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みんな、
「意図」を
持ち過ぎだ。
意図を
持つな。
と、
あえて断言せねば
ならないほどだ。
意図を手放せた時、
初めて観える
ものは
あまりに
多過ぎる。
意図があるが故に、
その多過ぎることの
一つとして
観えないままでいる。
これでは
人生も仕事も
進まない。
ただし。
意図を手放すためには
「準備」が
必要だ。
それは
自分自身の意図と
しっかり向き合うことだ。
例えば、
人と会う場合、
今回は
どんな目的のために
会うのか?
そこでは、
自分は何を本当に
伝えたいのか?
何を共に
考え合いたいのか?
語り合いたいのか?
何をその場の
ゴールとしたいのか?
そしてそのために、
自分はどんな問いを
そこで投げたいのか?
それら、自分の「意図」を
本質的にしっかりと
考えることだ。
自分の意図を
しっかり考え、
明確にすることで
初めて、
意図は手放せる。
もちろん、
しっかり考えたら、
「そんな場にしよう」
と
強く思えばいい。
意図通りで行きたい
と
強く思えばいい。
その気持ちでもって
その人と
会えばいい。
そして、
会ったその瞬間から
自分の意識を
その人にのみ
向けてみよう。
その場にのみ
向けてみよう。
その人を
その場を
味わい、楽しんで
みよう。
すると
自分の意図は
どうでもよくなってしまう。
この
「どうでもよくなる」
ことが重要で、
これが
「手放せた」
という証だ。
手放せた結果、
その場は
まったく想定外の
展開になることは多い。
しかし、
手放せたからこそ
意図通りの展開に
なることも
またよくあることだ。
どちらでもいい。
どちらでもそれは
とても素敵な
展開となる。
要するに。
しっかりと
準備せい!
ということだ。
人とコミュニケーションを
とる前には
それくらいしっかりと
準備をする。
一つ一つ
しっかりと。
それにより
「自分の意図」という
狭い世界から
私達は自由に
なれるんだよ。
つづく
流れが
観えるだろうか?
自分の
人生の流れだ。
行き先は
明確に
わからなくとも、
この流れに
素直に
そのままに
乗ればいいのだ、
と。
本当は
すべての人に
その、
流れはある。
最初から
存在している。
それを
観れるようになる
までが
人生の第1ステージ
だ。
流れが観えたら
それに
乗る。
そこからが
人生の第2ステージ
だ。
・・・・・・
一度、流れに乗ると、
それまでの人生が
実は
「止まっていたのだ」
ということに
気づき、
驚きを隠せないだろう。
しかしそれは
本当は
止まっていたのでは
ない。
「準備を整えていた」
のだ。
準備は
大事だ。
それが
第2ステージの
「根」
になる。
「根」がなければ
樹は育たない。
花も咲かない。
しっかりと
「根」を
整えよう。
・・・・・・
しかし時には、
せっかく、ほぼ
「根」が整ったのに、
もうあと一歩で
第2ステージに
入れるのに、
その「根」が
根底から覆される
こともある。
それはそれは
「大」が10個くらいつく
ショックだ。
そんな時は大抵の場合、
人として
人の心として
耐えられる限界を
越えてしまうこともある。
悲しみや
怒りや
絶望や
空虚感が
襲ってくるだろう。
残念ながらそれは、
簡単には消えない
ダメージだ。
しかしそれでも
私達は、
私達人間は、
前に進まねば
ならない。
それが
「人間」だから。
・・・・・・
良い意味で
書くが、
「人間」として
生まれてきたことを
潔く
諦めよう。
私達は
「進む」存在
なのだ。
第1ステージの
終わりに、
根底からすべてが
覆ったとしても、
それでもそれは
スタート地点に
戻ったことには
ならない。
その痛い経験も
含めて、
進んでいるんだ。
現実的には「一からやり直す」
ことは当然
必要だが、
それはすぐに
挽回できる。
いや、むしろ、
その経験は
第2ステージの
スピードと安定感を
何倍にも
増すことにつながる
だろう。
・・・・・・
どれだけ
傷ついても
それでも
進もうとする人を
私はずっと
応援し続けたい。
私自身が
そうだし。
私は私を
応援したいし、
真剣に進む皆を
応援したい。
もうすぐ、
第2ステージだ。
つづく
準備が万全に整ってから
物事を始めよう
とする人がいますが、
それは決して
良い始まり方とは
限りません。
むしろ、
準備を整えている内に
機を逸してしまった
ということの方が
多いのではないでしょうか。
物事には
タイミングが
あります。
良いタイミングで
始めることで
調和は起こりますが、
タイミングを間違えると
同じことをしても
まったく展開が変わります。
物事は
タイミングで
決まります。
そしてそのタイミングは
私達自身の真本音が
最もよくわかっています。
人と人の真本音は
実在のレベルでは
すべてつながっています。
真本音の望む
タイミングに合わせる
ということは、
すべてとつながった上で
すべての流れを
見極めて上で
「今、ここだ!」
という最善のタイミングを
掴んでいるという
ことになります。
そのタイミングが
来ているのに、
「準備が整って
いないから」
という理由で、
始まりを自分自身が
阻止してしまうのは、
自分の人生を
自分で阻止しているのと
イコールです。
・・・・・・
「何を始めるか?」
これは人生において
とても大事なこと
ですが、
「いつ始めるか?」
これも超がつくくらい
大事です。
この
「いつ始めるか?」
の感性を養う
最も簡単な方法があります。
それは、
「一日を始めるタイミングを
はかる」
ということです。
以下は、私が毎日
必ず行なっていることですので、
とても簡単ですので、
よろしければ皆さんも
遊び感覚で
お試しください。
まず、
私は一日の終わりを
大事にします。
つまり、
いつ寝るか?
のタイミングを大事に
します。
「いつ寝る?」
「いつ布団に入る?」
という問いを
私は自分自身に
投げます。
自分の真本音に
投げる感覚です。
すると、
「もう今すぐ寝よう」
とか
「もう少し後にしよう」
とか
時には
「何時何分にしよう」
などの返事が
返って来ます。
何度か自分に
問いかけながら、
「今、布団に入る
タイミングだ」
とわかったらすぐに
布団に入ります。
ただ、
その直前に必ず
もう一つすることが
あります。
「明日、
何時何分に起きる?」
と自分に問うのです。
すると面白いことに
「6時くらいに起きよう」
というような返事が
返ってくることは
稀です。
いつも
「5時57分にしよう」
とか、
「6時3分にしよう」
など、
かなり細かい答えが
返って来ます。
で、その通りに
目覚まし時計を
かけます。
で、布団に入るのですが、
言われたタイミングで
入れば、
やはり良い睡眠が
待っています。
以前、
わざとこういったタイミングを
ずらして
布団に入ったことが
ありますが、
やはり睡眠の質が
根本的に変わってしまったのが
よくわかりました。
目覚めの気持ちよさが全然
違うのです。
さて、
自分の望むタイミングで
布団に入り、
そのまま眠ると、
大概の場合、私は
目覚ましをかけた時間の
直前に
自然に目が覚めます。
結果としてほとんど
目覚まし時計を鳴らすことは
ありません。
ただし、
目が覚めたからといって
すぐに布団から
出ることはしません。
ここでまた自分自身に
問うのです。
「どうする?
すぐに起きる?」
と。
これも私の場合ですが、
大概は
「もう少しこのままで
いる」
と返って来ます。
ですので、
そのまま横に
なっています。
これをやっていると
時には
二度寝をしてしまうことも
ありますが、
それでも良いのです。
例えば、
ちょっとウツラウツラと
二度寝をしたと
します。
そしてまた
目が覚めたとします。
そこでまた
問います。
「どうする?
すぐに起きる?」
と。
「もう少し」
と返って来たら、
まだそのままでいます。
これを繰り返し、
「今、起きよう」
と自分から返事が
来た瞬間に、
布団から出ます。
すると、
とてつもなく
一日の始まりが
快適になります。
この「快適さ」が
一日を決めてしまう
と言ってもよいのではないか、
とさえ思うくらいです。
・・・・・・
人生において
「始まり」
はいくつもいくつも
あります。
その「始まり」の中で
最も身近なものの一つが
この
「一日の始まり」
だと思います。
ここで
このように最善の
タイミングをはかる
という習慣をつければ、
それが、すべての
「始まりの感性」
を養ってくれます。
「始まりの感性」とは
いつ始めるか?
を決める感性です。
これにより、
人生は劇的に
変化する可能性が
あります。
少なくとも私の場合は
劇的に人生が
変わりましたね。
つづく
私は木村さんからの依頼で、
新規事業プロジェクトチームに
もう一歩深く関わることになりました。
そして弓江さんとの面談によって
弓江さんという社内コーチを育成しながら
チームに関わる、という方向性を
見出しました。
(→前回記事)
目的は、
チームの「脱皮」を果たすことで、
当初の売上目標の1.5倍を達成する
こと。
それを、木村さんと弓江さん中心に
推進するサポートをすること。
そのために私は
具体的に何をすればよいでしょうか?
私は、組織(チーム)を活性化したり
育成する上で、必ず
戦略を立てます。
戦略とは、
最も楽な道を見出す
ことであると私は考えています。
つまり、
目的を果たすための
最も楽で効果的なサポートの道筋は何か?
を、私はあらかじめ見出します。
私はそれを、
「組織(チーム)活性化戦略」とか
「組織(チーム)育成戦略」
と呼んでいます。
それを基本的な道筋として実行に移しますが、
もちろん戦略通りに物事が進むかどうかは
わかりません。
しかし、
物事に柔軟に対応するためには、
その基本線となる道筋が必要です。
基本があるからこそ、
応用が効き、
柔軟性が発揮できるのです。
それは一回一回のコーチングにおいても
言えることです。
私は仕事柄、
私以外のコーチやコンサルタントの方に
お会いする機会がありますが、
彼らのあまりの準備の少なさに
びっくりすることが、正直あります。
彼らは「その場のアドリブや臨機応変さが
大事である」と言うのですが、
本質的なアドリブとか、臨機応変さと言うのは
しっかりとした準備があってこそのものであると
私は思います。
最も楽な道は何か?
その答えを、自分の中で確信を持てるまで
準備をする。
その上で、現場に入る。
だからこそ、現場では
自由になれる。
直観も大いに働く。
・・・それは、当たり前のことであると
私は思っています。
私は、
木村さんの新規事業プロジェクトチームの
活性化戦略を自分なりに明確にしたかったので、
再び、木村さんと弓江さんの
二人コーチングをすることにしました。
正確に言えば、
木村さんと弓江さんが
もう一歩、「脱皮」することが、
真の活性化戦略を立てる上では、
重要だと思ったのです。
言葉を換えれば、
もう一歩「脱皮」した木村さんと弓江さんと共に
活性化戦略を見出したいと
思ったのです。
これ自体も、
活性化戦略の一端と言えますが。
木村さんと弓江さんの
真本音レベルの相性は
実にいい。
一人一人を個別でコーチングするよりも
二人同時にコーチングした方が
恐らく数倍の効果が上がるでしょう。
お二人もそれを自覚されていたようで、
なかなかに凄い気合いで、
二人とも私の前に現れました。
つづく
私はいつも、かなり綿密に
コーチングの準備をします。
今回のコーチングは、何の目的のために
何をすればよいか?
私は、どのような問いを投げ、
どのようなメッセージをプレゼントするか?
Aさんのコーチングがある前の日に、
私は以上のことを頭だけで考えるのではなく、
実際にシミュレーションします。
まるで目の前にAさんがいるかのようにして
前の日にAさんのコーチングを自分の中で
完了させてしまうのです。
それはイメージトレーニングに近いものが
あるかもしれませんが、
実はこれは、イメージトレーニングとは
本質的には異なります。
私はそれを、『実在コミュニケーション』と
呼んでいますが、
これについてはいずれ詳しく書かせていただくことに
なると思います。
なぜ、これほどまでに綿密な準備を
するのか?
その理由はたった一つです。
私の中から、すべての意図を手放すため
です。
これだけ綿密な準備をして行なったことを
私は、実際のAさんのコーチング時には
すべて手放します。
実は、準備をしっかりすればするほど、
簡単に、そして完全に、
手放すことができるのです。
意図を手放すために
準備するのです。
すると、実際のコーチングの場は
必ずと言ってよいほど、
私の意図を超えた、想像を超えた
素晴らしい展開になります。
意図を手放すということは、
完全に自由な状態になります。
私は、何物にも捕らわれない
完全に自由な状態として
クライアントさんと向き合うのです。
ですから、様々なことをキャッチしたり
クライアントさんと「一つ」になることも
できます。
これは私だけが持っている能力ではなく、
すべての人が私と同じようにすれば
同じ能力を発揮することができるでしょう。
木村さんと弓江さんの二人コーチングは、
そういった意味で、
完全に私の想定外の展開になっています。
しかしそれはつまり、
私が望んでいた展開です。
(→前回記事)
コーチングは、想定外になってこそ
コーチングです。
コーチの意図の範疇でのやりとりは、
コーチングとは言いません。
自分の意図の範疇でコーチングする人のことを
コーチとは言いません。
想定外の展開の中でようやく私は、
今回の木村さんと弓江さんの二人コーチングの
本当の目的に気づくことができました。
すべての雲が晴れた
感覚でした。
で、またもや思ったのです。
ここからが、この二人コーチングの
本番の始まりだ、と。
私はお二人に申しました。
「このままでは、新規事業プロジェクトが
成功しない、と3人ともが思っている
真の理由がわかりましたよ。」
「何ですか?」
弓江さんと木村さんの目が輝きました。
「新規事業プロジェクトは
ここまで順調だったということです。
実は、何の問題もなかったのです。
そして、ここまで順調だったからこそ、
この場があるのです。」
「・・・???」
つづく