指導が必要だ

LINEで送る
Pocket

いったい
何をやってるんだろう

思うくらいに、

余分なことに
悩んでいる人は
多い。

あなた、
そこ
悩むところじゃ
ないよ!

と、
最近の私は
結構強く
ダイレクトに
お伝えすることに
している。

じゃないと
いつまでも
悩みのサイクルから
出てこないから。

最近はよく
「指導」
という言葉を
使うようになった。

指導と言っても
私の場合、
それはあくまでも
「サポート」だ。

指導とは
サポートである、


私は完全に
思っている。

それを
わかった上で、

コーチとして
ではなく
指導者として
その人に
強いコミュニケーションを
とる、

という機会が
急激に
増えてきた。

私が意図して
やっていることでは
なく、

気がつけば
そうなっていた。

私は基本、
目の前の人の
「鏡」
であろう、
といつもしているので、

今は
「指導されたい」
人が
急増しているのだな、

思う。

主は
あくまでも
その人であり、

その人の
望む方向
(真本音で望む方向)

後押しすることには
変わりはない。

しかし
そのために
あえて
現在のその人の
行動や振る舞い、
内面的動きに対して、

否定したり
叱ったり

ということも
する。

そうしなければ
ならない機会が
増えたのだ。

逆に言えば、
人をちゃんと、

その人を
主にして

否定できる人が
少なくなった
とも言える。

今は
そういったことを
すれば、
すぐに
パワハラだとか
なんとか
言われてしまうから、

気がつけば
みんな
恐る恐る
喋るようになった。

経営者ですら。

だから、
「指導者」が
必要だ。

自分の恐れ
(つまりは、自我)
を超えて、

ちゃんと
ものを伝えられる
人が。

とりあえず
私は
それを、やる。

そして
それができる人を
育成したい
とも思っている。

つづく

コメントを残す

*