のっぺらぼう
に
見えて
いたんだ。
誰も
彼も。
個性は
あってなきが
ごとし。
表面の
皮くらいの
違いのみで。
つまらないな、
というのが
私が
人間と出会った
頃の印象だ。
つまりは、
幼児の頃の
私の。
そして私は
自分の顔を
鏡で見るのが
人生で
最も嫌いな
ことだった。
今でも
その名残は
ある。
気持ち
悪い。
・・・そう
感じるから。
その
気持ち悪さ
とは、
本来の自分とは
異なる姿、
つまりは
現象
に対する
気持ち悪さだと
今では
わかる。
とにかく
自分の姿が
気持ち悪くて、
自分を撮った
写真を
到底
見ることは
できなかったし、
できれば
自分という
存在そのものを
消して
しまいたかった。
ただ
一方で、
五体満足で
体のどこにも
痛みや苦しみが
なく、
自由に動ける
という
その基本的な
ことが
妙に嬉しくて、
なんと
幸せなことだ!
と
空を見上げて
喜んだ。
3歳の時の
記憶である。
・・・・・・
自分を
筆頭に、
人間とは
気持ち悪い
もの、
という
印象のまま
私は
人生を進めた。
引っ込み思案
になるのは
当然だった。
私の母は、
人前で自分を
誇示するのが
とても好きな
人で、
それを見るのも
気持ち悪かったし、
正直に言えば、
その姿を
恥ずかしい
と
いつも
感じていたのだ。
・・・・・・
その当時の
感覚が
今ここに
ある。
目の前に。
黒い靄
として。
あぁずっと
この中に
埋もれていた
のだな、
と
わかる。
それが
私の
人生の始まり。
これが
あったからこそ、
と
もちろん
今は思える。
これが
なければ、
私は
私の人生の
目的を
見出すことは
できなかった。
きっと
あなたも
そうだろう。
あなたに
とって
気持ち悪い
もの(こと)の
中にこそ、
あなた自身の
大切な秘密や
願いが
隠されている
のだと
思う。
つづく





























