問い

問いが足りない

 

もっと自分に

問うといい。

 

みんな、

問う量が

圧倒的に少ない

のだと思う。

 

問えば

自然にわかることが

ある。

 

しかし

問わないから

永遠に

わからないままだ。

 

もっと

自分の中に発生

している問いに

敏感になった方が

いい。

 

最も単純な

問いは、

 

「なぜだろう?」

 

だ。

 

まずは

この問いを意識

するだけでも

人生は変わる。

 

ちょっとした

ほんのわずかな

心の隙間。

 

そこに

「なぜだろう?」

存在している。

 

わざわざそんな

どうでも良いことを

考えなくてもいいか、

思うなかれ。

 

そこにどれだけ

深い意味があるか?

答えに気づいた

後にならねば

決して

わからないものだ。

 

私達は

一日のうちに

何度も何度も

「なぜだろう?」

繰り返している。

 

その一つ一つに

馬鹿丁寧に

なるくらいに

真摯に向き合って

ごらんよ。

 

それだけで

人生の充実度は

根底から

変化するかも。

 

大袈裟では

ない。

 

問いに敏感に

なるのは、

人生を豊かにする

ための

基本だと思う。

 

私は一日中

自問自答するように

なって

本当に景色が

変わった。

 

この充実度は

誰もがすぐに

手に入れられるもの。

 

存分に

自分自身に向かって

問うてほしい。

 

生きるとは、

問うことだ。

 

つづく

 

答えを自覚しよう

 

一つの問い

がある。

 

その問いは

とても答えづらい

かもしれない。

 

しかしそれを

わかって上で、

 

強引にでも

 

答えを出さねば

ならない時がある。

 

そんな問いを

一つ

ここに。

 

・・・

 

私は今、

誰から離れよう?

 

・・・

 

今、ちゃんと答えを

見つけ、

しっかりと行動する

ことで、

 

新たな道が

開くんだ。

 

つづく

 

問いだけがある

 

自分自身の

電源を落とすと、

 

問い

だけが残る、

 

ことがある。

 

あとは

何もない。

 

ただ

暗い場所に

 

電源の落ちた

場所に

 

問い

だけが残る。

 

そういうのを

観ると、

 

人とは

問いだな、

 

思う。

 

問いを残し、

真の答えに

出会うまで

それは

決して消えることは

ない。

 

そういった

生き方、進み方を

するのは

やはり

人間だけだろうか。

 

いや、

 

私は時々、

場に問われる。

 

空間に問われる。

 

宇宙に問われる。

 

・・・こともある。

 

しかし、

そのように

問いを受けることが

できるのは、

 

その答えを

見つけるために

実際の試行錯誤を

するのは、

 

やはり

人間だけだろうか。

 

問うて、

 

試行錯誤し、

 

答えを見つけ出す。

 

このシンプルな

サイクル。

 

これは摂理か。

 

摂理に素直に

生きるとは、

 

「ここ」にある

問いを

素直に受け取る

ということか。

 

私は

問いであり、

 

問いを受ける

ものである。

 

・・・これはとても

しっくりくる。

 

しかし、

 

私は

答えるものである。

 

・・・というのは

しっくりこない、

というのは

どういうわけか。

 

自分自身の

電源を落とすと、

問いだけが

残る。

 

答えは

出そうにないな、

とわかれば、

 

私は

単なる

問いとして

今日を、明日を

生きるだろう。

 

簡単に

答えは

出さないよ。

 

出そうになっても

出させない。

 

なぜなら私は

問いだからさ。

 

今日も私は

皆さんに問い、

 

私自身に

問う。

 

「この場」にある

問いを

拾い出し

 

そのまま

素直に。

 

それが私だから

というよりも、

 

やはりそれが

人間だから。

 

つづく

 

問いと共に進もう

 

自分自身への

問いを持つということは

 

とても人生を

豊かにしてくれる。

 

たとえすぐに答えが

出なくても、

 

問いを持ち続けるだけで

人生は豊かになる。

 

逆に言えば、

 

自分の人生を

豊かにしてくれるような

問いを持つといい。

 

あなたは

今後の人生を

どんな問いと共に

進めて行きたい?

 

 

ちなみに、

今の私が常に

持ち続けている問いは

こうだ。

 

「始まり」は

どうすれば

始まるか?

 

・・・変な問いだと

思うかな。

 

これ、

私の人生を

メッチャ豊かに

してくれる。

 

つづく

もう一つの難しい問い

 

昨日に続いて

今回も難しい問いを

ご紹介しよう。

 

これも

私自身が常に

自分自身に投げ続けている

問いであり、

 

昨日の問いと

セットで投げ続けると

良い。

 

 

『私は、自分自身との

どんな約束を果たすために

この人生を生きている?』

 

 

私は今でもずっと

この問いと共に

生きているな。

 

つづく

 

真剣な人にこそ効く問い

 

自分自身に対して

あえて

とても難しい問いを

投げ続けることも

私はオススメする。

 

すぐには

答えられない問い。

 

たとえ答えが出ても、

さらに深く

さらに「本当の」

答えが

まだまだ眠っていそうな問い。

 

そういった問いは

同じ問いを

毎日のように

連続して投げ続ける

ことが大事だ。

 

今回は、

私が私自身にいつも

投げ続けている問いを

一つご紹介する。

 

下手をすると

24時間ずっと

投げ続けている日も

あるような気もする。

 

 

『もし私が完全に自由

であるならば、

私は一生をかけて

何を生み出し続けようか?』

 

 

こういった難しい問い

と、

死ぬほど真剣に

向き合い続けると、

 

セルフコーチング力は

高まるよ。

 

つづく

 

答えが出そうだ

 

あぁもうすぐ

とても大事な

答えが出るな。

 

この仕事をしていると

その予兆が

ありありと

わかるようになる。

 

「答えの存在感」

というやつだ。

 

答えの中身は

わからない。

 

しかしその存在と

その濃さ、強烈さ、

などは

よくわかる。

 

もちろんそういった

答えは重要だし、

 

その答えの中身を

知ることは

その後の人生や

ビジネスを

根底から大きく揺さぶる

ことになるだろう。

 

そんな

「答えの存在感」

今、私はとても多くの

人達に感じる。

 

多くの人が

今後の人生を左右する

ような

そんな答えを

もうすぐ見出そうと

している。

 

ちゃんと

見出せるといいな、

願う。

 

できれば

最善のタイミングで

見出せればいいな

と。

 

答えを自覚する

ために必須なこと、

 

それは

間違いなく

 

「問い」

だ。

 

答えの前には

問い、

あり。

 

その問いに

自ら気づけなければ

答えには永遠に

たどり着けない。

 

だから

こんな時に本当に

思うのだ。

 

皆、

セルフコーチング力が

必要だ、と。

 

セルフコーチング力

とは、

自らに問う力

だ。

 

自問自答力だ。

 

これはやはり

人生を変える。

 

必要な答えが

必要な瞬間に

手に入るかどうか。

 

これが

人生を決定する。

 

これはもう

断言しても良いだろう。

 

あなたの中には

今、

どんな問いがある?

 

自分の中の問い

必死になって

見つけ出した方が

いい。

 

特に今は、ね。

 

今は

一日中、

自分自身に問う

と良い。

 

私の中の問いは何か?

 

私の中の問いは何か?

 

・・・と。

 

24時間、やり続ける

くらいがいいよ。

 

今はね。

 

つづく

 

問い、と共に生きる

 

問いを持つこと。

 

「今の自分」

にとっての

最良の問いを

持つこと。

 

そしてその問いと

毎日、毎時間、毎分、毎秒、

真摯に向き合い続けること。

 

これにより、

人生は劇的に

変わる。

 

臆病で臆病で、

あらゆる自分の

判断と行動が

自分自身の臆病さを

打ち消すためだけに

あったのが、

かつての私だった。

 

その私が

そんな人生から抜け出せたのは

今から思えば、

ひとえに

そこに理由がある気がする。

 

私は常に

「問い」と

向き合い続けた。

 

今も

ずっとそうしている。

 

それだけは

この17〜8年間は

止めたことがない。

 

とは言え、

それは私だけのことでは

ないはずだ。

 

すべての人は

いついかなる時も

その胸の中に

「問い」を

抱き続けている。

 

それをしっかりと

自覚するかどうか。

 

それだけの違い

ではないか。

 

自分がすでに

抱き続けている問いを

掘り起こし、

自覚し、

向き合い続ける。

 

たとえ答えが

わからなくとも、

とにかく

大事に大事に

向き合い続ける。

 

答えがわからない

というのは

気持ちが悪いし、

それだけでストレスに

なるかもしれないが、

 

それでも

向き合い続ける。

 

「問い」と向き合い

続けることこそが、

「人生」と向き合い

続けることでは

ないか。

 

今のように、

現実的に

様々な不安要素、

不安定要素が

次々に発生する社会で

あればあるほど、

 

これが本当に

必要なのでは

あるまいか。

 

どのような現実でも

ちゃんと

本来の自分を失わず、

 

ちゃんと

自分の意志・意思として

道を創っていく。

 

それができるのは

「問い」と

向き合い続ける人

のみではないか。

 

ここ数日で

改めて

強く思うことだ。

 

つづく

 

本気で問うてみてほしい

 

3つの問いを

投げよう。

 

一つ目。

 

この2週間で、

あなたは

何から離れた?

 

二つ目。

 

この2週間で、

あなたは

何をあきらめた?

 

三つ目。

 

この2週間で、

あなたは

何を覚悟した?

 

以上の3問。

 

頭をまったく

働かせずに、

 

純粋に

自分に問い、

 

純粋に

答えを待ってほしい。

 

もし

答えが出なければ、

無理に頭で

考えず、

 

一日の内に、

何度も何度も

3つの問いを

自分に投げてほしい。

 

すると、

 

その問いへの

直接の答えでは

ないかもしれないが、

 

何らかの発想が

浮かぶかも

しれない。

 

それらを

大切にしてほしい。

 

浮かんだこの発想は

どういう意味だろうか?

 

と、

さらに深掘りを

してみてほしい。

 

すでに

大事なことに

気づいているのに、

 

自分が

気づきを得ていることに

気づいていない、

という

状態の人が今、

とても多い。

 

もったいないことだ。

 

一度、

本気で

やってみてほしい。

 

つづく

 

重要な問いがあるはずだ

 

私達には全員、

必ず、

 

人生を終える

瞬間が来る。

 

その時に、

「あぁ、いい人生だった」

と思いたい。

 

・・・という願いを

持っている人は

多い。

 

それは

尊い願いだと

思う。

 

私はこの願いを

二十歳前後の時に

持った。

 

しかし、

あるカリスマ経営者に

その話をしたら、

 

「そんなのは

願いではない」

 

と一笑された。

 

「願いとは

もっと具体的な

ものだ」

と。

 

「人生の目的は

もっと具体的な

ものだ」

と。

 

彼の言いたいことは

今はよくわかる。

 

「いい人生だった」

と最期に言える

ためには、

 

具体的な目的を

持ち、

具体的な行動を

起こすこと。

 

それなくして

「いい人生だった」

と、心から言える満足感は

得られないように

人間はできている、

と。

 

そう。

 

私達は

「具体化」

を望んでいる。

 

具体化とは

「カタチ」だ。

 

『願いをカタチにする』

 

こと。

 

これが人生だと

思う。

 

20代前半に

私は彼からの

アドバイスを受けて

ラッキーだったと

思っている。

 

彼の言葉を

聴いた瞬間に私は

旅に出ることを

決めた。

 

当時の私は

彼に対して

「見とれよ!」

という憤慨の気持ちで

いっぱいになったが、

 

それもまた

彼の意図した

ものだったのだろう。

 

おかげで私は

人生の逸脱を

始めることができ、

それは

今日まで続いている。

 

何のために

生きるか?

 

具体的な目的は

何か?

 

そのために

今日は何をするか?

 

新たに

何を始めるか?

 

・・・常に

私の中には上記の

「問い」がある。

 

毎日、

この問いと

向き合い続けた

この約30年だった。

 

あなたにも

あなたの中に

重要な問いが

存在しているはずだ。

 

それをまずは

見つけてほしい。

 

そしてその問いと

毎日毎日

欠かさずに

向き合い続けて

ほしい。

 

答えはすぐに

出なくてもいい。

 

とりあえずの

答えになっても

いい。

 

とにかく

毎日、新鮮な気持ちで

その問いと

向き合い続けて

ほしい。

 

これもまた

セルフコーチングの

基本の一つだ。

 

つづく

 

まずは問いを探すんだよ

 

今、

あなたの中にある

最大の「問い」は

何だろうか?

 

私達人間は

「問い」と共に

生きている。

 

自分自身に問うては、

その答えを見つけ、

 

さらに問うては、

その答えを見つけ、

 

・・・の繰り返しで

生きている。

 

幼い子どもは

親にたくさんの質問を

する。

 

実はその習性が

人生でずっと

続くのが、人間だ。

 

ただ、

そういった「問い」に

いつしか私達は

意識を向けなくなって

しまう。

 

「問い」はあるのに、

「問い」に気づかない

状態になってしまう。

 

それを「大人」と

言うのかもしれないが、

 

本当はみんな

子どもでしょ?

 

子どものままでしょ?

 

未熟でしょ?

 

なぜなら人は

「進化」の反映。

 

「進化」をカタチにすると

「人」になる。

 

だから私達は

本当はずっと

未熟なままだ。

 

未熟だからこそ

ずっと「問い」がある。

 

自分の中の「問い」と

いつもいつも

しっかりと向き合い続ける

ことで、

私達は私達の願う

進化を続けることができる。

 

今、

あなたの中にある

最大の「問い」は

何だろうか?

 

あなた自身の「問い」を

探してほしい。

 

考えるのではない。

 

探す、のだ。

 

すでにある「問い」を。

 

それがあなたの人生を

一気に進めてくれる。

 

つづく

 

答えの前に、問い、あり

 

私達の心の中は

「答えの宝庫」

だ。

 

自分の知りたい答えは

ほぼほぼ

自分の心の中に

揃っている。

 

例えば、

人生において

「次の選択をどうするか?」

とか、

仕事において

「あのお客様にどう提案するか?」

とか。

 

もし、

明らかに新たな情報を

得なければ出ないような

答えについても、

「どのような情報を

どこから得ればよいか?」

という

答えにつながるための答え

をもう、持っている。

 

私達はそのように

心の中に存在する

「答え達」を

浮上させながら

生きている。

 

「浮上」というのは

「顕在化」ということだ。

 

眠っていたもの、

隠れていたものを

「明らかにする」

とか

「光を当て明確にする」

ということだ。

 

ところが。

 

「答え」はあるのに、

その「浮上」(顕在化)が

できない。

 

心の中に

せっかくあるものを

眠ったままにさせて

しまう。

 

しかも、

「答え」とは違う選択を

してしまう。

 

ということは

実によくある。

 

なぜ「浮上」できないのか?

 

なぜ「答え」はあるのに、

それに気づかないのか?

 

その原因は

たったの一点だ。

 

「質問力不足」

だ。

 

・・・・・・

 

「答え」を得るには

「問い」が要る。

 

「問い」がなければ

「答え」は出ない。

 

これが単純な

原理だ。

 

発想力のある人とは

質問力のある人

とも言える。

 

自分に的確な問いを

投げられる人だ。

 

私はコーチングにおいて、

ほぼほぼいつも

クライアントさんに

 

「今、あなたの中に

どんな問いがありますか?」

 

という問いを

投げる。

 

この問い。

 

まずはこれが

最も重要だ。

 

これを自分で自分に

投げるとよい。

 

「今、私の中には

どんな問いがあるだろうか?」

 

このたった一つの問いを

一日中、

私は自分に投げ続けている

と言っても過言ではない。

 

この問いを

投げ続けるだけで

人生は変わる、

と私は思っている。

 

全然大袈裟な話では

ない。

 

本当にそうだと

思っている。

 

これが

セルフコーチングの

基本だ。

 

・・・・・・

 

私達は皆、

「問い」と共に生きている。

 

人生とは

「問い」によって拓かれる。

 

自律している人と

そうでない人の違いは

自分自身にちゃんと

「問い」を投げられるかどうか?

だ。

 

全然大袈裟な話

ではない。

 

少なくとも私のクライアントさん

は皆、

「質問力」を高めることで、

ある意味それだけで

人生を変えている。

 

今後このブログでは、

オススメの問い

を随時ご紹介していこうかな、

思っている。

 

つづく

 

問いと共に歩む

 

自分の中に

浮かんでくる

「問い」

をもっと

大事にしよう。

 

「問い」とは、

たとえ答えが

わからなくとも、

大事に持っている

だけで

良いものだ。

 

「問い」を

持っていることで

ある瞬間ある瞬間に

様々な気づきや

ヒントを

直観することがある。

 

「問い」と共に

進むことが、

人生を進めることだと

言ってもよいくらいだ。

 

オススメは、

毎日、毎朝

次の問いから

始めること。

 

「今日の私は

どんな問いを

大切にしようか?」

と。

 

その日の

「問い」を

必ず最低一つは

自分で設定するのだ。

 

そしてできれば

その日のうちに

答えを見つける。

 

これを繰り返せば、

人生の展開が

加速される。

 

セルフコーチング系の

長期講座の受講生さん達

には、

実際に毎日これを

していただいている。

 

毎日の「問い」を

Facebookグループに

必ずアップしていただき、

皆で皆の「問い」を

共有しながら

日々を送っている。

 

皆さん本当に

実にバリエーション豊かな

「問い」を

毎日思いつくし、

昨日の「問い」が

今日の「問い」に

つながっているのが

よくわかる。

 

何よりも、

皆さんの質問力が日々、

着実にアップしていくのも

よくわかる。

 

これがそのまま

コーチング力の

アップにもなる。

 

私は、と言えば、

毎日、1問なんてもの

ではなく、

恐らく一日の内に

最低、20問くらいは

自分に「問い」を

投げているのでは

ないだろうか。

 

先ほども書いたが

全部に答えなくても

いい。

 

ずっと持ち続け、

毎日変わらずに

投げ続ける「問い」

もある。

 

このように

「問い」と共に

進む人生は

とても楽しい。

皆さんに強く

オススメしたい。

 

つづく

 

今、答え出るよ

 

今こそ、

 

「自分は何のために

ここにいるのか?」

 

という

極めて本質的な

問いと

向かい合った方が

いい。

 

それは、

 

「自分は何のために

この人生を始めたか?」

 

という

ことだ。

 

すべての人生には

目的があり、

 

その目的を

誰よりもよく

理解しているのは

自分自身である。

 

だからこれは

人に訊くことでは

ない。

 

これまで何度も

自問自答してきたが、

全然、答えが

わからなかった。

 

という人も

いるかもしれない。

 

しかしそれでも

同じ問いを

投げてほしい、

今こそ。

 

問いには

答えが出る瞬間が

必ずあるものだ。

 

その瞬間が

今、

ではないか?

 

答えは

100%すべてわかる

必要はない。

 

ただ、

ほんの一部だとしても、

わずかなヒント

だとしても、

今、ここで

掴むべき、知るべき

大事な一言が

あるのではないか?

 

それは

自分から自分への

メッセージ。

 

必ず

受け取らねば

ならない

メッセージ。

 

人生は、

受け取るべきメッセージ

を、

受け取るべき瞬間

に、

きちんと受け取るかどうか?

によって

決まる。

 

自分自身の

「何のために」

を果たせるかどうかは、

ほぼ、

そこで決まる。

 

今が

その時では

ないか?

 

今こそ、

しっかりと

自分の声を

聴くときではないか?

 

つづく

 

心の中に、ざわめきはありませんか?

 

昔、

私の心の中には常に

「ざわめき」

がありました。

 

一つの心のつぶやきを

すれば、

それが一石となり、

心の他の部分で

その「ざわめき」は

まるで永遠のように

広がり続けていました。

 

それは決して

気持ちの良いものでは

ありませんでした。

 

むしろ、

うるさい感じ、

騒がしい感じ、

そして

鬱陶しい感じ

でした。

 

恐らく今の私の

セルフコーチングの力で

それらの「ざわめき」を

見つめたとしたら、

その多くは

私の心のつぶやきへの

否定的な声達

だったでしょう。

 

喩えて言うならば、

あるタレントさんが

ツイッターか何かで

一言をつぶやくと、

炎上することがありますね。

 

あれに

似ています。

 

心の中の

炎上。

 

私が何かつぶやけば

炎上。

 

私が何か決めれば

炎上。

 

私の心の中は

奥底の方で

ずっとそれを

続けていた。

 

しかももちろんですが

それらの炎上は

決して見たくもなく、

私は常に

そのざわめき達に

フタをし続けてきました。

 

まぁその結果が

体を壊す、

ということだったのですが、

今考えれば

当たり前の結果です。

 

・・・・・・

 

なぜ、

ざわめくのか?

 

その根本的原因も

今となったら

わかります。

 

私は、

私の中にある

たった一つの「?」を

無視し続けていた

からです。

 

私の人生にとっては

その「?」は

とても大切なものでした。

 

しかしそれを

私は無視し続けたので、

それを一番よくわかっていたのは

私自身だったので、

そんな私を私の心達は

非常に否定的に

見ていたのですね。

 

ですから、

私が何か決めても

すぐに炎上していたわけです。

 

ではその

「?」とは

何なのか?

 

実は

とても単純な問いでした。

 

それは、

 

『このままでいいのか?』

 

という言葉になります。

 

私は本当に

このままでいいのか?

 

私の人生は

本当に

このまま行けばいいのか?

 

私は本当に

ここでこんなことを

していていいのか?

 

それら、

今ここにいる私自身への

疑問符でした。

 

よく、

 

自分を承認しなさい。

自分を肯定しなさい。

 

と、言われます。

 

もちろんそれは

大事です。

 

今の自分を承認できなければ、

未来を創ることは

できません。

 

しかし、

承認することと、

今の自分への疑問に

フタをすることは

まったく別のことです。

 

いえ、本当は

今の自分に対する

自分自身からの疑問や

疑念。

それらをしっかりと

理解することも

自己承認の重要な

一つです。

 

・・・・・・

 

『このままでいいのか?』

 

実はこの問いを

心の中に今、

強烈に持ち合わせている人が

増えています。

 

しかしこの問いと

向き合うのには

結構な勇気が必要です。

 

ですからほとんどの方が

フタをしてしまったり、

問い自体には気づいても、

 

「まぁ深く考えすぎるのは

よくないな」

「とりあえずは、毎日を

一生懸命過ごそう」

「とりあえずは、今目の前に

あることに集中しよう」

 

なっています。

 

これは残念ですが、

現実逃避

です。

 

今の自分にとって

最も重要な問いから

逃げているのですから。

 

それをすれば、

以前の私のように

心の中の炎上が

始まります。

 

それは

とてつもなく

自分自身のエネルギーを

奪います。

 

・・・・・・

 

『このままでいいのか?』

 

この問いと

しっかりと向き合うことで

間違いなく、

人生の道が

開かれていきます。

 

中途半端な

向き合い方は

ダメです。

 

向き合うならば

100%しっかりと

向き合うことです。

 

答えがすぐに

出なくてもよいですから、

この問いと

対峙し続けることです。

 

それができるのは、

自分自身しか

いないのですから。

 

つづく

 

 

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風は吹いているかい?

 

目の前に

Aという道と

Bという道が

あったとします。

 

今、その

分岐点にいます。

 

どちらの道を

進むか?

を迷っています。

 

Aの道を見れば、

特に障害は

なさそうです。

 

道は結構

まっすぐに伸び、

先の先まで

見渡すことができます。

 

Bの道を見れば、

こちらには

ゴツゴツとした

たくさんの岩などが

見えます。

 

あんな障害物を

越えていかなければ

ならないのか、と

少しゲンナリします。

 

しかも障害物の

その先は

見えません。

 

その道が

どこまで続いているのか?

まっすぐ続いているのか?

さえも

わかりません。

 

さて、

どちらの道を

行きましょうか?

 

・・・・・・

 

難易度は

どう見ても、

Aの方が低そうです。

 

Bにはたくさんの

障害物がありますし。

 

充実度は、

わかりません。

 

Aは平凡そうですが、

AにはAなりの

充実感を得られそうです。

 

Bは冒険が

できるかもしれません。

 

でも、

いつも不安いっぱい

かもしれません。

 

でも、

「あえて困難な道を

行きなさい」

という話もあるもんなぁ・・・。

 

「苦労は買ってまでも

しなさい」

とも言われるし・・・。

 

でもひょっとすると、

ここから見える障害物を

越えさえすれば、

その先はとても

楽な道になっているかも・・・。

 

反対にAは、

ここから見ると楽そうだけど、

進めば案外、

ここからは見えない障害が

あるかも・・・。

 

どっちが

楽しいだろう?

 

どっちが

自分らしいだろう?

 

どちらにもそれなりに

楽しさはありそうだし、

自分らしさは・・・、

よくわからない。

 

う〜む、

どうしよう。

 

考えれば考えるほど

わからなくなってくる。

 

・・・・・・

 

こんな場合、

私だったらどうするか、

を書きますね。

 

私の場合、

極めて単純です。

 

わからない内は、

動かない、

のです。

 

そうは言っても

早く決めなければ

ならない時も

あるでしょう、

・・・とよく言われます。

 

しかし、

わからない内は

頑として

動きません。

 

わからない、

とは

「今、決めてはならない」

という

真本音からの

合図です。

 

今、決めてはならない

のに

今、決めてしまうと

後で必ず

混乱や混沌が起こります。

 

そして、

結局は物事の進みが

遅くなります。

 

「風が吹く」

まで

私は待つのです。

 

・・・・・・

 

風は

必ず吹きます。

 

どちらかの方向に

「追い風」が

吹くのです。

 

そうしたら、

「追い風」になる方向の

道を進みます。

 

それだけの

ことです。

 

そこに自分の解釈は

まったく

入れません。

 

ただし、

そのためには

「風を感じられる自分」

でいることが

大事です。

 

「風を感じられる自分」

とはつまり、

「真本音度合いの高い自分」

ということです。

 

常に毎日を、

「自分が本当に

大切にしたいものを

大切にした生き方を

し続けいる」

ことです。

 

そしてその上で、

ちゃんと自分の迷いと

向き合い続けること。

 

具体的には、

常に自分に

「問い」を投げ続ける

ことです。

 

この場合の問いとは、

 

「Aに行くか、Bに行くか?」

 

です。

 

これを常に自分に

問い続けます。

 

しかし

頭で答えを出そうとは

しません。

 

理屈で考えながら

答えを出すのは

ただの「解釈」です。

 

解釈による答えには

必ず「迷い」がつきます。

 

答えに「迷い」がついている内は

「答え」ではありません。

 

ですから「答え」が出るまで

ただただ、問いを自分に

投げ続けるのです。

 

そして「答え」は

「風」が教えてくれます。

 

これが

セルフコーチング

です。

 

・真本音度合いを高めた状態で

・自分に必要な問いを投げ続ける

 

シンプルに言えば

これがセルフコーチングの

真髄です。

 

これをすれば

常に最善の選択を

し続けることが

できます。

 

自分と向き合い、

現実と向き合う

人は、

風を感じられるのです。

 

つづく

 

答えがわからない、のには意味がある

迷いを「問い」の形にする重要性を

前々回の記事でお伝えしました。

(→【迷いと向き合い、人生を進める方法】)

 

しかし、

「問い」はわかったけど、

「答え」がどうしてもわからない、

という人がいらっしゃるかもしれません。

 

ですので、このお話、

もう少し続けます。

 

まずは、

「問い」がわかったら

ご安心ください。

 

「答え」は必ず

わかります。

 

ただし、いつわかるか?は

わかりません。

 

最善のタイミングで

わかります。

 

最善のタイミングでわかるためには、

その「問い」をいつも

自分自身に投げ続けることが

大切です。

 

「答え」が浮かばなくても

自分に投げ続けるのです。

 

これを

「自問自答」と

言います。

 

「問い」を自分に投げれば、

グルグルとその「問い」について

考え続けてしまうことに

なると思います。

 

そうなった場合はもちろん、

徹底的に考えるとよいでしょう。

 

しかしその一方で、

次のような問いも

自分自身に投げてみてください。

 

「この問いの答えは、

今、見つかるだろうか?」

 

これに対して、

「今は見つからないな」

と自然に思ったら、

今は見つかりません。

その場合は、

「答え」についてグルグル考えることを

やめるとよいです。

 

あきらめるのです。

今は、見つからないと。

 

そして、

次の問いを自分に投げて

みてください。

 

「答えが見つかるために、

私が何かすべきことは

あるだろうか?」

 

「ない」

と明確に思えたら、

あとは「答え」が出るのを

待つだけです。

 

「あるのではないか」と

思ったら、

「答えを見つけるために

自分は何をしようか?」

ということを

考えてみてください。

 

そういった場合の多くは、

何か自分に「インプット」が

必要なのです。

 

何らかの情報を得るとか、

人に会って何かのアドバイスや

刺激を得るとか、

もしくは、何かの経験をするとか。

 

「答え」を呼び起こす

何らかのきっかけが

必要です。

 

そのきっかけを

自分自身に与えるのです。

 

「答えを見つけるために

自分は何をしようか?」

 

この問いを自分に

投げ続けます。

 

そして、ふと

「これをしよう」と

思えることがあれば、

それを素直に実行します。

 

するとそれがきっかけとなり

「答え」に結びつく可能性が

あります。

 

とにかく言えるのは、

私達の真本音は

「答えの見つかるタイミング」

をとても大切にしている

ということです。

 

その「タイミング」とは、

「こういった情報を得た後で、

答えを明確にしよう」

とか、

「こういった経験を積むことで

答えを明確にしよう」

などの、

真本音の意図に基づいています。

 

私達の真本音とは、

私達自身の「進化」をとても

重要視していますので、

「答え」を見つけるという結果だけでなく、

そのプロセスも大切にするのです。

 

「答え」を見つけるプロセスにおいて

自分は何を得るのか?

を大切にしているのです。

 

そういった

自分自身の真本音の意図に

素直に従うことが、

結果としては

最速で進むことにつながります。

 

もちろん、

「問い」がわかった瞬間に

「答え」がわかることもあります。

 

それらもすべて

真本音の意図です。

 

真本音の意図に委ねることで、

私達は自分自身の

意識の次元を高めていくことが

できるのです。

 

つづく

 

迷いと向き合い、人生を進める方法

人生に迷っている人が

増えています。

そして、

「迷い」には2種類あります。

 

・低い次元の意識による迷い

・高い次元の意識による迷い

です。

 

・・・ということを前回の記事で

書かせていただきました。

(→前回記事)

 

では、この二つの迷いを区別する

にはどうすればよいでしょうか?

 

まず大事なのは、

「迷い」を「問い」の形として

明確にすることです。

 

例えば、

「私は今、転職すべきだろうか?」

というような、

問いの形にするのです。

 

迷いとは、

答えがわからずに悶々と

することです。

どんな「?」に対して、

自分は悶々としているのかを

明確にするわけです。

 

「問い」が明確になれば、

次に、

その「問い」の「手前の問い」を

見つけます。

 

「手前の問い」とは、

その問いの答えがわかることで、

最初の問いの答えも

自動的にわかる問い

のことです。

 

上記の例で言えば、

「私は今、転職すべきだろうか?」

という問いがわかれば、

その「手前の問い」としては、

例えば、

「私は本当は、どんな仕事を

したいのだろうか?」

とか、

例えば、

「私は今の職場で、

すべきことはすべて

やり尽くしただろうか?」

などが考えられます。

 

もちろんこれは

本当に「例えば」です。

人によって

全然違う問いが

出てくるでしょう。

 

しかも「手前の問い」は

ほとんどの場合、

たった一つです。

最もピンとくる問いを

見つけることです。

 

さて。

 

「手前の問い」を特定できたら、

人によっては

「手前の問い」のさらに手前に

問いがあるかもしれません。

 

そして、

さらにさらにその手前にも・・・。

 

つまりこのように

迷いの「問い」を明確にし、

その「手前の問い」を明確にし、

必要があれば

さらにその「手前の問い」を

明確にし、

さらにさらにその「手前の問い」を

明確にし、

・・・と、

自分が納得できるまで

それを続けます。

 

この「問い探し」をした時に、

この「問い探し」自体に

自分が真剣になれるかどうか?

です。

 

早く「問い」を見つけたい。

早く「その答え」を

明確にしたい。

 

そんな想いが湧き上がり、

「問い探し」に真剣になれるので

あれば、

その人の悩みとは

「高い次元の意識による悩み」

です。

 

どうしても「問い探し」に

真剣になれない。

それをしようとすると

無気力感や虚脱感や倦怠感が

発生する、

という場合は残念ながら、

それは「低い次元の意識による悩み」

です。

つまりは、

自己満足の悩みであり、

現実逃避するための悩みであり、

悩む必要のない悩み

です。

 

そういった場合は、

悩んで止まっていることよりも、

今目の前にある現実に

立ち向かっていくことこそが

大事です。

 

「自分が今、

立ち向かうべき現実とは

何だろう?」

という問いを自分自身に

投げかける必要があります。

 

以上のように、

自分の中に発生している

「問い」

を、明確にするのは

セルフコーチングの基本です。

 

私はいつもそこに

敏感になっています。

 

「あっ、今、自分の中に

問いが発生したな」

とわかった瞬間に私はすぐに

自分の心と向き合い、

「問い」を明確にします。

 

そして「手前の問い」が

ある場合も、

すぐにすべてを明確にします。

 

これを日々続ければ、

人生の展開がすごぶる

速くなりますし、

快適になります。

 

自分の人生と向き合うとは、

自分の中の「問い」と

向き合う、

ということなのかもしれません。

 

つづく

 

問いと向き合わずして、人生の喜びはない

「自問自答」について

もう少しお話しします。

(→前回記事)

 

通常の「思考」によって導き出すよりも

「自問自答」によって得られる答えの方が

自分自身の真本音に

より近い答えが出やすいです。

 

それはなぜか?と言いますと、

私達の真本音の中には

たくさんの「問い」が詰まっているからです。

 

私達人間の本質とは、

「問いを持った存在」

であると、という言い方もできます。

 

「問い」とは

「願い」です。

 

「願い」とは

「問い」です。

 

一つの強烈な「願い」を持つということは

その願いに近づくための「問い」が

必須となります。

 

その「問い」を大切にし続けることが

「願い」への道を開きます。

 

真本音とは、

「揺るがぬ願い」の結晶体です。

ということは、

そこには様々な「問い」が

セットで存在しているのです。

 

そういう視点で言えば、

真本音で生きるとは、

「自らの問いに素直に生きる」

ということになりますし、

「自らの問いの答えを、

生きることを通じて得ようとする」

ということにもなります。

 

「問いへの探求」。

 

これが私達の根本欲求の一つですし、

それこそが

「進化への道」

でもある、ということです。

 

ですから私はコーチングをする時に

必ず、

「このクライアントさんは

真本音でどのような問いを抱きながら、

生きている人だろうか?」

という見方をします。

 

そして、その問いを

必死にキャッチしようとします。

 

真本音の問いに常に結びつくような

問いを投げるようにします。

 

すると、

そういった問いを投げること自体が

そのクライアントさんの真本音度合いを

著しく高めます。

 

その問いを受けることで、

真本音が喜ぶからです。

 

皆さんの中にも必ず

あるはずです。

 

自分自身がどうしても渇望して止まない、

根源的な問いがあるはずです。

 

あぁ私は、この問いの答えを見つけるために

生きているのではないか?

 

というものがあるはずです。

 

例えば、私の場合、

真本音の問いの一つは

 

『自由とは何か?』

 

というものです。

 

この問いを初めて意識したのは、

19歳の時です。

 

当時、私は登山に夢中になっており、

登山のパーティーのリーダーをした時に、

メンバーの心がバラバラになってしまった

という経験をしました。

 

その原因はリーダーである私自身に

あったのですが、

その時、私が感じたのは、

そこにいる誰もが「自由ではない」

ということでした。

 

全員が好きで登山をしているにも

関わらず、

そして、自らの意志でパーティーに

参加しているにも関わらず、

誰も、自由ではなかったのです。

私自身も含めて。

 

その現実の中で自然に湧いてきたのが

 

『自由とは何か?』

 

という問いでした。

 

あれからすでに30年経っていますが、

今もその問いは

私の探求テーマです。

 

この問いとずっと向き合い続けることで、

私の人生は形創られてきた

とも言えます。

 

そしてそういった問いに素直に

向き合ったからこそ、

紆余曲折の多い人生でしたが、

私は後悔なく、ここにいます。

 

この問いは、

私が人生を終えるまで、

絶えることはないでしょう。

 

問いに向き合うことそれ自体が

私の喜びであり、

内側から自然にパワーが湧いてくる

私のエネルギーの源です。

 

もちろん、

私の真本音の問いはそれだけでは

ありません。

 

人生を進むうちに、

たくさんの問いが明確になってきました。

 

不思議なことに、

真本音の問いは、

増えれば増えるほど、

喜びが大きくなります。

 

問いが増えるということは、

迷いが増えるというようなイメージが

ありますが、全く逆で、

問いが増えれば増えるほど、

私には、「確信」が増えました。

迷いがなくなりました。

 

問いが増えれば増えるほど、

人生が明確になり、

すべきことが明確になり、

ビジョンが明確になりました。

 

それが

「真本音の問い」

です。

 

ですから私が、多くの方々にメッセージしたいのは、

問いから逃げないでください、

ということです。

 

自分の中にある問いから

目を背けずに、

問いに対して真摯に向き合ってください、

ということです。

 

残念ながら、

初対面でお会いする人々の内、何割かは、

私がキャッチしたその人自身の真本音の問いを

そのままダイレクトに投げると、

その瞬間に、拒絶反応をされたり、

「そんな難しいことは、私にはわかりませんから」

と逃げ腰になってしまいます。

 

ですから、

その人の真本音の問いをこちらがキャッチできても

すぐにその問いをご本人にお伝えするわけには

行かないケースが多いです。

 

その場合は、

その人の真本音度合いを上げることによって

その人の「準備」を整え、

その上で初めて、その人自身の真本音の問いを

投げる、ということをします。

 

それでようやく、ご自身の問いと向き合うことに

なるのですが、

その時点が、その人の真本音の人生の

スタートとなります。

ようやくの、スタートです。

 

すぐに問いを投げられない人の割合は、

私の経験で言えば、

約8割です。

 

つまり8割の人が、

自分自身の人生の探求テーマと

向き合っていないということです。

 

真本音の道とは別の道を

進んでいるということです。

 

これが今の世の中の現状です。

 

これを何とかしたいと、

私は思っています。

 

これも私の探求テーマの

一つです。

 

つづく

 

すべては、自問自答から始まる

自問自答。

 

私達現代人にとって

今最も必要なのは、これかもしれないと

最近、私は強く思います。

 

「自問自答」とは、

「思考」とは異なります。

 

まず、「自問」とは

自らに問いかけることです。

 

まるで自分自身を他人のような感覚で

自らに問いを投げます。

 

それが難しいようであれば、

鏡を見ながら、鏡の中の自分に

問いかけるとよいでしょう。

 

そして、「自答」とは、

問いを受けた自分の中から

自然に湧き上がってくる答えを

「待つこと」です。

 

決して、

頭で答えを形作ってははいけません。

 

私達の本当の答え、

つまり、真本音の答えは、

頭の中にはありません。

 

とは言え、

思考は大事です。

 

私は、思考とは

「思考を超えた答えを見つけ出すための

有効な手段である」

と思っています。

 

懸命に思考することで、

思考を超えた答えが見つかります。

 

思考をしながら、

思考の範疇の答えを見つけ出しても

私達人間は本当の意味では

納得できません。

 

確信を伴った直観的な答えに

たどり着いた時に、

初めて納得します。

 

確信とは、

迷いのない答え。

淀みがゼロの答えです。

 

それは、

思考の範疇からは決して

出て来ません。

 

しかし、とことん思考をすることで

思考以外のところからやって来ます。

 

そういった意味で、

思考は大事ですが、

思考に捕らわれてはいけません。

 

そして、

自問自答を毎日のように繰り返すことで、

その、思考そのものもいつしか

必要なくなります。

いえ、正確に言えば、

思考はするのですが、

最低限の思考だけで大丈夫になります。

 

要するに、

確信的な直観を

意図的に引き起こすことができるように

なります。

 

直観力とは、

物事をよく考えない(思考しない)人からは

生まれません。

 

しかし、とことん思考をする人は

思考をそれほどしなくてもよいくらいの

直観力が養われます。

 

そしてそのためには、

自問自答を繰り返すのが

最適・最速です。

 

これまで、頭の中でグルグルと

考えていたことがあれば、

自分をまるでクライアントのように捉え、

自分自身に問いを投げてみましょう。

 

今の自分には

どのような問いを投げることが最善か?

を考えてみましょう。

 

すると、

問いを投げることがいかに重要か?

そして、

最適な問いを見つけることがいかに重要か?

をお分かりいただけると思います。

 

コーチングとは、

その、問いの部分をサポートすることですが、

コーチングを受けることで

自問自答力を増すこともできます。

 

それはつまり、

直観力を増すことです。

 

自らの進化のための自問自答。

 

自らの真本音の答えを

見つけ出す自問自答。

 

そういった力を養うことが

私のコーチングの目的の一つです。

 

そして、

自問自答力のついた人達が集まり、

お互いに問いを投げ合うことで

一人一人の自問自答の範疇を超えた

発想を掘り起こし合う。

これが、チームコーチングの本質です。

 

つまり、

自問自答できるチーム(組織)を創る。

 

これが私が大切にしている

組織サポートの本質です。

 

まずは。

 

答えがすぐに見つからなくてもよいので、

自分自身に問いを投げること。

 

投げ続けること。

 

そのためには、

どのような問いを投げることが

今は最善なのか?を

それこそ、必死に考えること、ですね。

 

つづく