一度、

無になると

いい。

 

「無」

と言っても

実際には

「無」というものは

ない。

 

「無」とは

人間が生み出した

解釈の一つ

でしかない。

 

それはともかく、

「無」に

なるといい。

 

「無」のイメージの

中に

自分を埋没させる

という意味だ。

 

私が時々

やるのは、

 

青空の中に

浮いている自分を

イメージすることだ。

 

青空の

真っ只中。

 

すべてが

青い世界で

何もない。

 

その中に

埋没していると、

自分の体も

その青空に溶けて

しまい、

 

「自分」が

なくなっていく。

 

青空と自分の

境界が

わからなくなって

いく。

 

そのままの

状態で

しばらくいる。

 

たった

それだけの

ことだ。

 

夜、布団の中で

これをやると、

そのまま静かに

眠りにつくことも

できる。

 

私達の体は

事実として

ここにあるが、

 

「私」という境界は

私達自身が

勝手に決めている

解釈でしかない。

 

その境界を

取り払うことで

初めて浮上する

発想もある。

 

もちろんその発想は

もともと自分自身の

中に存在していた

ものだ。

 

しかし、

「私」という解釈による

境界が、

枠が、

その発想に蓋を

していたのだ。

 

境界をなくさないと

出ない発想が

私達には

とてつもなく多い。

 

さて。

 

改めて

言うが、

 

一度、

無になってみると

いい。

 

自分を縛っていた

自分自身の

こだわりが、

 

わかるかもよ。

 

つづく