チームパフォーマンスコーチ

ストレスで自分を失う

深い
ストレスが
きた。

エンティティ
が。

つまりは、
ストレスが
濃くなりすぎて
実体化したもの
が。

私の
お腹の奥の
方に
それは
取り憑いた。

黒々とした
暗黒の
煙のような
宇宙のような。

そこに
意識を向け、
必死に
浄化する。

意識を向ける
ということは
つまりは
真本音のエネルギーを
向ける
ということなので、

それだけで
そいつは
浄化されていく
のだが、

しかし
かなり暴れる。

暴れ尽くす。

それが
非常に苦しい。

暴れると
同時に、
そいつの声も

阿鼻叫喚
として

聞こえて
くる。

俺は
人が怖いんだ!
人が
面倒なんだ!
人と
関わりたく
ないんだ!


叫んでいる。

叫び
狂っている。

・・・・・・

そいつは
怒りともとれるが、

それ以上に
悲しみを
感じた。

こういった
深い悲しみに
いつも
包まれながら、

その人は
頑張っていたんだな、

わかった。

それがまた
私には
悲しいこと
だった。

・・・・・・

その
エンティティには
中心が
あった。

それが何か?
すぐに
わかった。

やはり
そうか・・・。

それは
自己不信
だった。

その人自身
が自分に向けた
深い
不信感。

それが
その他のストレスと
結びついて
深くて大きな
エンティティという
念の塊を
形作っていた。

そして
自ら作り出した
ものに
呑み込まれ、

身動きが
とれなくなって
いた。

・・・・・・

自分自身が
発生させた念
によって
自分自身を
失う。

これは
現代社会の
縮図だ。

いや、
人類の歴史の
縮図と
言ってもいい。

私達は
そこから
脱け出さねば
ならない。

一刻も
早く。

個人として。

そして、
社会として。

つづく

臨界点がある

豪雨だな。

豪雨だ。

凄まじい
勢いの。

これでは
視界は
閉ざされる
どころか、

身動きすら
取れない
だろう。

・・・・・・

にも
関わらず、

動け!

と言う。

残念ながら、
人は
それほどまで
には

強く
できていない。

人間理解

一つの重要な
要素とは、

人は
どこまでなら
できるか?

という
人としての
限界点、

もしくは
その人の
臨界点、


知ることでは
ないか。

・・・・・・

では、

世の中に
臨界点

あるのだろうか?

答えは、

「ある」。


今は断定した
方がいい。

これからの
時代は
特に。

そこを
「ない」

信じ込もうとする
行為そのものが

臨界点を
狭める。

臨界点を
越えれば、
物事の展開の
仕方が
根本的に
変わってしまう。

これまでは
挽回できた
ことが
できなくなる。

創造のための
破壊
だったものが、

単なる
破壊のみと
なる。

次元を上がる
ための
ステップだった
ものが、

単に
「滅する」ための
プロセスと
なる。

臨界点を
意識した活動が
全般的に
必要なのだが、

残念ながら、
そういった意識を
本気で向ける人は

ごく
僅かだ。

・・・・・・

取り返しが
つかない。

という
言葉がある。

今後、
この社会では
この言葉が
世の中を
ますます
賑わすことに
なるだろう。

だからと
言って、
指を咥えている
わけには
いかない。

臨界点を
越えぬ
ために、

あえて
豪雨の中にも
繰り出していく
ことを

私は
する。

できる
最大のことは
し続けたい。

つづく

ますます手が足りない

波長が
合わない。

ますます
合わなく
なっている。

その
不協和音に
よって

すぐに
崩壊
への動きが
始まる。

これまでより
何倍も
速く。

・・・・・・

波長、
という言葉を
そのまま

次元、

置き換えても
いい。

次元が
合わないことで
崩壊が
始まる。

そういった
組織が
随分と
増えている。

これまでは
それでも
何とか
ごまかしごまかし
やってこれた。

その多くは、

次元の
高い人達が
低い人達に
合わせる

というやり方で。

ところが
これが
上手くできなく
なってきた。

つまりは、
次元の高い
人達は
ますます
次元を高め、

合わせよう

思っても、

その
あまりの
エネルギーの
高さによって

合わせられなく
なってきている。

その
強いエネルギー
を浴びながら、

次元の低い
人達は、
その人から
逃げようとする。
本能的に。

ちょっとした
とっかかりや
理由が
見つかれば、

ピューッと
その人達は
逃げていく。

以前は
もう少し
我慢できていた
はずだが、

今は
我慢そのものが
機能しなく
なってきている。

結果として
組織崩壊が
起きてしまう。

・・・・・・

次元が
高いとか
低いとか
言えば、

人を
上から目線で
見るな、

言われそうだが、

事実として
そうなのだから
仕方がない。

次元の高低を
これまでは
能力によって
補うことが
できたが、

今はそれも
難しく
なってきた。

わかりやすい
世の中だ。
ある意味。

そして
この傾向は
今後ますます
加速的に
高まっていく。

・・・・・・

次元の高低を
分けるものは、
単純だ。

普段の
日常の
生活のあり方、
仕方だ。

いつも
言っている
ことだ。

自分の
真本音を大切に
日常生活を
送っているか。

自分の真本音を
大切に
仕事の一つ一つに
向かっているか。

自分の真本音を
大切に
人と向き合って
いるか。

その連続で
変わる。

それだけの
ことだ。

ただ、
この日々の
積み重ねの
差は
大きい。

埋まることが
ない。

それどころか、
ますます
二極化が
進んでいる。

・・・・・・

まず、
できること。

波長、
つまりは
次元の
合った人同士を
近づけること。

この
単純なこと
だけでも
随分と
現実の展開は
変わる。

組織開発サポート
で、
まず私が
させていただくのは
そこだ。

その上で、
できるだけ多くの
人達が
次元を高めれる
ように、

サポート
もしくは
指導をすること。

手が
足りない。

もっと
こういうことが
できる人を
増やさなければ。

つづく

ギリギリを進む人へ

苦しむ人
がいる。

自分自身の
苦しみ
というよりも、

人の苦しみ、
組織の
苦しみ、

ダイレクトに
受け取っている。

まるで
自分事の
ように。

そういった
人は
自己犠牲
しがちだ。

しかし
それによって
自分自身の
心や体が
病に侵される
ことも。

病になって
初めて、

自分が
自分を
犠牲にし過ぎて
いたという
事実に
気づいたりも
する。

本当は
もっと
楽な進み方を
してほしい
のだが。

・・・・・・

世の中の
多くの人達が

妥協


している。

本当は
売りたくない
と思っている
商品を
あえて売るのが
仕事だ、
と 
思い込みながら
仕事をしている人も
多い。

現場感覚で
言えば、
そういった人の
割合は

信じられない
ほど多い。

妥協するのが
大人だ。

妥協するのが
社会人だ。

妥協するしか
生きる術は
ない。

残念ながら
そのような
生き方は
破綻する。

ここからの
時代は。

しかし、
そうは自覚
しないままに
妥協し続ける。

そこを
良い意味で
壊そうと
すれば、

それ相応の
ストレスが
かかる。

特に、

妥協の
積み重ねに
よって
溜まりに
溜まっている
ストレスは
濃い。

そういった
ストレスを
常に
全身に
浴びるように
なる。

しかし
それでも
突破口を
開こうと、

妥協のない
仕事を
この組織が
できますように!

祈りながら
進む。

そして
その中で
病に倒れる。

これを
自己犠牲の
一言で
済ませることには
やはり
抵抗がある。

全身で
ぶつからねば
突破口は
開かない。

いや、
全身で
ぶつかっても
開かない
突破口の方が
圧倒的に
多い。

それが
今の世の中。

しかし
それでも
変えていかねば
ならない。

自分の
命を
削っても。

・・・・・・

私は単純に
そういう人を
応援したい。

自分自身も
そうありたい。

が、

人には
自分の真本音で
決めている
寿命がある。

その寿命は
全うしなければ、

人生の目的

果たせない。

寿命まで
体を
持たせる。

しかし
できるギリギリ
まで
全身で
ぶつかり続ける。

その
ギリギリの
ライン。

それは
どこか?

それを
見出す感性を
養う。

そのラインを
明確に
見出す
直観力を
養う。

私にできる
サポートは
それだ。

ギリギリで
生きることを
望む人達へ。

そんな人
だからこそ、
自らを
大切にする方法
がある。

普通の
方法じゃない。

が、
それをしっかり
お伝えしたい。

つづく

変わろうとしない人

岩の塊の
ようなものが、

その人の
中で
くるくると
回っている。

きっとあれは
頑なな心。

本来は
ずっと以前に
捨てるべき
だったもの。

それが
あんなにも
回転している
ということは、

もう
限界なの
だろう。

あれを
維持させる
ことが。

にも関わらず、
その人は

渾身の
エネルギーで
それを
維持しようと
する。

そんなことに
力を注ぐよりも
もっと
すべきことが
あるだろうに。

・・・・・・

変わる準備が
整っているのに

顕在意識が
変わろうと
しない。

ぐんぐん
変わっていける
だけの
パワーがすでに
あるのに、

顕在意識が
これまでの
自分の考え方や
行動パターンに
固執する。

・・・ということは
実に多い。

別人に
変わるわけでは
ない。

より
自分らしく
なっていくだけだ。

本来の自分に
近づいて
いくだけだ。

なのに
「これまでの自分」
こそが
自分であると

無理矢理に
信じ続ける。

そして
自分の内側から
湧いてくる
自らの
「変わろう」という
意志を

自ら
潰しにかかる。

内面的に
常にそれを
するので、

外部からの
働きかけには
非常に敏感で、

私が
少し近づく
だけで、

すごい
拒絶感がくるか、

もしくは、
ピューッと
逃げていく。

そうなると
もう、
他者である
私には
何もできない。

・・・・・・

人は
そもそも

変わり
続けたい

という
本能を
持っている。

だから
体の細胞だって
次々に
入れ替わる。

人だけじゃ
ない。

世の中の
あらゆる存在は
固定化
されていない。
すべてが
変わり続けて
いる。

時間とは
「変わる」
ということと
イコールだ。

時間の
流れの中で
生きている以上、
「変わる」
ことに委ねるのは
私達の宿命だ。

それを拒む
心は
当然ある。

しかしそれが
大本では
ない。

それは
慎重に変わる
ための
補助輪の役割
としての
心だ。

だから
補助輪を
目的にしては
ならない。

私は
決して
変わるもんか!

そこに
真剣になる生き方は

辛くて
悲しい。

・・・・・・

何がなんでも
変わらない
でいる!


決めている
人は、
とりあえずは
放っておく、

というのが
原則だ。

それよりも
変わる意志の
ある人達から
丁寧に
サポートさせて
いただく。

それが
原則だ。

が、
ここのところ
少し様相が
変わってきた。

変わろうと
する人達が
安全に
変わっていく
ために、

変わろうと
しない人達を
何とかせねば
ならない、

という度合いが
急激に
高まっている。

やりづらい
時代だ。

でも
やらねば
ならない。

つづく

不安の塊

背後から
くる
その気配は、

よく私を
脅かす。

だから、

恐怖に
かられて
思わず
動いてしまう。

ということが
よくある。

でも、

それで
いいんだ。

・・・・・・

自分で
自分を
動かすための
方法は
いくつもある。

自分の動き

正確さが
かなり必要な
時には、

むしろ、
顕在意識を
ゆとりの
ない状態


陥れる。

ゆとりが
なくなれば
必死に
なるので、

その
必死さだからこそ
生まれる直観が
あり、

それが
正確な動きに
繋がる。

そのように
自分を動かす
ためなら、

私は結構、
ひどいことを
私自身に
する。

私自身に
恐怖を与える
こともあるし、

時には
私自身を
騙すこともある。

・・・・・・

だが、

どのような
きっかけで
そのような行動を
とったか、

どうでも
いいのだ。

大事なのは、

正確に
私の真本音の
行動を
現すこと。

正確に
実在を現象化
させること。

そのためで
あれば、
私は私を
ビビらせる。

・・・・・・

ある時、

凄まじい
不安感に
襲われた。

生きることの
すべてが
不安となった。

これは
尋常ではない、

思った。

自分では
もう
どうしようもなかった
ので、

私は
諦めた。

ただその不安に
抗わず。

むしろ
自らそこに
埋没するように。

・・・・・・

その不安は
今でも
ここにある。

今でも
埋没できるし、

やろうと
思えば、
どこまでも
深みにハマれる。

この状態を
しばらくは
維持するの
だろう。

理由は
何となく
観えてきた。

そう。

もうすぐ、
「始まり」の
瀬戸際に
立つのだ。

そこで
きちんと
始められる
ように。

過去の
経験からの
自信を持った
行動を、

絶対に
とらないように。

そのために
不安の塊
として、

私は
そこに立つ。

つづく

見誤るところだった

まだ
混沌として
よくわからない。

しかしそれは
確かに
何かに
結晶化しそうだ。

じっと
観察だけを
続ける。

一切の
解釈なしに。

・・・・・・

過去の経験
から
答えを出すのは
危険だ。

自分の中に
答えは
ない。

それは
あらゆる物事に
言える。

答えは
外にある。

観察せねば
それは
観えてこない。

・・・・・・

約束。

そう、
約束が
あっただろう。

あなたと
私の間には。

約束を
果たすために
私達は
出会ったんだ。

それを
思い出す
時だ。

もう
間もなくだ。

・・・・・・

結晶化しそうな
もの。

それは、
私達が共に
これから向かう

目標であり
ビジョンだ。

それは
私達の約束に
基づくもの。

そのビジョンに
向かうことで、
必然的に
私達の約束は
果たされる。

良かった。
杓子定規に
あなたと
関わらなくて。

あなたを
ただただ
じっと
観察し続けて
良かった。

もう少しで
見誤る
ところだったよ。

つづく

挑戦したいなら

破竹の勢い

言うが、

まるで
竹のように
まっすぐに
伸びていく。

そんな
成長の仕方を
望む人は
多い。

最短で
成長したい人。

そういう人は
顕在意識では、

もっと私は
自分の幅を
広げた方が
良いのではないか?

という
問いを
持っている。

それは
一般論としては
その通りだ。

だが、私は
破竹を求める
人には
こうお伝えする。

まず、
ある一定の
境界線を
超えるまでは、
そのまま
一気に行くと
良いですよ。
自分の幅など
考えずに。
もっともっと
尖ってください!

・・・と。

・・・・・・

人には
進み方が
ある。

長所を伸ばすか
短所を直すか
などのような
単純なことでは
ない。

その人に
しか
できない進み方

見出すには、

まずは
エネルギーの
向く方向へ

全力で

向かってみる
ことだ。

・・・・・・

全力を出した
ことのない
人ほど

弱い人は
ない。

できるだけ
若いうちに
自分の
全力を知る
方がいい。

なんだ
こんなものか、

という
印象も

思ったより
できるもんだ、

という
印象も

人によっては

私はこんなに
凄いのか!

という
印象もあるかも
知れない。

どのような
印象でもいい。

ただ、
あるがままに
それを
感じる。

全力の自分に
対して
素直に思うことを。

それが
その後の人生の
指針となる。

自分の全力は
早く
知れば知るほど
いい。

・・・・・・

難しいことを
考えず、

自分が
挑戦したいことに
挑戦しよう。

手前味噌に
なるが、

私の長男を
見ていると
つくづく
そう思う。

私の長男は、

私の子どもの頃と
まったく同じく、

体力も
運動能力も
ほぼ、ないし、
体も
ヒョロヒョロ。

でも
本人のシンプルな
意志により、

野球と柔道に
取り組んできた。

土日も
休みなく、

午前中は
柔道、
午後は
野球、
というように。

明るく
朗らかに。

運動音痴は
周りの誰もが
認める。

自分も
よくわかって
いる。

なのに
明るく
朗らかに。

なので、
野球でまぐれの
初ヒットを
打った時には、

審判が
泣いたらしい。

柔道で
思わぬ一本勝ちを
した時は、

私は
幻を見ている
ような
不思議な陶酔を
感じた。

挑戦したいから
挑戦する。

挑戦したいという
自分を
信じて。

その生き方を
ここからの
時代こそ。

つづく

命を使う

たまに、
休息を
とる。

と言っても、
この前は
たったの
40分だけ。

2〜3ヶ月
ノンストップ
の上で。

もうちょい
休めよ!

自分に言うが、

もう充分だ、
と。

嘘をつけ!

・・・・・・

実在レベル
の話だ。

現象レベル
では
もちろん
もっとちゃんと
休んでいる。

が、
実在レベルで
動いているので
ちっとも
休まらない。

睡眠すら
取れなくなる
ことも多い。

・・・・・・

一日一日
命を
燃焼し尽くして
いる。

一日の終わり
には
完全に
燃え尽きている。

普通なら
これで
死ぬんだよな、

いつも思う。

が、
次の朝には
また
普通に戻って
いる。

疲労は
凄いけどね。

・・・・・・

先日、
あるクライアントさん
から、

竹内さんの
喜びは
何ですか?


問われた。

ちょっと
格好つけすぎ
だな、
と思いつつ、

今のこの
1分1秒が
喜びです


答えていた。

ボロボロに
なろうが
どうなろうが、

今この一瞬

私は確かに
噛み締め

喜んでいる。

・・・・・・

命の使い方

迷いなく
わかり、

その通りに
自分の命を
使っていく。

きっと
その行為自体

喜びなのだろう。
人に
とっては。

私のような
ある意味の
自己犠牲的な
生き方は
誰にも
お奨めしない。

もっと
穏やかに
進んでほしい。

でも
自分の命だ。

しっかり
自分で決めて

自分の意思で
使ってほしい。

つづく

たった一手のために

世界を
見降ろし、
俯瞰するような
感じに
なった。

観えるもの
と言えば、

すべて

とも
言えるし、

逆に、
何も観えない
とも
言える。

ただ、
呆然とする
しか
なかった。

・・・・・・

洞窟の中に
いた
私が突然、

外に出た
ものだから。

しかも
いきなり
空だったもの
だから、

それはもう
何が起きているか

受け止めるまで
時間を要した。

ひょっとすると
いまだに
受け止めきれて
いないのかも
しれない。

だがこうして、
全体を俯瞰する
場所に
いるのだから、

その事実は
変わらないの
だから。

意を決して
つぶさに
観察することに
したんだ。

・・・・・・

まず最初に
思ったのは、

人というのは
こんなに
愚かだったのか、
ということ。

驚愕。


言っていい。

それでしばらく
また
呆然となり、

そして
だんだんと
落ち着いて
きた。

そんなこと
とうに
知っていたはずだろ、
という
自分が出てきて
いたから。

愚かなのは
わかっていて
ここまで
きたんだろ?
と。

その愚かさ
には当然、
私自身も
入ってるし。

そう思っていると
だんだんと
開き直って
きた。

・・・・・・

そして私の
視点は、

可能性

の方に
移った。

どうすれば
この今の
状況から
脱出できるか?

その可能性は
どこに
あるのか?

そんな視線で
世界を
つぶさに
見つめた。

・・・・・・

人一人に
できること
なんて、
たかが
知れている。

しかも
短い一生で
できること
なんて。

私にできる
のは、

たったの
一手。

しかし
その一手さえ
しっかり
打てば、

もうそれで
充分だろう。

そう確信を
得て、

決めて
きたんだ。

ここに。

・・・・・・

一手を
いつ打つか?

どのように
打つか?

その準備の
ために
ここまで約58年
かかった。

長いように
思えるが、
短い一瞬だ。

私は
一手を打って
帰っていく。

もうすぐ
打てそうだ、

やっと
実感がきた。

その
もうすぐ
が、
いつになるかは
わからないが、

少なくとも
この人生の
内には

打てそうだ。

つづく

小心者

迷った時は、
海の底に
潜る。

最も深い
場所へ。

ある意味、
全てを
遮断している
ようで、

しかし実は、
全てと
繋がっている

という
状態に。

そして、

何も見えなく
なる
ことで、

全てが
観えるように
なる。

全てと
繋がることで

余分なもの

わかるように
なる。

余分を
全て排除して、

その上で、
ただただ
シンプルに
考える。

すると
答えは
自ずと出る。

しかも
それは、
最初から
ここにあった
のだと
わかる。

そう。

答えは
最初から
共にいる。

・・・・・・

海の底で
見出した
答えは、

必ず
実行する

決めている。

どれだけ
心が
躊躇しても。

そう思うと、
私は
自分の心に
対して
厳し過ぎるな、

思うことも
ある。

が、
私の心の
ペースに
合わせていると、

何も
進まない。

だから
心を置き去り
にしてでも
進む。

私の心は
たまったもの
ではない。

必死に
ついて行こうと
する。

・・・・・・

心を失っても
進もうと
していると、

そのうちに、

心は
何だかんだと
ついて来れる
ようになる。

昔は
海に入るのを
私の心は
とても
怖がったが、

今は
そうでも
なくなった。

もちろん
今でも
望んでいるわけ
ではないのだが。

・・・・・・

海の底で
観えてくる
ものを、

私は
しっかりと
私の心に
見せる。

心は時々、
泣き叫ぶ。

だが、
見せる。

その
繰り返し。

で、
だんだん
強くなる。

・・・・・・

ある時に、

私の心は
私の心である
という事実を

あきらめた。

あきらめて
その事実を
初めて
受け入れようと
した。

おぉだいぶ
強くなったな、

私の心を
褒めてやる。

褒めたら
逆に
ビビってやがる。

全く
小心者だぜ。

つづく

組織の光

光が
生まれたから
こその

この
ストレス
なんだな。

これまで
ごまかし
ごまかし

やってきた
そのやり方が

その光の
せいで

通用しなく
なったのだな。

これまでは
暗くて
ごまかせた。

光は
それらを
あからさまに
照らし出す。

なんと
迷惑な!

思っている
人は
多いのだろうな。

でも、
あの状態の
ままの
放置の先には

恐ろしい
展開が
待っている。

深刻な
展開が。

誰もが
そんなことは
起こるはずは
ない、

根拠なく
信じている。

それが
最も
ヤバい状態
だ。

その期限が
近づき、
もう本当に
ヤバいぞ、

なったところで

その光が
現れたんだ。

だから
光は

救い
なんだ。

・・・・・・

救いの
光を
そこにいる
人々は

憎む。

蔑む。

疎む。

光は
彼らの攻撃に
さらされ、

傷つく。

が、
決して
防御は
しない。

防御
そのものが
ごまかし

象徴
だから。

傷ついても
傷ついても、

光は
ごまかす
ことなく
本来の光を
発し続ける。

その
揺るぎなさ
によって、

ようやく
人々は
諦め始める。

そして
自らの
ごまかしの
生き方を
改め始める。

そういった
人達が
ほんの1割を
超えれば、

その組織は
大きな変化を
始める。

最初の
光は
私自身が
なる。

つまりは、
コーチが
なる。

しかし、
次の光は

その組織の
ある一人が
なる。

自然と。

それが
その組織の

となる。

結局は
要の
エネルギーは
組織に
浸透していく。

何人が
抗おうとも。

結局は
みんな
光に
なりたいの
だから。

つづく

注目の加速

まるで、
超特急と
呼べるかの
ような
加速だ。

体が
揺れる。

心が
ついていけなく
なりそう。

だか、
これこそ
望んでいた
ものだ。

望むものが
手に入った
んだ。

意地でも
ついていくさ。

・・・・・・

相変わらず、
先は
見えない。

ほんの
数歩先くらい
までしか。

それで
いい。

何も
見えなくとも、

確信は
ある。

だからこそ

この加速。

見えない
からこそ
出せる加速、
とも言えるな。

・・・・・・

前人未到。

そこを
行く。

難易度は
心が腐るほどに
高い。

しかも日々、
高まり
続けている。

覚悟していた
通りだ。

全く
予想外の
展開が
起こり続ける
こと自体が

予想通り
だ。

間違って
しまうのでは
ないか?
という
疑念や不安は

もう
持たないことに
した。

疲れる
だけだから。

不安に
なっても
やることは
変わらない。

数々の
選択は
変わらない。

それが
わかっている
からこその
この加速だ。

・・・・・・

この先に
何が
あるのか?

全く
わかっては
いないが、

よく
わかっている。

まるで
過去をなぞる
かのような
未来。

未来
なのに、

既知だ。

たくさんの
目、
たくさんの
視線を
感じる。

ここに
存在せぬ
もの達から

注目されて
いる。

それで
いい。

見本になろう
などとは
おこがましくて
思えないが、

希望の種
くらいには
なろうと
思う。

だから
もう
迷わない。

迷っても
迷わない。

加速に
身を委ね。

つづく

描いてはならない

その人は
美しく
体を逸らしながら
踊っていた。

それは
喜びに
満ち溢れて
いた。

可能ならば、
永遠に
このまま
踊っていたい。

という
意気に
溢れていた。

・・・・・・

夢に
向かう。

その夢が
何かは
わからなく
とも。

この一歩、
この選択が

間違いなく
夢に近づく
ものだと、

心では
なく

体が
そう反応、
判断
していた。

・・・・・・

夢は
描くな。

と、
よく私は
伝える。

描いた
夢は、

ただ
描いただけの
夢だ。

それは
本物では
ない。

その人に
とって。

夢とは
すでに最初
から
その人の
深奥に
存在するもの。

それは
簡単には
浮上しない。

着々と
粛々と

目の前に
現れる現実と
向かい合い、

今を
丁寧に
生きる。

試行錯誤を
何千何万と
繰り返し、

しかし
それでも
腐らずに
丁寧に
生き続ける。

日々の
生活を
大切にして。

とても
地道なこと。

だが、
とても
1秒1秒が
光に満ちた
もの。

そういった
美しい生き方
を、

噛み締め
ながら
続ける。

その先に
こそ、

深奥の夢

浮上する。

それを
確かに
感じる時、

その人は
美しく
踊り始める。

喜びの
舞いを。

・・・・・・

難しいこと
なんて
本当は
一つもない。

自分に
できることを
誠実に
やり続ける
だけ。

それが
生きる
ということ。

自分を
死なすのでは
なく、

日々を
生きること。

だから
夢は
見つかるん
だよ。

夢は
描いては
ならない。

つづく

つまらなさそう

測り知れない
恐ろしい人
だと
思った。

もちろん、
良い意味
だ。

宇宙の
ような人。

どこまでも
深く、
底が観えない。

ただ、
今は99%以上

閉ざされている。

でも
わかるよ。

扉はもうすぐ
開かれる。

いや、もう
開き始めて
いる。

だからこそ

この出会い
なんだろう。

・・・・・・

向き不向き

話を
していた。

人には皆、
向き不向きが
ある。

先天的な
特性として。

だからあえて
自分に
向いている
ことから
始めるといい。

そうすれば、
成長スピードは
高まり、
その中で
不向きなことにも
力がついてくる。

それが
一般論。

だが。

その人は、
どちらでもいい、
というよりも
あえて
不向きなことから
始めた方が
良さそうだ。

なぜなら、
一般的な道を
とっても、

つまらない

だろうから。

そう。

今、その人に
漂っているのは
人生に対する

人間に対する

つまらなさ。

きっと
顕在意識では
自覚して
いないだろう。

でも、
フッと
見せるんだ。

つまらんなぁ、
という
呟きがそのまま
形になったような
表情。

そして
放つ空気が
薄くなる。

もっと

メチャクチャに
難易度の高い
ことに

到底
できなさそうな
ことに

体当たりで
向かっていき、

何度も
転べばいい。

その方が
きっと
この人は
本質的な楽しさ

つまりは
進化の楽しさ

感じ取る
だろう。

簡単
だから
つまらない。

・・・こういう人、
増えている
のかな?

つづく

覚悟したよ

非常に大きな
槍で

背中から
突かれたようだ。

巨大な
痛みと共に、

巨大な
穴が
腹に空いた。

それでも
死なずに
生きている
自分に
驚き
呆れながらも、

やるべき
ことを
やらねばなぁ、


呑気に
呟いている。

人は人を
傷つける。

味方だと
思っていた人
でさえ、

場合によっては
背後から
攻撃する。

何度も
それに晒されると、

さすがに
人間が
嫌になってくるが、

しかしそれでも
やるべきことは

ここ


あるのだから。

何を差し置いても、
それだけは
やらねば
ならない。

そうしないと
自分自身を
裏切ることに
なるのだから。

・・・・・・

どれだけ
攻撃を受けても、

こちらからは
決して
攻撃はしまい、


決めて
生きてきたが、

それでは
いつまで経っても
変わらない
人がいる、

組織がある、

世の中がある、

ということを
思い知り、
少し方向転換した
のが、

ここ2〜3年
のことだ。

つまりは、
必要に応じて、
こちらからも
攻撃を加える、
と。

壊すべきものを
壊すために。

本来は、
その人自身が
壊すべきものを。

しょうがないから、
他者である
私から
壊しにかかる、
と。

そう
方向転換
したんだ。

それは
正しかったのだ、

最近は
本当によく
実感するように
なった。

やりたくは
ないが、

やらなければ
間に合わない、

という
方法。

その
道のり。

しばらくは、
そっちこそを
本流と
せねば
ならないようだ。

グッと
覚悟する。

つづく

鎧の話をしても

鎧を
着ているな。

それは
あなたには
必要のない
ものだよ。

・・・と、
心の中で
その人に
メッセージする。

本当は
あなたとは
もっと

普通に

会話を
したいのだけど。

あるがまま

会話をね。

・・・・・・

特に、
男子は
鎧を着たがる。

鎧を
着ていられる
自分が
格好いい、

思い込む。

でも、
鎧の格好良さ

求め続けても、

それは
あなた自身では
ないんだよね。
どこまで
いっても。

・・・・・・

あなたとは
本当に
もっと普通に
話をしたい。

本当に
話すべき内容が
あるんだ。

お互いに
もっと深く
理解し合うことで

始められる

ことが
あるんだ。

それをこそ
急いで
いるんだよ。

・・・・・・

あなたは
変わらない。

変わろうと
してくれない。

どうしても
鎧の話ばかりを
したがる。

しょうがない。

ちょいと、
強引に
詰めていくか・・・。

こんなパターンが
やけに
増えているな。
ここ数ヶ月。

つづく

道が開く直前で

まるで
孔雀が
羽を広げたような
インパクトで、

その人は
笑った。

あぁこれは
もう
道は開くな、

直観した。

あとはもう
話すことは
なし。

雑談くらいで
私は
切り上げた。

・・・・・・

道を開くだけ

準備ができたな、
というところで、

基本、
私は引く。

あとは
本人のやること
だ。

コーチは決して
やり過ぎては
ならない。

・・・・・・

ここからは
この人の
自力で
行けそうだな、

思える、
さらにその
一歩手前で、

私は
引くように
している。

自力プラスα
の場所。

少し
無理をする
場所。

その絶妙の
場所がある。

そこを
逃さずに
引く。

引いたら
一切、
力は貸さない。

ヘルプも
サポートも
しない。

・・・・・・

コーチという
役割において
だけでは
ない。

家族に対しても
基本、
私は同じ
スタンスだ。

なぜなら
私は
このスタンスこそが
人を尊重する
ということだと
思っているし、

人の尊厳を
守る、
ということだとも
思っているから。

その人の
人生は
その人のもの。

その人で
しか
立ち向かえない
課題や現実が
目の前に
くる。

それは本来は
自力で
越えていくこと
こそが、
人生の価値。

ここを
外しては
ならない。

ここが
わからない人は
人のサポートは
してはいけない。

つづく

守りきるもの

砂の山
だと
よくわかって
いるよ。

どれだけ
大きかろうが、

一瞬で
崩れてしまう
ことくらい。

しかし
それでも
守らねば
ならない時が
ある。

守りきれない

知っていも。

・・・・・・

私はずっと

守るべき
ものを
放置し、

守らなくても
良いものを
守り続けて
きた。

そんな自分

ある時本当に
嫌気が
さしたんだ。

呆れ
果てたんだ。

・・・・・・

行く道の
彼方から
ブルドーザーの
ようなものが
くる。

あんなもの

対抗できる
はずがない。

私の
創り上げた
山は、
その風圧だけで
崩れてしまう。

しかし
それでも
守らねばならぬ
ものはある。

・・・・・・

だから
ブルドーザーに
対峙した。

戦おうと
したわけでは
ない。

ただ、
向かい合った
んだ。

儚い山
だが、

その山が
崩れるくらい
なら、

私自身が
崩れれば
いい。

私しか
あれを
守れる存在は
いないから。

弱いくせに
立ちはだかった。

すると
ブルドーザーは
止まり、
方向を変え、

避けて
くれた。

私は
あの儚い山を
守ることが
できた。

・・・・・・

だからこそ、
壊したんだ。

自らの
手で。

この山は
私自身でしか
崩しては
ならない。

だから
守った。

だから
壊した。

守り
きった。

だから

壊し
きった。

これで
ようやく
次に
進める。

つづく

対峙は常から

洞窟から
溢れ出るものが
ある時に、

しっかりと
それらと
対峙できるか?

どんな時も。

つまりは
どんなに
調子の悪い時
でも、

しっかり
対峙できる
自分で
いられるか?

ということを
私は常に
大切にしてきた。

私は
私の弱さを
知っているので、

だからこそ
余計に。

いざという
時に
逃げ腰に
ならぬよう。

どんな
瞬間にも
対峙すべきものと
対峙できる
ように。

・・・・・・

対峙、
とは
戦うことばかり
ではない。

共に
愛し合うのも
対峙の
一つだ。

守ることも
守られることも
対峙だ。

全身を
さらし、
全身で
感じ、
全身で
発する。

そこに
余分な防波堤や
防御の壁や
クッションや
緩衝材などは
一切
必要ない。

素っ裸の
ままに
対峙することが
対峙、だ。

だから
ある時は
大きく傷つけられる
かもしれない。

ダメージを
得てしまうかも
しれない。

でもそれが
どうした。

そうなったら
そうなった時だ。

というくらいの
開き直りで
ここにいる。

そんな自分

育ててきた。

強くなれたか?

問われれば、

全くその
実感はない。

だから
私は弱い、
という
自己イメージの
ままでいる。

ただそのことと
対峙できるか
どうかは、
別次元の
話だ。

やるべきことを
やる。
そのために
対峙する。
あらゆる
現実と。
存在と。

すると、
そこでしか
起きない現実が
展開を
始める。

地道な対峙は
ある瞬間に
現実を
ゴリッと
動かすんだ。

つづく

本当にこれで良いのか

昔からの
やり方を
変えよう!
という動きは

今の世の中の
あちこちで
始まっているし、

様々なものが
実際に
壊されたり、
再構築されたり
しているが、

本当に
それで
いいのか?

それらは
本当に
壊したことに
なるのか?

本当は
もっと
肝心なところを
壊さなければ
ならないのでは?

我々は。

・・・という
疑問符はずっと
私の中にある。

壊すフリ、

という言葉が
どうしても
浮かんでくる。

本当に壊す
べきところには
触れずに、

そうでない
ところを
懸命に壊して
満足している。

結局は、
何も
変わったことに
なっていない。

世の中は
何も
変わっては
いない。

いやむしろ、
荒んでいる
だけ。

・・・では
ないか。

穿った見方
ではないと
思う。

なぜなら
本当に
壊し、
本当に
変わっているなら、

私達は
もっと
幸せ感に溢れる
はずだ。

内側から

芯から

溢れるエネルギー

あるはずだ。

私達は
何度も何度も
表面的な部分を
取り繕って
きた。

それが私達の
歴史だ。

それを
もう
本当に
やめなければ
私達は
本当に
終わってしまうよ。


私の中のどこか
が、
ずっと警笛を
鳴らし続けている。

私は
自分自身の
この警笛を

最大限に
尊重する。

そして
私のすべきことを
決めていく。

自分の
責任において。

つづく

私の願い一つ

美しいものを
美しいと
感じてくださる
人。

そんな人
との
出会いは、

私自身を
救ってくれる。

恩恵。

という言葉

浮かぶ。

こんな人と
出会えるなら、

私なりの
この人生は

なかなかの
もんだな。


自己を承認
できる。

美しいものを
美しいと
感じ取れる
人は
美しい。

そんな人
との
語り合いも
美しい。

美しい
時間。

美しい
人生。

できるだけ
私は
そうありたいし、

これからを
担う
子ども達にも
そんな人生を
送ってほしい。

可能で
あれば、

でき得る限り
美しい社会に
して、

バトンを
受け渡したい
ものだ。

つづく

私の自由

自分を
縛っていることに
全く気づいていない
人は多い。

これはずっと
変わらない。

私は自由に
生きる!

宣言している
人ほど、
その傾向が
高い。

自由の
履き違えだ。

・・・・・・

自由になる
ためには、

自由になれる
自分自身を
まずは
手に入れなければ
ならない。

それは、

どんな環境でも
生きていける
自分


なるという
こと。

環境を
選ばなければ
自由になれない、

という状態では
どこにいても
自由には
なれないからだ。

ただしこれは、
依存しては
ならない、
ということでは
ない。

人間はそもそも
依存し合う
生き物だ。

そこを
誤魔化して
いても
自由にはなれない。

大切なのは、
自らの意志として、

私は今、
何に
どのように
依存するか?


決めること。

これを自由に
決められることが
本来の自由への
第一歩だ。

・・・・・・

本来の依存
とは、

まずは
自らが自らの
足で立つ
ことができる、

もしくは
そうなろうという
本気の意志が
あることで
成り立つ。

ただ闇雲に、
意図せず
無意識に
依存する状態を、

寄生

と言う。

ただ本能的に
自分を守るため
だけに
寄生する。

残念ながら
そんな人は
多い。

日本の国力が
ずっと
下がり続けて
きたのは、

根本的には
それが
原因だと
私は思う。

・・・・・・

寄生する先

探し求める。

自由を
求めながら。

誰か、
私を自由に
してくれる人は
いませんか?


探し求める。

それを
続けている社会
では
いつまで経っても
同じ次元に
いるしかない。

そこを私は
変えたい。


思って、
もう30年近く
やってきた。

もちろん、
知らず知らずの
うちに、
私自身が
何かに
寄生していたことも
あった。

そこから
脱け出すのは
怖かった。

が、
そこにずっと
居続けることこそ、
本当の恐怖。

ということは
よくわかる。

人はもっと
強くあらねば
ならないし、

本当は
それはできる。

私にできること

限られているが、

それでも
できることの
最大は
やり続ける。

それが私の
自由だ。

つづく

丸い人間になりたい?

喜びが、
全細胞に
行き渡る時、

あぁ今の私は
調子が良いなぁ、
と思う。

調子の悪い
時は、
体のどこかが
滞る。

細胞レベルまで
喜ぶことが
できない。

まぁ、
悲しみや憤りも
そうかな。

あらゆる感情が
きちんと
体全体に
行き渡っているか
どうか?

とても大事だ。

・・・・・・

人間は
感情の生き物
だが、

その感情を
抑え込もう
抑え込もう
とする人は
多い。

いやいや
いや。

いつも
開放していれば
いい。

きちんと
全細胞に
行き渡るように。

そうすれば
偏った
歪な
感情の出方は
しない。

抑えてしまう
から、
人を傷つける
ような

そして
自分自身をも
傷つけるような

出方を
してしまう。

もちろん
基本は、
自らの真本音を
大切に
日々を生きる
ことだが、

それができている
人ほど、

自らの感情を

つまりは
反応本音を

大切にすると
いい。

プラスの感情も
マイナスの感情も
自身で評価は
せず、

ただ
あるがままに
味わう。

全身で。

それを
続ければ実に
健康的な日々が
送れる。

・・・・・・

私は丸い
人間に
なりたい。

・・・と
言われる人が
いる。

であれば、

自分の
歪さを
そのまま
いつも表現する
ことだ。

抑える方向で
丸くなることは
ない。

開放して
初めて、

まるで太陽の
ような
光り輝く
丸さを

私達は
得られるんだ。

つづく

それじゃつまらんよ

離合集散。

離れては
集まり、
集まっては
離れる。

延々と
同じ繰り返し。

何が
面白いのか?

変化している
ようで
全く何も
変わっていない
ではないか。

・・・・・・

同じ場所で
踊る。

一生懸命に
踊っているから、
頑張っている
ことに
違いはない。

でもずっと
同じ場所だ。

それに
本当に
意味がある?

・・・・・・

無駄な動き

やめて、

静かで
いいので、

進もうよ。

少なくとも
今とは違う
場所に
向かおうよ。

・・・・・・

同じ場所に
いたら
腐ってしまう。

そのように
我々は
できているのでは
ないかい。

違う場所が
居心地が
良いか悪いかは、

行ってみなければ
わからない。

少なくとも、
同じ場所に
居続けることほど
居心地の悪い
ことはないと
思うけどな。

・・・・・・

離合集散。

どうせ、
離れる存在は
離れていく。

でも、
結局は
また戻ってくる。

それが人の
宿命ならば、

進みながら
それを
しようよ。

パターンを
変えるんだ。

癖を
変えるんだ。

自分が
変われば、

展開は
変わる。

離合集散は
変わらない。

でも
展開は劇的に
変わる。

居心地が
良いかどうかは、
その後だ。

・・・・・・

進む先が
わからなければ、
きっと
ジグザグに
行くことになる
だろう。

それでも
いいじゃないか。

止まっている
よりは。

ジグザグは
だんだんと
小さくなり、

そのうちに
一直線に
なるさ。

そうして
初めて
進む先が
観えてくる。

そこからは、
自らの
意志と選択で

離合集散
できるよ、
きっと。

つづく

不明なものがある

大小様々な
トゲのある、
変な物体が
降りてきた。

トゲが
刺さらない
ように
注意しながら
手のひらで
受け止める。

一見すると
ウニのようだが、

それにしては
トゲがあまりにも
長い。

よく観察
すると、
何かの卵の
ようだ。

何かが
生まれるの
だろうか?

・・・・・・

私達は、
あまりにも自分の
常識と
かけ離れた

「わからないもの」


目の当たりに
すると、

まずは
恐怖と拒絶感が
生まれる。

本能として
当然のことだ。

だがここは
本能に
流されては
ならない、

気がした。

決してこれが
どこかに
飛んでいって
しまわないように、

丁重に扱う
ことにする。

・・・・・・

それは
育った。

卵のように
割れて
中から何かが
出てくるわけでは
ない。

そのものが
育った。

形状は
より歪(いびつ)に
なり、

より
わけがわからなく
なった。

しかしそれでも
丁重に扱う。
それが
どこかに飛んで
いかないように。

・・・・・・

それから
23年経った。

まだそれは
ここにある。

相変わらず
卵のように
割れるわけでは
なく、

それは
無言のまま
ここにある。

形は
より歪に、
そして
かなり巨大に
なった。

これが何か?

相変わらず
わからないが、

しかし
本当はもう
わかっている。

知っている。

だが、
まだもうしばらく
わからない
フリを
していよう。

・・・・・・

それにしても
歪な形だ。

どう見ても
健康体とは
言えない。

何となく
それが何かが
わかればわかるほど、

今のこの形が
不健康だと
わかる。

だから純粋に
心配になる。

大丈夫かな。

これが何か?
わかる日は
近い。

それまでに
何としてでも
私は私を
整えさせねば。

つづく

そんな簡単ではない

中心核が
ゴニョゴニョと
揺れている。

揺れている
時点でもうそれは

中心核とは
言えない。

新しい中心核を
見つけるしか
ないが、

その人は
これまでの
中心核に
執着している。

私は自分を
変えたくない!


叫んでいる。

・・・・・・

後ろから
押される。

前のめりに
倒れそうに
なる。

もう、
これまでの
中心核では
立っていられない
ことは

一目瞭然だ。

なのに
まだ、

こだわっている。

自分を
変えたくない!

かつての自分

しがみついている。

・・・・・・

滑稽だと
思うかい?

笑える
かい?

笑えない
だろ。

それが
人間だから。

あの人も
そうだけど、
私達も
似たようなものさ。

中心核を
変えるのは
怖いもの。

いざ
自分がそうなれば
わかる。

その
あまりの
恐怖を。

・・・・・・

言うは易し
行うは難し。

客観的に
見つめ
評論するのは
誰だって
できる。

自分事に
なった時に
私達は
知るんだ。

自分の
正体と
不甲斐なさを。

・・・・・・

で、
堕ちるんだ。

結局、
自分は
何もできない
ではないか、
と。

口先だけでは
ないか、
と。

あまりの
自身の
情けなさを
目の当たりにし、

泣きつくし、

後悔し尽くして
堕ちる。

徹底的に
そうなって
初めて

芽生える
ものがある。

それが、
真の強さだ。

そうして
初めて私達は

中心核を
入れ替える
ことが
できるようになる。

だから
小手先で
「やった風」で
満足せず、

とことん
痛い目に
遭った方が
早いんだよ。

つづく

この激しい悔しさは

悔やんでも
悔やんでも
悔やみきれない、

という
想いがあるなら、

その気持ちを
ずっと
愛するといい。

そんなこと
できん!

言われそう
だが。

それでも
やるんだ。

理屈ではなく
その気持ちを
丸ごと

胸の中心に
抱くんだ。

どんなに
苦しくても。

・・・・・・

その激しい
悔やみは、

真本音レベルの
後悔だ。

反応本音レベルの
後悔であれば、
それは
胸に抱けば
徐々に
消えていく。

薄れていく。

が、
真本音レベルの
後悔は
消えない。

むしろ
より激しく
顕在化する。

それは
自分の体が
もぎ取られるような
痛みを伴うが、

しかし
それでも
愛することで
やっと
浮上するものが
ある。

それこそが
ビジョン。

真のビジョン
だ。

・・・・・・

さぁ、
どうする?

その苦しさに
立ち向かう?

立ち向かえば
そこに
出口はあり、

立ち向かわねば
回り道となる。

どちらを
選ぶことも
できる。

どちらを
選んでも
罰せられることは
ない。

が、
これ以上
悔恨を深める
方向には
行ってほしく
ないな。

つづく

ついに始まった

強い風が
吹き始めている
のが
わかるかな?

とてつもなく
強い風だ。

しかも
これからさらに
強まっていく。

“進化の風”

言ってもよい。

実在レベル
の話だが、

世の中は
ついに
勝負に出たな、
という
印象だ。

荒治療。

これで
ダメなら
諦める。

という
くらいの、
賭けに出た
ようだ。

・・・・・・

その風に
乗るには
相当の力が
必要だ。

その力とは
真本音の
力。

残念ながら
自らの真本音を
大切にできない
人にとっては、

その風は
害でしかない。

災害のような
ものだ。

これまで
何とか平穏に
過ごしてきたのに、

突然に
大型台風に
襲われたような
もの。

しかも
その台風は
通り過ぎ去る
ということが
ない。

恐らくきっと
今後
消えることは
ない。

少なくとも
20年間は。

・・・・・・

その中で
いかに
生きていくか?

きっと私は
無意識的に
こういった状況が
くるのを
知っていのだと
思う。

そのために、
できるだけ多くの
人達が
真本音で生きられる
よう、
サポートを
繰り返してきた。

ここにきて
ようやく
私自身の活動の
意味も
改めて
わかってきた。

真本音を
ないがしろにする
人にとって
その風は
大型台風だが、

真本音で
生きる人たちに
とってそれは、

心地良い
高原の風。
しかも
自分の歩みを
後押しして
くれる。

それくらいの
「差」が
ここからは
出始める。

恐ろしい
くらいに。

そう、
ある意味
恐ろしい時代と
なった。

ずっと
言い続けて
いるが、

世の中全体の
真本音度合いは
高まり続けて
いる。

だから
「世の中」から
すれば、
よこしまな生き方を
続ける人々が
気持ち悪いのだ。

だから
風を起こした。

それは
しばらく
吹き続ける。

恐ろしい時代
だが、

でも
私達のやることは
これまでと
何も変わらない。

自らの真本音で
生きるのだ。

自らの人生に
向かって。

つづく

苦労について

人としての
当たり前の
感情が
ある。

その
あらゆるもの

ないがしろに
しては
ならない。

あらゆる
ものが
あなたの
ものだ。

・・・・・・

「苦労」
という言葉が
ある。

この言葉の
本質は、

「苦しみを
労わる(いたわる)」
こと。

つまりは、
自分自身の
苦しみを、

自ら
大切にする
ということだ。

・・・・・・

先日
初めてお会いした
新たな
クライアントさん。

その方は
過去の人生に
おいて
大変な目に
遭ってきた。

しかし
それらを全て
しっかりと
受け止めて、

今の自分の
願いに
繋げていらっしゃる。

「ご苦労
されたんですね」


私が
申し上げたら、

「実は、その
ご苦労、という
言葉を
受け取るのに
慣れていなくて」


言われた。

そこで私は
上記の意味を
お伝えし、

言い直した。

「本当にご自分の
苦しみと向かい合い、
受け入れ、
今に繋げて
いらっしゃるんですね」
と。

するとその人は
最高の笑顔で
にっこりされた。

私は
改めて、

ちゃんと
ご苦労されている
人を
サポートさせて
いただきたいな、
と、

そしてそれが
できる今に対して
感謝しかないな、

思えたんだ。

つづく