「慈しむ」

という言葉に

皆さんはどのような印象を

お持ちですか?

 

先日、ある社長さんとの

出会いがありました。

 

一緒に食事をさせていただいたのですが、

その社長さんは

「慈しむ」という言葉が

そのまま服を着ているような

感覚の人でした。

 

幹部さんや社員さんについての

ご相談をいただいたのですが、

その社長さんの

幹部さんや社員さんのことを

語るそのその空気感。

 

それを感じるにつけ、

あぁこの人は間違いなく

社員さん達と共に

道を拓いていける経営者だな

と確信しました。

 

その社長さんから

ご質問をいただいたのです。

 

「たけうちさんは、

今のお仕事を、どのようなきっかけで

始められたのですか?」

 

こういったご質問をいただくと、

いつもでしたら、海外の放浪から

帰ってきた時のお話を

させていただくのですが、

その日はなぜか

学生時代のある場面が

思い出されたのです。

 

私は大学1年の時から

登山を始めました。

登山と言っても

ただひたすらに山を縦走

するのですが、

いわゆる「体育会系」という部活で

荷物の重さも含めて

なかなか激しいことを

していました。

 

2年生の時、

私は初めてリーダーとして

パーティー(登山チーム)を

率いて長期間、日本アルプスに

入りました。

 

ところがそこで私の

パーティーは

ほぼ、瓦解した状態となります。

 

縦走計画こそ貫徹したものの、

パーティーメンバーの心が

バラバラ状態になったのです。

 

その根本原因は

私のリーダーぶりに

ありました。

 

実は、通常、リーダーとは

3年生の行なう役割です。

ところが、

その年は3年生の人数が少なく、

どうしても2年生からリーダーを

出さないといけないという状態で、

それは前代未聞のことでした。

 

その前代未聞というのが

私の琴線に触れ、

「俺がやってやろう」

となったのです。

 

要するに、

初の2年生リーダーとして

完璧な山行を実現し、

「お前、すごいなぁ」と

言われたかったのです。

 

ところが散々な結果となり、

私は悩みました。

 

その時に人生で初めて、

「人はどうすれば

前向きになれるのか?

チームはどうすれば

一つにまとまるのか?」

という疑問が湧きました。

 

19歳の時です。

 

その時から私は、

複数人で登山をする場合は

リーダーしかやらない、

と決めました。

 

確か大小含めると、

20数回は

学生の内にリーダーをやったと

思います。

部活全体の主将も

させていただきました。

 

で、ずっとずっと

リーダーとはどうあるべきか?

に悩み続けました。

 

その中で、人生を変える場面に

出会ったのです。

 

それは、

リーダーとしての最初の挫折から

ちょうど一年経った時の

夏山の縦走でした。

 

私は確か、

これまで部が始まって以来の

最も長い縦走をしようと

計画を立てたのでした。

 

その計画のちょうど中間地点

辺りで、

非常に難易度の高い行程の日が

ありました。

 

私達の重装備で

そこを乗り越えるのはどうか?

と直前まで迷い続ける

そんな行程だったのですが、

私は強行突破しようと

思いました。

 

ところが、その行程は

想像以上に大変でした。

 

登山の縦走というのは毎日、

夜中の2時に起床します。

そして、明るくなりだす

4時過ぎくらいには

テントを畳み出発します。

 

その日はいつもより早く

確か1時半に起床し、

4時を待たずに出発したと

記憶しています。

 

道は険しく危険で、しかも

長い行程でした。

 

何時間歩いても

目的地に到着できません。

日も傾き、

薄暗くなってきました。

 

ついに、

パーティーのメンバーの一人が

動けなくなりました。

 

彼は、陸上の長距離走で

県大会で優勝するくらいの

持久力や体力のあるヤツ

だったのですが、

完全にバテてしまったのです。

 

そして、彼は

泣き出しました。

 

もう動けない、と。

 

声を上げて

泣きました。

 

私はどうすることもできず、

ただ茫然と彼を

見つめていました。

 

その時です。

 

私は生まれて初めて

味わう不思議な感覚に

包まれました。

 

泣いている彼のことが

愛おしくてしょうがなく

なったのです。

 

私は彼を

抱きしめたくなりました。

 

その瞬間です。

 

私がリーダーとして

何が足らなかったのか?

を知ったのは。

 

当時の私の日記には

「私に足りなかったのは、

愛だった」

と書いてあります。

 

そこから私には、

「愛とは何か?」

という新たなテーマが

浮上してきました。

 

恐らくその瞬間だったと

思います。

その瞬間のその感覚がなければ、

私はきっと

今のこのお仕事を

していないでしょう。

 

今から振り返れば、

その時の私は人生で初めて

人を「慈しむ」という

体験をしたのだと思います。

 

もちろん私もその時は

体力的には

限界状態でした。

 

しかし限界状態だったからこそ

初めて自分の中から

浮上した感覚に敏感になれたのだと

思います。

 

まぁ・・・、

その後の私が

人を慈しむ人生になったかと

言うと、

真逆なんですけどね。苦笑

 

「俺は、愛を知ったぞ!」

と、その後、天狗になった

わけで・・・。

 

ホントに困ったもので。

 

おかげで散々な人生展開に

なったりもしたのですが、

しかしあの時の感覚は

今でも私の中に

生き続けており、

それが今の私の原点の一つに

なっているのは確かです。

 

あの時私は、

人の深さと、

人と人の関係の深さを

体験したのだと思います。

 

そして、

よくよく考えてみますと、

私はそういった

人に対する「慈しみ」を

持ちながらリーダーをされている人を

応援したい、サポートしたい、

と思いながらここまで

来たのだと思います。

 

あの「慈しみ」の社長さんの

ご質問のおかげで、

顕在意識レベルではずっと

記憶から外れていた出来事を

思い出すことができました。

 

感謝ですね。

 

つづく