2026年 8月 の投稿一覧

刻むのだ

目を覚ました
ような
気分で
立っている。

見たことの
ない
風景が
見える。

聴いたことの
ない
音が
聴こえる。

知らない
世界の
ようだ。

これまでと
同じ場所
なのに。

・・・・・・

きっと
夢を見ている
のだな、
と
とりあえずは
納得させて
みる。

もともと
現象そのものが
夢のような
ものだ。

幻惑される
ような
現象を今、
見せられて
いるのだな、
と。

だが、

この、
体の細胞の
一つ一つに
伝わってくる
ジンジン
する異様な
感覚は
何だろう?

脳の五感
とは
まるっきり異なる
異様な
存在感。

これまで、
実在を
感じてきていた
つもりが、
そうでは
なかったのか?

これが
本当の実在
なのか?

・・・・・・

自由自在に
夢に
入ったり
出たり。

そういった
力も
養ってきた。

私達は
同時に
数え切れない
くらいの
いくつもの夢を
見る。

そのうちの
一つの夢に
顕在意識が
入れば、

それを
夢
と認識する。

この現象の
世界も
似たような
ものだ。

この
私の顕在意識
は
一つの現象
を
選んでいる
だけ。

実は他にも
たくさんの
現象がある。

それらの
全ての現象が
一気に
顕在意識に
入り込んできた
ような
ものか。

・・・・・・

無数に
重なり合う
現象。

その集積の
果てに

なんとなく
うごめくもの
がある。

大本の
何か。

自分自身
か。

あれが、
私か。

・・・・・・

私との
対話。

これまでの
開放は、

開放の
うちに
入らない。

ここから
やっと

本格的な
開放に
入る。

だからと
言って
何も変える
必要はないし、

いつもの
日常を
生きるだけ。

ただ、

変わるのだ、
全てがね。

ニッと
笑っているのが
わかる。

・・・・・・

昔見た
あの
一つの夢。

それは

未来の
映像だった
のか。

夢と実在の
区別の
つかなかった
あの頃の

私の中に
密かに
刻まれた
力。

それを
これから
現実の中で
刻んでいく
のだと
思う。

やることは
変わらない。

やり方も
変わらない。

ただ、
全てが
変わっていく。

つづく

涙、涙・・・

未来の
その人から
感謝をされる
ことがある。

ありがとう、
ありがとう、
と
涙を流しながら。

私も
ボロボロと
涙が
止まらなくなる。

どうせ
仕事をするなら、
そんな
仕事がいい。

どうせ
生きるなら、
そんな
人生がいい。

涙ボロボロ
なら、
こんな
涙ボロボロが
いいね。

つづく

迷い中

遠くて小さな
光だったが、

今はもう
目の前に
ある。

小ささは
変わらなかった。

もともと
小さいのだ。

が、とても
強い。

一切、
揺るがない。

これを
手にいれる
というのは、

どういうこと
なのだろう?

それも
今。

ずっと
ほしいほしい
と
思い続けて
きて、

しかし
諦めたのだ。

もういいか、
と。

きっと
私には必要の
ないもの
なのだろう、
と。

むしろ、
私にはそれが
ないからこそ、
私自身の価値にも
繋がっているの
だろう、と、

そう
納得もしていた
のに。

今頃に
なって。

フッと
手に入って
しまったんだ。

・・・・・・

大したこと
ではない。

今の私に
とっては。

あまり
意味があるとも
思えない。

のだが、
でもこうして
揺るがぬ強さを持つ
「これ」を
目の当たりに
すると、

思うところは
ある。

私には
これまで
やってみたかった
生き方が
ある。

私の個性と
しては
それは
やらない方がいい、
と
結論づけた
生き方、
進み方。

でも
「これ」が
手に入れば
それが
できそうだ。

どうする?

やるか?

やっちまうか?

まだ、
迷い中。

つづく

私の求める仲間たち

滞っていた
ものが、
一気に
流れ落ちる
時、

そこに
一つの覚悟
が
生まれる。

誰もが
そうだ。

むしろ、

その覚悟を
生み出すため
だけに、
ずっと
滞り続けた
とも
言える。

あぁこの人は
今、
それをしている
のだな、
と
わかれば、

私は
徹底的に
滞るように
その人を
サポートする。

本人に
とっては
とても苦しい
行為だが、

その苦しみ
から
逃げないように
サポートする
のが、

私の役割
だ。

・・・・・・

空を
見上げれば、

次の世界

が、
一瞬だけ
垣間見える
ことがある。

それは
希望とも
なるが、
逆に

果てしなき
今とのギャップ
を感じ、

自信が大きく
揺れる
理由ともなる。

だから
ある時から
私は

自信

を捨てた。

そんなものは
持てば持つほど
疲れる
だけだ。

私にとっては、
ね。

自信は
捨て、

ただ、
果てしなきギャップ
を
感じ続ける。

果てしなき
ギャップでは
あるが、

確かに
一歩一歩
一つ一つ
近づいては
いる。

ただし、
それを感じても
やはり、

あと
何千万年かかる
のだろう?
というくらいの
茫然とした
感覚には
なるのだが。

・・・・・・

滞りを
恐れず、

ギャップを
恐れない
仲間。

それが
私の
求めている
ものだ。

いや、
恐れるのは
いい。

人間だから
当然。

私もそうだ。

でも、
どれだけ
恐れても、

行動は
変わらない。

行動は
変えない。

粛々と
やるべきことを
やり続ける。
丁寧に。

そんな人と
私は
仲間になりたい。

・・・・・・

これまで
立っていた
大地が、

突然
崩れ始める。

立ち所が
消えてしまう。

そんな
根底的な
不安と
不安定さ。

それでも
立っている。

いや、
立ち続けよう
とする。

大地が
なくても
立とうとする。

大地は
自分自身が
創り出すもの
である、
と。

妨害も
起こる。

ギャップに
立ち向かう
人は、
必ず

ギャップを
見ないふりを
している
人達から
妨害される。

残念ながら
この
世の慣わしは、

しばらくは
消えずに
残るだろう。

それでも
笑いながら
進める
仲間たち。

それを私は
求めている。

つづく

世の中、世界、・・・

世の中に
対する願い、
というのは

実は誰もが
持っている。

多くの人は、
残念ながら
自覚はしていない
ようだけど。

それは単に、
世の中に
「こうなってほしいな」
という
レベルのものでは
なく、

「私は世の中に
こう関わっていきたい」
そして
「このような現実を
創り出したい」
という
かなりポジティブな
ものだ。

「世の中」
という言葉を
「世界」
と置き換えてもいい。

この視点の
願いを
私はよく
受け取る。
その人と
向き合っていると。

フッと
伝わってくるのだ。

とはいえ、
それをすぐに
フィードバックする
ことは
少ない。

むしろ、
その人のその
願いと、
「日常」を
どう繋ぐか?

という視点から
その人を
サポートすることに
している。

例えば、
その人の
「世の中にどう
関わりたいか?」
を
日常の
「職場の皆さんと
どう関わるか?」
とか
「ご家族と
どう関わるか?」
とかに結びつける。

願いと日常が
深く結ばれれば、
その人は
根底から
イキイキするからだ。

そしていつか
自然に
視界が「世の中」
へと
広がっていく。

・・・・・・

私達は
もっと
視野を広く持つと
良い。

視野を広く持つ
イコール、
社会的で規模の
大きな活動を
せねばならない、
ということでは
ない。

視野を広く
持った上で、

目の前の
「一つの現実」
に
向き合っていく。

実は、
視野を広く
持てれば持てる
ほど、

目の前の
現実には
一つ一つ丁寧に
意識を
向けやすくなる。

ちょっとした
変化も
感じやすく
なる。

それが
人間というものだ、
と
よく感じる。

逆に
言えば、

狭い視野
は
雑さを生む。

惰性を
生む。

・・・・・・

自分のエネルギー
が枯渇した
とき、

そんな自分を
助けてくれる
のは、

「世の中」
だ。

「世界」
だ。

そして、
「世界が私を
助けてくれている」
と
実感できる状態
になると、

身近な人達
からの
自分に向けられた
愛情にも
敏感になれる。

自然に
感謝が湧く。

世界と
私。

私と
世界。

世界の中の
私。

私の中の
世界。

私は
世界。

世界は
私。

・・・といった
感覚。

理屈では
なく、
感覚。

その感覚を
養うことこそ、
ここからの
時代に
最も必要なことだと
思うのだ。

つづく

どんと来い

台風が
去った後のような
感じだ。

まだ
風は強い。

それも
徐々に穏やかに
なっていく
だろう。

そうすると
また
日常が
戻るのか?

いや、
そうでは
ない。

台風の前と
今とじゃ、

世界が
違っている。

表面的には
同じように
見えるけれども。

・・・・・・

今、私の
右の掌に
乗っかっている
もの。

一つの
祈り。

それは
一度、
光を失いかけ、
消えそうに
なったが、

どうにか
生き延びた
ようだ。

もうすでに
次の台風を
待っている。

あれだけ
痛い目に
遭ったのに。

やはり
もともと
望んでいること
なのだろう。
キツい
やつを。

・・・・・・

客観的に
冷静に
振り返れば、

ギリギリ
スレスレの
ところを
ずっと
進んでいた。

一歩どころか
半歩でも
間違えれば

取り返しの
つかぬ
状態だった。

それなのに、
私は
そこを
踊りながら
進んだ。

楽しまなきゃ
損だ、
とばかりに。

呆れ果てる。

でもやはり
望んでいる
のだ。

・・・・・・

なぜ、
乗り越えられた
のか?

を、
今後のため
にも
きちんと
分析しておいた
方がいい。

きっと。

でも
それをすれば
ハラハラが
減ってしまうでは
ないか、
と
呟く私がいる。

呆れ果てる
野郎だ。
まったく。

・・・・・・

どんと来い!
などと
たくましいことは
言えない。

だって
ヒョロヒョロじゃ
ないか。

でも
わかって
いるのだ。

これはまだ
序の口。

始まった
ばかりだ。

だから
胸の内だけで
呟いて
みる。

どんと来い。

つづく

試してみたい

顔の
奥の方から
喉、首に
かけて、

何か異物が
入ったかの
ような
違和感と
重さがある。

こういった
場合、

何か
滞っていた
ものが、

一気に
吹き出す前兆。

私自身の
ことなのか、
それとも
身近な誰かの
ことなのか、
それとも
世の中全体の
ことなのか?

・・・・・・

最近は
ほとんど
睡眠時間がなく、

それはそれで
充実している
のだが、

このブログを
書く
エネルギーすら
残っていない。

だがこれは
私自身が
望んだ展開
だ。

私はまた
さらに
自分の限界を
超えたいのだ。

私の人生は
ここから
さらに
加速していく。

それに
耐えられる
自分自身を
今のうちに
創らねばならない。

・・・・・・

昔、
私自身が
描いていた、

こんな日々
だったら
いいな、

という日々が、
今は
ほぼほぼ
実現できている
ことに
ふと気がつくと、

言いようのない
幸せ感に
包まれる。

が、
今はそれに
浸っている
時間がない。

この歳になって
これだけ
必死になれる
ことがあること
自体が
幸せだと、
素直に思うよ。

・・・・・・

向こうから
大きな
高波がもうすぐ
迫ってくる。

ずっと
わかっていた。

それをちゃんと
乗りこなす
私になろう、
というのが
私のテーマだった。

そういうことで
言えば、
ここからが
本番か。

これまでの
「訓練」を
活かすときだ。

・・・・・・

人の可能性
は
無限大、
と
本当に言えるのか?

昔の私は
安易に
その言葉を使う
ことがあったが、

本当に
そうか?

人は
どこまで
できるのか?

私はそれを
私自身で
試してみたい。

つづく

待つ、という力

その目は、
どこを
見ているの
だろう?

何が
映り、

どんな波紋が
心の中に
広がっている
のだろう?

波紋は
順調に、
形を変えずに
広がり
続けている
だろうか?

深く
響き渡って
いるだろうか?

少しずつ
でも
変化を始めて
いるだろうか?

壊すべき
ものに、
揺らぎを与えて
いるだろうか?

波紋は、
味方で
あり続ける
だろうか?

・・・・・・

湿気のある
暑さ。

ベタッと
衣服が
張り付くような。

不快感に
意識を
持っていかれそうに
なるが、

そこを少し
踏ん張る。

まだ、
動いては
ならない。

待つ、
と
決めたのだ。

待つことで
始まることは
多い。

待てなく
なってしまってしまい
ご破産になることも。

どうしても
動かないと
不快だ。

が、
動いては
いけない。

決して。

・・・・・・

待つことに
よる最速。

加速。

焦りが
暴れるが、
強引に自分から
切り離す。

ここまで
待ったのだ。

途中で
諦めて
なるものか。

観察だけを
続ける。

あとは
何もしない。

不快を
不快と
感じ取りながら。

・・・・・・

反応は
思いもよらぬ
場所から
現れる。

今回は、
背後から
きた。

まったくの
想定外。

思わず
すっ転びそうに
なる。

だが、
ここからが
勝負だ。

一気呵成。

待った分
だけ、
その腹いせの
ように。

全部を
開放する。

・・・・・・

しっかり
待てば、

躊躇せずに
進める。

自分を
抑えながら、

力を
抑えながら、

エネルギーを
抑えながら、

なんて
もう
たくさんだ。

だからこそ、
待ったんだ。

この時の
ために。

・・・・・・

壊れる。

壊れる。

それで
いい。

壊せ。

壊せ。

徹底的に。

それでも
もう
「ここ」は
揺るがないんだ。

それだけ
安定
したんだ。

安定した
からこそ
壊せる。

ちゃんと
壊すからこそ、
本質的開花
と
創造が
始まる。

中途半端な
創造では、
またすぐに
壊さねば
ならなくなる。

もうそれは
いやだろ?

私は二度と
ゴメンだ。

だから
ここまで
待ったんだよ。

だから
あなたも
今は
待つべきだ。

つづく

一気にカオスへ

その人との
コーチング中、

その人と
私の
間の空間の

目の前、
額よりももう少し
上辺りに、

強烈な
エネルギー体
が
発生した。

薄青色に
光るそれは

ただ
じっと
我々を
観察している
ようだった。

しばらく
私は
何も干渉せず、

ただ意識を
その人のみに
向けていたが、

その
エネルギー体の
エネルギーが
どんどん
高まるので、

ついに
放っておけなく
なった。

今日のコーチングは
この辺りに
しておいて、

残りの時間、
雑談でも
しませんか。

と、
私はその人に
提案した。

いいですよ!
と
喜びの顔。

私は
思いつく言葉を
適当に
その人に
投げる。

すると、
エネルギー体の
エネルギーは
さらに
高まるのだ。

こいつは
この場を
楽しんでいるな、
と
わかった。

私はますます
雑談を
続けた。

すると
ついに
そいつは
弾けた。

まるで
ビッグバンの
ように。

そのエネルギー
は、
その部屋
その空間全体に
行き渡った。

すると
突然、
その人は
言ったのだ。

「私は
カオスが好きです」

・・・と。

・・・・・・

それで私の
覚悟は
固まった。

この会社
では、
徹底的に
カオスを創り
出そう、と。

それしか
ない、
とはずっと
思っていたが、

本当に
その道しか
ないのだな、
と
ようやく
良い意味で
諦めがついた。

カオス。

私の最大の
楽しみの
一つでもある。

・・・・・・

エネルギーの
源は、

カオスである。

カオスに
ならねば、

本質的な
エネルギーは
開放されない。

カオスの
ためには

破壊、だ。

破壊せずして
カオスは
ない。

そして
破壊のためには、
覚悟が
必要であり、

それは
つまり、

開き直り

・・・だ。

・・・・・・

その人は、
開き直った
のだ。

要するに。

正確に
言えば、

私の
開き直りが
その人に
伝わり、

それを
受け取った
その人が、

望むところ
だ!

と、
まるで私に
挑みかかるかの
ように

開き直った
わけだ。

そうか。

この人は
そういうことが
できる
人なんだ、
と

私は改めて
喜びと共に
その人を
見つめた。

出会って
今日が
三度目の
面談。

三度目で
開き直れる
とは、

大した
豪傑だ。

表面は
こんなに
穏やかなのに。

・・・・・・

その人と
別れた後、

私は
自分の心が
ヒリヒリと
削れているのに
気がついた。

だいぶ
エネルギーを
使って
しまったな。

きっと
今日は
勝負の日、
だったのだ。

今日で、
この後の展開が
決まる、
という。

大概は
そういう時は
最初から自覚して
臨むのだが、

今日はあえて
何も意識せずに
行きたかった
のだろう。

ある意味、
私は
私自身を
騙しながら、

あの展開まで
持って行った。

よくやれた
と
思う。

あの
エネルギー体は
あの人の
魂そのもの
だったのだろう。

私は
あの人の
魂と
ダイレクトに
向かい合った。

それに
あの人は
応えてくれた
のだ。

ここからが
本番だな。

つづく

地球はもう・・・

大気圏を
脱け出て
宇宙に出る
感覚、

というのは
ほとんどの人が
知らないと
思うのだけど、

でも本当は
知っているのでは
ないか?

一つの
引力圏から
出る、
というのは

それが
どのような
引力圏だと
しても、

共通の
開放感が
あるだろうから。

私達の
心の中にも
様々な
引力圏があり、

それらに
引っ張られ、
呑まれ、
巻き込まれ、
たりしている。

一度
捕まってしまうと、
なかなか
出られない。

しかし
「出られるんだ」
という
経験を一度でも
すれば、

あとは結構、
自由自在に
引力圏に
入ったり出たり
が
できるように
なる。

そう。

引力圏が
悪いわけでは
ない。

意図的に
入れば
いいのだ。

そして
その世界を
楽しめば。

私達には
誰にも
選択権がある。

入ることも
出ることも。

その真実を
受け入れる
ことだ。

引力圏から
自由になる
ことを
「自由」というのでは
なく、

どんな引力圏
にも
自由に入ったり
出たりできる
こと。

それが
本当の「自由」
だ。

・・・・・・

地球に
住んでいれば
地球の
考え方になる。

まるで
宇宙人のような
言い草だが、

でも
そうだろう?

地球では
当たり前の
ことが、

他の世界では
全く異なる、
という可能性
の方が大きい。

地球の引力
から
離れた時に、

私達はいったい
何を感じるか?

もちろん
物理的に
そんなことは
難しいが、

しかし
実在のレベル
では

それは
いつでも
できることだ。

・・・・・・

実際、
私はいつも
外側から、

というか、
だいぶ離れた
遠くから、

地球を
眺めている。

豆粒のような
小さな
地球を。

それくらい
離れると
初めて
観えてくる
ものがある。

私達が
道を間違えない
ためにも、

この視点は
必要では
ないかな?

・・・・・・

この10年。

随分と
地球は元気に
なったんだよ。

10年ちょっと
前は、
もう
死にそうだった。

重体患者
ね。

それが今は
一人で
歩けるくらいには
回復した。

だからこそ
逆に、
そこにいる
私達人間の振る舞い
に
違和感を
覚えてしまう。

私達の多くは、
まだまだ
重体患者だった
頃の
地球の生き方を
している。

地球が
健康になりつつ
あるなら、

私達も
そうすべきだろ?

・・・・・・

最近、

「救う」

という言葉が
本当によく
出てくるように
なった。
私の中では。

「救う」
なんて大変
おこがましい
表現なので、

以前は
意図して
使わないように
していた。

が、
最近は
違う。

救わねば
ならない。

地球はもう
健康だ。

私達ももう
健康だということに
気づかねば
ならない。

それが
「救う」
ということだ。

つづく

真剣なあなたへ

今の自分の
エネルギーが
どこに向かって
収斂しているか?

を
知ることは
とても大切だ。

それさえ
わかれば、
逆に
それ以外のことに
関しては

できる限り
力を抜くと
いい。

それが
ちょうどベストの
力の入れ具合
と
なるから。

・・・・・・

実在の自分
が
力を入れていない
ことに対して

現象の自分
が
力を入れること
ほど

無駄なことは
ない。

不必要に
疲弊するだけだ。

効率化、
の本質とは
そういうこと。

全てに対して
全力を
尽くすことは

あえて
断定すれば、

絶対に
良くない。

今の世の中は
全てに全力で
取り組めるほど

甘いものでは
ない。

特に、
あなたのような
人であるならば。

・・・・・・

力の集中度
を
実在の自分に
合わせる。

意図的に。

それこそが
これから
最も必要なことの
一つ。

もう
無駄な
エネルギーの
拡散を
している場合では
ない。

・・・・・・

目を瞑り、

自分の
全身全細胞に
意識を向け、

自分の
エネルギーの
循環を
感じ取る。

そしてその
エネルギーは
どこに向かって
流れているか?

を
感じ取ろう。

すると
自然に浮かぶ
何かが
あるはずだ。

その何かに
対して
今のあなたは

エネルギーを
集中させたい
のだ。

存分に
集中させて
あげよう。

他のことに
関しては、

「手を抜く」
のだ。

・・・・・・

エネルギー
コントロール。

もちろん、
この世の
エネルギーは
無限だ。

その
無限のエネルギーを
取り込みながら、

循環させ続ける
ことはできる。

が、

それをするに
しても、

「今の自分」

にとっての
許容量がある。

それを
超えてしまえば、
健康を
害してしまう。
精神的にも
肉体的にも。

危険な
ことなんだ。

だから
ほとんどの人は、
ある程度の
「余裕」「ゆとり」
を
持ちながら
エネルギー循環を
続けている。

が、

あなたの場合
は
違う。

もはや
余裕もゆとりも
あなたは
持ちたくない
のだ。

自分の許容
できる
全てのエネルギーを
使い切りながら、

ギリギリの
エネルギー循環を
成り立たせよう
と
している。

だから、
あなたにこそ
伝えたいのだ。

「手を抜け」
と。

・・・・・・

どこで
手を抜き、

どこで
全力を
尽くすか。

それを
丁寧に決め、
実践することを

「真剣に生きる」

と言う。

あなたは
真剣に生きようと
している人。

実在の
自分自身を
しっかり
感じ取ろう。

つづく

二つの現実を生きようとする人へ

夜寝ている時、
私はよく
夢を見るが、

どうみても
夢じゃないな、
という
夢が時折
くる。

実在そのもの
を
体験している
わけだ。

その場合の
多くは、

自分は今、
睡眠を
とっている最中
だという
認識があるので、

あぁそうか、
これは
単なる夢では
なくて
実在だな、
と
わかる。

だから、
毎日を生きる
のと
同じ感じで、
普通に
その世界で
過ごす。

空を飛んだり
することも
自由にできる
ので、

私はよく
空中遊泳を
する。

が、
なかなか
上手く
コントロール
できないことも
多い。

いずれに
しても、
その自由度は

いわゆる
現象の世界
と言える、
私達のこの世界
に比べると
段違いだ。

だから、
この世界に
戻る、
つまりは
目が覚める
ことが
いつも寂しい。

・・・・・・

これを
初めて私が
体験したのは、

記憶がある
限りで言えば、
小学4年くらいの
時だ。

そこで私は
「家族」と
出会った。

というより、
再会
と言った方が
よいか。

その再会に
よって、

あぁそうか
これが本当の
家族なんだ、
と
実感した。

そして
とてつもなく
幸せな時間を
過ごした。

目が覚めよう
とするとき、
私はそれを
全身全霊で
拒んだ。

いやだ、
覚めたくない。
ずっと
ここにいたい!
と。

しかし
ダメだった。

目が覚めて
しまってから
しばらくは、
ずっと
悲しんだ。

そして
その夢のことを
克明に
覚えていようと
思った。

が、
それすらも
叶わなかった。

「家族」と
再会し、
そこでとてつもなく
幸せな時間を
過ごした、
という印象だけは
心に残ったのだが、

具体的なことは
すぐに
忘れてしまった。

その、
忘れてしまった
ことが
本当に悔しくて、
悔しくて。

その時のことは
いまだによく
覚えている。

・・・・・・

雪が
降っている。

ヒラヒラ
と。

周りは
ほとんど何も
見えない。

私は
一人。

誰の気配も
なく。

あぁこの
世界に
一人なんだな、
とすら
思う。

だが私は
満ち足りて
いた。

世界そのもの
が
私自身であるかの
ように
思えたから。

この
一つ一つの
雪の結晶も
私自身。

私は
私自身と共に
いる。

そう感じた
時に、

私は初めて
孤独とは
何だろうか?
と
真剣に
考え始めた。

それまでの
私は
ずっと自分を
孤独だと
信じてきた。

私のことを
本当に
理解してくれる
人など
一人もいない、

いるわけが
ない、
と。

孤独である
ことを
諦めていた。

その前提
での
人生だったが、

それが
根底から
覆るような
気がした。

・・・・・・

海のすぐ
そばにある
丘に立ち。

海と都市を
眺めている。

あの都市
には
たくさんの人達が
いる。

皆、そこで
「生活」を
している。

私はそこから
離れている。

だが、
彼らの声が
ずっと
伝わってくる。

なぜなら、
彼らも
私だから。

・・・・・・

実在の世界
の体験は、

何かが
根底から
崩れていく
体験だ。

下手をすると
危うい。

現実から
離れる結果と
なる人も
いるだろう。

だが、

この世界の
ことを
すでにもう
感知できている
人達は、

想像以上に
増えている。

であれば、
ちゃんとした
情報を伝え、

正しく、
実在も現象も、
両方の現実と
向き合う方法を
伝えねば
なるまい。

私はずっと
この二つの
現実を
生き続けている。

二つの
現実を
結びつけようと
して。

それを
多くの人達が
行なおうと
しているようだ。

その人達は
今、きっと
孤独を
感じている。

でももう
孤独は、ない。

ここには。

それを
ちゃんと
伝えた方が
いいね。

つづく