チームパフォーマンスコーチ

出してはならない成果がある

一つの発想

出たとき、

さらにその
奥に
何かがないか?

ということを
私はいつも
大切にしている。

奥に何か
気配がある場合、

時間をかけて
でも
それを確認する。

奥、つまり
根っこ
と言ってもいい。

その発想の
親に当たる
存在。

これを
やり続けることで
その発想の
活かし方を
より深く理解
できると共に、

私は私自身への
理解を
深めてきた。

自分の根っこ
を知ること。

知れば知るほど、
さらにその奥の
根っこが
観えてくる。

そこに
際限はない。

根っこの
また
根っこ。

さらに
その根っこ。

自分理解は
人の理解
でもあり、

ある意味、
この世の中の
理解、
宇宙の理解
とも言える。

根っこが
わかれば、
その根っこと
表面の自分
とを結びつける
努力をする。

つまり、
根っこに
繋がる行動を
起こし、

根っこに
繋がる成果を
出そうとしてきた。

根っこの
ことを
「真本音」と名づけ、

根っこに
繋がる行動を
「真行動」

根っこに
繋がる成果を
「真成果」

名づけた。

つまり、

自らの
真本音に基づき、
真行動し、
真成果を
出し続ける。

これが
我々人間が
すべき
(=本当にしたい)
ことだ。

至って
シンプル。

真行動には、
行動の内容も
さることながら、
行動のタイミング
こそ重要だ。

そして、
真成果という
視点を得てから
私は、

今、出しては
ならない成果


あるということを
知った。

今、出しては
ならない成果を
出してしまえば、
その後の
行動が
真本音と分離
してしまい、

結果として
自分が本当に
望む人生展開とは
別の人生を
創り上げてしまう、

ということが
理解できた。

今は
スピード重視の
時代だ。

コスパコスパ、

言われる。

だが、
本当にそれで
良いのか?

ただ闇雲に
決断し、
ただ闇雲に
動き、

とにかく
出せるだけの
成果を
出し続ける。

・・・そんな
進み方で
良いのか?

それでは
経営も人生も
すべてが
苦しいものと
なる。

そこから
自らを解放
することこそ、

ここからの
時代の
最重要課題
ではなかろうか。

今ここで
出してはならない
成果は、

出しては
ならないのだ。

しかるべき
タイミングで
必要な成果が
出るよう、

私達は
自らの真本音を
大切にしよう。

そして
毅然と
真行動し続けよう。

つづく

避けない方がいい

楔をどんどん
打ち込まれ
続けている。

打ち込まれる
度に
何かが裂け、
動けなくなる。

自由が
失われていく。

この道を
進めば、
そうなることは
目に見えて
いた。

が、それを
わかっていながら
ここに
来たんだ。

だからもう
覚悟済みだ。

完全に
自由を失った
ときに、
私はどうなるか?

どんな状態に
なり、
どんな生き方に
なるのか?

それをぜひ
体験し
観てみたかった
のだ。

面白いことに
想像以上に
私は私を
失った。

それどころか、
頼まれても
いないのに、

自ら
自分自身に
楔を打ち続ける
ようになった。

とことんまで
自分を
痛みつけ
続ける。

際限が
なかった。

もうこのまま
行けば、
私は私の人生に
戻ることが
できなくなる。

その限界点を
越えるか越えないか
くらいの
ギリギリのところで、

私はそこから
脱け出た。

心も体も
魂も
ボロボロに
なっていた。

大変
おこがましい
言い方だが、
正直、
こう思ったのだ。

俺でさえ
こうなるのか。

・・・と。

私は人の
弱さ、
というものを
ひしひしと
実感した。

自分の力の
なさ、
いざという時の
情けなさを
実感した。

そうなって
初めて、
自分自身に
OKを出せた。

もうお前は
人をサポート
しても
大丈夫だ、
と。

実は自分には
何の力も
ない。

ということが
わかって
初めて、
私は本当の意味で
人と向き合える
ようになった。

そういう意味で
今から思えば、
あの頃の
楔たちに
感謝だ。

自分を失う
ような
苦しさや
悲しさや
挫折感や
孤独感や
絶望感。

それらを
実感して初めて
観えるものが
ある。

そうじゃないかな?

だから、
楔は
避けない方が
いい。

辛いこと
だけどね。

つづく

ダメだこりゃ

しばらく
仰向けに
寝転がって
いた。

草原が
広がる大地で。

暑くも寒くも
ない
快適な風の
中で。

心と体が
少しずつ
回復するのが
わかった。

あと
15分くらい
このままで
いれば
大丈夫だろう。

そう思い、
15分、
真剣に休息した。

完全に
力を抜き、
世界に自分を
委ねていた。

再び
立ち上がった
とき、

世界が
違って観えた。

その感覚に
より、
私は自分が
確かに
復活できたことを
知った。

と同時に、
想像以上に
さっきまでの
自分が
ピンチだったことも
知った。

また、
無茶をして
しまった。

さんざん、
人には

自己犠牲は
ダメだ!


言っておき
ながら、

結局、私の
やっていることは
自己犠牲そのもの
だ。
きっと。

でも、
そうせざるを得ない
ではないか、

呟く。

また私は
現場に戻る。

使える
エネルギーは
全部、
使ってしまう。

どれだけ
パワーアップ
しても、

パワーアップ
できた分、
全部
使ってしまう。

もっと
適当に
生きた方が
いい、

散々、言われ続けて
きた。

親にだって
言われた。

が、
この生き方は
変わらない。

変えたいと
本気で
願ったりもするが、

変わらない
のだ。

この生き方が
変わらない
のであれば、

自分を労る
時間を
もっと増やさねば
とも
思っている。

本当は私は
のんびり
屋さんだ。

できれば
ずっと
のんびり
生きていたい。

だから
そういう時間を
意図的に
増やしたいな
と思う。

俺よ、
休めよ。

と、
自分に
言い聞かせる。

休めるようなら
休むよ、
でも
無理だろう?


返ってくる。

ダメだこりゃ。

つづく

事故のように見えて

以前、長男が
5歳くらいの頃、
公園にいた時に、

ブランコに
乗るから
後ろから強く
背中を押して
ほしい、


言われた。

言われた通りに
すると、
何度目かの
時に、

長男が
落ちた。

彼は
怖がりなところが
あるので、
私が押しすぎた
のだろう、
怖くなって思わず
手を放して
しまったのだ。

お尻から
地面に落ち、
しばらく
痛そうに悶え、

そして
泣いた。

しかし
ひとしきり泣くと
何もなかったかの
ように立ち上がり、

スタスタと
歩いて
ブランコを
離れた。

その映像が
ふと
思い出された。

で、
思うのだ。

あのちょっとした
事故がなければ、
今の長男は
別の長男に
なっていたな。

あれは
長男の真本音が
引き起こした
出来事だったな、
と。

地面にお尻から
落ちた
あの瞬間、

長男は一つ、
何かを
壊したのだ。

それは
長男にとっては
余分なもの。

そこからの
人生には
不必要なもの。

このように
少し体を
痛めつけながら、
自分を
次に進めるための
弾みとする、

ということを
結構、
私達は
よくやるのだ。

それを
強めに行なう
人もいる。

例えば、
何度か病院に
通わねばならない
怪我をしたり、

一見すると
重めの病気に
かかったり。

しかしいずれも
それらが
治ることで、

それまでには
ない
スッキリさ

手に入れる。

人生を
次のステージに
進めるための
イベントのような
もの、
とも言える。

このように、
一見すると
自分にとって
不幸な何かが
起きたとして、

これは
私の真本音が
起こしている
ことか?

という問いを
自分に
投げてみると
いい。

真本音で
起こしている
ことならば、

迷いなく
スッキリと

「そうだな!」


答えることが
できる。

迷いが
出たり、
頭で考えながら
「そうだな」
と少し強引に
思ってしまう場合は、

それは
違う。

その区別を
しっかりつければ、

案外簡単に
真本音からの
メッセージを
理解することが
できる。

人生を
次のステージに
進めようとしている
人は
今、また急増
している。

その弾みを
つけるための
イベントを、

私達人間は
結構
大切にしている
ものだ。

つづく

すぐに帰るよ

高い山頂
から
眼下を見降ろす。

遠くに
街並みが
霞んで見える。

あそこから
来たんだな。

遥か遠くから
来たな。

よくここまで
来れたな、

思う。

あの中に
埋没している
時は
気がつかなった
が、

いつの間にか
空は
こんなにも
澄むように
なったのだ。

以前よりも
濃くなった。

山の上に
いるからでは
ない。

空の本質が
変わりつつ
あるのだ。

それを
知ることが
できただけでも
ここまで来た
甲斐がある。

私はあえて、
埋没
を選んでいる。

こうやって
全体を俯瞰する
次元も
大切だが、

あえてそれを
最低限にし、

できるだけ
長い時間
埋没するように
している。

そこまで
集中して初めて
成せることが
ある。

突破できる
ことがある。

そのためにも
できるだけ
早く、
私はあそこに
戻らねばならない。

まぁそう
言わず、
もう少しのんびり
セーよ。

と、
誰かの声が
聴こえる。

きっと
私自身の声
なのだろう。

いや、
そうはいかんよ。

私はすぐに
帰るよ。

つづく

見守ってくれる

月が
浮かんでいる。

鏡のような
水面の
上に。

この光景が
眼前に
現れる時は、

大体は、

大きな
一仕事が
完了した時だ。

ほんの
隙間の
安らぎ、
かもしれないが、

しかしその
月は
私を心底
癒してくれる。

月は
何も言わないが、
それでも
これ以上ない
くらいの

見守り


してくれている。

私は月に
語りかける。

今回も
大変だったが、
今回も
やり切れたよ。

私の命は
私の予定
している通りまで
ちゃんと
持つだろうか。

とにかく
その日まで
持ってくれれば
いい。

それだけが
願いだな。

月は何も
言わないが、
何となくだが、

大丈夫だよ


微笑んで
くれたように
感じる。

まぁ、
いつもの
ことだが。

つづく

請けるかどうか

登山をしていて
大雨に降られ、
全身が
びしょ濡れになった
あの感覚を
思い出したよ。

衣服が
ベタベタと
体に張り付く
あの感覚。

体温を
奪われ、
気力を
奪われ。

あの
鬱陶しい
感覚。

あぁ、
これでは

この
環境では

頑張ろうという
気持ちも
萎えるだろう。

この
空気の
この場では。

あそこに
行きたく
ないのです。

という
彼のあの
叫びにも似た
訴えは、

確かに
その通りだろう。

彼のその
感覚こそが

健康である

という
ことなのだろう。

しかし
周りの人達は
皆、

彼に問題あり


している。

だから私に
ご依頼が
きた。

いや、
彼は
健康だ。

周りに
問題あり

という
ことだ。

こういった
場合、
私はそれを
はっきり
先方に伝える。

彼一人に
対処したところで
何も
変わりませんよ、
と。

根本原因と
見られるものを
はっきり
伝える。

それに対して、
真摯に向き合おう

してくれるのか?

そんな
社長なのか
どうか?

仕事を
お請けするか
どうかは、
いつも
こんなところで
決めている。

つづく

逆転していたんだ

海だと
思っていたものが
実は、
陸で

陸だと
思っていたものが
実は、
海だった。

と、
わかった
ことで、

あらゆることが
明確に
なったよ。

あえて
私の中で
逆転させて
いただんだな。

あえて
モヤモヤを
沸き立たせ
続けて
いたんだな。

タイミングを
待っていたんだ。

絶妙の
タイミングで
自分に

明確な指針


プレゼント
する。

わかった瞬間に
一気呵成に
進めるように。

さて、

というわけで
ここから
一気呵成だ。

つづく

ここでまた重要な問い

ヒューッと
どこからか、

問いが
飛んできた。

頭の上を
通り過ぎようと
していたので、

ちょいちょい、
ちょっと待った!


声をかけた。

君は
どんな問いだい?


問いに
問いかけると、

止まって
くれた。

あぁここに
いたのか。
探して
いたんだ。

・・・と、
問いは言う。

私に必要な
問いなのかい?

いや、
もちろんあなた
にも
必要だけど、
あなたの周りの
人達にこそ、ね。

じゃあ、
教えてくれる?

もちろん!

ということで、
次の問いを
いただいた。

・・・

夢だと
思っていたものを
3つ壊し、

新たに
3つの夢を
付け加えるとしたら、

どんな夢
がいい?

・・・

夢とは、
真剣に向かう
途上で、
何度も壊すものさ。

壊すことで
近づいていく。

つづく

コーチング直前

ちょっと
早く着き過ぎて、

でも
クライアントさんも
早く着き過ぎて、

予定より
随分早く
席についた。

あと5分
お待ちいただけ
ますか?

と、
クライアントさんは
メールをチェック。

コーチング直前の
この時間。

安堵感という
土台の上の
緊張感。

私は
全体的に
言えることだが、

物事の
「直前」
の空気感が
とても好きだ。

それが
緊張の伴う
大きなことで
あればあるほど。

ひょっとすると
こういった
空気や感覚を
味わうために
自分は
生きているのか?

思えてしまう
ほどに。

今日の
コーチングは
全く未知数だ。
予測が
つかない。

しかし今後を
大きく、
あまりに
大きく左右する、
分岐点となる
時間だろう。

一言一言。

この
クライアントさん
との
会話、やり取り
を、
丁寧に
味わおう。

一つも
間違えずに、

本当に
必要な一言
のみを、

本当に
必要なタイミング
のみで。

つづく

延長線上に未来はない

これまで
辿ってきた道と、

これから
辿るであろう
道と。

その両方の
ちょうど境目に
私達は
いる。

ここから先の
道は
輝いて
観えるかい?

重要なのは
そこだ。

ここから先が
輝いている
ならば、

後ろを
振り返って
ごらん、

これまでの
道も
輝いて観える
だろう。

未来に
光を感じるか
どうかで、

過去は
変わるんだ。

なぜなら、
過去が未来を
創るのではなく、

未来が過去を
創るから。

ここからの
時代は
そうなんだ。

だから、
これまでの
延長線上で
進もうなんて
考えたら
ダメだ。

その時点で
全てが
止まる。

延長線上、
などというものは
本当は
ないからだ。

幻影だから
だ。

実在の道を
辿ること。

実在の道は
未来から
やってくる。

今を大切に
生きる人の
もとに、
それは未来から
もたらされる。

かと言って
過去に目を瞑れ、
ということでは
ない。

むしろ
過去はしっかり
振り返ること。

過去は過去
として。

振り返れば、
後悔が
湧くだろう。

逆に、
喜びも。

それら
あらゆる気持ち
たちを、
できれば全て
自覚すること。

そんな自分が
今ここにいる、
ということを。

そんな自分が
これから
進む。

しかも
これまでの
延長線上では
進まない。

過去から
ここまできた
今の自分が

この線上を
離れて

ただ純粋に
未来に進む

決めている。

その覚悟が
未来を
引き寄せる。

未来から
道がもたらされる。

もっと
端的に言おう。

これまで
創り上げてきた
この自分を
全て自覚した
上で、

この自分を
超えていけ。

つづく

そこで力を使うな

砂漠の
砂の上に
立っているようだ。

ズルズルと
足を取られる。

蟻地獄の
ように。

進もうにも
前に
上手く進めない。

それでも
強引に
行こうとする。

が、
そこで力を
使い過ぎて
しまった。

夜になれば、
その砂たちは
まるで
氷のように
カチコチに
固まった。

まだその方が
歩きやすい。

そうか、
最初から
夜を待てば
よかった。

使うべきじゃ
ない時に
無闇に力を
使えば、

いざという
時に
必要な力が
出なくなる。

いつ
力を抜き、
いつ
力を込めるか?

そこを
常に丁寧に
見極めながら
進むことこそ、

真剣に生きる

という
ことだと思う。

夜を
待った方が
良い時は、
夜を待とう。

昼間は
休んでいれば
いい。

私達は
休むことに
罪悪を感じたり
する。
真面目な人ほど
そうなる。

が、
その罪悪感
そのものが
エネルギーを
奪う。

休む時は、
休む。

真剣に
休む。

自分の意志で
休む。

そして、
やる時は
やる。

そのメリハリ
こそ大切。

ここは
草原なのか?
砂漠なのか?

今は
進むべき
タイミングなのか?

状況に常に
意識を向け、

真剣に

自分の行動を
決めよう。

つづく

望むところだ

余分なものが
全部
取れたら、

金色の柱
のみが
残った。

全く
揺らぐ感覚の
ない、
安定した柱。

なんだ、
答えは
わかっていたじゃ
ないか、
最初から。

彼はそう
呟いた。

何を私は
迷っていたのか?
いや、
迷ったふりを
していたのか?

ここまでの
時間を
返してほしい、

自分に
言いたいですよ。

と、
それでも
笑いながら
彼は言う。

そう。

私達の心には
余分なものが
いっぱい
ついていて、

それらに
よって、
余分なことを
考え過ぎ、

まるで自分が
迷っているかの
ように
感じ取って
しまう。

が、
本当は
何も迷いは
なかった。

それを
実行に移す
だけだったのだ。

人生の
浪費、
とは言わない。

そういった
ことも含めて
全ては
学びだから。

でも彼は
言い張った。

いや、
これは
浪費です。

本来、私には
こんなことに
時間を費やしている
余裕など
ないのですから。

彼は
透き通った
目で
まっすぐ私を
見つめなから

やはり
笑顔で
語った。

彼は
本来の焦りを
感じ取り
始めた。

が、それは
彼にとっては
大きな
前進だ。
それ自体が。

だから
今は
笑っている。

が、
彼は
顔を引き締めた。

ここから、
私への本当の
サポートを
お願いします。
と。

望むところだ。

つづく

本当は仲良しなのに

子どものような
無邪気な心で
手を繋いで

その人達は
踊っている。

輪をつくり、
和をもって。

なのに
それを
自覚せず、

現実レベル
では、
足を引っ張り
合っている。

実在と
現象の
あまりの
ギャップ。

だが、
こんなのは
日常茶飯事だ。

このギャップを
結んでいく
のが、
私のさせていただく
サポート。

それにしても
無邪気だ。

こんなに
仲が良く、
縁の深い人達は
あまり
見たことがない。

よくぞこれだけ
集まった。

凄い会社だ。

なのに、
現実は上手く
いっていない
なんて。

本当に
この世の中は
ひん曲がって
いるのだな。

恐らく、
ちょっとした
ことだ。

ほんの一つか
二つの

綻び

を、
解消していく
だけだろう。

しかし
そのためには、

いや、
そのために
こそ、

根っこから
対応しよう。

コミュニケーション
が円滑になる
レベルの
サポートでは、
彼らには
失礼だ。

彼らの
一つになった場合の
シナジーは
きっと
恐るべきものだ。

そのシナジーが
正常に
発揮されますように。

そのためにも
根っこから
いこう。

つづく

出会う前に

待っている。
待っている。
待っている。

早く
来てください、
と。

待ち望まれている
のが
よくわかる。

まだ
お会いしても
ないのに。

必然的な
出会い、

よく言われる。

そう、
その通り。

それはもう
出会う前から
よくわかる。

待ち焦がれた
出会い。

だが、
勢いのままに
その人に
向かっては
ならない。

その人は
どこまで自覚
されているのか
わからない
のだから。

現実を
ちゃんと
見極めながら。

その人の
安心を
奪わぬよう。

ゆっくりと
一歩ずつ、

自然に

近づいて
行けばいい。

つづく

あと少し待てば

意識がどうしても
上の方に
向いてしまう。

5mくらい
上空。

そこに
雲のような
ものがある。

が、
雲ではない。

その中に
何かが
隠されている。

悪い感じは
しない。

だから
どうしても
そこに意識が
向かってしまう。

もう少し。

もう少し。

もう少しだけ
待った方が
いい。

その雲は
自然に
晴れるだろう。

すると
私が待ち
望んでいたものが、
そこに
現れるだろう。

それが何か?

その時
わかればいい。

焦ったいが、
もう少し。

ここまで
ずっと
待ち続けたの
だから。

つづく

ダイレクトに伝えるか

体の中に
異物がある。

意識を
向ける。

あぁあの人の
想いだ。

あの人の
想いが
私にとっての
異物、
ということでは
なく、

あの人のその想い

あの人に
とっての
異物なのだ。

その異物感
が、
私にダイレクトに
迫ってくる。

が、
彼はその想いを
自分の本当の
想いであると
思い込んでいる。

真本音の
想いであると。

が、
この異物感は
どうだ。

真本音どころか
この想いこそが、
彼の進化や
脱皮を
阻害している。

この想いに
執着するからこそ、
様々な
不調和が
起きている。

内面的不調和
そして
外面的不調和
が。

助けて
ほしい。
ここから
出して
ほしい。

という
彼の差し迫った
想いが、
その奥から
伝わってくる。

彼は自分を
解放したがって
いる。
彼自身の
その想いから。

が、
顕在意識の
彼は
それを自覚
できていない。

どうするか?

ダイレクトに
フィードバック
するか?

それとも
もっと
自然な成り行きを
大切にするか?

しかし彼は
逼迫している。

ダイレクトな
刺激こそを
求めている、
ように
感じる。

であれば、
リスクは高いが、
きちんと
そのまま
お伝えしてみよう。

崩れるかな?
彼は。

崩れそうだな。

でも、
待てない
のだな。

やはり彼も
時間が
ないのか。

こういう人が
本当に
増えている。

ゆっくり進めば
いい、とも
思う。

でも
ゆっくり進めば
彼はきっと
深く後悔する。

人は、
自分本来の
スピードに乗る
ことで、
最大の幸せを
感じる。

彼のそんな
幸せな顔が
浮かび上がってくる。

しゃーない。
じゃあ、
やるか。

覚悟を決めて
彼に
アポを入れる。

つづく

漕ぐように進んできたが

昔、学生の頃、
三重県の
鈴鹿山脈の山々を
よく歩いた。

その多くは、
ザックに岩を詰めて
の錬成山行だったが、
それでも私は
山を
楽しんでいた。

鈴鹿山脈は
それほど高い山では
ないので、
稜線に出ても
自分の背丈以上に
ある笹が
ブッシュとなって
繁りに繁り、

その中を
体当たりするように、
必死になって
笹を漕ぎ分けながら
私達は進んだ。

いわゆる
ブッシュ漕ぎ
というやつだ。

それが大変に
体力を
奪われた。

2回目の錬成山行で
ザックの重さが
35kgとか40kgに
なるくらいに
岩を詰め、
延々と登り、
延々とブッシュ漕ぎを
した時は、

笹ブッシュが
ふと途切れた
場所が
崖になっていて、

その時は本当に
ここから
落ちて死んだ方が
どれだけ楽か、

本気で考えたものだ。

今はそんな
鈴鹿山脈を
電車から眺め
ながら、
毎月、お客様の
ところに
通っている。

ふと
思うのだ。

私の人生は
あの
笹ブッシュ漕ぎの
ようだったな、
と。

足元に
ルートはあるの
だけど、
笹がずっと
行手を阻む。

体当たりして
体当たりして
時には
我をも失いながら
進んで、

ようやく
数メートル、
という感じ。

努力の割に
成果は
小さく、

しかし
その本質的成果
を出すことを
最上のこととし、

見掛け倒しの
成果だけは
逆に
絶対に出しては
なるものか、
と、

そこだけは
こだわって
やってきた。

笹ブッシュが
あるならば、

そこを行くしか
ないならば、

堂々と
行こうではないか、
というのが
私の真本音の
進み方だった。

真本音で生きる
以前の私は
かなり
小賢しいところが
あったので、
こんなブッシュ漕ぎ
からは逃れて、
もっと楽な道を
通り、
それなりの充実感で
満足していたの
だろう。

でもそれでは
山頂には
辿り着けないのだ。

なぜ今、
こんなことを
書いているのかな?

思うのだが、

ふと、
わかったことが
ある。

恐らく、
長らくずっと
続けてきた
ブッシュ漕ぎが、

そろそろ
終わりそうなのだな、
と。

いや、
私の顕在意識としては、
これから
もっともっと濃い
笹の波々に
突入しようか、と
考えているのだが、

でもどうやら、
ブッシュ漕ぎは
終わりそうな
気配なのだ。

終わったら
その後、
どうなるのかな?

笹ブッシュのない
風の心地良い
美しい稜線を
景色を楽しみながら
歩くことが
できるのだろうか?

まぁ変な
期待はせず。

ただし、
もう既に
言いようのない
開放感は
感じ始めてはいる。

新たな歩みが
始まることは
確かだ。

楽しみだ、
というよりも
ちょっと
神妙な面持ちだ。

私はブッシュ漕ぎが
嫌いなわけでは
ない。

むしろ
充実感を覚える
から、
自ら望んでいた
とも言える。

それとはまた
違った充実感を、
ここからは
得られるのかな?

グングン
進めるといいな、

思う。

つづく

脱皮したはずなのに

ギュッと
全身を何かに
締め付けられる
ような感覚
がしたと思ったら、

直後に、
フッと
開放された。

短時間の
ことだったが、
そのインパクトは
あまりに
大きかった。

だからずっと
記憶に
残っていた。

遥か昔の
出来事のように
思える。

しかしあの瞬間に
確かに私は
何かから
解放・開放された。

軽くなった。

あの後の
あの行動の軽さ
がなければ、

恐らく私は今、
ここには
いないだろう。

今なら、
あれが何だったのか
わかるのでは
ないか?

そう思い、
その時の自分に
意識を向ける。

すると、
ボロボロになった
古い脱皮の皮が
全身に
こびりついている
私の姿が
観えてきた。

なるほど。

私は
脱皮をした
つもりだった。

なのに、
脱ぎ捨てたはずの
様々な皮たちが、
ブラブラと
体のあちこちに

しがみついて
いる。

そう、
皮たちの
執着によって。

皮にだって
執着はある。

そんなに簡単に
脱ぎ捨てられて
なるものか!
と。

意地にも
なっている。

私はずっと
脱ぎ捨てたはずの
皮たちを
ブラブラ引きずり
ながら、
進んでいたのだ。

ギュッと
というのは、
そういった皮たちを、

あえて、

もう一度、
私は私自身に
戻した。

実在の私自身が
私をそう
導いた。

戻して、
もう一度、皮たちを
完全に
味わった上で、

愛と共に
私は一気にそれらを
かなぐり捨てたのだ。

なるほど。
それが
あの時か。

あのたくさんの
皮たちを
引きずったままで
あれば、
当然ながら
私は途中で
頓挫しただろう。

あの時、
それをやっておいて
良かった。

脱ぎ捨てたはずの
皮。

それをもう一度
完全に脱ぎ捨てる
には、

愛する
以外にない。

愛で
もう一度受け止め、
愛で
捨てる。

今のあなたにも
それは
できるはずだろう。

つづく

凄い悦び方

白い龍が
荒れ狂っている
のがわかる。

この荒れ方は
悪いものでは
ない。

恐らく、
かなりの悦びを
表現しているのだ。

何か、とても
嬉しいことが
あったのだろう。

尋常ではない。

何かを
私達は
成し遂げたか。

実在の
レベルで。

龍に
問うてみる。

何をそんなに
悦んで
いるんだい?

即座に
返ってきた。

一本道に
皆が
入った!と。

進む者たちの
多くが、
人生の一本道に
本格的に
入り、
邁進を始めた
らしい。

なるほど。

それは
私の周りでも
実感できる
ことだ。

晴れやかな
顔、姿、空気感。

私の周りの
人達は、
今、みんなそんな
感じだ。

ここから
いくつもの
分岐点があり、
いくつもの
選択肢が
現れるだろうが、

それらは
全て
一本道上の
もの。

つまり、
全ての選択肢

真本音の道。

ということは
どれを選んでも
良いのだ。

好きなものを
選べばいい、
ということ。

ロールプレイングゲーム
でも、
道が分岐することが
あるね。

どの道を進んでも
結局は
同じ場所に出る。

目的は
果たせる。

ただ、
それぞれの道に
個性があり、

どの個性の道を
行くかは、
自分の好みで
決めればいい。

・・・という
感じ。

これは
楽しいね。

そういった
ワクワクが
充満している。
実在の
レベルでね。

象徴的な
龍の悦び。

私もたまには
泣き叫ぶくらい
悦んでみるか。

つづく

噴火の予兆

もうすぐ、
噴火
しようとしている
のだな、
この人は。

その噴火が
わかりやすい
噴火なのか、
そうではないのか、

どっちでもいい。

わかりやすい、
というのは
文字通りの
噴火。
つまりは、
大激怒!
というやつ。

そうではない、
というのは
そういった
感情表現なしに、
淡々とした
行動として
現れるもの。

ただどちらに
しても、
それはこの
組織に

多大なる
刺激と影響を
及ぼすだろう。

揺れる
だろうな。

大揺れだ。

すると
どうだろう?

ダメージ
大きいかな?

人が
辞めてしまう
くらいの
混乱が
起こるかな?

しかし
そうであったと
しても、
この人の噴火は
この組織に
とっては、

その
脱皮にとっては、

必要不可欠な
ものだ。

むしろ
この噴火が
中途半端なものに
なってしまえば、

悪い意味の
混乱が
持続してしまう
だろう。

だから
私のすべきことは
一つ。

その人が
最も良いタイミングで

噴火し切る

ための
サポートだ。

さぁここから
少し
忙しくなるぞ。

つづく

そこだけは曲げないように

今、
すべきことと、

今、
しては
ならないこと。

この二つが
必ず、

にはある。

できれば
この両方を
自覚できると
楽だ。

本当は
前者だけで
良いのだが、

この世の中、
皆、基本的に
反応本音で
生きているので、

前者だけを
スッキリ行なえる
わけではない。

その場合、
少なくとも
後者、

つまりは
これだけは
やってはならない、
ということが
自覚できていれば、

大きく間違う
ことはない。

「間違う」
という表現は
語弊があるかも
知れない。

別表現に
すれば、

後になって
後悔するような
行動は、
激減する。

例えば、
Aさんとの
会話。

この会話で
今この瞬間、
Aさんのその意見に
対して、

本当なら
それに対しての
反対意見を
言わねばならない。

が、
それをすれば
残念ながら
今ここでのAさんは
それをしっかり
受け止めることが
できないだろう。

逆に心の安定が
崩れ過ぎて、
要らぬ展開が
起きてしまうかも。

だから
言えない。

が、
少なくとも
絶対にしては
ならないのは、

YES!

と、
同調すること。
迎合すること。

それだけは
決してやっては
ならない。

そこで、
反対意見は
言えずとも、
しかし
同調もしなかった。

それにより
何とかその後の
道が
繋がった。

・・・というような
感じ。

こういったこと

一つ一つを
丁寧に行なうこと。

これが
真本音の道を
着実に
進めていく。

本当に
自分の真本音度が
高まり、
エネルギーが
高まれば、

ほぼほぼ
前者のみで
行けるようになる。

それまでは、
少なくとも
後者は
行なわないように。

そこだけは、
曲げないように。

つづく

早急の問い

一本の
ラインがあり、

そこを私達は
越えなければ
ならない。

そして
ここに
問いがある。

・・・

意識を馳せる
ことのできる、
最も遠くの未来
から
最も遠くの過去
まで
見渡した上で、

今から3年後の
自分を
見つめよう。

その自分は
本当に望む自分に
なれている?

もし差異が
あるならば、

その修正の
ために、
今からすぐに
すべきことは?

・・・

早急に。

しっかり
見つめて。

つづく

20年後を見据えて

自分という
人間と
ずっと付き合って
きて、

ようやく
これが私
なんだな、


理解しかけた
ところで、

全てが幻影だった
という
ことがわかる。

その
ショックたるや。

しかし、
幻影であることを
しっかり受け止める
ことができれば、

幻影にこそ
意味があるんだ、
ということが
わかる。

そこでようやく、
自分を活かす
という意味が
腑に落ちる。

すると忽然と
自分の道が
観えてくる。

人生の
一本道が。

観えれば
そこに
一直線。

ただただ
悦びと共に
邁進する。

・・・私自身も
そのような人生
だし、

私のサポート
とは
要するに
こんなことだ。

これを、
できれば
若ければ若いうちに
体験できると
いい。

また、それを
望んでいる
若い人達が
圧倒的に
増え続けている。

それが今の
時代であり、
これからこの傾向は
二次曲線的に
高まっていく。

世の中は
変わろうと
しているのだ。

ここ20年が
勝負だ。

いや、
特にこの数年は
とてつもなく
大事だ。

約20年後、
どんな私達に
なれているか?
によって、

人類のその後

180度変わる。

それがよく
わかるので、
焦る。

焦るが、
焦りからの
行動は
起こさない。

最短の道を
進むために。

疲れそう?

疲れる。
確かに。

が、
その奥では
日々、
悦びを増し続けている
私がいる。

私はまだ、
私のことを
ほとんど知らない。

知れば知るほど
知らないことが
よくわかる。

それが
人間。

皆、そう。

今の自分で
満足すること
なかれ。

所詮は
現象。

されど
現象。

私達は
現象の世界で
生きている。

幻影は
そのままに。

実在を
現象化するんだ。

そうすれば、
幻影も皆、
生きてくる。

実在が
幻影を活かし、
現象に
大きな影響を
与える。

この連続でしか
この20年は
進めない。

つづく

一瞬の永劫

沸騰している
わけではない
のに、
気泡がいくつも
浮かび上がって
くる。

一つ一つの
気泡が、
一つ一つの
世界
のようだ。

世界が
生まれ、
そしてすぐに
消えていく。

私達の文明も
そのような
ものなのか?

一瞬の幻

過ぎないのか?

ただ、

その一つの
気泡、つまり
世界に
入り込めば、

そこには
永劫
を感じる。

中に入れば
永劫、
外から観れば
一瞬の儚さ。

実在と
現象の
関係性でも
ある。

私達の
命は
一瞬の瞬き。

しかし
永劫を感じ
ながら
輝いている。

世界は
次々に
生まれる。

私達人間も
次々に
生まれる。

自分と他人
という
区別を
つけなければ、

私達は
永遠に
生まれては消え、
消えては生まれ
続ける。

そしてそれを
じっと
見守る目。

その存在
もまた、
自分
である。

気泡たちの
間を、
白い龍が
駆け巡る。

それぞれの
気泡を、
世界を、
鼓舞するように。

その龍も
また、
自分自身
である。

しかしまぁ、
龍も
疲れたな。

休みたがって
いる。

が、
まだまだ。

もうちょっと
頑張らねば。

つづく

ある島があった

空中に
島のようなもの

浮かんでいる。

行く当ての
ないような。

ただ
漂い、彷徨って
いる。

意志は
ないのか?

なさそうだ。

強い風が
吹けば、
すぐにどこかに
飛んで行きそうだ。

幻影かな?


思ったが、

よくよく
目を凝らすと

実在
だった。

実在なのに
意志が
感じられない。

興味を持った
私は
しばらくそれを
観察した。

それが
風に流されれば
私もそれに
ついて行った。

それは
いつになっても
何もしようと
しない。

意志そのものも
やはり
見せない。

ところが、
その島の中に、
たくさんの人々の
存在を
感じるように
なった。

どうやらその
人々は
私の存在を
気にし始めた
ようだ。

躊躇や戸惑い、
そして
ある種の
罪悪感のような
ものを
私は感じ取った。

ははぁ〜、
そういうことか。


少しみえてきた。

彼らはその島に
隠れているのだ。

きっとその島は
安穏とした
場所なのだろう。

何もしなくても
ただ
そこに存在している
もの。

何の苦もなく
咎められることも
ない。

きっと彼らは
自分の人生を
放棄している。

と、すると
この島は
何だろうか?

なるほど。

これは多分、
休憩所のような
場所だ。

自分の人生を
進む者達が、
少しの間、
自身を休め癒す
場所だ。

島自体も
そういった者達
との共生によって
エネルギーを
得ていたのだろう。

そしてきっと
以前には
意志もあった
はずだ。

ところが、
進まぬ者達が
隠れ場所として
使うようになった。

島のエネルギーは
奪われ、
意志も薄れ、
今まさに
消えようとしている
のだ。

だから一見すると
幻影に見えた
わけだ。

これは
いけないな。

私は島に
近づいて行った。

こらっ!

一喝しようと
思ったのだ。

が、
私がそれを
する前に、
彼らは
ピューッと
島から逃げて
行ってしまった。

まったく・・・。

あの俊敏さを
自分の人生を
進める方向に
活用すれば
いいのに。

あとに
残された島。

そこで私は
一休みした。

それによって
島も私も
少しパワーを
高めた。

この感じで
あれば、
この島も復活
できるだろう。

消えなくて
よかったな。

また時々、
寄らせて
もらうよ。

つづく

新たな世界への転換

垂直に
まっすぐ
差し込んでくる。

その
光のような
針のような
ものは、

何の抵抗も
なく
突き刺さった。

大地が
悲鳴を上げる。

しかしそれは
必要な
ことなのだ。

ここしかない、
という
一点を探し、

ようやくそれを
見つけ出した。

イメージで
言えば、
1億分の1の
確率のような。

そんな、
運命とも言える
一点を
見つけ出した。

だからもう
容赦は
しない。

そこ目がけて
最大級の
一差しを。

最大級の
エネルギーを
集約させて。

それしか
もう
この大地は
壊れないのだ。

大地が
壊れない
限り、

新たな世界

生まれない。

泣こうが
喚こうが、

この大地は
壊す。

壊すべき
時なのだ。

容赦のない
一差しは、

絶大な
効果を上げた。

大地は
これまでの
長年の蓄積が
嘘であったかの
ように、

脆くも
根底から
崩れていく。

崩れた
その下から
太陽が
現れた。

これこそ
新たな
太陽。

これからの
世界の
中心となり、

私達を
導き、見守って
くれる存在。

大地は
いくらでも
創り出せる。

ただ、
太陽は
そこにあるものを
掘り起こすしか
ない。

これまでの
大地は
太陽を
隠していた。

隠すことで
その
存在意義を
高めていた。

しかしもう
そのような
時代は
終わった。

小手先の
時代は
終わったのだ。

これからは
堂々と
太陽と
向き合える者
のみが
道を開く。

もちろん、
全員が
そうなるといい、
というのが
太陽の願いだ。

その願いに
応えるのが、

応えようと
するのが、

私達だ。

つづく

ここでまた重要な問い

ここでまた
一つ、
重要な問いを
ご提示させて
いただこう。

・・・

ここまで
何となく億劫で
後回しにしていた
ことを、
明確にしよう。

それを
いつする?

いつまでに
必ず
完了させる?

・・・

これをすることで
エネルギーの
質が
きっと大きく
変わるだろう。

ほんの
ちょっとしたこと
でも大丈夫。

直観的な
答えを
見出し、
実行しよう。

つづく

真実を受け取れる私達に

左の目から
見える世界と、

右の目から
見える世界が、

違って
見える。

まぁ、
そんなもん
だろう。

私達の
「目」
は、むしろ本当は
そのように
できている。

残念ながら、
私達は
「真実」を
そのまま受け取る
ことは
できないように
できている。

あくまでも
自分の「脳」を
使ってしか、
それらは
見えない。

喩えて言えば、
機械で感知した
ものが、
その機械によって
映像化され、
その映像化された
画面を
私達はいつも
眺めている。

そこに在る
ものを
そのまま
ダイレクトに
受け取っている
わけではない。

しかもその
機械には
特性があって、

真実の姿を
その機械の
特質に合わせて
変換してしまう。

そしてもちろん、
そこに在るもの
全てを
感知できている
わけでもない。

映像化した
ものを
私は「現象」と
呼んでいるし、

映像化される
前の
「そのもの」を
私は「実在」と
呼んでいる。

真本音で生きる
ようになると、
私達は
「脳」の働きを
超え、

もしくは
「脳」そのものを
アップデートさせ、
という
表現もできるが、

「実在」そのものを
徐々に
感知できるように
なる。

だからこそ、
「映像」しか見れない
ことによる
不安や不安定さを

乗り越える
ことが
できる。

もちろん、
「実在」をそのまま
知ることは
怖い、

思う人もいるだろう。

というか、
誰もが最初は
怖がる。

私も
そうだった。

が、
すぐに
慣れる。

目を瞑って
生きるのが
怖いのと同様に、

「実在」を
知らずして生きる
のは、
今は逆に
とても怖い。

「実在」を
感知する力は、
人間であれば
誰もが
持っている。
もともと。

恐らく、
大昔の人達は
今の私達よりも
その力を
開放できていた。

現代の私達は、
皆、
その力を
失っている。

そういう歴史を
人類は
創り出して
しまった。

でももう一度、
それを
取り戻す時だ。

ない力を
養おう、
ということでは
ない。

もともと
ある力を
もう一度、
思い出そう、
ということだ。

私達は
もっと
「自然」に
戻るべきだ。

できるだけ
早く。

できるだけ
正しく。

つづく

真の道を放棄してしまう人

真本音の道を
変えなければ
ならない
ことがある。

人生の願い
や目的

もちろん
変わらない。

が、
それを実現
するための
道筋が
大きく変わる
ことがある。

しかしこれは、
自力では
ほぼ
難しい。

そりゃ
そうだ。

真本音の
道だ。
自分自身の。

これを変える
というのは、

根底から

自己否定する
ような
ものだ。

私は
生まれてくる
べきでは
なかった。

・・・くらいの
気持ちにも
なるだろう。

だから
通常は
自分一人の力
では無理だ。

だから
私はそういう
人をこそ
サポートさせて
いただいている。

道を変えねば
ならない
事情は様々だ。

が、
これまで
私が拝見した中で
最も多かったのは、

真のパートナー
もしくは
真の仲間が、
自分の道を進む
ことを
放棄してしまった、

という
ケースだ。

大事な仲間や
パートナーが
いなくなってしまう
ことで、
自分が決めていた道を
進む力を失って
しまうのだ。

その場合は、
道を変えるしか
ない。

道を変えながら
それでも
目的実現を
目指す。

が、
それが
できない。

多くの人は、
道を放棄した
パートナーや
仲間と共に
進もうとする。

つまりは
自分も真の道を
放棄するという
選択をしようと
する。

もしくは、
パートナーや
仲間が
離れてしまった
ことで、
全てに絶望し
自暴自棄に
なる。

そういった例が
これまでいくつか
あった。

とても
悲しくなる。

私も
自分事のように
何度も
泣いた。

しかし、
自分の真の道を
放棄する、

完全に決めて
しまった人は、
他者からは
どうにもできない。

その人は
その人。

あなたは
あなた。

その人は
道を放棄したが、

あなたは
どうする?

という問いを
しっかりと投げ、

その問いと
向き合い続ける
サポートを
する。

本当に
心が痛む。

いや、

魂が痛む。

本当は
このような人は
一人も
出てほしくない
のだが、

今は混乱の
世の中だ。

きっと
これまで以上に
そんな人は
増えるだろう。

悲しいが、
でも
一人でも
真の道を進む人が
減らぬよう、

私は
私にできる
力を
尽くすつもりだ。

つづく