コツコツ
と
日々、
生活を
続ける。
一つ一つ
自分の
行動に
意志を
込めて。
力む、
ということ
ではない。
自然に
肩の力を
抜いて。
そういった
日常的な
行為の
一つ一つが、
私は
「祈り」
だと思う。
・・・・・・
惰性で
生きる、
惰性で
行動する、
のは
「祈り」とは
真逆だ。
それは
単なる人生の
消耗だ。
それでは
エネルギーは
広がらない。
循環しない。
溜まらない。
エネルギーを
動かすのは
「祈り」
に他ならない。
・・・・・・
そもそも
人の中心は
「祈り」
だ。
人は
本当の意味で
自分に素直に
生きれば
「祈り」
となる。
儀式として
「祈り」
に集中することも
もちろん
大事だが、
本来
「祈り」とは
自分自身だ。
自分の行動
の
一つ一つだ。
・・・・・・
本当に
人生が苦しかった
とき、
私は
祈り続けた。
とにかく
祈り続けた。
あの時、
何を祈っていた
のだろう?
もう
記憶がない。
ただ、
何かを必死に
祈り続け、
その中で
実感したんだ。
これ、
生まれた時から
ずっと
続けていることだ、
と。
・・・・・・
それぞれの
「祈り」が、
ぞれぞれの
形となる。
それが
人だ。
「祈り」の
3次元化。
それが
人。
でもみんな
そのことを
忘れてしまって
いる。
だから、
思い出せると
強い。
自分の
存在する意味
が、
そこにはある。
意味が
わかれば
人は
強くなれる。
もともと
強いのだから。
・・・・・・
「祈りの和」。
これが
この世の中の
本質だ。
が、
やはりそのことも
みんな
忘れてしまって
いる。
だから私は
一つ一つの
組織において
「祈りの和」
を
浮上させる。
最初から
そこにあるの
だから、
それは
創造、というよりも
浮上、だ。
それは
その組織の
存在する意味に
ダイレクトに
答えるものだ。
組織が
真に強くなる
唯一の手段。
・・・・・・
「祈りの和」
に戻す。
世の中
を。
社会
を。
それが、
四半世紀前に
独立した私の
初志だ。
もちろん
あの頃はもっと
浅い捉え方
だったけど。
どうすれば、
人は
「祈り」を
思い出せるか?
どうすれば、
組織は
「祈りの和」を
取り戻せるか?
ようやく
その方法が
確立されて
きた。
コツが、
ツボが、
観えてきた。
長く
探究し続ければ
何とかなる
ものだな。
つづく