絶望感

不安や恐怖に苛まれたら・・・

心の中に、

未来に向かう不安や

恐怖や、

絶望感がどうしても

出てしまう時、

まずは次の二つの区別を

してみてください。

 

一つ目の区別。

 

それは、

「この心は、

私の心だろうか?

それとも

誰か他の人からもらった

心だろうか?」

 

の区別です。

 

だいぶ以前にこのブログで

「エンティティ」について

書かせていただきました。

 

エンティティとは、

ストレスの濃度がある一定の

水準を越え、

ストレスが物質化(に近い状態)

したもの。

 

日本語では

「生き霊」

と訳される怖そうなものですが、

しかしエンティティは

誰もが多かれ少なかれ

常に持っています。

 

エンティティがゼロの人は

私はこれまで

一人もお会いしたことは

ありません。

 

ですので、

それほど怖いものでは

ありませんが、

このエンティティ、

まるで風邪のウィルスのように

人から人へ

伝染します。

 

未来に対する不安や

恐怖や絶望感が

なぜ起こるのかがよく

わからない時は、

恐らく、複数人の人から

そういったエンティティを

受け取ってしまっています。

 

みんなの不安を

少しずつ合わせて

受け取ってしまい、

大きな恐怖や絶望感として

感じてしまっているのです。

 

自分の心ではないのに、

不安や恐怖があるのは

なんか、イヤですよね。

 

この場合は、

不安や恐怖が

体のどの辺りに憑いて

しまっているかを

特定してください。

 

時には、

体全体を

エンティティが覆って

しまっているかも

しれません。

 

場所を特定したら、

そこに意識を向けて

ください。

 

するとそこに

何かが観えたり、

存在を感じたりすると

思います。

 

そしてそこに、

あなたの

「愛のパワー」を

送ってください。

 

エンティティを

「よしよし」と

子供をあやすようにし、

「私の愛だよ」

とエンティティに向かって

エネルギーを照射するような

イメージをすればよいです。

 

するとそのエンティティは

浄化されます。

 

逆に言えば、

このやり方で浄化されるならば、

それはエンティティだった

ということになります。

 

・・・・・・

 

さて、

二つめの区別です。

 

もしその不安や恐怖が

エンティティではなく、

自分自身が発生させて

いるものならば、

(つまり、上記の方法で

浄化できないならば)

 

その不安や恐怖は、

①単なる反応本音か?

それとも、

②真本音と結びついた

反応本音か?

 

の区別をしましょう。

 

これのやり方は

簡単です。

 

まずは自分の真本音の場所

を特定します。

 

つまり、

お腹の奥の体の中心と

頭のてっぺんの中心を

結び、中心軸をイメージ

します。

 

そしてその中心軸の上の

どこかに

「ここが私の中心核だな」

と思える場所を

特定します。

それが、

真本音の場所です。

 

この特定がすぐにでき、

しかも真本音の存在を

強く感じるのであれば、

②である可能性が高い

です。

 

つまりは、

その不安や恐怖は

自分が真本音でわざと

自分にもたらしているもの

ということです。

 

その場合は、

この不安や恐怖そのものに

とても大切な意味が

ありますので、

そのままにします。

 

ちょっと辛いですが、

不安と恐怖を感じるままで

過ごしていきます。

すると必ずどこかで

大事な気づきやひらめきや

成長へのヒントを

得られるでしょう。

 

さて、そして、

真本音の存在を感じられない

場合は、

それは①です。

つまり、

単なる反応本音です。

 

あなた自身が

反応本音として

発生させている不安や恐怖

です。

 

この場合は普通に、

「自分は何に恐怖しているか?」

を自分に問いかけて

ください。

 

普通に頭で考えれば

よいですが、

もしどうしても答えが

わからない場合は、

エンティティの時と同じように

その反応本音の場所を

特定して、

その場所に

「何が不安なの?」

と問いかけてください。

 

そして答えが返ってくるまで

待ちます。

 

ただし、

①の場合はほとんど、

不安の原因は

あなた自身がよくわかって

いるはずです。

しっかりと考えれば。

 

原因がわかったら、

無理に反応本音を

無くそうとせず、

普通に、

「どうすればその不安を

取ることができるだろうか?」

を考えてください。

 

その発想ができない場合は、

自分の真本音に

問いかけてみてください。

 

不安や恐怖が

単なる反応本音の場合は、

自分の行動で持って

(つまりは現実への働きかけにより)

不安を取るのが一番です。

 

そこを逃げずに

立ち向かっていけば、

自然にあなたの

真本音が発動します。

 

反応本音から

逃げれば、

その反応本音は

エンティティ化し、

さらに不安や恐怖は

大きくなります。

 

反応本音と向き合い

理解できれば、

あとは行動です。

 

・・・・・・

 

以上をまとめますと、

不安や恐怖や絶望感は、

 

・エンティティ

・自分の反応本音

・自分の真本音がもたらしているもの

 

の3つに分かれます。

 

それらをきちんと区別することが

次の一歩の

大きな指針となります。

 

以上は

セルフコーチングの基本

です。

 

ご参考までに。

 

つづく

 

不安定や絶望感があるからこそ、脱皮できる

人の成長も、組織の成長も、

比例直線的ではなく、

階段状に上がっていきまます。

(→前回記事)

 

階段の段差を登るということは、

これまでの自分(もしくは組織)とは

まったく異なるステージに上がる

ということです。

 

これまで見えていなかったものが

見えるようになり、

これまでできなかったことが

できるようになります。

これまで、考えもしなかったことを

考えるようになり、

これまで、実行に移さなかったことを

どんどん実行するようになります。

 

これを私は

 

『脱皮』

 

と呼んでいます。

 

人に『脱皮』があるように

組織にも『脱皮』があります。

 

段差を越える時、

つまり、脱皮の時は、

平常時とは真逆な原理原則が

必要となります。

 

その一つが、

「自分にどんどん不安定を与える」

ということです。

 

脱皮の時は、

平常時では考えられないくらいに

不安定になります。

 

個人の場合は、

心が非常に不安定になり、

不安や恐怖や絶望や、

・・・様々な濃い反応本音達が自分を

襲います。

 

これまで順調に成長してきた人も

そんな自分を体感することで、

自分は以前の自分に、・・・いや、

以前よりもさらに弱い自分に

なってしまったのではないか、と

自己不信に陥ります。

 

組織も同じです。

 

脱皮の段階にある組織には

ほぼ間違いなく、不調和が

連続して起こります。

 

これまで体験したことのないような

望まない現実が次々に

起こります。

 

もうこの組織はダメではないか、と

絶望感が湧いてきます。

 

そんな時に私はいつも

強調します。

 

「今は、思いっきり不安定でいてください。

絶望したままでいてください」

と。

 

「その不安定さに対策を打たないでください。

絶望のままでいてください」

と。

 

そのままでいると、

その不安定さと絶望感は

どんどん増殖します。

 

不安定と絶望感に

自分が飲み込まれそうになります。

 

でも、飲み込まれれば良いのです。

抗わずに、そのままでいるのです。

 

すると、

その不安定さと絶望感を完全に

「味わい尽くす」ことで、

これまでの自分からは想像もできないような

自分が(組織が)

何かをベリっと破いて、

現れるのです。

 

それは突然、

訪れます。

 

脱皮が成された瞬間です。

 

私は、

コーチの役割とは、

こういった脱皮を貫徹するために

見守り続けることだと思っています。

 

脱皮の最中、

コーチは何も手を出しません。

 

脱皮とは、

その人本人にしかできないことだからです。

ここで、

他人が干渉するとその瞬間に

脱皮は失敗に終わります。

 

脱皮が上手くいかないと、

その人(組織)は、

殻の中に閉じこもったままになります。

しかし、

体は大きくなっていますから、

その殻が窮屈でしょうがなく、

これまでの自分として生きることそのものに

苦痛を感じ続けます。

 

つまり、

これまで通りの自分(組織)でいること自体が

苦痛となるのです。

 

恐らく、

企業がきちんとそういった脱皮を

繰り返せば、

その企業は、永続的に発展し続けるでしょう。

 

その脱皮を放棄してしまうので、

企業は衰退していきます。

 

木村さんと弓江さんの

新規事業プロジェクトチームは、

最初の脱皮に取り掛かろうと

していたのです。

 

その脱皮をきちんと貫徹するために

この二人コーチングの場が

必然的に設定されたということです。

 

これが、今回の二人コーチングの

真の意味であると

明確にわかったのです。

 

つづく