光を
漂わせ、

目立ちも
せず、
存在も
誇示せず、

しかし
とてつもなく
力強く、

それは
迫ってくる。

多少、
恐怖も感じ
ながら、

私は
しっかり
対峙してみた。

・・・・・・

すると、
それは星では
なく、

一つの
突破口であることが
わかった。

あそこが
出口だ。

あそこに
向かえばいい。


わかった。

希望の星
とは
出口だった。

・・・・・・

この
閉ざされた世界
に、

一点だけ
出口がある。

それを
探し続けた
人生だったように
思う。
今となっては。

残り、あと
20年。

できれば、
10年以内には
あそこに
辿り着きたい。

出口から
出たいのだ。

そして
本当の勝負は
そこから
先だ。

・・・・・・

そう思った
時に、

ようやく
メッセージが
わかった。

「もう本当は、
出口の一歩前に
いるんだ」

・・・と。

それを
自覚できる人が
どれだけ
増えるか?

それで
結果は
決まってくる。

そうか、
なるほど。

それが私の
すべきことか。

つづく

祈りが戻る

コツコツ

日々、
生活を
続ける。

一つ一つ
自分の
行動に

意志を
込めて。

力む、
ということ
ではない。

自然に
肩の力を
抜いて。

そういった
日常的な
行為の
一つ一つが、

私は
「祈り」
だと思う。

・・・・・・

惰性で
生きる、

惰性で
行動する、

のは
「祈り」とは
真逆だ。

それは
単なる人生の
消耗だ。

それでは
エネルギーは
広がらない。

循環しない。

溜まらない。

エネルギーを
動かすのは
「祈り」
に他ならない。

・・・・・・

そもそも
人の中心は
「祈り」
だ。

人は
本当の意味で
自分に素直に
生きれば
「祈り」
となる。

儀式として
「祈り」
に集中することも
もちろん
大事だが、

本来
「祈り」とは
自分自身だ。

自分の行動

一つ一つだ。

・・・・・・

本当に
人生が苦しかった
とき、

私は
祈り続けた。

とにかく
祈り続けた。

あの時、
何を祈っていた
のだろう?

もう
記憶がない。

ただ、
何かを必死に
祈り続け、

その中で
実感したんだ。

これ、
生まれた時から
ずっと
続けていることだ、
と。

・・・・・・

それぞれの
「祈り」が、

ぞれぞれの
形となる。

それが
人だ。

「祈り」の
3次元化。

それが
人。

でもみんな
そのことを
忘れてしまって
いる。

だから、
思い出せると
強い。

自分の
存在する意味
が、
そこにはある。

意味が
わかれば
人は
強くなれる。

もともと
強いのだから。

・・・・・・

「祈りの和」。

これが
この世の中の
本質だ。

が、
やはりそのことも
みんな
忘れてしまって
いる。

だから私は
一つ一つの
組織において

「祈りの和」

浮上させる。

最初から
そこにあるの
だから、
それは
創造、というよりも
浮上、だ。

それは
その組織の
存在する意味に
ダイレクトに
答えるものだ。

組織が
真に強くなる
唯一の手段。

・・・・・・

「祈りの和」
に戻す。

世の中
を。

社会
を。

それが、
四半世紀前に
独立した私の
初志だ。

もちろん
あの頃はもっと
浅い捉え方
だったけど。

どうすれば、
人は
「祈り」を
思い出せるか?

どうすれば、
組織は
「祈りの和」を
取り戻せるか?

ようやく
その方法が
確立されて
きた。

コツが、
ツボが、
観えてきた。

長く
探究し続ければ
何とかなる
ものだな。

つづく

宿命の想定外

高い波
だが、

きっと
大丈夫
だろう。

これまでの
道のりを
考えれば。

それだけの
ことを
やってきた
のだから。

・・・・・・

準備は
万端。

にも
関わらず、
想定外のことが
起こる。

それが
人生、
それが
現実。

だからと
言って、
準備は
怠らない。

想定外を
経験すれば
するほど、
準備の質も
上がる。

しかしそれでも
想定外は
起こり続ける。

が、
その
想定外の
次元が

変わって
いくんだ。

・・・・・・

人生から
想定外
はなくせない。

これは私達の
宿命。

しかし、
次元の高い
想定外は

体の芯から
ヒリヒリ
するが、

わかるだろ?

確かに
その、
体の芯が
悦びに
打ち震えている
のも。

・・・・・・

この震え
は、

不安や緊張
もあるが、

ただの
パニックとも
言えるが、

しかしそこには
半分以上、

悦びの震え


混じっている。

開放への
想定外。

より
自由への。

それを
本能的にわかって
いるからこそ、

この
震えなんだ。

・・・・・・

ずっと気楽に
進めれば
いいなぁ、と
思うよ。
私だって。

でも
そこで真の
幸福を
感じられるようには、
人間は
できていないんだ。

平穏に
埋没すれば
冒険
したくなる。

それが
私達。

想定内の
日々は、
自分を腐らせる
ことを

一番よく
わかっているのが
私達自身だ。

・・・・・・

幸福な
出会いは、

想定外の
始まりでも
ある。

だから、

出会いを
恐れるな。

いや、
恐れても
いいけど、

堂々と
毅然と
進めばいい。

想定外を
恐れるな。

いや、
恐れても
いいけど、

悠然と
進もう。

つづく

もう決めた

打ち
抜かれた。

垂直の

のような
ものに。

消散
した。

私自身
が。

後には

そのもののみ
残った。

・・・・・・

軸として
生きるには、

人間は、
あまりに
余分なものを
持ちすぎている。

だから本当は
人間
じゃない方が
やりやすい。

が、
この世界は
人間が
動かしている
からなぁ。

・・・・・・

99%は
余分
ではないか?

99%は
なくても
いいよ。

いや、
ない方が
いいよ。

ついつい
そう思って
しまうが、

本当に
その通りに
したらもう、

その時点で
人間では
なくなってるからなぁ。

・・・・・・

昔々から
果てしなく
繰り返されている
歴史の循環。

何度も
何度も、

同じ
余分なものを
同じ
パターンで
同じように
生み出し、

同じように
崩壊する。

壊れれば、
もっとスッキリ
したものを
生み出せば
いいのに。

前と全く
同じく
99%は
余分なものを
再構築する。

それが人間
なのだから、
しょうがないか。

でも、
人間は
人間を超えて
行かねば
ならないのでは
ないか?

・・・・・・

生易しい
ことではない。

これまでの
人間としての
循環を
断ち切るのは。

わかっている、
よく。
痛いほど。

しかし
誰かが
断ち切らねば。

人間を捨てる
ということでは
なく、

人間のまま
断ち切る。

そして
次のステージに
上がる。

その覚悟を
持つしかない。

・・・・・・

人間が
人間である
ことを

嫌悪し始めて
いる。

それが
今の時代。

どう見ても、
喜んで
崩壊の方向へ
向かおうと
している。

自然の摂理

反発して。

自暴自棄
という言葉が
最も
ピッタリくる。

しかし、

自暴自棄では
何も
変わらない。

余分なものを
増長させる
だけだ。

そういった
覚悟では
ない。

生きる
覚悟だ。

我々に
必要なのは。

本当に
生き延びようと
する覚悟。

・・・・・・

昔の人達も
よく
観えていた
はずだ。

しかし、
叶わなかった。

その
諦めの念も

この世界には
溜まり、
積み重なり
すぎている。

・・・・・・

こういう時は

一気に
行くしかない。

たった
一点の
突破口を
見つけ出し。

突破口。

特異点。

それを
私はやる。

そう
決めた。

もう
決めた。

最初から
決めて
ここまで
きたが、

少々
迷い続けて
いた
顕在意識の
この私すら、

もう本当に
決めて
しまったよ。

つづく

誰か、いないだろうか?

空虚な風
が吹く。

こんな風
では
なかったはずだ。

もっと
豊かだった
はずだ。

なのに今は
こんなに
空虚。

勢いだけは
強いまま。

・・・・・・

勢いに
ごまかされるな。

勢いだけで
進める時代は
もう
ずっと過去の
ものだ。

今は
着実に。

この
一歩に
魂を込めて。

でなければ
何も
響かない。

響かなければ
広がらない。

空虚な風を
吹かせている
場合ではない。

もっとやることが
あるだろう。

本当は。

・・・・・・

昔ならではの
やり方が
いけないわけ
ではない。

そこには
確かに
本質があった。

が、
今のやり方は
格好だけ
昔のままで、

肝心な部分を
省略して
いないか?

効率化
の名のもとに。

特に
人と人が
向き合うべき
瞬間がある。

そこを
せず、

肝心な時
ほど
せず、

効率的に
スムーズに
進ませようと
する。

そういうのを
小賢しい

言うんだよ。

そう。

小賢しさこそ、
この
空虚の正体
だ。

・・・・・・

そんな状況の
中で
腐ってしまっている
人がいる。

今のこの風を
気持ち悪い

素直に感じ取っている
人達だ。

そういう人達
ほど
腐って、もう
何もしなくなって
いる。

意気消沈
しながら、
希望を失い
ながら。

・・・・・・

本当は、

そういう人達も
自力で
立ち上がる
必要がある。

腐っている
場合じゃないぞ!

叱咤激励
したくなる。

が、

人の心は
それほど強い
ものではない。

あまりの
意気消沈は

再び立ち上がる
気力を根こそぎ
奪ってしまう。

だから、
最低限だけど
手を差し伸べる
必要がある。

空虚な風が
完全に
ここを支配する
前に。

・・・・・・

本当は
尖っている
人達。

本当は
とても強い
願いとこだわりを
持ち、

とことん
自分の力を
燃焼させたい
人達。

その人達
こそ
希望なのだが、

今は
希望が
そこかしこで

腐っている。

手を差し伸べる
ことが、
まず私が
すべき役割だが、

手が足りない
のです。

手が、

足りない。

仲間は
いる。

増えて
きた。

でも、
手が足りない。

これから先
もっと
手が足りなく
なる。

誰か、

こういうことを
生涯の使命
として
生きようとする人は

いないだろうか?

つづく

16年間の探究

どれだけ
エネルギーが
枯渇しても、

わずかな
エネルギーを
やりくりして、

すべきことを
すべて
やり切る。

そういった
力を
ずっと高め
続けてきたように
思う。

この16年。

・・・・・・

人っていうのは、
簡単に
死んじゃうんだな、

わかった。

病気になる
とか
怪我をする
のは
まだわかりやすい
ので良い。

いや、
良くはないが、
体が警告する
という意味では
対応は
しやすい。

しかし、
体に出るだけの
余裕がない
ケースがある。

生命エネルギーが
一気に
なくなってしまう
場合だ。

人は、
生命エネルギーが
枯渇すると、
その瞬間に
死ぬ。

体が
生命活動できなく
なるからだ。

それは
本当に一瞬で
くる。

その恐怖を、
私は
数知れず
味わった。

私の仕事は
自分の
生命エネルギーを
ダイレクトに
照射するもの
なので、

コントロールを
間違えれば
一気に
ヤバくなる。

・・・・・・

本来、
エネルギーとは
循環するものだ。

人から人へ
一方通行で
流れるものでは
ない。

ところが
その一方通行が
今の世の中では
蔓延っている。

だから
それにやられて
しまう人が
多い。

病気になる人の
多くは、
エネルギーの
奪われ過ぎ、
という
根本原因だ。

・・・・・・

自分が
もうそろそろ
ヤバい、

ということは
ある時から
よくわかるように
なった。

心が軋む
のではなく、

魂が軋む

という感覚が
わかるように
なった。

そうなると
本当は
休息を取るしか
ないのだが、

そうも
言ってられない
のが
私の日々だ。

いかに
少ないエネルギーを
有効利用するか?

それが私の
仕事の、
そして人生の
テーマだった。

この16年。

・・・・・・

少ないエネルギー

やりくりする力
とは、

正確に言えば、

ほんのわずかな
エネルギーを
もとに
循環を生み出し、
徐々に大きくする力

ということに
なる。

結局、
一人では
どうしようも
ないのだ。

人との
向き合いの中で
エネルギー循環を
起こし、

その循環を
高めながら、

双方互いに
エネルギーを
広げていく。

そういう体験

積めば積むほど、

あぁこれが
人間なんだなぁ、


実感する。

人は
一人では結局は
どうしようもない。

人との関わり
の中で

何とか
やっていく

存在なのだ。

自分の魂と心
と体
では、
対処できないこと
ばかりだ。

その現実に
立ち向かうには、

人と人の
紡ぎ合い

しかない。

・・・・・・

生命エネルギー
レベルの
こういった体験が
続くと、

人と人が
助け合う

とは
どういうこと
だろうか?
と 
嫌が上でも
考えることになる。

表面上は
助け合っている
ように見えて、

実は
エネルギーを
奪い合っている
ケースも多い。

生命エネルギー
の循環を
向上させる
人と人の関わり方。

このテーマも
もう
16年間
探究し続けている。

つづく

勇気と自由

勇気と自由

親子のような
ものだ。

そして、
勇気の根本
には、

遊気

がある。

そして、
本当の勇気を
出そうと
する
その一瞬、

本当に
その瞬間、

私達は
えも言われぬ
感覚を
得る。

すべてから
解放・開放
された感覚、

つまりは
自由、だ。

・・・・・・

結局、
自由とは

感覚
なのかも
しれない。

少なくとも
状況では
ない。

どれだけ
自由に見える
状況でも、

自由の感覚
がなければ、
本人にとって
それは
自由では
ないのだ。

・・・・・・

勇気とは
開き直り。

良い意味
での
諦め。

諦める
とは
何か執着していた
ものを
手放すこと。

その瞬間、
余分なものは
なくなり、

私達は
自分自身のみ

なる。

それが、
自由。

・・・・・・

自由だから
出る
勇気は
あるが、

それは
本人にとっては
もはや
勇気では
ない。

側から見れば、
すごい勇気だね!
とは
なるが。

・・・・・・

人生を
ゲーム感覚で
捉える人が
いる。

良し悪しは
あるが、

それはそれで
いいな、
とは思う。

私自身も、
本当に
勇気が必要な
とき、

ふと
客観的に
自分を見つめ、

さぁ私は
ここから
どうなるでしょうか?

と、
ゲーム感覚で
楽しんでいることが
ある。

・・・・・・

勇気を出せ!

と言って
出るものなら
そんなに楽な
ことはない。

が、

あえて
伝えなければ
ならない。

勇気を出せ!

今は
それが必要
だ。

でないと、
自由は
一生
わからない。

つづく

進化と自由

進化
しているのか?

それとも
同じ場所に
居続けているのか?

自分自身では
よくわからない
ことが多い。

だからどうしても
他者からの
フィードバックが
必要だ。

最高なのは、
お互いに
進化し続けられる
仲間からの。

よく私は
「相性」という言葉を
使うが、

本来の相性とは、
「共に進化
しやすい人」
であり、
「進化スピードが
同じ人」
とも言える。

・・・・・・

進化とは、
イコール、

より自由に
なること

だとも
言える。

そして
自由とは、

環境には
よらないものだ。

どんな環境に
いても、
自由な人は
自由だ。

・・・・・・

そして、
進化・自由
とは、

一本道を
進むこと。

自らが
真本音で
決めている道を

決めた通りの
スピードで
進むこと。

これができて
いる時は、

誰よりも
本人が

私は自由だ!


感じる。

・・・・・・

環境や
他者からの影響
のせいで、

不自由さを
感じている人。

その人は
まずは
自分の生き方
生き様

再度、見直すと
いい。

ここから
見つめないと
いつまで経っても、

どのような
環境に移っても

自由は
手に入らない。

真本音の
一本道は、

今ここ


あるのだから。

つづく

壊す力

これまでの
自分では
埒が開かない。

だから
自分を壊す
しかない。

だから、
壊した。

壊れた。

すると
新たな自分が
生まれた。

あぁなるほど、
これが
人間か。

・・・・・・

人間は
壊れるように
できている。

そして、

壊れた後は、
新たな自分
が目覚める。

そしてまた
それを壊す
時が来る。

そうしたら
壊す。

また
生まれる。

その
繰り返し。

これが
成長の
プロセス。
進化の
プロセス。

人間に
とっての。

・・・・・・

しかし
このプロセスを
人生で
一度も通らない
人が多い。

これが
今の世の中の
最大の問題だ。

特に、

初めて自分を
壊す時は
怖い。

その怖さに
耐えられず、
逃げてしまう
人が多い。

圧倒的に
多い。

・・・・・・

このプロセスを
通る人も、

本当に自分が
痛い目に遭い、

もう完全に
逃げ場がなくなる、

という体験で
初めて
通るわけなので、

どちらかと
言えば、
仕方なく
そうなった、
という感じだ。

私自身も
そうだったし。

しかし
これからは
そんなことはもう
言ってはおれない。

正しい指導者や
伴走者の
フォローのもとで、

痛い目に
遭わなくても、

自分の意志で
しっかりと
自分と向き合い、

自らを壊し、

自ら
新たな自分を
創出させる。

それは
本来の自分に
近づく
ということだが、

それらを
よりスムーズに
進める必要が
ある。

でなければ
ここからの
時代は
渡っていけない。

・・・・・・

自らを
壊す力。

「壊す」
とは
「滅する」
のとは
根本的に
違う。

この区別
すら
ついていない
世の中。

何とか
せねば。

壊し方。

壊す力。

それを
養わなければ、
この世は
持続しない。

つづく

決断の時

とてつもなく
高いところから
見降ろしている
感覚だ。

しかし
イメージで
言えば、

雲しか
観えない。

果てしなく
つづく
雲海しか。

あとは
宇宙へと続く
青空のみ。

こんなところに
一人で
いて、

何を
どうしようと
言うのだ?

・・・・・・

全体を俯瞰する
視点、
と言っても、

全体が
観えなければ
意味がない。

ちょっと
高く昇り過ぎ
だと思う。

高過ぎて
何も
観えない。

・・・・・・

ここは、
とても強い風が
吹いている
はずだし、

実際
そのように体は
感じ取っている
のだが、

まるで
その影響を
受けない。

無風状態の
ように
一点に私は
留まり、

ただただ
全体を
見渡している。

観えるものは
雲海と青空
だけなのに。

・・・・・・

きっと
今の私には
わからぬ意味が
あるのだろう。

そう思いながら
身を
委ねている。

だが、
時間のみが
刻々と
過ぎていく。

もう、
決断の時は
迫っている。

何が
どうあろうと、

答えを
出さねば
ならない。

私が、
答えを。

・・・・・・

私は
常に
決断者だった。

私の後に
私の決断を
フォローしてくれる
人は
いない。

私の決断で
すべてが
決まる。

決まって
しまう。

その
あまりの重さ
にも
いつの間にか
慣れてしまったが。

・・・・・・

さぁ、
答えを。

決断の
時だ。

でも
答えが
わからない。

・・・・・・

わからない
まま、

私は
スーッと
下降を始めた。

雲の中を
くぐり、

すると
下界が観えた。

しかし
それでも
答えは
わからない。

下界は
これまでと
全く同じ
現実の世界だ。

あそこに
降りれば
また同じ
時間の流れに
入ることに
なる。

はっきり
言えば、
それは
苦痛だ。

苦痛以外の
何ものでも
ない。

が、
今はそこで
生きると
決めて、

ここまで
来たのだから。

・・・・・・

目を
開ける。

皆が
私の答えを
待っている。

あぁ
そうか。

そういう
ことか。

やっと
この瞬間に
わかった。

私は
皆を見つめ
ながら
答えた。

「わからないよ」

皆が
どよめいた。

・・・・・・

なぜ今まで
これが
できなかった
のだろう。

わからない。

私では
わからない。

ここから
すべてが
始まるのに。

つづく

どうすればいい?

大混乱が
目の前にあるのに、

自分は
ほんのわずか
外れているために、

私には
関係ない、


現実を直視
しない人が
あまりにも多いのは

とても
懸念するところだ。

本当に
痛い目に遭わない

同じ場所から
動こうとしない
人達。

こういう人、
多過ぎないか。

・・・・・・

平穏な
ふり。

順調な
ふり。

昔を
振り返れば、
確かに私自身も
そんなの
ばかりだった。

しかし
真本音度合いが
高まると、

そういった
生き方が
とても気持ち悪く
なった。

見ないふり

できない。

ついつい
直視してしまう。

で、一人
不安になるの
だが、

周りの人達の
あまりの
楽観ぶりに

俺が
おかしいのかな?


なってしまう
ことも多かった。

・・・・・・

今、
若い人達は

こういった
気持ち悪さに
敏感だ。

だから、
気持ち悪い
世の中だ、

捉えている。

で、
怖くなって
自分を出せなく
なっている。

実際に
引きこもって
しまう人もいるし、

そうならなく
ても
精神的には
引きこもりと同じ
状態の人は
多い。

気持ち悪い
ことを
気持ち悪い
と感じ取れる
健康さ。

それが
これからの世の中の
唯一の救い
だと言うのに。

・・・・・・

大人達が
しっかりせねば
ならない。

そう思い、
私はずっと
大人達に
向かってきた。

が、
もちろん
変わらない人は
頑として
変わらない。

これではもう
間に合わないのでは
ないか、
と思うようになった。

子ども達、
若い人達に
もっと
アプローチせねば
ならないのでは、
と。

・・・・・・

自ら
変わろう!
とする
人は多い。

が、
変わり方が
わからない。

何をどう
変えれば
よいのか?が。

誰も
教えてくれない。

大人が
教えられない。

この状態を
打開する
何かきっかけが
必要ではないか。

私に
できることは
ないか?

そんなこと
ばかりを
考えるように
なった。

つづく

遅いんだよなぁ

ゆっくり
目を覚ます
のが、

みんな
好きなんだな。

私なんか、
一気に
パシッと
目を覚ましたい

いつも
思ってるんだけど。

うつろなまま
ぼんやりと
まどろんでいる
時間が、

みんな
好きなんだな。

私も
好きだけど、

でもやっぱり
時間が
もったいない。

・・・・・・

ゆっくり
マイペースで
みんな
走りたいのだな。

その方が
ゆとりを持てる
から、
なのかな。

その気持ちも
私は
わかるが、

でもやっぱり
どうせなら、

最大速で
進みたい。

できれば、

最大速を
どんどん
更新するような、

走り方を
し続けたい。

で、
バタッと
命が尽きたら、

それで人生は
終わり。

そんなのが
いいなぁ。

もし、
余生という
ものがあったら、

きっと毎日
電車に
乗りまくっている
だろう。

でもきっと
それでは長く
持たないな。

やっぱり
余生は
いいや。

全力で
走れなくなったら
人生終わり。

それくらいが
ちょうどいい。

・・・・・・

急ぎ過ぎでは
ないか?

問われることが
ある。

いやぁ、
全然。

これでもだいぶ
セーブ
している。

セーブしないと
壊しちゃうから。

いろいろな
ものを。

壊さなくても
良い世の中に
早くしたいと
思っている。

ずっとそう思って
ここまで
来た。

・・・・・・

そういうことで
言えば、

随分と
速いスピードは
出せるように
なった。

特にこの
10年で。

いや、
この2年くらい
で。

でもね、
それでもまだ
まだ
ストレス
溜まり続け
なのよ。

遅過ぎてね。

あらゆる
ことが。

パッと目覚め、
パッと走る。

そんな風に
早くしたい
ものだ。

つづく

本当はたった一言で

何気なく
出た
その一言が

決定的な
一打と
なった。

結局、
人の「きっかけ」
となるのは、

たったの
一言
かも知れない。

・・・・・・

その一言は
その人の
ものだ。
最初から。

ただ、
受け取った
ものを
反射した
だけ。

だから私は
鏡に
過ぎない。

本当は
自分を「無」に
しなければ

鏡には
なれないの
だが、

残念ながら
人間には
それはできない。

だから私は
私を
ちょっと横に
置いておく。

そして
私の意見には
一切、
耳を貸さない。

・・・・・・

その後、
おまけのような
言葉達が

私の口から
立て続ける
溢れることが
ある。

一見すると、
きちんとした
説明を
しているようだが、

実は
どうでもいい
ことなのだ。

基本、
説明など
いらないし。

だって、
もともと
その人自身の
言葉なのだから。

でも、

その一言の
言葉が
きちんとその人に
沁み渡っていく
必要はあって、

それを
待つ間の
時間稼ぎ。

それが、
一見、説明に
見える
どうでもいい
言葉たち。

・・・・・・

本当は、

あらゆる
コーチングセッション
を、
私は
たったの一言で
終わらせたい。

たった
一言で良いので
5分と
かからない。

本当は、

5分コーチング

できるだけ
たくさんの人達に
させていただきたい
のだ。

が、

それでは
ちゃんとその人の
顕在意識が
納得して
くれないのでね。

しょうがない
ので、
最低30分は
時間をとっている。

・・・・・・

人は、
イベントや
儀式を
重んじる。

イベントや
儀式を
きっちり
やらないと、

やった

という実感が
湧かない。

その気持ちは
私も
よくわかる。

だから
イベント、儀式
としての
コーチング。

時間の
95%〜99%
くらいは。

本当は、
5分、

いや、
30秒、

いや、
10秒で
良いかもしれない。

イベントは
私は
結構好きなの
だが、

でもやっぱり
もう、
イベント抜きで
コーチングを
しまくってみたいな、

思い始めている
今日この頃。

つづく

自己不理解のまま

重い鎖で
全身を
グルグル巻きに
して、

自分の身動きを
自ら
封じておいて、

わずかに動く
足首だけを
頼りに、
歩いている。

その状態で、

私は全力を
出せないのだ


嘆いている。

そりゃ
そうだろう。

それだけ
自分を
縛っていれば。

全力どころか、
100分の1も
力は出ていない
のではないか。

・・・・・・

自分を縛る
鎖も含めて

「自分である」


思い込む。

自分には
もともと鎖があり、

鎖に
縛られているのが
自分であり、

鎖のこの重みも
自分である。

足首の動き
だけでしか
歩けないのが
自分である。

手足を自由に
動かせないのが
自分である。

この不自由さ

自分である。

そんな自分を
どう活かすか?

・・・と。

・・・・・・

もう
いい加減に
やめにしないか。

その鎖は
自分では
ない。

鎖は
鎖だ。

それを
取り払って
初めて

自分
は現れる。

・・・・・・

本当の自分

知った時、

多くの人は
驚愕する。

全然
知らなかった。
これが
自分
だなんて。

知らないこと
の方が
多い。

どれだけ
自己理解を
重ねたとしても。

99%以上は
知らない
自分だ。

それが
人間。

そのように
できている。

・・・・・・

自己不理解
という
状態で
生きる。

それが
私達。

宿命。

だから
理解しきる
ことは
不可能だ。

そこは
諦めて。

だからこそ
死ぬその
瞬間まで

自己理解

深められる。

どれだけ
自分を知れたか?

人生の価値は
変わってくる。

・・・・・・

自分を
理解する
最も
有効な方法。

それは

「現実に
立ち向かう」

ことだ。

それも
可能な限り

「未知の領域
に立ち向かう」

ことだ。

セルフコーチング
を推奨していて
こんなことを言う
のもなんだが、

内面ばかり
みていても
何の意味もない。

セルフコーチング
とは、
現実に立ち向かう
ためのもの。

現実に立ち向かい
ながら
より
自己理解を深める
ために
行なうもの。

・・・・・・

自己理解の
ために
現実に
立ち向かい、

現実に
立ち向かう
ために
自己理解を
深める。

その
繰り返し。

ここにこそ
人生の
意味がある。

鎖は
自分では
ない。

つづく

背負うか背負わぬか

重みが
心地良い。

これくらい
重さが
あった方が。

歩いている
甲斐が
ある。

軽やかすぎる
のも
つまらない。

・・・・・・

背負っている
人と
背負わない
人。

どちらも
それぞれ
長短がある。

どちらが
良い悪い
ではないが、

すぐに
背負ってしまう
人を
私はずっと
サポートしてきた
のかもしれない。

・・・・・・

重みを
背負うには
覚悟が必要だ。

逆に、

重みを
降ろしたり
手放すことも、
時には
覚悟が必要と
なる。

どちらも
厳しい。

人生の
大いなる悩みに
入る人は
多い。

・・・・・・

これまで、

すぐに
背負ってきた
人は、

ここからは、

あえて
何も背負わずに
進んでみると
いい。

軽やかすぎて
気持ちが
悪いかい?

気持ちは
よくわかる。

でも
そうしないと
周りが
育たないのだよ。

周りが
育たないと、

あなたの
願いは
成就しない。

だから
私は
あなたの手を
グッと引く。

それ以上、
手を出すな、
と。

それ以上、
あなたが
背負うな、
と。

・・・・・・

本当は、

人が傷ついたり、
苦しんだり
するのが
辛いのだろう。

あなたは
人の痛みを
自分の痛みとして
受け取る。

ずっと
そうだった
ろう。

それは
あなたの魅力
だが、

本当は、

軽やかさ
こそ
あなたの真の
魅力だ。

・・・・・・

どうしても、
無理に
進まねばならない
時がある。

今が
そうだ。

こんな時、
あなたは必ず
先頭に立った。

矢面に立つ
のは
自分であるべき
と。

それが
皆を守ることに
なったのだが、

ここからは、
皆が
あなたを
守る番だ。

そういう
ことなんだ。

でなければ、
あなたの
後継者は
いつまで経っても
生まれない。

・・・・・・

道は
続いている。

きっと
あなたが
この世から
姿を消したと
しても。

この道が
続いている以上、

誰かが
今のあなたの
役割を
担う必要がある。

もう
いるんだよ。

あなたの
後継者が。

でも、
まだ芽が
出ないんだ。

あなたが
背負ってしまう
から。

その重みは

あなたの
ものでは
ないんだ。

つづく

それは虚無だ

万華鏡の
ように

あまりに
キラキラ
いろんなものが
輝くから、

逆に
見えづらい。

キラキラ

騙されては
ならない。

本質を
見極めなければ。

・・・・・・

キラキラの
一つ一つに
意識を凝らせば、

一つ一つは
確かに
笑顔なので
あるが、

妙に
軽薄だ。

何となく
気持ち悪い。

こういう場合、
その
違和感に近い
感覚こそが、

大事な
指針となる。

・・・・・・

かといって、
不審の眼差し
は御法度だ。

ただ
普通に
向き合えば
いい。

ただ
いつもより
もう一歩だけ
奥を
感じようとする。

すると、

ありありと
わかって
きた。

その笑顔の
奥にある
「虚無感」
を。

・・・・・・

虚無感。

根本的な
虚しさ。

それは
積極的に
何かを攻撃
したりはしない。

だからこそ
見逃しがち
だが、

それこそが
本当の
恐ろしさだ。

虚無とは
何もない
こと。

そこには
土台も
安定も
ない。

ただ
足をとられ、
ズブズブと
落ちていく

底なし沼
だ。

・・・・・・

虚無を
ごまかすための
笑顔たち。

皆が
そう意図して
やっているわけ
ではない。

皆、
その笑顔は
本物の笑顔だと
思っている。

だから逆に
怖い。

自覚なき
虚無。

こいつが
一番
厄介なんだ。

・・・・・・

今の世の中、

これが
そこかしこに
点在する。

ふと
気がつけば
そいつに
足を
とられている。

突然
現れる底なし沼
に、

人は
為す術も
なく。

・・・・・・

組織に
こいつを
見つけたら、

私は基本、

私自身が
そいつと
対峙する。

誰にも
言わず。

なぜなら、
もし皆が
虚無を自覚
し始めれば、

虚無は一気に
広がるから。

そうなると
組織全体が
底なし沼に
なってしまう。

もう
立ち直れなく
なる。

だから、
虚無がまだ
小さいうちに
私は
対峙する。

以前は、

これこそが
私の最大の
使命だと
思っていた。

・・・・・・

20年ほど
前、

私がこれを
やり始めた
最初の頃、

私は
大きな虚無を
受けてしまい、

自殺を
したくなった。

生きている
ことに
何の意味も
見出せなく
なった。

ふと
我に返り、

あぁ
虚無の仕業か、

自覚できたので
助かった。

その経験
から、
虚無の恐ろしさは
身をもって
わかっている。

だから、
馬鹿にしては
ならない。
どれだけ
小さな
虚無であろうと。

どれだけ
多くの
笑顔が
あろうと。

・・・・・・

虚無との
闘い。


書いてしまえば
そうなるが、

本当は
闘いではない。

闘えば必ず
こちらが
引き込まれる。

愛する、

正しい。

虚無を
愛する。

これが
長年の私の
課題だった。

それは
どういうことか?

今は
それなりに
わかっては
きている。

それは、
人間を愛する
のと
同義だ。

人間は、
虚無と共に
歴史を
創ってきたんだ。

つづく

今日も風に舞う

私の
自己イメージは

枯れかかって
いる
一枚の葉っぱ
だ。

風に
吹かれて、
カサカサと
飛んでいく。

私自身には
何の
力もない。

私にある
のは、
願いや
祈りだけ。

ただ
そのおかげで
葉っぱは
必要なところへ
のみ

飛ばされて
いく。

・・・・・・

この歳に
なって、

多分これが
私の
良いところ
なんだろうな、

思えるところが
みえてきた。

それは、
自分の力の
なさを
受け入れている
ところ。

そして、
開き直って
いるところ。

私にある
のは、
願いや祈りの
強さのみ
なので、

人の
願いや祈りを
そのまま
反射する。

願いや祈り

鏡のような
ものだ。

それ以上でも
それ以下でも
ないので、

それが
ようやく
わかったので、

鏡であることに
徹している。

完全に。

それが
できるように
なったら、

よく
いろんなところ

飛ばされるように
なった。

・・・・・・

みんな
すごいな。

みんな
力があるな。


本当に
思う。

その力を
活かすと
いろんなことが
できそうだ。

私から
すれば

とても
羨ましいのだが、

この
羨んでいる
自分も
そのまま
受け取れるように
なった。

だから
本当に自分の
すべきこと
のみが
明確にわかる
ようになれた。

葉っぱは
どこまで
いっても
葉っぱだ。

でも
究極の葉っぱ

目指したい。

もっと
軽く、
もっと
弱くなってやる。

もっと
簡単に
飛ばされる
ように。

もっと
あるがままに
舞える
ように。

つづく

真剣さを突きつける

99%できている
のに、

最後の
たったの一点が
疎かなために、

すべてが
意味を
成さなくなる。

結局は
何もやっていない
のと
同じになる。

いや、
むしろ
何もやらない方が
よかった、
ということに
なる。

そういうこと
は多い。

特に
組織においては、
ほぼほぼ
根本原因は
これによって
いろんな混乱が
起こる。

確執が
起こる。

・・・・・・

やっても
無駄じゃないか。

という
感想を言う
幹部さんが
いる。

幹部会議に
おいて、
社長に
文句を言う。

いやいや
いや、

やりきって
ないから
ですよ。
上手くいかない
のは。

あなたが
肝心なところで
手を抜く
からです。

極端に
言えば、

どうでもいい
ことに
力を入れ、

ここだけは!
というところを
適当に
流す。

時には
逃げ腰に
なる。

その結果が
今、
なんですよ。

・・・・・・

そのように
お伝えすれば、
必ず
その幹部さんの
目は泳ぐ。

そして、
その反動の
ような
強い反発が
くる。

その反応
そのものが、

図星である
ことを
示している。

これは、
経営がどうこう
いうよりも
前の

生き方の
問題です。
あなた
自身の。

と、
あえて私は
追い討ちを
かける。

キツいな、
これは。

こういう
キツさは
以前はほとんど
出さなかった。

こんな
ダイレクト
には。

でも今は
もう
時間がない。

ここで
完了させねば
ならぬことが

あまりに
多いのだ。

・・・・・・

出すべき
結論は
どんどん
出していく。

そして、

今はまだ
出すべきでは
ない結論は、

そのまま
大事な問い
として
胸に抱き続ける。

その区別が
必要だ。

その区別を
明確にする。

でないと
何も
進まない。

曖昧さは、
今のこの時代
では
命取りだ。

・・・・・・

以前は、
竹刀で打ち合えば
良かった。

でも今は、
本物の日本刀、
つまりは
真剣を
お互いに抜いて
立ち合っている。

そんな場面が
増えた。

正直言えば、
その方が
私は
何倍も
やりやすい。

・・・・・・

真剣に
向き合うことを
多くの人は
恐れるが、

本当は、
開き直って
真剣に
向き合えば、

その瞬間から
楽になる。

人は、
潔く生きる
方が、

楽なんだ。

だから
早く
楽になろうぜ。

つづく

体が動かない

去っていく
あの人の
背中を

目だけで
追った。

そっちは
望む道じゃ
ないのに。

でも
しょうがない。

あれが
本人の
意志だ。

私が
連れ戻す
わけには
いかない。

また
涙。

しばらく
この悲しみは
止まらない
だろう。

・・・・・・

人を
尊重する
とは?

今でも
ずっと
悩み続けて
いる。

この仕事を
して
30年。

ずっと
悩み続けて
いる。

本当なら、
強引にでも
腕を
引っ張り
引き戻したい。

が、
できないんだ。

どうしても。

力が
入らないんだ。

私の体は
きっと
私よりもずっと

尊重の
意味を
知っている。

だから
力が
入らないんだ。

・・・・・・

体が
絶対に
動いてくれない
時がある。

きっと
私の
思う通りに
もし動いたら、

私は
後悔のあまり
死んでしまう
だろうから。

それを
私の体は
私以上に
よく知っている。

よくぞ
こんな私を
制御し続けて
くれるものだ。

疲れる
だろうよ。

・・・・・・

今年の
年始くらいから、

私の体は
私に
厳しくなった。

気がする。

私を無視
して
勝手に動く
ことが
増えた。

そして
動かない時は
頑として
動かない。

でも、
そうなって
私はより
体を
信頼するように
なった。

体は
自己主張を
始めた。

しかしそれは
私の
ためだ。

私のことを
本当に
尊重している
ためだ。

・・・・・・

自分の体
との
信頼関係。

これを
構築するのも、

私達の
人生の目的の
一つなんだな、

と、
この歳になって
ようやく
理解した。

私は
私の体が
愛おしい。

58歳に
なって
初めてそう
思えるように
なった。

・・・・・・

すると、

ここからが
やっと
本当の人生だ、

という
想いも湧いて
きた。

この体で
この世に
生まれ、

初めて
本当の意味で

体との
コラボが
始まる。

お互いが
お互いの
ために
生きる。

これが
人を尊重する
ということの
基本なのかな、

とも
思うんだ。

つづく

帰った場所で

普通、
でいいのだ。

奇抜なことを
やる必要は
ない。
最初から。

普通、
でよかった
のだ。

あんなに
悩むことは
なかった。

あんなに
力むことは
なかった。

・・・・・・

自由に
振る舞う。

自分を
そのまま
出す。

自然体で
いる。

この世の中
では
そのような
生き方は
本当に難しい。

だから
見えなく
なっていた。

正しい、と
思っている
方向に
向かっていた
のに。

道を
歩いている
ようで、

道を
自分で描き、
イメージし、

そのイメージを
辿っていた
だけだった。

イメージ
なので
それはすぐに
消えそうに
なる。

消えない
ように、
消えない
ように、

自分を
保ち、
努力した。

消えない
ように、
消えません
ように。

必死の
日々。

・・・・・・

それらの
日々が
無駄だった
わけでは
ない。

むしろ
その日々を
経たからこそ
わかることは
多い。

必須の
もの。

でも、

そこでは
ない。

それは
あくまでも
プロセス。

途中
段階。

いずれ
脱け出る
場所。

・・・・・・

船が
ゆっくりと
傾いていく。

このまま
では
転覆して
しまう。

ギリギリに
バランスを
保つ。

それが
生きることだと
信じて。

そうしている
自分の
全身の力を、

私は
抜き去った。

その私は
茫然とし、
口あんぐり。

そのまま
船は転覆し、

沈没した。

・・・・・・

すると
海そのものが
消えた。

最初から
そこには
何もなかった。

あったのは
力む
私。

必死の
私。

意味は
あった。

しかし
今はもう。

・・・・・・

もとの場所

帰った。

何も
「いない」
場所に。

そこに
たった一人。

私は
「いる」
ようだ。

ただ、

ここからが
違った。

私の隣
には、
家族が、
仲間が、
これまで
出会った人達が、

確かに
いる。

だから
私は
自分がここに

「いる」


今なら
わかる。

わかるように
なったんだ。

つづく

竜巻との闘い

あの竜巻は
もう
過去のもの
となった。

しかし、
今の私の
中には

確かに
残っている
のだ。

だから
苦しくなる。

思い出す
だけで
体の体温が
上がる。

・・・・・・

この状態から
脱け出るには
あと
どれくらいの
時間が
必要だろう?

何をすれば
良いのだろう?

さっぱり
わからない。

でも
ここを
脱け出さないと
次がないことは
わかる。

・・・・・・

天上から
垂直に
光が
落ちてくる。

光の
一本の線と
なり、

私の脳天を
貫いた。

それは
そのまま
私の
中心軸と
なった。

中心軸は
強く
輝いているが、

それは
今の私には
ちょっと
強過ぎる。

だから
キツい。

・・・・・・

大地からも
きた。

何か
言いようのない
エネルギーの
束のような
塊が、

下から
私を襲う。

私はその
巨大な
エネルギーに
呑み込まれ、

アップアップ
する。

わかって
いる。

すべて
必要なことだ。

だから、
とにかく
必死に
力を抜く。

委ねる。

・・・・・・

想像せぬ
斜め方向からも
きた。

その強い
エネルギーの
圧によって

ついに私は
倒れた。

そしてもう
起き上がれない。

そのうちに
体の感覚が
なくなった。

その時点で
ようやく
理解した。

立っていよう、

し続けた
こと。

それ自体に
意味が
なかったのだ、
と。

私はもう
立っていなくても
よかったのだ。

もっと全身
全霊で

委ねれば
良かったのだ。

・・・・・・

ふと観ると、

あの竜巻が
私の
目の前に
あった。

それは
過去のものの
はずだが、

でも
確かに
ここにある。

私は
合点した。

竜巻を
私が浄化する、

という
かつての私の
選択を
もうやめよう。

私はただ、
その
竜巻に
委ねた。

何の抵抗も
なく。

そして
竜巻は
完全に
消えた。

つづく

私の人生

遠くの方に
橋が見える。

あそこまで
行けば、
なんとか
対岸に
渡れそうだ。

しかし、
遠いなぁ。

霞んで
いるなぁ。

・・・・・・

あの橋のみを
頼りに
進んでいって
良いものか?

あの橋に
辿り着ける
保証はない。

それよりも
そういった
すがるものなしに

ここを渡る
術を
見出すべきか?

わからない。

たった一つの
可能性に
賭けるのは

怖いなぁ。

・・・・・・

仲間達は
皆、

あの橋は
きっと
幻だ、

と言う。

確かに
そう言われれば、
そんな
感じもする。

蜃気楼の
ような、
頼りない姿
だ。

しかも
我々が渡れる
だけの
強度があるか
どうかも
わからない。

こんな
頼りなさげな
状態で、

ただただ
時間と労力を
費やして、

あそこに
向かう意味は
あるのだろうか?

・・・・・・

だが、
私には
妙な確信が
あった。

根拠のない
自信が。

あそこしか
ない、

のだと。

あれ以外の
術はない、

のだと。

しかも、
一刻も早く
あの橋に
辿り着かねば、

渡るチャンスも
なくなるだろう、
と。

なぜ
そう思える?


問われても、

わからない、
としか
言えない。

そんな状態
だから
皆を説得する
ことは
できなかった。

・・・・・・

だから、
走ったのだ。

たった
一人でも
良い、
と。

まずは
私自身が
あの橋まで
辿り着こう、と。

たとえそこで
最悪の結果が
待っていたと
しても。

この確信を
信じられる自分に
なるために、

これまで
私は
進んできたのだ、
と。

もしこの確信が
間違っていても、
もう

私には
後悔はない。

・・・・・・

そう思って、
一人、走り、

何人かは
ついて来て
くれたが、

私は彼らの
ペースには
合わせず、

最後は
たった一人で
橋に
辿り着いた。

着いた!


思った瞬間、

橋は
消えた。

それは
幻だったのだ。

やはり、
幻影
だったのだ。

・・・・・・

そうか。


私は
納得した。

これが
私の
運命か。

自分で選んだ
運命だ。

それなら
潔く
それを
受け止めよう。

ただ、

対岸に渡る
ことのみは、
決して最期まで
諦めまい。

もう
私には力は
残っていない。

であれば、
途中で死んでも
良いから、

あの対岸を
目指して、
一人
ここを泳ごう。

確実に
途中で
力尽きるだろう。

だが、
どうせ私の
命だ。

最期まで
生ききるぞ。

・・・・・・

そうやって
川を
渡り始めた。

急流の
川。

対岸が
見えないくらいの
大きな川。

それでも
渡り始めたら、

不思議な
ことが
起きた。

力が
満ちてくるのだ。

内側から。

だから
どんどん
泳げた。

なぜこんなに
力が
満ちるのだろう?

ひょっとして
もう、
私は
死んでいるのかも。

そう思いながらも
私は
泳ぎ続けた。

それでも、

対岸まで
行ける!

とは
到底、思えない。

でも、
私には
これ以外の
選択肢は
ない。

私は
泳ぎ続けた。

力は
湧いてくる。

永遠に
これが
続いてもいい。

これが
私の人生だと

その時
本当に
そう
思えたんだ。

つづく