チームパフォーマンスコーチ

星の想いに応えられるか

惑星が
観える。

新しい
惑星。

生まれた
ばかりか。

生物は?

いや、
だが非常に
強い
生命力を
感じる。

これから
始まる
歴史の。

道は
いくらでも
ある。

どの道を
辿るかによって
当然、
惑星の運命は
変わる。

惑星の
望む未来が
ある。

それに
応えることが
できるか?
この惑星の
人達は。

まだ
これから
生まれる
人達は。

惑星と
人の
コラボ。

星という
観点は
私達人間には
ほとんどない。

だが
私達は
星の上で
生きている。

地球には
地球の
想いがあり、

当然であるが
真本音も
ある。

それを
よく
聴き取ることは
できるのだ。

新たな
惑星では、
様々な道を
選ぶことができる。

でも
我々地球の
人類は、

もう選択肢は
ないのでは
ないか?

二つに
一つ。

そんなところまで
来てしまった
のではないか?

新たな惑星
の意志。

言葉に
ならない意志は
実に
新鮮だ。

地球にはもう
あの
新鮮さは
ない。

我々人類が
疲れた星に
してしまった。

でも本当は
ここからだ。

地球の想い

応えるのは。

地球と共に
進むのは。

環境問題
だけの
話ではない。

すべての
現象と、

そして
実在の話だ。

つづく

ついに顔を出した

とても
大切なものを
育てている。

そんな
感覚があった。

とても
大切なもの・・・。

それが
何かは
わからずに。

人生で
ずっと、
育て続けた。

しかし
「それ」は
ずっと
地面の中。

芽は
出さない。

でも
育つ。

で、
ある時、

急に
地上に
顔を出す。

ニョキニョキ
と。

ずっと
隠れていた
ものだから、

それが
いざ
顔を出せば
単純にもう、
驚きだ。

まるで
魔法のように
感じることも
あるだろう。

でも
ずっと
大切に育てて
きたからこそ、
だ。

地道に
やり続けて
きたんだよ。

だから
「それ」を
受け止めよう。

まずは、
自分自身が。

あなたの
とてつもない
力だ。

つづく

未来に牽引される

スカッと
飛んでゆく。

真一文字に。

そんな
感じで、

自分の意識が
未来に向かう
ことがある。

未来が
今の自分を
牽引している
かのように。

そんな時は
私はそのまま
委ね、
引っ張られる。

すると
まったく
何の意図も
なく、

目の前に
映像が
広がる。

映像
というよりも
体験
と言うべきか。

私は
「そこ」に
いる。

そして
当たり前の
ように
「そこ」で
生きている。

さっきまで
いた場所の
ことなど
何も
意識せず。

日常の
普段の
私のままで
「そこ」
にいる。

皆と
共に。

知らない人も
多い。

知っている人は
皆、
老けた。

きっと
私も
老けている。

普段の
感覚が
全身に広がる。

その
未来における
「普段」の。

それを
感じ取るために
私は
「そこ」まで
来たのだ。

何という
幸せな
感覚か。

これまで
体験したことの
ない。

こんな
幸せな感覚が
未来の私の
「普段」なのか。

そして
さらに
わかる。

今の私の
日々は
間違いなく
「そこ」に
繋がっている、と。

大丈夫。

このまま
行けばいい。

いや、
もっと
加速すれば
いい。

そう確信を
得た。

と、
次の瞬間、
私は
「ここ」に
戻っていた。

つづく

どこまで来て、これから・・・

液体の中に
入る。

プカプカと
浮かんで、

自然に
沈んでいく。

底の方に
沈み、
そのまま
動かずに
じっとしている。

癒される。

全身に
こびりついた
何かが、

だんだんと
剥がれていく。

ペリッと
一つが
剥がれるたびに、
その部分が
軽くなる。

徐々に
全身が
楽になる。

すると、

急に
底が割れる。

さらに
深いところに
沈んでいく。

もう
光は届かない。

漆黒の闇。

でもむしろ
その方が
さらに
癒される。

自分と
液体、

自分と
闇との

区別が
つかない。

ということは
自分
という存在が
もう
感じられない。

そうなって
初めて
癒されるものが
ある。

その癒しを
私は
ここしばらく
ずっと
求めていた気がする。

私は
私であることに
疲れたのか?

いや、

人であることに
疲れたのか?

いや、

疲れたわけでは
ない。
ただ、
「本来」を
思い出したかった
だけだ。
感覚として。

本来の
感覚。

人としての
始まりの
感覚。

私達誰もが
持っているが
忘れてしまって
いる。

忘れているが、
いつも
それと共に
ある。

忘れたものは
思い出せば
いい。

思い出せば
我に返れる。

我に返れば、
きっと
観える。

次に私は
何をすれば
よいか?

私は今、
どこまで
来れたのか?

私は自分の
何を
変えようと
しているのか?

シンプルに
わかれば、

シンプルに
進むだけさ。

つづく

苦しまなくてもよいかもしれぬが

相変わらず、
日々、
たくさんの人の
ストレスを
受け取っている。

身体が
捻じ曲がりそうに
なるくらいに、
苦しくなることも。

もう慣れた。

が、
苦しいものは
苦しい。

次の
クライアントさんとの
時間までに、

急いで
浄化する。

浄化するのだが、
その最中には
それらストレスと
向き合うことに
なる。

具体的な現象は
わからない。

でも、
様々な苦しみが
一つ一つ
順番に、

列をつくって
並んでいるように、

私の目の前に
現れる。

人の性。

人の業。

人の宿命。

人の必然。

いろんなことを
感じながら、

私も
共に苦しむ。

本当はここで
苦しまなくても
良いかも
しれない。

ただ、
流すだけで。

実はそれも
可能だ。

でも私は
それをやらない。

やりたく
ない。

自己満足
だろうが
何だろうが、

クライアントさんの
その苦しみを
私も
知りたい。

具体的事象は
わからないに
しても、
その感覚は
共有したい。

でないと、
私のサポートは
薄っぺらなものに
なりそうだ。

いや、
本当は
ならないかも
しれない。

ストレスと
向き合わずに
サポートしても
今のサポートと
結果として
変わらないかも。

いつも
そう思うのだが、

でもやはり
私は真本音で

苦しみを
共有しよう


決めている。

この生き方で
私の寿命は
縮まっている
だろうか?

わからない。

この生き方に
本当に
意味はある
だろうか?

わからない。

でも、
決めているから
やる。

昨日も
今日も
明日も。

人生は
生半可では
ないのだ。

だから
サポートも
生半可では
できない。

したくない。

私は
私のやれる
最大を
いつもやりたい。

つづく

完全、とは

完全なるもの

求めることは
とても大事だ。

しかし
それをするから
こそ、

私達は
不完全なものを
創り出す。

そしてその
不完全さが
良い。

次の進化に
調和する
不完全さに
なる。

完全さを
真剣に
求めるからこそ、

調和性の
高い
不完全さが
実現するのだ。

最初から
不完全でも
いいや、
では
同じ不完全でも
全く次元の異なる
ものになる。

人間の宿命
であると共に、
人間の素敵な
ところだ。

以上の表現を
変えてみると、
次のようにも
言える。

完全とは、
調和した
不完全である。

・・・と。

だから、
完全になって
から
次に進む、

のではなく、

この不完全さは
完全だ!


思えれば、
私達には
完了感が出る。

完了感が
出たら
次に進めば
いい。

そういった
意味で、
私は
理想の不完全さ

創り出したい。

そのためにも
私は
完全を
求め続ける。

人として。

つづく

壊されるしかない

台風や
ハリケーンが
通った後は、

何もかもが
破壊されたり
荒れたりする。

しかし
空は
晴れ渡る。


という希望の
もと、

荒れた大地を
一つ一つ
新たに
整えなければ
ならない。

でも
それをするのが、
私達人間の
宿命か。

壊しては
再興し、

壊されては
また
再興する。

ただ、
壊すにも
良い壊し方と
悪い壊し方が
ある。

良い壊し方
とは、

本質は
そのまま
守り、

表面を
完全に

完全に、だ

壊す。

悪い壊し方
とは、
その逆だ。

良い壊し方を
するには、
「自然」
に任せるのが
一番。

意図して
壊すことなど
本当は
できないのだ。

だから
私達人間に
とっては

壊される

しかないのだ、
本当は。

その宿命を
本当の意味で
受け入れた時、

私達の人生
には
本質的な
希望が宿る。

つづく

もう少し勇気を出そう

森の中に
何か
楽しげなものが
ある。

ただ、
その森は
暗い。

ちょっと
怖い。

でもこういう
時は、
私は躊躇なく
その森に
入っていく。

きっと
その楽しげな
何かが
もっとエネルギーを
高めれば、

その森そのものも
本来の明るさを
取り戻す
だろうから。

人も
そう。

組織も
そう。

楽しげな
何かは
そこにあるのに、

それを
観るための
探検をしない。

ちょっと
怖いからと
言って。

だから
いつまで経っても
明るくならない。

明るく
するには
探検だ。

探検とは
恐怖の
伴うもの。

勇気を
私達は
もう少し
出そう。

そうしても
良い
時代になって
きたんだから。

つづく

現象の美しさ

あるホテルの
ラウンジで、
クライアントさんを
待っている間、

ふと
大理石の床を
見たら、
そこに青空が
映っていた。

その青空を
一羽の鳥が
飛んで行く。

黒の大理石に
映る
空と鳥。

それは
美しいもの
だった。

でもそれは
ただ
映っているもの。

実体では
ない。

我々のこの
世界も
同じような
ものだ。

実在ではなく
現象の世界。

映し出されて
いる
世界。

でもそれは
確かに
美しい。

現象だからこそ
の美しさ。

私は
これも
大切にしたい。

ただ、
現時点ではあまりにも
実在の伴わない
現象が多い。

空虚な
現象。

単なる
幻影。

これは
何がどうあろうが、
美しくない。

実在が
現象化した
そのままの
美しさ。

人も
それ以外の
存在も。

そんな世の中に
したい。

つづく

手に負えないクライアント

芽が
伸びる。

ぐんぐんと。

それを
実感できるのは
幸せだ。

側からみれば
すぐに
わかるのだが、

やはり
ここは人間、

本人は
まったく
気づいていない。

さぁこれを
いつ
フィードバック
しようか?

基本、
芽が出たら
フィードバックは
できるだけ早く
した方がいい。

気づかない
ままに
本人が自分で
せっかくの芽を
踏み潰してしまうことが
多いから。

しかし、
私のクライアントさん達は
そうそう単純には
いかない。

タイミングが
とてつもなく
重要だ。

しかも
そのタイミングとは

喩えて
言えば、

月と太陽が
空の同じ場所に
一致するような
わずかなチャンス
しかない、、

という感じ。

月と太陽が
もし
一致できなければ

フィードバックは
しない。

ずれた
タイミングなら
いっそ
何もしない。

それくらいに
繊細なフィードバックを
必要としている。

これは
クライアントさん達が
気難しいから
ではない。

自力で
進みたい
からだ。

普通の
フィードバックなら
要らない。

その代わり、
フィードバックを
もらうなら、

劇薬みたいに
強烈なやつを、

望んでいるから。

その劇薬は
決して
自力では
成し得ない。

他者からしか
決して
与えられない。

そして
与えられたと
したら
自分自身が
立てなくなるくらいに
揺らいでしまう。

そんな
揺らぎも
含めて、

すべてを
受け止める
覚悟がある。

だから、
フィードバックして
くれるなら、

そんな私の
覚悟に見合った
ものを。

・・・とね。

手に負えない
クライアントさん達。

でも
だからこそ
面白くて
仕方がない。

つづく

無理強いしてもダメだ

無理強いして
何とかなる
時代は
終わった。

本当では
ない
流れを
強引に作れば、

それなりに
進める
という時代は
終わった。

もうちょっと
真剣に
ならねばもう
立ち行かなくなる。

真剣、
とは

目の前の
現実に
確かに実在する
流れを

掴む生き方を
することだ。

これは
本当によく
現実を

目の前に
展開する
事実を

観ていなければ
わからない。

偏った
解釈によって
色眼鏡で
見ている場合では
ない。

ましてや
自分の想像のみで
進んでいる
場合でもない。

きちんと
誠実に

流れを
見つめ、

きちんと
着実に

流れに
乗る。

人生経験を
積むことで
濁った目を
私達は
持ってしまったかも
しれない。

むしろ
そういった
疑いの目を
自分自身に
向けるといい。

事実は
何か?

本当は
ここで
何が起きて
いるか?

よほどの
覚悟がないと
観れないよ。

つづく

本当に10年で変わった

別に
月初めだからと
言って
節目になる
という
わけではないが、

6月1日から
また
新たな潮流が
始まった。

10年くらい
前までは、
何年かに一度しか
こういった節目は
なかったのだが、

時代は
本当に
変わった、
実在のレベル
でも。

その変化に
対応する必要が
私達には
ある。

もう
以前の時代では
ないのだ。

これまでと
同じ日々が
続く、
などということは
ない。

もうずっと
そう言われ続けて
きたが、
今、本当に
そうだ。

この10年で
時代は
変わった。

ここからも
変わり続ける。

昨日と
同じ今日を
生きる、
という感覚を

私達は
そろそろ
本気で
捨てねばなるまい。

手放す、
のではない。

捨てる、
のだ。

生き延びる
ために。

本質的に
生きる
ことが持続できる
ように。

私達の
志は
深い。

この時代に
生まれてきた
意味が
ある。

自らの
本当の意志に
立ち戻る。

常に。

原点に。

昨日と
同じ、
ではなく

毎日
原点に帰る
日々を。

つづく

本当の組織を創ろう

人と人が
集まれば、
組織ができる
という
ものではない。

そこにいる
一人一人が
きちんと
自分の役割を
認識し、

それを
果たしながらも、

(・・・これだけでも
まだ
組織とは
言えない)

お互いの
シナジーを
起こす。

よく言われる
ことだが、

1+1=2

ではなく、

1+1が
3にも4にも10にも
さらには
100にも1000にも
なっていく。

もっと
言えば、

一人で
やっていては
一生かけても
到達できなかった
発想や
活動や
成果を
実現する。

そうなると
もう
そのシナジーは
無限倍とも
言える。

・・・そういった
状態になれて
初めて
真の組織と言える
だろう。

そして組織とは、
もちろん
雇用契約のような
形態のみとも
限らない。

組織を
チームと言い換えても
良いかもしれないが、

一つの目的の
ために
集まり、
上記のような
シナジーを起こして
いるのなら、

私はそれを
組織と見なす。

本質的なことを
言えば、

この人とは
共に組織を創り出す
ために
出会ったんだ、

・・・ということを
実在のレベルで
はっきりと
決めている人がいる。

要するに、
実在レベルの
縁であり、

それこそ
赤い糸で結ばれた人
ということになる。

ところが、

実在レベルでは
そうなのに、
現象レベル
つまりは
顕在意識の
レベルで

お互いが
お互いを
避けたり
嫌ったりする

という例は
実に多い。

本人同士は
もう
この人とは
離れる、


決めている。

が、
その本人の
実在では

共に
やっていこう!


決めている。

こういう場合は
実に
困るのだが、

そこは
お節介だと
言われようが、

私は
何としてでも
本来のご縁が
結ばれるように
持っていく。

時には
強引な持っていき方を
することも。

だって
せっかく
出会ったんだ。

なかなか
出会えないんだよ。

実在レベルで
縁のある人とは。

お互いが
真本音の道を
来たからこそ

出会えた!

のだ。

なのに
表面的な事象に
よって
離れようとする。

生涯の宝を
簡単に
捨てようとしている
ように
私には
見えるんだ。

この人達は
共に組織を
創らねばならない。
それは
私が決めている
のではなく、
この人達自身が
真本音で決めている
こと。
であれば、
何としてでも!

というのは
私の想いだ。

最近は、
この手の苦労が
増えている。

残念ながら
上手くいかない
こともある。

でも私としては
最善を尽くしたい
のだ。

つづく

脱皮の出口はくる

人が大きく
ステージアップ
することを
私は

脱皮

とか

羽化

と呼んでいる。

それが
ここのところ
私の周りで
頻繁に
起こっている。

中には
本人の自覚が
あまりないまま
自然に行なわれる
ケースもあるが、

大半は、
本人は
相当に苦しむ。

産みの苦しみ
ということかも
しれない。

しかし
そのような
苦しみが
大きければ
大きいほど、

脱皮や羽化

瞬間は
しっかり自覚
できる。

急に
楽になるから。

と同時に

世界が
開けた感じ、

何かから
脱け出た感じが
如実だからだ。

先日の
クライアントさんは、

目の前に
何か非常に
強い「存在」を
感じ、

その「存在」との
対話が
始まり、

これはなんか
とても
安心できる
存在だ、


わかったところ
で、

あなたは
誰?


訊いたら

あなた
ですよ、


返ってきた
そうだ。

その瞬間に
自己一致が
始まり、

急に
すべてが
安定した。

その人は
何ヶ月も
相当に
苦しんでいた。

その分、
その苦しみの
乗り越え方を
今回のことで
体験でき、

ここからは
同じ苦しみの
人を
サポートできそうだ。

人には
その人の
役割がある。

脱皮や羽化

越えれば、

その役割が
明確に
なってくる。

それは
これまでとは
全く異なる
自身の在り方
かもしれない。

でももう
それを
恐れる気持ちは
ない。

そうだ。
これからの
私は
こうするのだ。


スッキリ
クッキリ
決めることが
できる。

だから、

脱皮や羽化の
苦しみを
途中で
放棄しないで
ほしい。

最後まで
ちゃんと
苦しいままで
いれば、

必ず
出口は
くる。

長くかかる
人も
今は増えている。

でも、
必ず
出口は
くる。

つづく

自己判断するな

それが
小さなエネルギー
だと
思うなかれ。

自分の中に
あるものは、

自己判断
自己解釈
自己評価

はしない方が
いい。

突然
巨大化するかも
しれないのだ。

そこに
内包されている
エネルギーの
大きさは

表面的には
測れない。

私達の
観念では
把握しきれない。

基本、
すべては
すべてと
繋がっている。

ただ、
私達の勝手な
自己判断が
それらを
分断する。

分断され
孤立したものは
エネルギーは
断絶する。

そんな必要は
ないのに、
多くは
私達自身が
勝手にやって
しまっている。

例えば、

この発想は
大したこと
ないな。

これは
関係のない
ことだ。

あまり
意味のあることだと
思えないな。

・・・など。

自分自身を
見くびっては
ならない。

自分の実在

見くびっては
ならない。

日々、
ちゃんと
今日やるべき
ことをやり、

今日やるべきで
ないことは
やめ、

一日を丁寧に
生きていれば、

私達は
簡単に
実在と
繋がれる。

内側に
自然に発生
するものを

侮る
なかれ。

つづく

またここで、節目の問い

また、
わかりやすい
節目が

実在の
レベルで
来ている。

また、
改めて
自分自身に
問うてみよう。

『さて、ここから
何を始めようか?』

始まり時

始め時

というのが
ある。

今こそ。

今だから
こその
答えを。

つづく

かえったよ

返ってきた。

帰ってきた。

ずっと
待っていた。

でも
もうここには
戻らない
ということも
想定していた。

どのような
展開でも
構わないと、

あらゆる選択肢を
覚悟していた。

だから、
正直ホッと
したが、

ホッとした
だけで、
なんとなく
以前の私とは

もう違う。

これで
良いのだと
思う。

以前の私は
去っていった、
私から。

今の私は
今の私だ。

帰ってきた
ものを
慈しむことは
変わらず、

でもその
慈しみ方の
変化を
楽しもう。

つづく

人間というもの

空が
晴れたり曇ったり
するように、

私達の内面も
晴れたり曇ったり
する。

やはり、
曇るのは嫌だな、
特に
雨が降ったり
するのは
嫌だな、

誰もが思う。

いつもいつも
快晴の状態で
いたい、と。

でも
そのようには
できていないのが
残念ながら
私達人間だ。

しかも、
もし
ずっと快晴状態が
続いたら、

それに
物足りなさを
感じ、

たまには
曇ってほしい

などと
考えてしまう。

私達は、

不安定な
時は
安定を求め、

安定を得ると
不安定を
求める。

平穏に
なり過ぎると
冒険を
求めるのだ。

その習性自体が
もう
不安定さ
とも言えるが、

だからこそ

人間だ。

完璧な
均衡を
望まない。

どこか
綻びを
望む。

私が
人間は進化の
権化だと
思う理由の一つが
これだ。

実は、

実在が
完全に
現象化すると、

そこには
完全さは
ない。

必ず
次に繋がる
不完全さが
生じる。

これが
もしなければ
実在が
成り立たない
とも言える。

実在の
完璧さは
現象の
不安全さとして
現れるのだ。

これを
世の不条理と
捉えるか、

それとも
面白さと
捉えるか、

これによっても
また
人生が
決まる。

人生の
進み方と
展開、がね。

不完全さ
こそが
完全。

未完成
こそが
完成。

人間は
この不完全さ
によって
完成
されている。

つづく

自分自身に委ねる、とは

目の前に
ある
巨大な存在。

超巨大な
存在。

それが何か?

よく把握できない
ことが多い。

それが何か?

わからないのは
不安だ。

が、
しょうがない。

そこは
あきらめる。

ただ、
確かにここに
存在している
何かに、

そこから
逃げるのでは
なく

しっかり
意識を向ける。

向き合う。

場合によっては
勇気をもって
対峙する。

闘うわけでは
ないが。

すると
大概の場合、
何らかの
メッセージが
くる。

明確な
言葉ではない。
感覚、
として。

その感覚を
恐れずに
そのまま
自分の中に
受け入れる。

すると、
ザザザッと、
全身の細胞が
波打つ。

それにも
抗わず、

ただ
なされるがまま
に。

時には
その巨大なものに
取り込まれてしまう
ような
感覚の時もある。

でも、
それでも
抗わず。

実在が
わかるようになって
私の中で
育ったのは、

この
委ねる
勇気だ。

だって、
拒んでも
結局は
どうしようもない
から。

なら、
最初から
開き直って
委ねる。

すると、
直観は結構
すぐに
来る。

直観が
浮上すれば、
もう
すぐに
身体は動いて
しまう。

気がつけば
行動に
移している。

邁進
している。

こうやって
書いてみると、
まるで
何かに
支配されている
みたいだな。

でも
実は違うんだ。

自由
なんだ。

完全なる
自由を
私は確かに
感じている。

肩が軽く、
身も軽く、

心も魂も
軽く、

なぜなら
結局それは
私自身の

最も深く巨大な
意志だから。

私はこれを
自分自身に委ねる

呼んでいる。

つづく

発想の生かし方

何か
自分の中に
新たなものが
生まれたから
といって

慌てては
ならない。

それをすぐに
表に出そう

ついつい
してしまいがち
だが、

いつまで
それを
潜在化させて
おくか?

・・・は
とっても大切だ。

何か
生まれたが、
それが
何かを
わからないままに
しておく。

ここを
充分にやり、

機が熟すまで

つまり
最高のタイミングで
それを
発芽させる。

顕在化
させる。

要するに
ここなのだ。

この
熟成の仕方と
タイミングで

その後の
展開が
大きく変わる。

せっかく
生まれたもの。

それを
しっかり生かす
には、

やはり
待つ
ことが大事なんだ。

つづく

自分を落ち着かせる方法

心が
落ち着いて
いるか?

よりも、

身体が
落ち着いて
いるか?


大切にしよう。

もっと言えば、
細胞の
一つ一つが
ちゃんと
落ち着いて
いるか?
だ。

特に
大事な決断を
する場合は、

そこを
大切にしよう。

もちろん
決断時
だけではない。

可能であれば
一日中、
そういった自分に
なれるように。

身体(細胞)が
落ち着いて
いれば、

多少、
心が揺れていても
大丈夫だ。

深呼吸を
すれば
大概、スーッと
我に返る。

身体を
落ち着かせる
ためには、

できるだけ
常に、
自分の細胞
一つ一つに
意識を向けるように
しよう。

全身
隈なく、

手の先
足の先
まで。

自分の身体に
丁寧に
意識を向ける。

基本は
それだけでも
良い。

さらに
それに慣れれば、

身体(細胞)の
どの部分に
凝り(滞り)が
あるか?

とか、

どの部分が
浮き足立って
いるか?

とか、

どの部分が
重く澱んで
いるか?

など、
よくわかるように
なってくる。

そうしたら、
その部分に
集中して
意識を向けよう。

その部分を
あるがままに
感じる、
ことをする。

これをすると
余計に
澱んだり
苦しくなったり
するかも
しれないが、

それでも
集中して
続けていれば、

次第に
ほぐれてくる。

こういうことを
常に
やり続けると、

日々、
身体は楽に
なってくるし、

落ち着いて
くる。

意識を向ける
というのは
とても大切な
ことで、

それだけで
パワーが
宿る。

だから
人と向き合う
時だって、
その人に意識を
向け続けるだけで、
その人は
元気になる。

そういう
ものなんだ。

つづく

世界と調和する基本的やり方

上を向く
ことは
大事だ。

でも、

下を向いても
いいんだ。

上だけを
向く
のではなく、

下だけを
向く
のではなく、

上も下も
右も左も
斜め方向も、

360度
どこにでも
意識を向ける

そんな
自分になろう。

私はよく
意図的に
それを
やっている。

360度
全方位、

近距離も
遠距離も

無限大に

ただ
あるがままに

意識を
向け続ける。

360度
世界を
感じ続ける。

それを
思いついた
時に
すぐにやる。

街を歩き
ながら
行なうことも
あるし、

慣れて
来れば、

人と向き合っている
その瞬間に
やることもある。

今、
それをすべきだ!

思う瞬間が
ある時から
わかるようになった
ので。

これは
楽しい。

一気に、
自分の範疇を
超えた
発想が生まれる
こともある。

ただ、
そういった期待
などは
持たずに、

ただ
それをやる。

きっとそれは
宇宙(世界)と
共に生きる

共に
調和を高める

という
生き方の
基本なのだろう。

実在を
感じ取る
練習にもなるよ。

つづく

兆しを消すな

その人の
中に、
ずっと
眠っていた
もの。

何か、
光のような
もの。

それが、
ちょっとだけ
目を
覚ましたようだ。

それは
願いかな。

祈りかな。

それとも
もっと具体的な
ビジョンかな。

まだ正体は
わからないが、

かなり
確固たるもの
だ。

真本音だ。

実在だ。

まだ、
兆しに過ぎない
それを

私は
まずは
ご本人以上に
大切にしよう。

本人が
気づくのは
いつかな?

本人が
気づくまで

その兆しが
消えないように

維持、持続
するための

最低限の
刺激入れ。

それが
私の仕事だ。

ある時
ある場面で、

その時

はくる。

その人が
自身の実在に

真本音に

気づく時。

それは
他者が
教えては
ならないもの。

自ら
気づくことで
それは
一気に
輝き出す。

そして
その人の
中心核となり、

いつか、
その人そのもの
となる。

つづく

自然が教えてくれる

黄昏の時。

夕闇の時。

山にかかる
重い雲と、

しかしその
雲を
確かに
輝かす夕日。

そのコラボ

見ていると、

私は
ただひたむきに
山に登り続けた
日々を
思い出す。

自然と
向き合い、

自然と
一つになろうと
していた。

自然と
呼吸を合わす。

意図していた
わけではないが、

今から
振り返れば、
その時の私が
望み続けていた
ことは
それだ。

自然と
自分の
呼吸を
合わす。

これが
セルフコーチングの
基本でもある。

これが
できた時、
私達は
あらゆるものと
調和を始める。

すべては
まずは
呼吸なのだ。

自然の呼吸
とは、
実在の呼吸
でもある。

実在の
自分自身の
呼吸と
一つになる、
ということ。

これを通じて
私達は

個である自分


超える。

全体である
自分の
中の
「ここ」の
自分。

この自分
こそ
私だが、

その私も含め
すべてを
包んでいる
自分、
宇宙そのもの。

理屈では
ない。
実在で
ある。

すると、
個も全体も
どちらが大きい
小さい、ではなく、

どちらも
結局は
同じものだ、

わかる。

私は
自然の一部
であり、

自然は
私の中に
ある。

内も外も
同じ。

これが
一瞬でも
感覚として
理解できれば、

受容
できれば、

私達は
次の
私達に
なれる。

すべてが
進化する。

そう。

すべてを
教えてくれた
のは、

自然だった。

山であり
海であり。

あらゆる
自然達。

もっと
外に意識を
向けよう。

自分の中に
意識を
閉じ込めていては
ダメだ。

つづく

閉じてしまったんだね

その人は
突然、
口をつぐんだ。

そして
二度と
喋らなかった。

私は
諦めて
去った。

人の決断
だ。

私がどうこう
左右できる
ことではない。

それは
わかっては
いるが、

それでも
自分が
もどかしかった。

もっと
できることは
あったのでは
ないか?

でもきっと
タイムマシンで
過去の時間に
戻れたとしても、

きっと私は
その人に
同様の接し方を
し、

同様の結果を
出しただろう。

私にできる
最善を
尽くした。

それでも
その人は
閉じてしまった。

もう
きっと
見守ることすら
できない。

去ったのは
私だが、

本当は
その人が
去っていった
のだ。

茫然と
佇むだけの
私。

人の人生は
それぞれだ。

決断も
それぞれだ。

この悲しみを
胸に
湛えながらも、

私はまた
私のすべきことを
粛々と
続けていくの
かな。

明日からも。

つづく

光と闇は・・・

光のそばには
必ず
闇がある。

光と闇は
セットだ。

という
この世の中。

光も闇も
両方、愛す。

そんなことが
できる自分に
なろうと

ずっと
やってきた。

まだまだ
まだまだ
だが、

一つ
わかったのは、

光も闇も
同じことだ、

ということ。

闇を責めては
光が澱む。

光のみを
求めては
闇は深くなる。

この二つの
融合が
私達、人間。

人を愛すとは
光と闇の
両方を
愛すということ。

言葉で言う
のは
簡単だが、

もちろん
生半可な
ことじゃない。

しかし
その真理が
わかったのなら、

やるしかない
ではないか。

理想論とか
ではなく、

現実論として
それしか
ない
ではないか。

光と闇を
分離させては
ならない。

相手を
闇だと
思ってはならない。

自分を
光だと
思ってはならない。

当然、
逆も然り。

私は
光であり闇であり、

あなたも
光であり闇であり、

光と闇の
融合体が

共に
向かい合っている。

だからこそ

いや、
そうでしか

できないことが
あるんだ。

そのための
この世だ。

つづく

いろいろあったよ、一ヶ月

この一ヶ月、
実は
とても色々なことが
あった。

実在レベルでも
現象レベルでも。

大いに
揺れまくったよ。

それこそ
一生分
揺れまくったような
印象だ。

何があったかは
誰にも
言ってない。

家族以外は
知らない。

言うつもりも
ない。

でも
この一ヶ月が
なければ、

これからの
私の人生は

恐らく

なかったの
だろう。

それくらいに
大事なことを
立て続けに
やった。

実はまだ
終わっていない。

もうすぐ
終わりそう
だけど。

終わりが
見えたから
今はちょっと
安心してきたが、

油断禁物。

新たな
スタートを
しっかり刻むには、

ここからこそ
丁寧に。

変化の終わり

最も重要。

そして
本番は
これからだしね。

つづく

瞬時に決める

握り締めている
ものがある。

ずっと。

それこそ
生まれた
ときから。

ずっと
大事にして
きたものだ。

でも
それを
手放そうと
思ったんだ。

ふと、ね。

で、
手放したよ。

こういうのは
考えてちゃ
いけない。

考えれば
考えるほど
迷いが生まれ、

結局は
重要なタイミングを
外す。

だから
瞬時に
手放した。

生まれて
56年間、
ずっと
大切にしてきた
ものなのにね。

でも
もうない。

ここには
ない。

自分は
変わるのか?

わからない。

でも
なんだか
居心地が
悪い。

やはり
私には
インパクトのある
決断
だったのだな。

いいのだ。

こういう決断
ほど、
私は瞬時に
決める。

つづく

すぐに変えた

垂直に
流れ星が
落ちるように

一条の
光が
降りてくる。

目の前を
通過する。

その瞬間に
閃いた。

波長が
ダイレクトに
伝わるように。

”ここを離れ、
あそこに行こう”

と、
ふいに思った。

意味は
わからなくとも
こういった場合は
私は
即座に行動する。

私にとっては
かなり
大掛かりな
移動になる。

これまでの
生活とか
生き方とか

随分と
変えなければ
ならない。

でも、
閃いたのだし、
決めたのだ。

すぐに
やったよ。

で、今、
かなり
揺れ動いて
いる。

いつも
こうだ。

じきに
慣れるだろう。

つづく

人事を尽くしたな

どれだけ
踏ん張っても

流される
ことがある。

流されて
しまったら
その
流されている
自分を

感じ続け
よう。

踏ん張りたい
のに
踏ん張れない
ことはある。

であれば、

その流れに
委ねるしか
ない。

それは
混乱の流れ
かもしれない。

恐怖も
伴うだろう。

でも
もう
踏ん張れない
のだ。

気持ちよく
流れること
のみに
意識を向けよう。

100%完全に
委ねる
という意志を
持とう。

面白いことに
人間、
こういう時こそ、

一気に

実在が
わかるように
なる。

人事を超えた
流れと、

その先に
あるものが、

一瞬だけ
かもしれないが、

垣間観える
瞬間が
あるかもしれない。

期待しても
いけないが、

流れに
身を委ねる
とは

人間にとっての
最大の
覚悟の一つ
なので、

そこで得られる
体験は
尊い。

もちろん、

大切なのは、
踏ん張ることに
全力を尽くした、
という前提だ。

人事を尽くした
からこそ
私達は
天命を待てる。

実在の自分

本格始動だ。

つづく