自分一人の力で
太刀打ちできることを
ミッションにする、
なんてことをするほど
私達人間は
甘くできていない。
自分一人では
到底実現できないことを
私達の真本音は
自分の人生の目的
と役割
として、
自らの魂に刻み込んで
いる。
だから、
自分の本当のミッション
に気づいた人の
多くは、
その内容に
愕然とする。
私は
こんなことを
望んでいるのか・・・、
と。
顕在意識のレベル
では、
「そんなの絶対
無理だ!」
と
拒絶や抵抗感が
生まれるのだが、
しかしその一方で、
心の奥の方で、
確かに
喜んでいる自分が
いるはずだ。
その喜びは
最初は微小な
ものだが、
しかし実は、
それこそが
真の喜びであり、
本来の自分の
幸せそのものなのだ、
ということを
私達は
日に日に
いやでも
実感することになる。
なぜなら、
自分の本当のミッション
を自覚した者は
意図せずとも、
その方向に
進んでしまうから。
その方向に
現実が動いていることに
気づくことで
どうしても
喜んでしまう自分を
否定できなく
なるから。
そう。
ミッションとは
実現できるかどうか?
ではない。
その方向に
本気で
一歩
進むだけで、
大いなる喜びが
来るものだ。
残念ながら、
それを体験してしまうと
もう、
これまでのあらゆる喜びが
霞んでしまうほどだ。
これを
真本音の喜び
と
私は呼んでいる。
・・・・・・
もちろん、
真本音の喜び
とは
一つだけではない。
ミッションに向かう日々
が始まることで、
もっと日常的な
ほんの些細な
現象の一つ一つにも
真本音の喜びは
生まれるようになる。
喜ぶことに
素直になれる、
という表現でも
いいかも。
例えば、
ちょっとした道端の
花を見るだけで
泣けて来ることがある。
青空を見るだけで
全身がジンジンと
しびれることがある。
目の前の人の
何気ないたった一言を
聴くだけで、
世界のすべてが
薔薇色に見えることだって
あるくらいだ。
そこまで喜びを
感じられるようになると
次に起こるのは、
ほしいものは
すべて手に入る
という現実だ。
ただしその「ほしいもの」
とは、
本当の本当の本当に
ほしいもののことだ。
100%ほしい
と思っているもの
だけだ。
だから中途半端に
ほしいものは逆に、
どんどん
手放すことになる。
だから多くの場合は
生活がとても
シンプルになっていく。
とはいえそれは
単に質素になっていく
のとも違う。
本当にほしいものは
ちゃんと
集まって来るからだ。
それは
一見すると
不思議な現象である。
でもあまりにも
自然の摂理そのもの
でもある。
自分のほしいもの達は
ここにある
ことが最も自然だな、
と
思えるのだ。
ここにあるのが
最も自然なものが
ここに集まって来る。
ということだ。
・・・・・・
自分の本当のミッションに
気づき始めている人が
急増中だ。
だからこの文章を
書いているのだが、
どうか、
自分自身のミッションを
見つめることに
(気づくことに)
躊躇しないでほしい。
だってあなたは
そのために
ここに生まれて
来たのだから。
そして、
ミッションを自覚することが
ゴールでもない
ということを
よくわかってほしい。
ミッションの自覚とは、
本来の人生の
スタートを意味する。
やっと人生が
始まるのだ。
年齢は関係ない。
自覚から
人生は
始まる。
早く、
人生を
始めてほしい。
私は
そういう人を
サポートしたいのだ。
つづく