問題はそこになく

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一見、
とても
騒がしく
感じながらも、

実は
この上なく
静謐な空間、
場所がある。

見かけは
雑踏。

しかし
本質は
明鏡止水の
ような。

どことは
言わないが、

私は
その場に
いつも来ると
ホッとする。

特に
出張帰りには。

東京には
そういう場所
がある。

だから
実は
東京に帰る
方が
安心するし、

私の中では、
東京=静かな場所
という
イメージが
出来上がっている。

もちろん、
本当に静謐
なのは、
ほんの一部
なのだけど。

・・・・・・

物事を
表面的に
捉えてはならない、
とは
よく言った
もので、

表面と本質

あまりに
食い違っている
ことは多い。

人もそう。

かといって
表面が
どうでもいい、
ということでは
決してない。

一番良いのは、
表面と本質が
一致すること。

私自身は
それを目指して
いるし、

人をサポート
させていただく
時も、
いつもそれを
大切にしている。

・・・・・・

海。山。風。
空。大地。

自然。

自然の中の
人工物。

人工物も
大きな視野
から見れば、

自然の
一部だ。

人そのものが
自然の中の
存在だから。

人が生み出す
ものも
すべて自然
であると
捉えれば、

自ずと
何が問題か?

観えてくる。

本質と表面

一致している
ことを

一貫性が
とれている、

と言うが、

要するに、
人工物とは
それを
生み出した人の
一貫性が
そのまま
現れる。

一貫性の
低い人工物に
関われば、

自分自身の
一貫性にも
影響する。

もし世の中に
一貫性の高い
人工物ばかりが
増えれば、

人々の一貫性

それなりに
高まっていく
はずだ。

・・・・・・

風が吹く。

この風は
どうか?

人工物では
ないものは
すべて
一貫性が
とれているか
と言えば、

それも
そうではない。

一貫性の
ある風も
あれば、

一貫性の
ない風も
ある。

今、
気候変動が
甚だしいが、

それが
一貫性が
とれているか?
と言うと・・・。

・・・・・・

私達が
環境を創り、

環境が
人に影響する。

自分と
環境を
区別すること
自体が

実は
自然では
ない。

すべて
「私」だ。

その目線で
世の中を
眺めるといい。

そういう人が
増えると
いいな、と
思う。

下手な区別
が、
肝心の問題や
課題を
曖昧にする。

ほとんどの
問題は、

人が
引き起こして
いるんだよ。

つづく

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