チームパフォーマンスコーチ

今、向き合うべき問い

ゆらゆらと
した
水面に、

問いが
浮かんできた。

・・・

あなたの中で

・開花したもの

・閉じたもの


何ですか?

・・・

開花したもの

これから
存分に活用し、

閉じたもの

これからは
もう
使わない。

閉じたもの

もう
必要ない。

それを
使ったら
もう
あなたの道では
なくなる。

自分の道を
進むためにも、
もう
それは
使わないで
おこう。

つづく

本当に変わったのは

これまで
全く
気づいていない
方向に

その
突破口は
あった。

あんなにも
大きく口を
開けていたのに、

なんで
気づかなかった
のだろう?

とも
思うが、
そういうものだ。

それを
観るだけの
力が
私には
なかったのだ。

・・・・・・

しかし
今は
はっきり
観える。

観えたら
行くしか
ないではないか。

その突破口の
向こうに
何があるかは
わからないが。

・・・・・・

こういう時、
ついつい
様子を見たく
なってしまう。

その穴から
向こうを
ちょっとだけ
覗き見る
ように。

が、
わかって
いるよ。

それをやれば、
その瞬間に
突破口は
消える。

そして
二度と
現れない、
とね。

だから、
迷っている
暇は
なかった。

躊躇する
一瞬が
命取りだ。

一気に
飛び込む。

自分の命
など
くれてやる!

という
覚悟で。

こういう
時、
捨て身な自分で
良かった

思うよ。

いざという時、
私は常に

怖さを
超えてしまう。

・・・・・・

で、
突破口を
越えたのだ。

もう、
向こう側に
出た。

はず
だったのに、

私がいるのは
さっきまでと
同じ場所。

幻影
だったのか?

いや、
違う。

騙され
ないぞ。

ここは、
さっきと同じ
場所、
ではない。

そう
見えるだけで。

あまりに
これまで通りの
この場所だが、

きっと
本当は
全く異なる。

騙され
ないぞ。

・・・・・・

実際、
さっきまでは
八方塞がり
状態
だったのだが、

それは
今も
同じように
見えるが、

いやしかし、
行手を
遮られる感覚は

ない。

そう、
この感覚の
違い。

これが
重要だ。

表面的には
何も
変わっていない
が、

本質が
異なるのだ。

なら、
行こう。

壁など
何もない、
として。

正面突破を
すれば
いい。

・・・・・・

そう
決めた瞬間に

本当に
壁が
消えた。

自分から
消えた。

私は何も
していない
のに。

覚悟の
力。

それが
働いたのだ。

そうか。

突破口を
越えて
変わったのは、

私自身
だったのだ。

つづく

調和からの脱落

治まるところ

治まる。

結局は
こうなる。

どれだけ
混乱
しようとも。

調和。

調和とは、
壊すところ
から
始まる。

混乱が
必須の
もの。

だから
調和とは
とても
怖いもの。

なぜなら、
進化自体が
調和だから。

同じところ

留まるのは
調和では
ない。

破壊、
混乱、
収束、
創造、
そしてまた
破壊。

この
繰り返し。

・・・・・・

人が
最も恐れる
のは

破壊、
だとよく
思われがち
だが、

実は
そうでは
ない。

収束する
時期、

つまりは

治まる
ところに
治まる、

という時期。

こここそ、
最も心が
乱れる時だ。

この時点で
脱落する
人は多い。

ついて
行けない、

という
人は
ここで多くは
脱落する。

むしろ、
破壊の時点
では
必死に
喰らいつくことが
多い。

せっかく
必死に
喰らいついた
のに、

収束の時点

脱落するのだ。

なぜか?

収束したら、
そこから先は

これまで
以上に

真剣

にならねば
ならないから。

人間、
ピンチじゃない
状態で
真剣になろう
とすると、

そこで
二極化する。

本当に
真剣さを
求めていた人と、

真剣さを
求めるふりを
していた人と。

後者は、
だから
収束の時期に
脱落していく。

・・・・・・

破壊する
のも
難しいが、

創造する
のは
もっと
難しい。

だから、
進化は
難しい。

調和は
難しい。

でも、
調和に
向かわねば、

私達人間は
生きていけない。

人間とは
進化の形
だから。

・・・・・・

私の願い
は、

脱落者を
一人も
出さないこと。

そのために
どうすれば
良いか?を
ずっと
考え続けて
いるが、

難しいなぁ。

未だ
答え出ず。

しかし
諦めない。

諦めて
なるものか。

つづく

その者の正体

誰もいない
廊下を

静々と
歩いている。

音を
立てずに。

幽霊の
ように。

奥にある
あの扉。

その向こう
には
何があるか?

本当は
よくわかって
いるのに、
何も知らない
まま、

誰にも
悟られない
ように、

静々と。

・・・・・・

私を
呼び寄せる
何者か
がいる。

子供の
頃から。

思えば、

ずっとその声

誘われて
ここまで
生きてきたようにも
思う。

誰かは
わからない。

が、
ずっと
懐かしい。

ここ、

私の本当の
場所ではない、
という
感覚もあり、

その声の
主に会えば、

きっと
すべてを
思い出せるだろう、
と。

・・・・・・

初めて
扉が開いた
のは、

もう
24年前。

その時は、
扉は
本当には
開いてはおらず、

開いたつもり
には
なっていたが、

今から
思えば、

ただ、
向こう側の
声が
聴こえただけ
だった。

しかし
それでも私は
有頂天に
なり、

結果として
道を
誤りそうに
なった。

そこで
扉は再び
完全に
閉ざされた。

・・・・・・

当時の私は
相当に
悲しんだのだと
思う。

その自覚は
なかったが。

しかし
もう一度、
最初から、
と、

静々と
歩み始めた。

愚直さしか
扉を開く
術はない、
とは
わかっていたから。

・・・・・・

そしてやっと
本当に
扉が開いたのが、

16年前。

扉の向こう
側に
出られたのが、

そこから
一年半後。

しかし今度
は、
こちら側に
戻って来れなく
なった。

この世で
生きることが
よくわからなく
なった。

そこから
また
試行錯誤。

思えば
長い旅の
ようだ。

・・・・・・

扉の向こう

いたのは、

私自身
だった。

当時から
してみれば

未来の私。

そして
それは、
今の私だ。

今の私は、
まだ
扉の開かない
当時の私を
導いている。

当時、私は
彼を、

つまりは
今の私を、

兄貴


呼んでいた。

その兄貴
となれた
私が

過去の私を
導く。

これが
人間が実在で
行なっている
ことなんだ、

今になって
よく
わかったよ。

つづく

変わったな

世界が
また変わった。

この世界

たった一雫

観ると、

その一雫

儚さが
変わった。

儚いのは
儚いまま
なのだが、

濁りが
取れた
というか。

天真爛漫
になった
というか。

あっけらかん

自分自身の
儚さを
笑っている
感じだ。

・・・・・・

起こることは
しょうがない。

混乱も混沌

必然的な
もの。

悔やむより

見つめる
こと。

嫌なものは
嫌だが、

それよりも
どう対処
するか、

考えよう。

という、

一種、
陽気とも
とれる
自然体ぶりが

とても
素敵だ。

・・・・・・

強く
なった

のかな。

中に
入れば
わかる。

あぁ、
確かに。

こんなにも
強く
なったんだな。

これなら
なんとか

行けそうかな、

少しだけ

安心した。

・・・・・・

でもやはり
しばらくは

ヘルプは
必要
だろうな。

もはや
サポートの
範疇では
存続し得ない
状態となり

かなりの
年月が
経っているが、

それが
変わるわけ
ではない。

まだまだ
自律・自立
までは
遠い気がする。

・・・・・・

でもね、
大きな進歩
だ。

ちゃんと
乗り越えるべき

乗り越えた
からだ。

ボロボロに
なりながらも。

だから
今日は何も
考えず、

ただ純粋に
お祝いを
したい。

つづく

運命か

一雫の
問いが、

その人の
中に

スッと
沁み込んで
いく。

その人は
無言のまま

しばらくは
微動だに
せず。

沈黙の
時が
コツコツと
過ぎる。

あえて
私も
微動だに
せず。

何の
フォローも
せず。

すると、
ふと
その人は
顔を上げ、

まっすぐに
私を
見つめた。

覚悟しました。
もう、
待ちません。
一人でも
やります。

・・・・・・

パートナーが
来ない。

待てど
暮らせど。

時間が
ない。

もう
止まっている
わけには
いかない。

その
ギリギリの
タイミングでの

苦渋の
決断。

涙が
出た。

たった一人で
行くのか。

二人でしか
行けない
道を。

途中で
倒れることが
わかって
いても。

涙が
止まらない。

・・・・・・

本当に
決断した時の
人間は

止まらない。

理屈では
ない。

止まらなく
なる。

結果の予測
など
何の意味もない。

一日目で
すぐに
倒れるかも
しれない。

それでも
行く。

決めたら
そうなるのが
人間。

・・・・・・

なぜ、
こんなに
果てしない道を
行こうとするのか。

それも
人間。

だが、
程度ってもんが
あるだろう。

孤独の
悲しみ。

寂しさ。

その塊と
なって、

それでも
脇目も振らずに

行く。

涙が
流れ続けて
いる。

つづく

枠は簡単に壊れた

せっかく
自分を
小さく小さく
丸く丸くさせ、

この
狭い枠の中に
入れて
落ち着いて
きたのに。

この
タイミングで、

外側から
強引に
枠を壊そうとする
ヤツがいる。

もう
いい加減に
してくれ。

放っといて
ほしいのだ。

せっかく自分を
守るための
最高の方法を
編み出したのに。

・・・・・・

自分を
守ろうとすれば
するほど、

弱くなる。

怖くなる。

不安になる。

臆病になる。

守る力が
高まれば
高まるほど、

もっと
守らねば、

安心できなく
なる。

攻めの人生
も辛いが、

守りの人生

こんなに
辛いとは。

・・・・・・

ガッチリと
枠さえ
構築すれば、

あとは
安穏とできる

思い込んでいた。

でも
逆だった。

構築できた
その瞬間から
この
言いようのない
不安は
始まった。

そうか。

人間とは
こういうもの
なのか。

私は
間違った方向に
自分を
持っていって
しまったのか。

そう思ったが、
もう
遅い。

一度、構築
できてしまった
枠を

内側から壊す
のは
容易いことでは
ない。

この狭い
枠の中で、
じっとしている
しか
ないではないか。

・・・・・・

枠の人生。

枠そのものが
自分であると
思い込むように
なった。

枠の内側の
自分のことなど
いつしか
忘れて。

枠は
どう生きるか?

そればかりを
考えて
生きた。

枠が
壊れないこと。

壊れないように
さらに
強化すること。

不安の中での
その
探究こそが

私の人生と
なった。

・・・・・・

ところが、

突然、
内側から
叩き起こされた。

攻撃は
外からくるもの
だと
思い込んでいた
私は

パニックに
なった。

外側からの
防御は
強かった。

しかし、

内側から
壊しにくる存在に

どう対応すれば
よいのだろう?

・・・・・・

あっという間
に、
枠は
壊された。

というよりも
まるで
自らの意志の
ように
壊れてしまった。

全てが
壊れた後に、

それでも
残っているもの。

それこそが
本当の自分で
あると、
気づいたのは

もっと時間が
経ってからだ。

・・・・・・

本当は、

枠は
内側からしか
壊れない。

どれだけ
強固にしても、

内側からなら
簡単に
壊れる。

その時になって
初めて、

枠は私では
なかった、


気づく。

枠は私では
なかった。

では、
私とは
何だろう?

何者
だろう?

真本音の旅の
始まりである。

つづく

人は愚かだろ

うねりがね、
相乗効果で
高まり合って、

その
あまりの激しさに
みんな、

我を
失うんだ。

するとね、
どうしたって
愚かな行動に
出るわけよ。

人間だから
ね。

宿命だね。

・・・・・・

その人らしさ
とは、

そういった
我を失った
時こそ
現れやすい。

もちろん、
自分にとって
居心地に良い
ものばかり
ではない。

ひどい部分
醜い部分
いろいろ出るね。

例えば、

恐怖のあまり
人を
攻撃し始めたり。

不安のあまり
自分を
顕示することだけに
執着したり。

嘘をつく人も
意図的に
騙そうとする人も
いる。

そういった
人としての
愚かさを、

私は散々
見てきたよ。

もちろん
自分自身も
含めてね。

・・・・・・

だから私の
心の中には、

人々に対する
(つまりは、
自分に対する、
というのも含まれて)

怒りや憤り

凄い。

昔はそれを
しっかり浄化する
ことに
努めていたが、

後から後から
いろんな
出来事があって
加算されるから、

もう途中からは
諦めたよ。

で、
怒りや憤りは
そのままに
してある。

それはそれで
もう
いいじゃないか、
と。

こういうの
全部わかって
ここにいるん
だから、と。

そして
それらの怒りや
憤りと一緒に、

今は
歩いている。

・・・・・・

かといって
私はもう

余程のことが
ない限り、

それらの怒り
には
呑み込まれない。

それは
なんとなく
わかるんだ。

理由?

それはよく
わからない。

・・・・・・

とにかく、
人は
誰も彼もが

自分を
失う。

そのように
できている
らしい。

で、
その有様だけを
見つめれば、
絶望も
するけどさ。

実際、
何度も自分の
人生を
投げ捨てようと
思ったけどさ。

それでも
最後に勝つのは
真本音の
願い、さ。

「勝つ」って
あえて
表現したけどね。

結局、
どれだけ愚かさの
波が来ても、

私は彼らに
向かっていくのだと
思う。

もちろん
物理的限界は
あるので、

優先順位を
つけながら、
ね。

・・・・・・

自分が自分を
失う可能性を
常に
知っている。

自分が自分の
愚かさを
知っている。

まずは、
そういう人達から
私は
向かっていくよ。

私自身の
愚かさをそこに
発現してしまうと
しても。

でもそうなっても
お互いに

しょーもないな!


笑い合える
から。

人間の
しょーもなさ

笑い合える
から。

つづく

自分を許そう

たくさんの
「その人」
が観える。

ほぼ
全員が、
「その人」自身を
責めている。

責め
続けている。

まるで
自分を破滅
させるのが
目的のように。

罰である。

自分で自分に
罰を
与え続けている。

・・・・・・

もう
よせよ。

もう
いいよ。

この辺りで
やめて
おきな。

でないと
本当に
破滅するよ。

私は
手を差し伸べた。

いつもは、
その私の手を
払いのける人が
ほとんどだ。

が、
その人は
私の手を
しっかり掴んだ。

ごめんなさい。

助けて
ください。

・・・と。

ようやく私も
肩の荷が
降りた。

・・・・・・

本人が
自分を救おう、

思ってくれれば、

あとは
早い。

本人の意志
通りに、

その人の
開放(解放)のための
サポートを
すればいい。

あとは
早い。

本当に
早いのだ。

・・・・・・

自分で自分を
許さない人が
多い。

多過ぎる。

この
世の中は。

自分で自分を
苦しめ、

阿鼻叫喚の
声を
あげている。

普通に
見れば、

どう見ても、

「狂う」

という
言葉が浮かぶ。

みんな、
狂ってるよ。

普通に
毎日、仕事に
向かい、

お客様に
向かって笑顔を
ふりまく
人々の中にも

そういう人は
想像以上に
多いんだ。

苦しみの
社会。

狂いの
社会。

・・・・・・

まずは
自分が自分を
許さなければ
ならないが、

これが
難しい。

許しても
いいんだよ、

あらゆる方向から
伝え続けるしか
ない。

もちろん
本人の顕在意識は
全く無自覚なので、

潜在意識に
直接伝わるように
表面上は
さりげなく、
密やかに。

しかし、
可能な限り
強烈に。

それを
やり続けるのが
私の役割の
一つだ。

・・・・・・

私は私を
許すことにする。

私は私を
助けることにする。

・・・その意志を、
その願いを
私は
ずっと
待っている。

残念ながら
他者にできる
ことは
少ない。

本当に。

それが
歯がゆい。

悲しい。

が、
本人が意志を
もてば、

あとは
いろんなサポートが
できるんだ。

そんな人が
増えているのは
確かだ。

でも
まだまだ。

自分を
許せる社会。

まずは
そこまで
持っていかねば。

つづく

流れが教えてくれる

流れが
良くない。

エネルギーは
高いのに。

ちゃんと
流れていない。

そういった
場合、

エネルギーが
高いが故に、
その滞りの影響は
さらに大きくなる。

滞りは、
あっという間に
癌になる。

・・・・・・

今、
ちゃんと
流れているか
どうか?

「流れ」
に対する感覚を
私達はもっと
養うべきだろう。

定点観測だけ
では
意味がない。

「流れ」
を観る。
感じる。

「流れ」
こそが私達に
指針を示して
くれる。

・・・・・・

「流れ」とは
「変化」
でもある。

まずは
「変化」に
敏感になることだ。

ほんの僅かな
変化に
気づけるかどうか?

例えば、

昨日と今日は
何が
変化している?

という目線で
すべての現実を
観察する。

人も物も場も
世界も。

時間の進み方
も観察する。

「変化」は必ず
存在する。

今はそのような
時代になった。
実在レベル
では。

だから、
一見すると
何も変わらないように
見える所こそ、

目を凝らす
といい。

特に、人は
大きく変化
しやすい。

表面上の
振る舞いだけを
雑に見つめる
のではなく、

変化探しを
するくらいに。

・・・・・・

いくつもの
「変化」に
気づけば、

自動的に
「流れ」
がわかってくる。

それは
理論的理屈的
なわかり方では
ない。

が、

あぁそういう
「流れ」か、

合点する。

意味が
わからなくても、
そう
合点できる
なら、

「流れ」を
掴めた、という
ことだ。

・・・・・・

この「流れ」が
どこに
向かっているのか?

という
未来予測をする
必要はないが、

しかし逆に
「予測はしない」

決めることで、

感じることの
できる未来が
ある。

そして
その時に初めて
わかる事が
ある。

あぁ、これは
放っておいて
良いな、

ということと、

これは
今のうちに
何とかせねば、

ということが。

何とかせねば
ということは、

本当に
何とかせねば、
ね。

今から。

つづく

本当に怖い苦しみとは

どうしても
ザワザワ
するんだ。

だから
くどいように
訊く。

本当に
大丈夫ですか?

あなたの
中に
苦しみは
ありませんか?

あまりに
私がくどいので、
クライアントさんの
表情が
曇る。

せっかく
笑顔で
話していたのに。

・・・・・・

苦しみは、
2種類ある。

顕在的な
ものと
潜在的な
ものだ。

当然、

潜在的な
ものの方が
深くてキツい。

そして、

深くてキツい
ものほど、

人は
蓋をする。

麻痺を
させようと
する。

当然の
心の動きだ。

しかしそれを
積み重ねれば、
病気に
繋がることさえ
ある。

病気とは、
精神的なもの
もあるし、
体に出てしまう
ものもある。

体に出る
ケースで
重いものは、

癌になったり、
脳梗塞に
なったりも
ある。

この、

目の前の
クライアントさん
からは
それくらいの
レベルの
苦しみを感じたのだ。

だからこそ、
くどいくらいに
訊いた。

・・・・・・

ここを私が
妥協してしまった
が故に、

実際に
重い病気に
なってしまった人が
いる。

その後悔を
私は
繰り返したく
なかった。

でも、
訊いてよかった。

日々、
積み重なっている
苦しみのもと

知ることが
できたから。

私が
ではない。

ご本人が。

・・・・・・

苦しみは、
わかりやすい
大きな出来事として
来れば、
わかりやすい
分だけ
対処できるケースも
多い。

が、

日々、
少しずつ積み重なる
ものは
本当に自覚
できないものだ。

そして
そちらの方が
何倍も
怖い。

ある一定の
ラインを越えれば、
一気に
顕在化する。

その時点で
手遅れの場合
もある。

だから、
進もうとする
人ほど、

自分の苦しみに
敏感に
なるべきだ。

今日、
ほんのわずかでも
モヤモヤと
したことはなかったか?

なぜ
モヤモヤと
したのか?

その本質的な
原因は?

自分は
何に
モヤモヤしやすいか?

・・・など。

自分を守るのは
自分自身だ。

特に
これからの
時代はね。

つづく

恐ろしいほどの変化

景色が、
いつもと
違う。

まるで
まったく別の
場所に
いるようだ。

何が
変わったか?

それは
わからない。

でも、
根本的な
大きな変化が
ある。

景色が、
同じなのに
まったく異なるのだ。

・・・・・・

時間が
進んでいるのは
わかる。

時間が
逆流することは
ない。

何かをしても、
何をしなくても、

時間は
容赦なく
進む。

それは
わかるのだが、

なんか
理不尽だ。

こんなに
劇的に
変化してしまって
良いのか?

これまでの
人類の歴史は
何だったのか?

あれだけ
長く
時をかけて
ここまで来た
道のりは。

・・・・・・

ここは、
地球のほんの
一部の
場所でしか
ない。

が、
ここには
地球の変化の

本質的
変化の

象徴が
ある。

この一部で
全体を
現している。

そこに
気づかねば、
私達はこれから
間違いなく
足を取られる。

・・・・・・

ちょっとした
一振り。

一掻き。

ほんのわずかな
波紋。

水の一滴。

その
すべてが
変わった。

意味合いも
また。

青かった
空が
真っ赤に
変わるくらいの
衝撃で。

どうなるんだ、
この
チームは。

何が
起ころうと
しているんだ。

つづく

あなたは変化した

パワーアップ
というのは
誰しも
することだ。

いわゆる
「脱皮」
によって
それは
もたらされる。

これまでとは
比べものに
ならないくらいの
エネルギーが

自分の
中心から、

つまりは
魂から

もたらされる。

それだけ
ではなく、
中心から発した
エネルギーは、

外部のエネルギー
と共鳴・共振
しながら

やがて
循環を生み出す。

そうなると
もう、

それ以前の
自分とは、
エネルギーレベル
では

別人となる。

・・・・・・

そのような
自分自身の
変化を、

ちゃんと
認識した方が
いい。

自分が
パワーアップ
したにも関わらず、

以前と同じ
自分である

という
顕在意識レベル
の認識があると

不調和を
起こしてしまう。

そりゃ
そうだ。

例えば以前は
10のエネルギー
で生きていた人が
1000のエネルギーに
なったとする。

にも関わらず、
10のエネルギー時
と同じ個性で
生きれば、

それはそれは
いろんな混乱が
起こる。

それまでの
個性は、

10というエネルギー
に合わせた個性
だったはずだ。

それが100倍
となれば、

自分の個性を
変えなければ
ならない。

1000のエネルギー
をしっかり
使い切ることの
できる個性
へと。

・・・・・・

今、100倍
という例を
出したが、

これはちっとも
大袈裟な値
ではない。

私達は
実在レベルでは、
100倍だろうが
1000倍だろうが、
へっちゃらで
パワーアップする。

もともと人は
そのように
できているが、

それがより
やりやすくなった
のが
今の時代だ。

そして例えば
100倍に
パワーアップしたにも
関わらず、

以前と同じ自分
として生きれば、

ほぼ必ず、
体に何か問題が
出る。

熱を出すとか、
体調不良が
続くとか、

時には
病気になる人

体の動きが
うまくいかずに
大怪我をする
人もいる。

魂のエネルギー
が高まれば、
心をそれに
合わせなければ、

体にまで影響が
出てしまう。

最近は、
そのような傾向の
人が増えており、

魂、心、体の
調和のための
サポートが
多くなってきた。

それはつまり、
自分の変化を
自分で受け入れ、

新たな自分に
変える

ための
サポートだ。

そう。

同じ体のまま
生まれ変わる。

それくらいの
人達が
これからも
増える。

これまでとは
異なる
時代になったんだ。

自分の
変化。

時代の
変化。

その両方を
私達は
受け入れる
必要がある。

つづく

魂の意思

やることは
変わらない。

何が
起ころうとも。

自分が
どのような
状態で
あろうとも。

やることは
変わらない。

・・・・・・

今ここで
何をするか?


真本音で
決めている。

心が大揺れに
なったとしても、
それは単に
反応本音が
揺れている
だけのこと。

それらを
無視するのでは
なく、

そのまま

にしておくか、
場合によっては

慈しむ

・・・か。

いずれにしても
反応本音も
自由に
しておく。

そして
真本音も
自由にしておく。

つまりは
全部を
自由にしておく。

すると必ず、
真本音に基づいた
行動を
とることになる。

なぜなら、
真本音とは
自分自身の中の
リーダーだから。

・・・・・・

真本音とは
魂の意思
とも言える。

心とは本来、
魂という
リーダーのために
存在している。

魂が自由
であれば、
心達は皆、
結局は
魂のために
動く。

これが
摂理だ。

・・・・・・

だから
自分の置かれた
状況が
どうであろうが、

それによって
どう
心が動こうが、

揺れようが、

関係ない。

いや、
関係ない
ということでは
ないが、

心配すること
はない。

私達の真本音
は、
あらゆる状況を
よく観ている。

そして
最善の一歩を
選び出す。

心の中には
様々な意思が
錯綜するが、

魂の意思、
つまりは
真本音こそ

自分自身の
本当の意思
である。

つづく

両方の現実を

支えられて
いる感覚は、

いつも
ある。

ありがたい
ことだ。

もしこの
感覚が
なかったとしたら、

私は果たして
ここまで
歩いてこれた
だろうか?

きっと
無理だった
だろうな、と
思う。

私は
私の弱さを
知っている。

・・・・・・

いざ、という
時こそ

その感覚は
強くなる。

ヒョロヒョロで
ボロボロで

もう立てない、
という時こそ。

エネルギーが
ほぼほぼ
ゼロの状態で
お客様の前に
立たねば
ならない時。

顕在意識では
思考能力が
失われながらも、

その感覚は、
私に
直観をもたらして
くれた。

私はそれに
委ねることしか
できず。

しかし
気がつけば、
目の前の
お客様の
笑顔。

すがすがしい
表情。

それによって
私も
救われた。

そんなこと
ばかり
だった。

・・・・・・

その感覚を
一言で
表現すれば、

「ファミリー」

となる。

そう。

あたたかな
家族に
支えられている
感じ。

実在レベルの。

だから私は
それを

「実在ファミリー」


いつも
呼んでいる。

・・・・・・

恐らく、
誰もが皆、

実在ファミリーを
持っている。

ただそれを
実感できるのは、

真本音度合いが
ある一定以上に
高まった人
だけ。

真本音度合いが
高まる
ということは、

次元が
高まっていくことに
直結する。

次元が高まれば
実在を
感じ取れるように
なる。

すると必ず
実在ファミリーの
感覚がくる。

そこでようやく
私達は
思い出す。

そうか、私は
一人では
なかったのだな、
と。

そしてその瞬間
から常に
心は
満たされた状態
となる。

・・・・・・

そうなって
初めて
湧き上がる
エネルギーが
ある。

そうなって
初めて
進める道が
ある。

それこそ
一本道。

自分自身が
生まれた時から
決めていた
道。

そして
そこからが
本当の
人生の始まり
となる。

・・・・・・

実在、は
一つの現実
である。

私達の多くは
現象、という
現実しか
見ていない。
感じていない。

つまり、
現実の片面
しか
わかっていない。

だから
混乱する。

現実とは
もともと
両面ある。

実在と
現象と。

その両方と
向き合うことの
できる人を

私は
世の中に
増やしたい。

つづく

自分を信じるべきだ

背中から
肩を
ガッシリと
掴まれる。

それが、
私が
真本音の道に
入る、

最初の
感覚だった。

誰だ、
俺の邪魔を
するのは!

と、
振り返ったら
そこに

私の真本音

いた。

その時の
私には

それは広大な
大海原
に観えた。

それを
観た瞬間に、

俺は今まで何を
遊んでいたの
だろう、


我に返った
のだ。

俺には
すべきことが
あるのに、

・・・と。

・・・・・・

あれを
「目が覚める」
というのなら、

確かに
本当に目が覚めた
のだと思う。

くすんでいた
世界が
急にクリアに
見えるように
なったし。

何よりも、
その時まで
自分の使命だと
思い込んでいた
ものが、

急に
馬鹿らしくなった。

何をそんなに
こだわって
いたのだろう?
と。

・・・・・・

すると、
それまで何となく
ずっと
おかしいと思って
いたことが、

本当に
これは
おかしいのだ!

と、
シンプルに
受け取れるように
なった。

自分が
気持ち悪さを
何となく感じていたり、

どことなく
違和感があったり。

そういった
ことが
実にクリアに
受け取れるように
なった。

で、
とてもシンプルに
なった。

気持ち悪い
ものは
気持ち悪い。

気持ち悪い
ことは
やめよう。

気持ち悪い
ものからは
離れよう。

そして、
私の人生は
調和を始めた。

・・・・・・

自分が
間違っているのでは
ないか?

自分の
感覚がおかしいのでは
ないか?

そう思う
前に、

まずは自分の
感じる通りに
素直になって
みよう。

そして
感じた通りに
動いてみる。

その上で
判断しよう。

まず
信じるべきは
自分。

自分の
感性。

それをしないと、
何も
信じられなくなる
時代だ。

・・・・・・

あの時
観た
大海原は、

もちろん
今も私の中に
ある。

常に
共に在る。

ただ、
それは私の中
では
もはや
小さな存在だ。

あれから
もっと
大きな自分と
私は
出会い続けて
きた。

きっと
みんなも
同じだ。

「自分」は
大きいのだ。

自分が
思っている
よりも。

もっと
自分を
信じるべきだ。

つづく

私のすべきこと

青空に
透けて見える
星。

たった
一つの。

なぜ
見えるのか
よくわからない。

が、
確かに
訴えてくる。

何か
巨大なメッセージ
を。

・・・・・・

可視化、とは
ちょっと違う
次元の光
なのだろう。

こんなに
明るい青空に
静かに
別の光を
漂わせ、

目立ちも
せず、
存在も
誇示せず、

しかし
とてつもなく
力強く、

それは
迫ってくる。

多少、
恐怖も感じ
ながら、

私は
しっかり
対峙してみた。

・・・・・・

すると、
それは星では
なく、

一つの
突破口であることが
わかった。

あそこが
出口だ。

あそこに
向かえばいい。


わかった。

希望の星
とは
出口だった。

・・・・・・

この
閉ざされた世界
に、

一点だけ
出口がある。

それを
探し続けた
人生だったように
思う。
今となっては。

残り、あと
20年。

できれば、
10年以内には
あそこに
辿り着きたい。

出口から
出たいのだ。

そして
本当の勝負は
そこから
先だ。

・・・・・・

そう思った
時に、

ようやく
メッセージが
わかった。

「もう本当は、
出口の一歩前に
いるんだ」

・・・と。

それを
自覚できる人が
どれだけ
増えるか?

それで
結果は
決まってくる。

そうか、
なるほど。

それが私の
すべきことか。

つづく

祈りが戻る

コツコツ

日々、
生活を
続ける。

一つ一つ
自分の
行動に

意志を
込めて。

力む、
ということ
ではない。

自然に
肩の力を
抜いて。

そういった
日常的な
行為の
一つ一つが、

私は
「祈り」
だと思う。

・・・・・・

惰性で
生きる、

惰性で
行動する、

のは
「祈り」とは
真逆だ。

それは
単なる人生の
消耗だ。

それでは
エネルギーは
広がらない。

循環しない。

溜まらない。

エネルギーを
動かすのは
「祈り」
に他ならない。

・・・・・・

そもそも
人の中心は
「祈り」
だ。

人は
本当の意味で
自分に素直に
生きれば
「祈り」
となる。

儀式として
「祈り」
に集中することも
もちろん
大事だが、

本来
「祈り」とは
自分自身だ。

自分の行動

一つ一つだ。

・・・・・・

本当に
人生が苦しかった
とき、

私は
祈り続けた。

とにかく
祈り続けた。

あの時、
何を祈っていた
のだろう?

もう
記憶がない。

ただ、
何かを必死に
祈り続け、

その中で
実感したんだ。

これ、
生まれた時から
ずっと
続けていることだ、
と。

・・・・・・

それぞれの
「祈り」が、

ぞれぞれの
形となる。

それが
人だ。

「祈り」の
3次元化。

それが
人。

でもみんな
そのことを
忘れてしまって
いる。

だから、
思い出せると
強い。

自分の
存在する意味
が、
そこにはある。

意味が
わかれば
人は
強くなれる。

もともと
強いのだから。

・・・・・・

「祈りの和」。

これが
この世の中の
本質だ。

が、
やはりそのことも
みんな
忘れてしまって
いる。

だから私は
一つ一つの
組織において

「祈りの和」

浮上させる。

最初から
そこにあるの
だから、
それは
創造、というよりも
浮上、だ。

それは
その組織の
存在する意味に
ダイレクトに
答えるものだ。

組織が
真に強くなる
唯一の手段。

・・・・・・

「祈りの和」
に戻す。

世の中
を。

社会
を。

それが、
四半世紀前に
独立した私の
初志だ。

もちろん
あの頃はもっと
浅い捉え方
だったけど。

どうすれば、
人は
「祈り」を
思い出せるか?

どうすれば、
組織は
「祈りの和」を
取り戻せるか?

ようやく
その方法が
確立されて
きた。

コツが、
ツボが、
観えてきた。

長く
探究し続ければ
何とかなる
ものだな。

つづく

宿命の想定外

高い波
だが、

きっと
大丈夫
だろう。

これまでの
道のりを
考えれば。

それだけの
ことを
やってきた
のだから。

・・・・・・

準備は
万端。

にも
関わらず、
想定外のことが
起こる。

それが
人生、
それが
現実。

だからと
言って、
準備は
怠らない。

想定外を
経験すれば
するほど、
準備の質も
上がる。

しかしそれでも
想定外は
起こり続ける。

が、
その
想定外の
次元が

変わって
いくんだ。

・・・・・・

人生から
想定外
はなくせない。

これは私達の
宿命。

しかし、
次元の高い
想定外は

体の芯から
ヒリヒリ
するが、

わかるだろ?

確かに
その、
体の芯が
悦びに
打ち震えている
のも。

・・・・・・

この震え
は、

不安や緊張
もあるが、

ただの
パニックとも
言えるが、

しかしそこには
半分以上、

悦びの震え


混じっている。

開放への
想定外。

より
自由への。

それを
本能的にわかって
いるからこそ、

この
震えなんだ。

・・・・・・

ずっと気楽に
進めれば
いいなぁ、と
思うよ。
私だって。

でも
そこで真の
幸福を
感じられるようには、
人間は
できていないんだ。

平穏に
埋没すれば
冒険
したくなる。

それが
私達。

想定内の
日々は、
自分を腐らせる
ことを

一番よく
わかっているのが
私達自身だ。

・・・・・・

幸福な
出会いは、

想定外の
始まりでも
ある。

だから、

出会いを
恐れるな。

いや、
恐れても
いいけど、

堂々と
毅然と
進めばいい。

想定外を
恐れるな。

いや、
恐れても
いいけど、

悠然と
進もう。

つづく

もう決めた

打ち
抜かれた。

垂直の

のような
ものに。

消散
した。

私自身
が。

後には

そのもののみ
残った。

・・・・・・

軸として
生きるには、

人間は、
あまりに
余分なものを
持ちすぎている。

だから本当は
人間
じゃない方が
やりやすい。

が、
この世界は
人間が
動かしている
からなぁ。

・・・・・・

99%は
余分
ではないか?

99%は
なくても
いいよ。

いや、
ない方が
いいよ。

ついつい
そう思って
しまうが、

本当に
その通りに
したらもう、

その時点で
人間では
なくなってるからなぁ。

・・・・・・

昔々から
果てしなく
繰り返されている
歴史の循環。

何度も
何度も、

同じ
余分なものを
同じ
パターンで
同じように
生み出し、

同じように
崩壊する。

壊れれば、
もっとスッキリ
したものを
生み出せば
いいのに。

前と全く
同じく
99%は
余分なものを
再構築する。

それが人間
なのだから、
しょうがないか。

でも、
人間は
人間を超えて
行かねば
ならないのでは
ないか?

・・・・・・

生易しい
ことではない。

これまでの
人間としての
循環を
断ち切るのは。

わかっている、
よく。
痛いほど。

しかし
誰かが
断ち切らねば。

人間を捨てる
ということでは
なく、

人間のまま
断ち切る。

そして
次のステージに
上がる。

その覚悟を
持つしかない。

・・・・・・

人間が
人間である
ことを

嫌悪し始めて
いる。

それが
今の時代。

どう見ても、
喜んで
崩壊の方向へ
向かおうと
している。

自然の摂理

反発して。

自暴自棄
という言葉が
最も
ピッタリくる。

しかし、

自暴自棄では
何も
変わらない。

余分なものを
増長させる
だけだ。

そういった
覚悟では
ない。

生きる
覚悟だ。

我々に
必要なのは。

本当に
生き延びようと
する覚悟。

・・・・・・

昔の人達も
よく
観えていた
はずだ。

しかし、
叶わなかった。

その
諦めの念も

この世界には
溜まり、
積み重なり
すぎている。

・・・・・・

こういう時は

一気に
行くしかない。

たった
一点の
突破口を
見つけ出し。

突破口。

特異点。

それを
私はやる。

そう
決めた。

もう
決めた。

最初から
決めて
ここまで
きたが、

少々
迷い続けて
いた
顕在意識の
この私すら、

もう本当に
決めて
しまったよ。

つづく

誰か、いないだろうか?

空虚な風
が吹く。

こんな風
では
なかったはずだ。

もっと
豊かだった
はずだ。

なのに今は
こんなに
空虚。

勢いだけは
強いまま。

・・・・・・

勢いに
ごまかされるな。

勢いだけで
進める時代は
もう
ずっと過去の
ものだ。

今は
着実に。

この
一歩に
魂を込めて。

でなければ
何も
響かない。

響かなければ
広がらない。

空虚な風を
吹かせている
場合ではない。

もっとやることが
あるだろう。

本当は。

・・・・・・

昔ならではの
やり方が
いけないわけ
ではない。

そこには
確かに
本質があった。

が、
今のやり方は
格好だけ
昔のままで、

肝心な部分を
省略して
いないか?

効率化
の名のもとに。

特に
人と人が
向き合うべき
瞬間がある。

そこを
せず、

肝心な時
ほど
せず、

効率的に
スムーズに
進ませようと
する。

そういうのを
小賢しい

言うんだよ。

そう。

小賢しさこそ、
この
空虚の正体
だ。

・・・・・・

そんな状況の
中で
腐ってしまっている
人がいる。

今のこの風を
気持ち悪い

素直に感じ取っている
人達だ。

そういう人達
ほど
腐って、もう
何もしなくなって
いる。

意気消沈
しながら、
希望を失い
ながら。

・・・・・・

本当は、

そういう人達も
自力で
立ち上がる
必要がある。

腐っている
場合じゃないぞ!

叱咤激励
したくなる。

が、

人の心は
それほど強い
ものではない。

あまりの
意気消沈は

再び立ち上がる
気力を根こそぎ
奪ってしまう。

だから、
最低限だけど
手を差し伸べる
必要がある。

空虚な風が
完全に
ここを支配する
前に。

・・・・・・

本当は
尖っている
人達。

本当は
とても強い
願いとこだわりを
持ち、

とことん
自分の力を
燃焼させたい
人達。

その人達
こそ
希望なのだが、

今は
希望が
そこかしこで

腐っている。

手を差し伸べる
ことが、
まず私が
すべき役割だが、

手が足りない
のです。

手が、

足りない。

仲間は
いる。

増えて
きた。

でも、
手が足りない。

これから先
もっと
手が足りなく
なる。

誰か、

こういうことを
生涯の使命
として
生きようとする人は

いないだろうか?

つづく

16年間の探究

どれだけ
エネルギーが
枯渇しても、

わずかな
エネルギーを
やりくりして、

すべきことを
すべて
やり切る。

そういった
力を
ずっと高め
続けてきたように
思う。

この16年。

・・・・・・

人っていうのは、
簡単に
死んじゃうんだな、

わかった。

病気になる
とか
怪我をする
のは
まだわかりやすい
ので良い。

いや、
良くはないが、
体が警告する
という意味では
対応は
しやすい。

しかし、
体に出るだけの
余裕がない
ケースがある。

生命エネルギーが
一気に
なくなってしまう
場合だ。

人は、
生命エネルギーが
枯渇すると、
その瞬間に
死ぬ。

体が
生命活動できなく
なるからだ。

それは
本当に一瞬で
くる。

その恐怖を、
私は
数知れず
味わった。

私の仕事は
自分の
生命エネルギーを
ダイレクトに
照射するもの
なので、

コントロールを
間違えれば
一気に
ヤバくなる。

・・・・・・

本来、
エネルギーとは
循環するものだ。

人から人へ
一方通行で
流れるものでは
ない。

ところが
その一方通行が
今の世の中では
蔓延っている。

だから
それにやられて
しまう人が
多い。

病気になる人の
多くは、
エネルギーの
奪われ過ぎ、
という
根本原因だ。

・・・・・・

自分が
もうそろそろ
ヤバい、

ということは
ある時から
よくわかるように
なった。

心が軋む
のではなく、

魂が軋む

という感覚が
わかるように
なった。

そうなると
本当は
休息を取るしか
ないのだが、

そうも
言ってられない
のが
私の日々だ。

いかに
少ないエネルギーを
有効利用するか?

それが私の
仕事の、
そして人生の
テーマだった。

この16年。

・・・・・・

少ないエネルギー

やりくりする力
とは、

正確に言えば、

ほんのわずかな
エネルギーを
もとに
循環を生み出し、
徐々に大きくする力

ということに
なる。

結局、
一人では
どうしようも
ないのだ。

人との
向き合いの中で
エネルギー循環を
起こし、

その循環を
高めながら、

双方互いに
エネルギーを
広げていく。

そういう体験

積めば積むほど、

あぁこれが
人間なんだなぁ、


実感する。

人は
一人では結局は
どうしようもない。

人との関わり
の中で

何とか
やっていく

存在なのだ。

自分の魂と心
と体
では、
対処できないこと
ばかりだ。

その現実に
立ち向かうには、

人と人の
紡ぎ合い

しかない。

・・・・・・

生命エネルギー
レベルの
こういった体験が
続くと、

人と人が
助け合う

とは
どういうこと
だろうか?
と 
嫌が上でも
考えることになる。

表面上は
助け合っている
ように見えて、

実は
エネルギーを
奪い合っている
ケースも多い。

生命エネルギー
の循環を
向上させる
人と人の関わり方。

このテーマも
もう
16年間
探究し続けている。

つづく

勇気と自由

勇気と自由

親子のような
ものだ。

そして、
勇気の根本
には、

遊気

がある。

そして、
本当の勇気を
出そうと
する
その一瞬、

本当に
その瞬間、

私達は
えも言われぬ
感覚を
得る。

すべてから
解放・開放
された感覚、

つまりは
自由、だ。

・・・・・・

結局、
自由とは

感覚
なのかも
しれない。

少なくとも
状況では
ない。

どれだけ
自由に見える
状況でも、

自由の感覚
がなければ、
本人にとって
それは
自由では
ないのだ。

・・・・・・

勇気とは
開き直り。

良い意味
での
諦め。

諦める
とは
何か執着していた
ものを
手放すこと。

その瞬間、
余分なものは
なくなり、

私達は
自分自身のみ

なる。

それが、
自由。

・・・・・・

自由だから
出る
勇気は
あるが、

それは
本人にとっては
もはや
勇気では
ない。

側から見れば、
すごい勇気だね!
とは
なるが。

・・・・・・

人生を
ゲーム感覚で
捉える人が
いる。

良し悪しは
あるが、

それはそれで
いいな、
とは思う。

私自身も、
本当に
勇気が必要な
とき、

ふと
客観的に
自分を見つめ、

さぁ私は
ここから
どうなるでしょうか?

と、
ゲーム感覚で
楽しんでいることが
ある。

・・・・・・

勇気を出せ!

と言って
出るものなら
そんなに楽な
ことはない。

が、

あえて
伝えなければ
ならない。

勇気を出せ!

今は
それが必要
だ。

でないと、
自由は
一生
わからない。

つづく

進化と自由

進化
しているのか?

それとも
同じ場所に
居続けているのか?

自分自身では
よくわからない
ことが多い。

だからどうしても
他者からの
フィードバックが
必要だ。

最高なのは、
お互いに
進化し続けられる
仲間からの。

よく私は
「相性」という言葉を
使うが、

本来の相性とは、
「共に進化
しやすい人」
であり、
「進化スピードが
同じ人」
とも言える。

・・・・・・

進化とは、
イコール、

より自由に
なること

だとも
言える。

そして
自由とは、

環境には
よらないものだ。

どんな環境に
いても、
自由な人は
自由だ。

・・・・・・

そして、
進化・自由
とは、

一本道を
進むこと。

自らが
真本音で
決めている道を

決めた通りの
スピードで
進むこと。

これができて
いる時は、

誰よりも
本人が

私は自由だ!


感じる。

・・・・・・

環境や
他者からの影響
のせいで、

不自由さを
感じている人。

その人は
まずは
自分の生き方
生き様

再度、見直すと
いい。

ここから
見つめないと
いつまで経っても、

どのような
環境に移っても

自由は
手に入らない。

真本音の
一本道は、

今ここ


あるのだから。

つづく

壊す力

これまでの
自分では
埒が開かない。

だから
自分を壊す
しかない。

だから、
壊した。

壊れた。

すると
新たな自分が
生まれた。

あぁなるほど、
これが
人間か。

・・・・・・

人間は
壊れるように
できている。

そして、

壊れた後は、
新たな自分
が目覚める。

そしてまた
それを壊す
時が来る。

そうしたら
壊す。

また
生まれる。

その
繰り返し。

これが
成長の
プロセス。
進化の
プロセス。

人間に
とっての。

・・・・・・

しかし
このプロセスを
人生で
一度も通らない
人が多い。

これが
今の世の中の
最大の問題だ。

特に、

初めて自分を
壊す時は
怖い。

その怖さに
耐えられず、
逃げてしまう
人が多い。

圧倒的に
多い。

・・・・・・

このプロセスを
通る人も、

本当に自分が
痛い目に遭い、

もう完全に
逃げ場がなくなる、

という体験で
初めて
通るわけなので、

どちらかと
言えば、
仕方なく
そうなった、
という感じだ。

私自身も
そうだったし。

しかし
これからは
そんなことはもう
言ってはおれない。

正しい指導者や
伴走者の
フォローのもとで、

痛い目に
遭わなくても、

自分の意志で
しっかりと
自分と向き合い、

自らを壊し、

自ら
新たな自分を
創出させる。

それは
本来の自分に
近づく
ということだが、

それらを
よりスムーズに
進める必要が
ある。

でなければ
ここからの
時代は
渡っていけない。

・・・・・・

自らを
壊す力。

「壊す」
とは
「滅する」
のとは
根本的に
違う。

この区別
すら
ついていない
世の中。

何とか
せねば。

壊し方。

壊す力。

それを
養わなければ、
この世は
持続しない。

つづく

決断の時

とてつもなく
高いところから
見降ろしている
感覚だ。

しかし
イメージで
言えば、

雲しか
観えない。

果てしなく
つづく
雲海しか。

あとは
宇宙へと続く
青空のみ。

こんなところに
一人で
いて、

何を
どうしようと
言うのだ?

・・・・・・

全体を俯瞰する
視点、
と言っても、

全体が
観えなければ
意味がない。

ちょっと
高く昇り過ぎ
だと思う。

高過ぎて
何も
観えない。

・・・・・・

ここは、
とても強い風が
吹いている
はずだし、

実際
そのように体は
感じ取っている
のだが、

まるで
その影響を
受けない。

無風状態の
ように
一点に私は
留まり、

ただただ
全体を
見渡している。

観えるものは
雲海と青空
だけなのに。

・・・・・・

きっと
今の私には
わからぬ意味が
あるのだろう。

そう思いながら
身を
委ねている。

だが、
時間のみが
刻々と
過ぎていく。

もう、
決断の時は
迫っている。

何が
どうあろうと、

答えを
出さねば
ならない。

私が、
答えを。

・・・・・・

私は
常に
決断者だった。

私の後に
私の決断を
フォローしてくれる
人は
いない。

私の決断で
すべてが
決まる。

決まって
しまう。

その
あまりの重さ
にも
いつの間にか
慣れてしまったが。

・・・・・・

さぁ、
答えを。

決断の
時だ。

でも
答えが
わからない。

・・・・・・

わからない
まま、

私は
スーッと
下降を始めた。

雲の中を
くぐり、

すると
下界が観えた。

しかし
それでも
答えは
わからない。

下界は
これまでと
全く同じ
現実の世界だ。

あそこに
降りれば
また同じ
時間の流れに
入ることに
なる。

はっきり
言えば、
それは
苦痛だ。

苦痛以外の
何ものでも
ない。

が、
今はそこで
生きると
決めて、

ここまで
来たのだから。

・・・・・・

目を
開ける。

皆が
私の答えを
待っている。

あぁ
そうか。

そういう
ことか。

やっと
この瞬間に
わかった。

私は
皆を見つめ
ながら
答えた。

「わからないよ」

皆が
どよめいた。

・・・・・・

なぜ今まで
これが
できなかった
のだろう。

わからない。

私では
わからない。

ここから
すべてが
始まるのに。

つづく

どうすればいい?

大混乱が
目の前にあるのに、

自分は
ほんのわずか
外れているために、

私には
関係ない、


現実を直視
しない人が
あまりにも多いのは

とても
懸念するところだ。

本当に
痛い目に遭わない

同じ場所から
動こうとしない
人達。

こういう人、
多過ぎないか。

・・・・・・

平穏な
ふり。

順調な
ふり。

昔を
振り返れば、
確かに私自身も
そんなの
ばかりだった。

しかし
真本音度合いが
高まると、

そういった
生き方が
とても気持ち悪く
なった。

見ないふり

できない。

ついつい
直視してしまう。

で、一人
不安になるの
だが、

周りの人達の
あまりの
楽観ぶりに

俺が
おかしいのかな?


なってしまう
ことも多かった。

・・・・・・

今、
若い人達は

こういった
気持ち悪さに
敏感だ。

だから、
気持ち悪い
世の中だ、

捉えている。

で、
怖くなって
自分を出せなく
なっている。

実際に
引きこもって
しまう人もいるし、

そうならなく
ても
精神的には
引きこもりと同じ
状態の人は
多い。

気持ち悪い
ことを
気持ち悪い
と感じ取れる
健康さ。

それが
これからの世の中の
唯一の救い
だと言うのに。

・・・・・・

大人達が
しっかりせねば
ならない。

そう思い、
私はずっと
大人達に
向かってきた。

が、
もちろん
変わらない人は
頑として
変わらない。

これではもう
間に合わないのでは
ないか、
と思うようになった。

子ども達、
若い人達に
もっと
アプローチせねば
ならないのでは、
と。

・・・・・・

自ら
変わろう!
とする
人は多い。

が、
変わり方が
わからない。

何をどう
変えれば
よいのか?が。

誰も
教えてくれない。

大人が
教えられない。

この状態を
打開する
何かきっかけが
必要ではないか。

私に
できることは
ないか?

そんなこと
ばかりを
考えるように
なった。

つづく

遅いんだよなぁ

ゆっくり
目を覚ます
のが、

みんな
好きなんだな。

私なんか、
一気に
パシッと
目を覚ましたい

いつも
思ってるんだけど。

うつろなまま
ぼんやりと
まどろんでいる
時間が、

みんな
好きなんだな。

私も
好きだけど、

でもやっぱり
時間が
もったいない。

・・・・・・

ゆっくり
マイペースで
みんな
走りたいのだな。

その方が
ゆとりを持てる
から、
なのかな。

その気持ちも
私は
わかるが、

でもやっぱり
どうせなら、

最大速で
進みたい。

できれば、

最大速を
どんどん
更新するような、

走り方を
し続けたい。

で、
バタッと
命が尽きたら、

それで人生は
終わり。

そんなのが
いいなぁ。

もし、
余生という
ものがあったら、

きっと毎日
電車に
乗りまくっている
だろう。

でもきっと
それでは長く
持たないな。

やっぱり
余生は
いいや。

全力で
走れなくなったら
人生終わり。

それくらいが
ちょうどいい。

・・・・・・

急ぎ過ぎでは
ないか?

問われることが
ある。

いやぁ、
全然。

これでもだいぶ
セーブ
している。

セーブしないと
壊しちゃうから。

いろいろな
ものを。

壊さなくても
良い世の中に
早くしたいと
思っている。

ずっとそう思って
ここまで
来た。

・・・・・・

そういうことで
言えば、

随分と
速いスピードは
出せるように
なった。

特にこの
10年で。

いや、
この2年くらい
で。

でもね、
それでもまだ
まだ
ストレス
溜まり続け
なのよ。

遅過ぎてね。

あらゆる
ことが。

パッと目覚め、
パッと走る。

そんな風に
早くしたい
ものだ。

つづく

本当はたった一言で

何気なく
出た
その一言が

決定的な
一打と
なった。

結局、
人の「きっかけ」
となるのは、

たったの
一言
かも知れない。

・・・・・・

その一言は
その人の
ものだ。
最初から。

ただ、
受け取った
ものを
反射した
だけ。

だから私は
鏡に
過ぎない。

本当は
自分を「無」に
しなければ

鏡には
なれないの
だが、

残念ながら
人間には
それはできない。

だから私は
私を
ちょっと横に
置いておく。

そして
私の意見には
一切、
耳を貸さない。

・・・・・・

その後、
おまけのような
言葉達が

私の口から
立て続ける
溢れることが
ある。

一見すると、
きちんとした
説明を
しているようだが、

実は
どうでもいい
ことなのだ。

基本、
説明など
いらないし。

だって、
もともと
その人自身の
言葉なのだから。

でも、

その一言の
言葉が
きちんとその人に
沁み渡っていく
必要はあって、

それを
待つ間の
時間稼ぎ。

それが、
一見、説明に
見える
どうでもいい
言葉たち。

・・・・・・

本当は、

あらゆる
コーチングセッション
を、
私は
たったの一言で
終わらせたい。

たった
一言で良いので
5分と
かからない。

本当は、

5分コーチング

できるだけ
たくさんの人達に
させていただきたい
のだ。

が、

それでは
ちゃんとその人の
顕在意識が
納得して
くれないのでね。

しょうがない
ので、
最低30分は
時間をとっている。

・・・・・・

人は、
イベントや
儀式を
重んじる。

イベントや
儀式を
きっちり
やらないと、

やった

という実感が
湧かない。

その気持ちは
私も
よくわかる。

だから
イベント、儀式
としての
コーチング。

時間の
95%〜99%
くらいは。

本当は、
5分、

いや、
30秒、

いや、
10秒で
良いかもしれない。

イベントは
私は
結構好きなの
だが、

でもやっぱり
もう、
イベント抜きで
コーチングを
しまくってみたいな、

思い始めている
今日この頃。

つづく

自己不理解のまま

重い鎖で
全身を
グルグル巻きに
して、

自分の身動きを
自ら
封じておいて、

わずかに動く
足首だけを
頼りに、
歩いている。

その状態で、

私は全力を
出せないのだ


嘆いている。

そりゃ
そうだろう。

それだけ
自分を
縛っていれば。

全力どころか、
100分の1も
力は出ていない
のではないか。

・・・・・・

自分を縛る
鎖も含めて

「自分である」


思い込む。

自分には
もともと鎖があり、

鎖に
縛られているのが
自分であり、

鎖のこの重みも
自分である。

足首の動き
だけでしか
歩けないのが
自分である。

手足を自由に
動かせないのが
自分である。

この不自由さ

自分である。

そんな自分を
どう活かすか?

・・・と。

・・・・・・

もう
いい加減に
やめにしないか。

その鎖は
自分では
ない。

鎖は
鎖だ。

それを
取り払って
初めて

自分
は現れる。

・・・・・・

本当の自分

知った時、

多くの人は
驚愕する。

全然
知らなかった。
これが
自分
だなんて。

知らないこと
の方が
多い。

どれだけ
自己理解を
重ねたとしても。

99%以上は
知らない
自分だ。

それが
人間。

そのように
できている。

・・・・・・

自己不理解
という
状態で
生きる。

それが
私達。

宿命。

だから
理解しきる
ことは
不可能だ。

そこは
諦めて。

だからこそ
死ぬその
瞬間まで

自己理解

深められる。

どれだけ
自分を知れたか?

人生の価値は
変わってくる。

・・・・・・

自分を
理解する
最も
有効な方法。

それは

「現実に
立ち向かう」

ことだ。

それも
可能な限り

「未知の領域
に立ち向かう」

ことだ。

セルフコーチング
を推奨していて
こんなことを言う
のもなんだが、

内面ばかり
みていても
何の意味もない。

セルフコーチング
とは、
現実に立ち向かう
ためのもの。

現実に立ち向かい
ながら
より
自己理解を深める
ために
行なうもの。

・・・・・・

自己理解の
ために
現実に
立ち向かい、

現実に
立ち向かう
ために
自己理解を
深める。

その
繰り返し。

ここにこそ
人生の
意味がある。

鎖は
自分では
ない。

つづく