取り憑く

取り憑かれるのは普通のこと

レベル3コミュニケーション。

(→前回記事)

 

その第一段階の実践をしていただいた弓江さんから

私は報告を受けています。

 

弓江さんは木村さんのことを

「器の大きい人だと感じた」

と報告されました。

 

しかし、その次に彼女が言われたのは、

「彼、何かに取り憑かれていませんか?」

という一言。

 

実はこれを聴いて一番びっくりしたのは

私でした。

 

えっ、そんなことまでわかったちゃったの?という

びっくりでした。

 

確かに木村さんは取り憑かれています。

 

「弓江さん、そんなことまで感じました?

取り憑かれている、というのはどういうことですか?」

 

「これも何となく感じたことです。

時々、木村は、木村の心ではないところで

ものを言っている感じがしたんです。」

 

「例えば、どんな場面がありました?」

 

う〜ん、としばらく弓江さんは

考え込みました。

 

「同じプロジェクトチームに

西畑という者がいます。」

 

西畑さん。

話したことはありませんが、もちろんお顔は私も

知っています。

確か、木村さんと同じくらいの年齢、30代半ばくらいの

男性社員さんです。

 

「木村は西畑と仲がいいので、よく二人で

冗談を言いながら喋っていることが多いのですが、

西畑と喋りながら時々木村が、疲れた表情を

することがあるんです。」

 

「はい。」

 

「で、その疲れた表情のまま、他の社員と木村が話している時、

すごく違和感を覚えることがあります。」

 

「どんな違和感ですか?」

 

「さっき言いました通り、

なんか木村の心ではない心が喋っているような。

木村の言葉なんですが、木村の言葉ではないような。」

 

「そんな時、木村さんはどんな言葉を

よく発しますか?」

 

「う〜ん、具体的な言葉までは思い出せませんが、

見ている私は、とても嫌な気持ちになります。

イライラします。」

 

あぁ、なるほど。

だいぶ、見えてきました。

 

「イライラの原因はわかります?」

 

「なんか、すごく変なことにこだわったり、

どうでもいいようなことで迷ったり。

私がイライラしてしまういつもの木村が

出るのだと思います。」

 

やはり。

 

「それは、本来の木村さんの器の大きさが

まったく出なくなってしまうということですね?」

 

「はい、その通りです。

私の最も嫌いな木村が出ます。」

 

「弓江さん、それね、

本当に取り憑かれてるんですよ。」

 

「えっ、そうなんですか?」

 

弓江さんはびっくりした表情になりました。

 

「弓江さんの観察はなかなか本当に

凄いですね。」

 

私は感嘆しました。

 

弓江さんの報告で、

普段の木村さんに何が起きているのかが

ようやく見えてきました。

 

彼は本当に取り憑かれているのです。

 

こんな書き方をすると、怖いかもしれませんが、

こういったことは、どこにでも起こっています。

本当にどこにでも。

 

彼に取り憑いているもの。

 

それを、

『エンティティ』

と言います。

 

つづく

 

穏やかな顔の奥にある、強烈な拒絶

人間の魅力はどこで決まるか?

 

この問いには様々な答えがあると思いますが、

重要な答えの一つとして、私は

 

「その人本来の味を出せているかどうか?」

 

であると、企業現場においていつもつくづく

感じています。

 

特にリーダーという役割を果たす人が

・その人本来の味を出しながらリーダーシップを発揮するのと

・その人本来の味を消しながらリーダーシップを発揮するのでは

同じ人がリーダーをやっても雲泥の差が生まれます。

 

その差とは、

人がそのリーダーに対して抱く信頼度の差だけでなく

業務上の成果の差としても如実に現れます。

 

チームのメンバーがイキイキと仕事をし、かつ

チームとしての輝かしい成果を上げている場合、

まず間違いなく、そこには

「自分の本来の味を醸し出している魅力的なリーダー」

が存在します。

 

さて。

 

そういった意味で、

前回から例に出させていただいている平井さんは

最悪の状態だったと言ってよいでしょう。

(→前回記事)

 

平井さんは、本来の「味」を出しているどころか、

平井さんという「存在」そのものを私は

感じ取ることができませんでした。

 

なぜなら、彼の心の中心には、

「社長から評価を得たい」

という気持ちがドップリと根付いていたからです。

 

彼の言動のすべては、

そこから始まっていました。

 

彼は、決断力がありました。

彼は、堂々としていました。

彼は、とても言葉が巧みでした。

 

しかし、彼の部下は皆、疲弊していました。

 

そして本人は気づいていませんでしたが、

平井さん自身も、疲弊の極みにありました。

 

しかし彼のコーチングの初期段階では、

取り付く島がありませんでした。

 

私がどのような質問をしても、

彼の口から出てくる答えは、私の胸には

響きませんでした。

つまりそういう時は、

その人の本心の言葉ではない、ということです。

 

ですので、私は彼の本心を理解したいと

思いました。

 

ところが、彼は肝心なところに来ると、

空気感でもって、私を拒絶しました。

 

タチが悪いのは、

表面上の彼は穏やかだったことです。

しかし、「これ以上は私に触らないでください!」と

悲鳴にも似た拒絶が

空気感としてこちらに伝わって来るのです。

 

これにはまいりました。

 

彼の口癖は、

「そういうものですから。」

それ以上でもそれ以下でもないので、もうこの件については

これ以上問わないでくれ、

という彼の拒絶の意思表示でもありました。

 

ですので、コーチングの初期では

随分と沈黙の多い時間となりました。

 

沈黙の最中も、彼は穏やかな表情でいました。

すべてを私は受け止めますよ、

という表情。

 

しかしそれは表面だけ。

表層の皮を一枚剥がせば、

彼は「拒絶」の権化でした。

 

彼の言う、「そういうものですから」という彼の答えは、

もともとすべて、社長が言われた言葉ばかりでした。

 

つまり彼の中では「社長がすべて」。

「社長が真実」。

「社長が原理原則」。

そして、

その原理原則は、何があっても崩れない、

というものでした。

 

これがいわゆる、「社長が取り憑いた状態」です。

 

一種の洗脳状態ですが、

これは彼自身が望んで、

自らそのような状態を創り出していました。

 

もちろん、社長にも問題はあったでしょう。

こういった状態になるまでには、

社長のコミュニケーションの取り方も

原因としては大きいとは思います。

 

しかし、基本的には彼の自業自得。

 

彼自身が望んで創り出した現実。

 

彼は自ら社長が取り憑いた状態を創り出し、

自らの人格を、ある意味、殺しました。

 

そんな彼がリーダーをするわけですから、

彼の部下の皆さんのほとんども、

多かれ少なかれ、自分らしさとか自分の本当の気持ちを

押し殺したまま仕事を続けていました。

 

私がある意味、すごいなぁ、と感心したのは、

そのような状態でも、ある一定以上の業績を

彼と彼の部下の皆さんは残していたことです。

 

これは本当に凄い。

 

しかし、それ以上に、彼らの疲弊ぶりは

尋常ではありませんでした。

いつ誰が倒れてもおかしくない状態。

しかも「そのような状態で頑張ることが格好いい」という風潮。

 

なかなかに酷い状態でした。

 

実はこの後、平井さんは劇的な改善をし、

本来の自分を取り戻していくことになるのですが、

そういった状態になった後で、部下の皆さんに当時のお話を聴くと、

皆さんはまだ健全だったことがわかりました。

つまりは、

「あの頃は最悪でした。

私は、本音の一つも口に出せませんでした。

平井さんのことが気持ち悪くてしょうがありませんでしたし、

この会社にいることが、本当は嫌で嫌でしょうがありませんでした」

と素直に思っていたのです。

 

しかしそのような状態でもある一定以上の業績を出せるということは、

彼らのもともとのパワーがとてつもなく高かった

ということでもありました。

 

逆に言えば、

そんな彼らが、本来の自分として働けたら、

さらに凄いことになる、ということです。

(実際にそうなりました。)

 

さて、このように酷い状態の平井さんでしたが、

彼が本来の自分を取り戻し、

本来の「味」を醸し出せるようになるまで、

実は半年もかかりませんでした。

 

もちろん私自身も

そんなに短期間で改善されるとは

当初は思いもよりませんでした。

 

一体何が起きたのか?

何を起こしたのか?

 

公に書けるギリギリのところまでを

思い切って書いてみようかな、と

思っています。

 

つづく

人は人に取り憑きます

前回は、人の「個性」と「味」の違いについて

書かせていただきました。

(→前回記事)

 

「味」とは、その人がまったく意図せずとも

空気感として醸し出しているものです。

 

しかしそれを本人は認識していませんから、

その味を活かすことができている人よりも

せっかくの味を消してしまう方向の生き方・在り方を

してしまっている人の方が圧倒的に多いです。

 

・・・・・・

ここで、一人の方をご紹介します。

 

ある中小企業の管理職の平井さん(仮名)です。

 

彼は一般的には部長職に当たるリーダーです。

それほど大きな会社ではありませんので、

直属の上司は社長です。

平井さんは経営幹部の一人、と言ってよいでしょう。

 

私は平井さんのコーチングのご依頼を社長からいただきました。

社長いわく、

「今、私が最も期待を寄せているリーダーです」

とのことでした。

 

ところが、

「平井は、いつも80点90点のところまではできるのですが、

なかなか100点にならないのです」と。

 

社長は創業者で、できれば平井さんを自分の後継者にしたい

と考えていらっしゃいました。

 

社長は一見、物静かな方ですが、芯が非常に強く、

創業者独特のエネルギーに溢れていました。

周りからも尊敬されています。

もちろん、平井さんも社長のことをとても尊敬する一人

だったようです。

 

さて、そんな社長からのご依頼で

初めて平井さんにお会いしたのですが、

私の第一印象は正直言って、最悪に近いものがありました。

 

「この人は、まったく“自分”がない」

と思ったのです。

 

平井さんは堂々としていました。

言動の一つ一つにも力強さがあり、

業務においては恐らく、この人がほぼすべてを決断して

動かしているのだな、と感じさせるものがありました。

 

しかし、彼の言葉の一つ一つが

まったく私には響いてこなかったのです。

 

力強いのに、まったく響かない言葉たち。

 

実はこういったケースは少なくありません。

力強さはありますので、物事は進んではいくのですが、

しかしこういった人がリーダーの場合、

確実に目に見えないところで様々な不調和が

起きています。

 

そして、あるきっかけで突然に、

その不調和が炎上し、大きな問題を引き起こします。

そんなケースを嫌というほど私は見てきました。

 

しかも平井さんの場合、

その「匂い」が、とてつもなく強かったのです。

 

理由は、平井さんとお話を始めて5分で

わかりました。

 

ちょっと気持ち悪い表現になりますが、

イメージで言いますと、

平井さんの背中にベットリと、

社長が取り憑いていたのです。

 

平井さんの頭の中はただ一色。

「私は社長から認められたい。

社長から叱られたくない。

社長に誉められたい。」

・・・そればかりだったのです。

 

彼の一つ一つの決断・行動はすべて、

社長に認めてもらうためのもの。

もちろん彼は、そんなことは口にしません。

どころか、彼本人も自分がそうなっていることを

恐らく、気づいていませんでした。

 

でも彼は恐らく何年もそれを続けてきていたはずです。

 

私は彼と向き合って、

彼の人格も心も何も感じませんでした。

彼の体はここにあるのに、

彼という存在を何も感じないのです。

 

社長は私に言われました。

「ウチの社内では、平井が一番、私のことを

理解しています」。

 

いやいや。

それは理解ではなく、取り憑いているだけなのです。

かなり酷い言い方をしてしまっていますが、

これは大袈裟ではない表現です。

 

私は社長に、「これはかなり深刻な状態です」と

正直に私の印象をお伝えしました。

社長は、

「なんとか、彼を自由にしてやってくれませんか」

と私におっしゃいました。

 

こうして、平井さんのコーチングが始まりました。

 

平井さんは、本来の「味」が出ていないどころか、

本人の「存在」すらない状態。

 

その平井さんの「味」をどのように出していくか?

これはかなり難易度の高いコーチングでした。

 

つづく