見つめられている

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自分自身を

じっと見つめる

自分自身の目を

 

意識したことが

あるかな?

 

ただ

じっと見つめ

続けるだけの

自分。

 

そこには

評価も判断も

ない。

 

ただ

あるがままを

見つめる。

 

見張っている

わけではない。

 

意図もない。

 

ただ

見つめるだけ。

 

この目が

あるからこそ、

私達は

「ここ」に

立っていられる。

 

この目が

もしなければ、

私達は

生きては

いられない。

 

そして

この目が

あるからこそ、

私達は

悩み苦しむことも

できる。

 

あるがままを

見つめる目

とは、

 

慈愛

 

そのものだ。

 

慈愛とは

そこに

意図はない。

 

愛そう

という意思も

ない。

 

私達は

自らに

慈愛を向け続ける

自らの目を

持っている。

 

だからこそ

生きていられるんだ。

 

その目を

「我が目」

とするといい。

 

その目で

もって

世界を観ると

いい。

 

すると私達は

自分以外の

あらゆるものに

慈愛を

向けられる。

 

それだけで

世界は

変われると

思うんだ。

 

つづく

 

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