どれだけ
エネルギーが
枯渇しても、
わずかな
エネルギーを
やりくりして、
すべきことを
すべて
やり切る。
そういった
力を
ずっと高め
続けてきたように
思う。
この16年。
・・・・・・
人っていうのは、
簡単に
死んじゃうんだな、
と
わかった。
病気になる
とか
怪我をする
のは
まだわかりやすい
ので良い。
いや、
良くはないが、
体が警告する
という意味では
対応は
しやすい。
しかし、
体に出るだけの
余裕がない
ケースがある。
生命エネルギーが
一気に
なくなってしまう
場合だ。
人は、
生命エネルギーが
枯渇すると、
その瞬間に
死ぬ。
体が
生命活動できなく
なるからだ。
それは
本当に一瞬で
くる。
その恐怖を、
私は
数知れず
味わった。
私の仕事は
自分の
生命エネルギーを
ダイレクトに
照射するもの
なので、
コントロールを
間違えれば
一気に
ヤバくなる。
・・・・・・
本来、
エネルギーとは
循環するものだ。
人から人へ
一方通行で
流れるものでは
ない。
ところが
その一方通行が
今の世の中では
蔓延っている。
だから
それにやられて
しまう人が
多い。
病気になる人の
多くは、
エネルギーの
奪われ過ぎ、
という
根本原因だ。
・・・・・・
自分が
もうそろそろ
ヤバい、
ということは
ある時から
よくわかるように
なった。
心が軋む
のではなく、
魂が軋む
という感覚が
わかるように
なった。
そうなると
本当は
休息を取るしか
ないのだが、
そうも
言ってられない
のが
私の日々だ。
いかに
少ないエネルギーを
有効利用するか?
それが私の
仕事の、
そして人生の
テーマだった。
この16年。
・・・・・・
少ないエネルギー
で
やりくりする力
とは、
正確に言えば、
ほんのわずかな
エネルギーを
もとに
循環を生み出し、
徐々に大きくする力
ということに
なる。
結局、
一人では
どうしようも
ないのだ。
人との
向き合いの中で
エネルギー循環を
起こし、
その循環を
高めながら、
双方互いに
エネルギーを
広げていく。
そういう体験
を
積めば積むほど、
あぁこれが
人間なんだなぁ、
と
実感する。
人は
一人では結局は
どうしようもない。
人との関わり
の中で
何とか
やっていく
存在なのだ。
自分の魂と心
と体
では、
対処できないこと
ばかりだ。
その現実に
立ち向かうには、
人と人の
紡ぎ合い
しかない。
・・・・・・
生命エネルギー
レベルの
こういった体験が
続くと、
人と人が
助け合う
とは
どういうこと
だろうか?
と
嫌が上でも
考えることになる。
表面上は
助け合っている
ように見えて、
実は
エネルギーを
奪い合っている
ケースも多い。
生命エネルギー
の循環を
向上させる
人と人の関わり方。
このテーマも
もう
16年間
探究し続けている。
つづく