真実

風を贈り合う

 

今日は珍しく

昼も夜も

人と食事を

共にした。

 

真剣な話を

すればするほど、

 

笑顔に

なれる。

 

軽く

なれる。

 

そんな人達と

一緒に向かい合う

時間は

 

私にとっては

至福だ。

 

顔は

真剣なのに、

 

なぜか

そこには

常に笑顔を感じ、

 

そして

ふとした瞬間に

 

その人の真実

 

が、

フッと風のように

私の

心に届く。

 

私はその時、

何かを

理解する。

 

時の蠢き

のようなもの。

 

時代の

切り替わりの

スイッチが

入れ替わるような

感触を

伴うもの。

 

背中を

やさしく

深く

そして強く

押してもらっている

ような

風。

 

あーこれが

この人の

真実か、と

 

その理解と

共に

言いようのない

悦びが

 

私を満たして

くれる。

 

人には

真実があり、

 

その真実は

ほんのちょっとだけ

顔の覗かせ、

 

それを

お互いに

確認し合いながらも

 

お互いに

風を贈り合う。

 

すべての人達が

こんな会話が

できるようになれば、

 

世の中は

根底から

変わるのでは

ないか。

 

つづく

 

真実はたくさんある

 

誠実で素直な

人ほど

 

人の話に耳を

傾ける。

 

それ自体はとても

素晴らしいことだが、

 

耳を傾ける

ことと

鵜呑みにする

ことは

 

まったく別物だ。

 

私はこう見えて、

人の話を

鵜呑みにすることは

 

ほぼ、ない。

 

ようにしている。

 

・・・・・・

 

しかし、

素直に聴くようには

している。

 

素直に

インプットするのだ。

自分に。

 

でも、

鵜呑みには

しない。

 

よく、

「人の数だけ

真実がある」

と言われる。

 

私も

企業様でのサポート現場

では、

本当にいつもそう思う。

 

Aさんの見方、

Bさんの見方、

Cさんの見方、

・・・。

 

それぞれの人の

視点に立てば、

 

なるほど、

本当にその通りだな、

思うことは多い。

 

しかしそれは

「その視点に立てば」

での

ことである。

あくまでも。

 

・その視点に立てば、

・こういう風に見える、と

・Aさんは思っている

 

という3つを私は

そのまま

あるがままに

自分にインプットする。

 

Bさんも、Cさんも

それぞれが

それぞれの視点で

どう見ているか、を

そのまま自分に

インプットする。

 

そしてその上で、

自分なりの解釈を、

 

・・・何もしない。

 

つまりは

インプットしたままの

その状態で

ずっといる。

 

すると、

ある時ある瞬間に、

ふと

わかるのだ。

 

「彼らはいったい

何をしているか?」

 

が。

 

数々の真実の

さらにその奥にある

「根源」のようなものが

ふと

観えるのだ。

 

それは

言葉や説明に

ならないこともある。

 

しかし

それを一瞬でも

感じ取れば、

 

彼らは

次に何をすれば良いか?

 

私は

そんな彼らに

どんなサポートをすれば

良いか?

 

ありありと

浮かんで来る。

 

これが私の

企業サポートの

本質だ。

 

・・・・・・

 

こうして文章に

すると、

 

何かとてつもなく

凄いことを

やっているように感じる

かもしれないが、

 

私がやっているのは、

「素直にインプットする」

ことだけだ。

 

それをすれば

あとは何となく

勝手に観えて来る。

 

これは

やろうと思えば

誰もができること。

 

しかしそのためには

自分自身の

真本音度合いが

高くなければならない。

 

真本音度合いが

高まれば高まるほど

 

・素直なインプット

・素直なアウトプット

 

両方ができるように

なる。

 

それができる人を

それぞれの企業の中に

増やしていく。

 

これも私の

企業サポートの

本質だ。

 

つづく